灯台守の灯台
私は独眼の巨人だ。
頭部に巨大なガラスの目玉を持ち、海という名の暗黒に向かって、光の矢を放ち続けている。
私の目は、フレネルレンズと呼ばれる何層ものプリズムの集合体だ。
中心の光源から放たれた小さな灯火を、屈折と反射によって増幅し、数十キロ先の沖合まで届く強力なビームへと変換する。
グルン、グルン。
水銀槽の上に浮かぶレンズが、重力に従って回転する。
一分間に三回。
正確な周期。
光、闇、光、闇。
それは私の呼吸であり、海上の迷子たちへの「私はここにいる」というモールス信号だ。
私は岬の突端に立っている。
風が強い。
潮風が私のコンクリートの肌を叩き、塩の粒子を擦り込む。
波が岩壁に砕ける轟音が、私の足元から這い上がってくる。
寂しい場所だ。
陸地の果て。海の始まり。
背後には松林が広がり、前方には死と深淵が口を開けている。
私はその境界線に立つ番人だ。
「今日も荒れるな」
灯台守の爺さんが、螺旋階段を登ってくる。
彼は私が建てられた時から、ずっと私と共にいた。
毎晩、彼は私の目の掃除をする。
アルコールを含ませた布で、レンズを丁寧に拭く。
一点の曇りも許されない。
指紋一つ、埃一つが、光の到達距離を縮め、船の運命を変えてしまうかもしれないのだ。
「頼むぞ」
彼の手は節くれ立ち、皮膚は鮫肌のように荒れていたが、レンズに触れる時だけは、赤子を撫でるように優しかった。
油の匂い。タバコの匂い。潮の匂い。
それが彼の匂いだった。
私は船を見たことがない。
正確には、彼らと「会った」ことがない。
彼らは水平線の彼方、光の届くギリギリの場所を通過していく点に過ぎない。
彼らは私の光を見て、「ああ、あそこが岬だ」「陸地だ」と安堵し、そして遠ざかっていく。
私は近づいてはいけない存在なのだ。
私に近づくということは、座礁を意味する。
私は彼らを愛しているが、彼らを拒絶することでしか守れない。
パラドックス。
だから私は、一方的に光を送る。
届いてくれ。気づいてくれ。そして、無事に帰ってくれ。
片想いの恋文を、一晩に何千通もばら撒く。
ある日、「近代化」という波が押し寄せた。
電球はハロゲンからLEDに変わり、回転装置はモーター制御になった。
そして、無人化が決まった。
「これで俺も御役御免か」
爺さんは寂しそうに笑った。
最後の夜。
彼はいつものようにレンズを磨いた。
「お前は一人でも大丈夫だ。立派な灯台だ」
彼は私の鉄の手すりを叩いた。
泣いていたようにも見えたが、暗くてよくわからなかった。
翌朝、彼は荷物をまとめて去っていった。
白い制服姿の背中が、松林の中に消えていく。
行かないでくれ。
私を一人にしないでくれ。
自動制御装置なんていらない。
私は君の手で光りたかった。
それから、長い時が流れた。
私はオートメーションの機械として、淡々と光を放ち続けた。
掃除に来るのは、月に一度の点検業者だけ。
彼らは事務的で、私に話しかけたりはしない。
レンズは汚れやすくなった。
光が少し弱くなった気がする。
あるいは、私の心が曇ったからだろうか。
嵐の夜。
雷鳴が轟く。
停電。
陸地の灯りが全て消えた。
街も、港も、闇に沈んだ。
だが、私には非常用バッテリーがある。
ウィーン、という音と共に予備電源が起動する。
私は消えない。
この世の全ての光が消えても、私だけは光り続けなければならない。
それが王としての義務。
光の筋が、暴風雨の闇を切り裂く。
その光の中に、私は見た。
一隻の小さな漁船が、波に揉まれているのを。
必死に舵を取り、港への入り口を探している。
迷っている。恐怖に怯えている。
「こっちだ!」
私は叫んだ。
回転を止めて、その船を照らしてやりたかった。
でも、それはできない。
私は規則正しく回ることしかできない。
グルン、グルン。
ほら、ここだ。
岩場はあそこだ。港は右だ。
諦めるな。
船上の男が、顔を上げてこちらを見た。
光が彼の顔を照らし出す。
その顔は、あの灯台守の爺さんの息子だった。
ああ、彼もまた、海に生きていたのか。
船は私の光を道標に、大きく舵を切った。
大波を乗り越え、岩礁を回避し、安全な湾内へと滑り込んでいく。
助かった。
私は安堵のあまり、フィラメントが焼き切れそうになった。
翌朝、空は嘘のように晴れ渡っていた。
私は白亜の塔として、青空にそびえ立つ。
誰も昨夜の私の戦いを知らない。
それでいい。
賞賛はいらない。感謝もいらない。
私はただ、そこに立っているだけでいい。
私は沖合を見つめる。
水平線の彼方。
見えない誰かが、私を頼りにしている限り。
私は回る。
光を送り続ける。
この孤独こそが、私の光の燃料なのだから。




