表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

キミの呪いになりたくて

作者: Kana026
掲載日:2026/07/01

キミの呪いになりたくて

「来ないでって、いつも言っているでしょう!」


板張りの床に、乱暴にスープの器を投げつけた。

湯気と一緒に、滋味深そうな根菜の香りが狭い小屋に広がっていく。


「リリィ……火傷してない?大丈夫?」


村の外れにある、生い茂る森の境界線にぽつんと佇むこの粗末な小屋が、私の世界のすべてだ。


「ッだから!私の事なんて放っておいてよ!!」


病で両親を亡くし、村から『忌み子』として追い出された私に、屋根があるだけの場所を与えてくれた村の人々には感謝している。

“1人静かに死ね”という無言の圧力だとしても、雨風をしのげるだけで十分だった。


なのに、この人だけは、私の境界線を簡単に踏み越えてくる。


「そんなに怒らないで?

ほら、今日は美味いパンもあるんだよ

リリィ、固い干し肉ばっかり食べてるでしょ?」


村長の息子であり、私の幼馴染のカインは、いつものように、太陽みたいな温かな笑顔を浮かべて、私の冷たい態度をかわしていく。



頼んでいない。


来るな。


顔も見たくない。




喉まで出かかった鋭い言葉を、私は必死に飲み込む。



――優しくしないで。これ以上、あなたを好きにさせないで。


「……いらないわ」



私には、呪いがある。



私が心を通わせ、愛した人間は、みんな死ぬ。

父も、母も——そして数年前、私に優しくしてくれた隣の家の男の子も、好意を寄せていた男の子も、ある日突然消え、死体となって見つかった。


私は、愛する人を殺す“化け物”だ。



「……もう帰って

あなたの顔なんて——見たくもないの」


精いっぱいの拒絶を込めて睨みつける。

カインをこの呪いから守るためには、こうして嫌われるしかない。


「わかった、また来るね

……パン、ちゃんと食べてくれると嬉しいな」


カインは少しも傷ついた様子を見せず、リリィの頭を軽く撫でて小屋を出て行った。



残されたリリィは、カインの手の温もりが残る髪に触れ、声を殺して涙を流した。


カインが死ぬくらいなら、一生憎まれたって構わない。




✧︎ ✧︎ ✧︎


あの男が小屋の前に倒れていたのは、カインが帰った、すぐ後のことだった。


「……う……っ……」


草むらに伏せり、苦しげに呻く男の衣服は泥と血に汚れていた。

関わってはいけない。

頭の中で警告の鐘がけたたましく鳴り響く。


私の『呪い』は、私に関わった人間を、私を気にかけてくれた人間を、残さず無惨な死へと追いやるのだから。


けれど——見捨てて死なせてしまえば、それこそ私のせいで人が死ぬのと何も変わらない気がした。


「ねぇ……まだ、生きてるわよね?」


私は周囲を怯えながら見回し、誰もいないことを確認すると、必死の思いで男を小屋へと引きずり込んだ。


それから三日間、私は呪いに怯えながらも、男の手当てを続けた。

幸いにも傷は深くなく、四日目の朝、男はゆっくりと目を覚ました。


「ここは……? 君が、俺を助けてくれたのか?」


男は旅人だった。この村の人間ではない。

だから、私が『忌み子』であることも、関われば死ぬ『呪い』を持っていることも、何も知らなかった。


男は私を化け物を見る目で見なかった。

ただ、純粋な感謝を瞳に宿して、眩しそうに私を見つめた。



「ありがとう

君がいなければ、俺は野垂れ死んでいた——君は、俺の命の恩人だ」


命の恩人。そんな大層な言葉、生まれて初めて言われた。

いつも「お前のせいで誰かが死ぬ」と言われ続けてきた私が、誰かを生かしたのだ。その事実だけで、胸が痛いほどに震えた。


「俺の名前はルカだ、君の名前は?」


「……知らなくていいでしょ」


「教えてくれないのなら——女神様とでも呼ぼうか?

もしくは聖女様?」


「……リリィよ、変な呼び方するなら追い出すわよ」


それから、ルカが動けるようになるまでの数日間、たくさんの話をしてくれた。


どこまでも続く青い海のこと。

夜になると光り輝く賑やかな大都市のこと。


世界には、この狭くて暗い村の外には、私の知らない美しい世界が無限に広がっているのだと、ルカは楽しそうに教えてくれた。



そして、ルカが旅立つ前日の夜。


ルカは、リリィの粗末な身なりと、村外れで一人きりで生きる異常な状況を見つめ、静かに、けれど真っ直ぐに手を差し伸べた。


「なぁ、もし……リリィさえ良ければ、俺と一緒にここを出ないか?」


「え……?」


「リリィの境遇は分からない

でも、こんな寂しい場所に一人でいるべきじゃないだろ?

俺と一緒に、外の世界を見に行こう!

リリィに、もっとたくさんの美しいものを見せてあげたいんだ」


心臓がどくりと大きく跳ね上がる。



外の世界。



この冷たい小屋ではない場所。

誰も私を忌み子と呼ばない場所。




――行きたい。


——行ってみたい。



激しい渇望が湧き上がると同時に、冷や水を浴びせられたような恐怖が私を襲った。


——ダメだ。


忘れてはいけない。

私は呪われている。


この手を取れば、この優しいルカの未来を奪ってしまうかもしれない。


「ダメ……私は、行ってはダメなの

呪われているから、私と一緒にいたら、ルカが死んでしまう」


リリィは拒絶するように首を振り、涙をこぼした。

しかし、ルカはリリィの言葉を「風変りなおとぎ話」か何かだと思ったのだろう。

怯えるどころか、優しく微笑んで、差し伸べた手を一歩、私へと近づけた。


「そんな馬鹿げた呪い、俺が全部吹き飛ばしてやる

リリィは誰かを殺す化け物なんかじゃない

俺の命を救ってくれた、ただの優しい女の子だ」


ルカの大きな手が、そっと震えるリリィの手を包み込む。


あたたかかった。

幼馴染のカインとは違う、温もりだった。


きっとルカは、私をどこか遠い、広い世界へと連れ出して(救い出して)くれるような、そんな気がした。


「俺を信じろ」


その真っ直ぐな瞳に見つめられた瞬間、リリィの中で、頑なに閉ざしていた心の鍵が、音を立てて壊れた。


もし、本当に呪いなんてものがなくて。


ただの偶然の不幸が重なっただけで。


私も、普通に誰かを好きになって、普通の女の子として幸せになっていいのだとしたら――。



「……うん」



リリィは、零れ落ちる涙を拭うこともせず、ルカの手を強く、強く握り返した。


「私を……ここから連れ出して」


生まれて初めて、自分の意志で、私は『幸せになりたい』と願って光の手を取った。


ルカが小さく笑った。

リリィは、不思議そうに首を傾ける。


「なんで……笑ってるの?」


「いや、そんな顔できるんだなぁって」


リリィが咄嗟に顔を隠すように背ければ、ルカは優しく呟いた。


「もったいなだろ?隠すなよ

リリィが笑ってくれるところを、もっと見てみたい」


「ッ、バカ!!」


――その選択が、すべてを狂わせるとも知らずに。



✧︎ ✧︎ ✧︎


「私、ルカと一緒に村を出るわ」


いつものように小屋へやってきたカインの前に、リリィはルカの手を引いて並んだ。


紹介されたルカは、少し緊張しながらも、真っ直ぐにカインを見据えて頭を下げる。


「突然驚かせてすまない、俺は旅の者だ

リリィの呪いの話も聞いている

俺がリリィをこの狭い鳥籠から連れ出して、外の広い世界で必ず幸せにする」


ルカの力強い言葉に、リリィは胸を熱くしながら、カインの顔を見上げた。


今まで私を支えてくれた彼に、真っ先に私の『光』を見てほしかった。

カインは、カゴを持ったままピタリと動きを止めていた。



夕闇が迫る小屋の中で、カインの表情が一瞬だけ完全に消える。

けれど、すぐにいつも通りの太陽みたいな優しい笑顔で言葉を続けた。


「……そっか

良かった、リリィがそんな風に笑うの、初めて見たよ」


カインは少し寂しげに微笑み、ルカへと向き直る。


「リリィをよろしく頼みます……そうだ、あの子を連れて行く前に、伝えたいことがあるんだ

……ちょっと外で二人だけで話しをしてもいいかな?」


「ああ、いいぜ」


リリィからカインについては、聞いていた。

村の中で唯一、優しくしてくれる大切な人だと。


だからルカは、何の疑いもなく頷いた。

カインがリリィへと振り返り「ちょっと男同士の話をしてくるね」と優しく頭を撫でてくれる。


「うん、ありがとう……!」


リリィは二人の背中を、溢れるほどの感謝で見送った。



大丈夫、私の呪いはただの勘違いだ。


私の大切な人は、誰も死んだりしない。

私は、私の意志で幸せになっていいんだ――そう確信して、私は心の底から安堵していた。


✧︎ ✧︎ ✧︎



「――で、話ってなんだ?」


小屋から少し離れた、鋭い岩肌が剥き出しになった深い崖の縁。

歩みを止めたルカに、カインはゆっくりと振り返った。

その瞳からは、すでに一切のハイライトが消え失せている。


「リリィは、村では『忌み子』って呼ばれてるんだ

あの子が少しでも気にかけた男はみんな、不審な死に方をして消えていく」


「……それがどうした?俺には関係ない

リリィが話したくなったら、その時は直接あいつの口から聞く

——他人から、詮索するように聞くことじゃないだろ」


ルカは強い口調で遮った。

それは、リリィを呪いという偽りの檻から救い出そうとする、確固たる光の意志だった。


「……そうか」


カインの口元が、歪に吊り上がる。


「君は、本当に優しい人なんだね

リリィが惹かれるわけだ

……あ、そうだ!この近くにね、あの子がとっても好きな果実がなってる木があるんだ

旅の途中で食べさせてあげて欲しいなと思って」


「果実? どこに――」


ルカが促されるまま、崖の先へと視線を巡らせた、その一瞬。


「――じゃあね、泥棒さん

あの子は、僕のモノなんだよ」


「っ!?」


温厚だったカインの手が、恐ろしいほどの力でルカの胸を突いた。

重力に引かれ、ルカの身体が崖の向こう側へと、真っ逆さまに落ちていく。


ドサッ、という重い音が遥か下から響き、やがて静寂が戻る。


カインは崖の下を冷ややかに見下ろすと、楽しそうに笑った。


「あーあ、また『呪い』の犠牲者が増えたね」


――お前が、リリィの何を知っている?


――リリィの髪に触れ、リリィの手を引き、リリィに未来を掴ませようとしたんだろ?


——そんなこと“許される”はずがない


✧︎ ✧︎ ✧︎



「あ、あぁ……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!

私のせいで、ルカが……」


ルカは何日待っても帰らなかった。

カインに話を聞いても、話し終えた後はすぐに帰ったと言っていた。


やっぱり、私が『外の世界に行きたい』なんて大それた希望を抱き、彼の手を取ってしまったからだ。

私の呪いが、あの優しい人を殺してしまったんだ。


リリィは、床に伏し、激しい罪悪感と絶望で声を上げて泣き崩れた。




涙が枯れ果てた頃、リリィの背中に、そっと、温かい上着がかけられた。

見上げると、そこにはいつもと変わらない、優しい笑顔のカインが立っていた。


「……たくさん泣いたんだね」


カインはそっと私を抱きしめ、大きな手で、私の背中を優しく、優しくさする。


「リリィ、 外の世界なんて危ないことで溢れてる

それに……いつまでも“嘘吐きな旅人”の為に泣かないでいいんだよ」


「……違う、……ルカは!!黙って居なくなったりしないの……」


「たった数日一緒に居ただけの男より——僕のこと信じてはくれないの?」


「……ッ、でも……」


「リリィ、もう大丈夫

僕はずっと、リリィの傍にいるよ」


「ダメ、ダメよ!!私には呪いが……!

カインまで死んじゃう……っ、だから、離れて……!」


必死に引き剥がそうとするリリィ手を、カインは拒むことなく、ただ包み込むように握りしめた。

その瞳には、私への底知れない慈愛だけが満ちている。


「大丈夫、リリィの呪いなら、僕が全部引き受けてあげる

リリィが世界中から忌み嫌われても、僕だけはリリィを愛し続けるよ……だから、もう泣かないで?」


「……っ、う、あ、ぁ……」


なんて優しい人なのだろう。

誰もが私を恐れて遠ざけるのに、カインだけは、ずっと傍に居てくれてた。


こんな私を——愛してくれる。


リリィは、カインの胸に顔を埋め、その温もりにすがりついて、ただただ涙を流した。


「リリィ」


――私は一生知らない


「僕だけを見ててね」


カインが私の背中をあやす手から、微かに、ルカがつけていた香水の匂いが漂っていたことも。

私を抱きしめながら、その背後で、今度も上手くいったと歓喜に狂った笑みを浮かべていたことも。


私が一生怯え続ける『呪い』の正体が、今、私を誰よりも優しく抱きしめているこの幼馴染(カイン)自身だということも、私は、死ぬまで知ることはないのだ。



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!


短い物語ですが、少しでも心に残る作品になっていたら嬉しいです。



よろしければ、感想や評価をいただけると今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ