2-1 旅路
馬車にある七日分程度の食料と水や、バザルにある冒険者ギルドへ配達する荷物の確認を済ませたサールは、馭者に所定の料金を払った。勿論、実費ではなくギルドの経費だ。
サールの確認作業を見ていたミアが、突然「ここには武器を積んでいないのか?」と馭者に尋ねた。これ以上、馭者に怪しまれない為にも、サールは笑って誤魔化す。
「武器を積んでいても、許可がないと帝国領の検問で引っ掛かって押収されちまうよ」
「許可は取れないのか?」
「バザルへ向かうから、商人ならば簡単に許可が出るんだけどな」
「あんたは商人じゃないのか?」
「わしゃあ、ただの馭者だよ」
ミアは残念そうな顔を浮かべて、馭者は怪訝な顔を深めた。焦ったサールは改めて馭者にギルドからの正式な書類を見せた。仕事の派遣でバザルへ行くのだと強調するサールを無視して、馭者はミアに「どうして武器なんだい?」と尋ねた。
「道中で何があるか解らないだろ」
「グリーンロードを通って行く。それも陽の出ている内にしか移動はしない」
「もしものことがある」
「もしもだって?」馭者は大仰に笑う。「グリーンロードは国の兵士だけでなく、ギルドの連中も巡回している。世界で一番安全な道って言われてるんだぜ。もしもの事なんて、ありゃしねぇ」
「もしも、ってのは、ある時はある」
「もしも、神様が居れば助かるさ」
大笑いする馭者を見たミアは、周りに聞こえるように舌打ちをした。手や声を出さないだけでも良かったと、サールは心の中で安心した。冒険者を長くやっていると、慎重な性格になってしまうのだろうし、そうなれない人はもうこの世には居ない。
「まぁ」馭者は馬車へ乗り込みながら言った。「安心してくれ。こう見えても俺は、むかし冒険者ギルドに所属していたんだ。お嬢ちゃん達も安心しな」
ミアは鼻で笑って「どのくらい強かったんだ?」と馭者に問い掛けた。サールとミアと眠ったままのライアは、既に後ろの荷台に乗っており、馬が動き出すのを待っている。
「強かったら今、こんな事をしてねぇわな」
馭者はそう言いながら鞭を打ち、馬を走らせ始めた。王都の舗装された石畳でも、馬車はある程度揺れてしまうらしく、寝ずに麦酒を飲んでいたサールの具合を悪くさせるのに時間は掛らなかった。
王都を出てしばらくすると、一面の麦畑が広がっている。王国が黄金の国と形容されるのは、この美しく輝く丘陵のお陰だ。黄金に輝く麦を見ているだけでも、サールはさっきまで飲んでいた麦酒の味を連想して具合が悪くなったが、ミアは腕を組んだまま座って静かに寝ており、ライアは横になって鼾をかいている。
「昔はここらも酷かった」馭者は馬車を操縦してからずっと喋り続けている。「亞人地区ってのがあったんだけどな、今はあいつらを駆除することに成功したんだ。魔族とか獣族とか、人間以外の奴らがいっぱいいたんだぞ」
サールは痛む頭を押さえながら「へぇ」と返した。馭者を黙らせる方法を考えながらも、サールは職業病で愛想良く返してしまう。サールが水を飲むタイミングすら与えてくれないくらい、馭者はずっと喋り続けてくるのだ。先に寝たミアを恨みながらも、サールは適当に相手をしてあげる。
「戦争は酷かった」
「そうなのですね」
「あんたらは知らないだろうけどな、亞人解放軍っていう碌でもない奴らがいたんだよ。亞人を人間と平等に扱うなんていう、頭のおかしい考えの奴らだ」
「はぁ」
「王国に降臨して下さった神様のお陰で、今はこうして平和になっている。まぁ、神様と言っても、あんたの友達が信仰しているような、抽象的な偶像ではないぞ。実際に存在した、歴史に残る神人さ」
「へぇ」
「未来を見通す神、シモン様のお陰だ。神と形容される方々は何人か居るが、彼の御方が持つ力は別格だろうな。俺は信者なんだよ。俺だけでなく、この王国に住む殆どの民はシモンズさ。あんたも入りたいってのなら、紹介するけど?」
「まぁ」
「見通しの神シモン様亡き今、我々が王国だけでなく世界を導かなくてはならないからな。そんな神様を殺した奴を知ってるか?」
「さぁ」
サールがあからさまに適当な返事を返しても、馭者は全く気にせずに喋り続ける。おしゃべりな奴に限って、相手の話をよく聞き取れないものだと、サールは改めて感じる。口を使うのに必死で、耳を使うのを忘れている馭者だったが、目と手は確かに使って手綱を操っているので、サールは文句を言うのを我慢する。
馭者が神殺しの大罪人の話をしていると、いつの間にか起きていたミアが「そいつは強いのか?」と会話に混ざってきた。もしかするとミアは最初から寝ていなかったのかもしれないと、その時になってサールは思い至る。
「強いも何も、神様を殺すくらいだ。まぁ、罰当たりなクソ野郎だな。シモン様が居てくだされば、何事も上手くいっただろうに、一人の大罪人のせいで世界は混沌とする羽目になった。全ての不安定はそいつのせいだ」
「その大罪人はまだ生きているのか?」
「死んでいるだろ。もう、六十年以上も前の話だ。ほら、王国のそこら中に手配書が貼ってあるだろ、神殺しの大罪人ヘラトールって」
「ぁあ、あれか。生きているから手配書が貼られているんじゃねぇか?」
「神様を殺した人間は呪われる。長生きは出来ねぇ。もうとっくに野垂れ死んでるさ」
「でも、神を殺した者は特別な力を得るって聞いたぞ?」
「それは間違いだ。神を殺して天賦を授かるだとか、馬鹿げた事を言う奴もいるが、本当に授かるのは呪いだよ」
ミアと馭者が何かしら下らない会話をしているおかげで、サールの意識はどんどん遠のいていった。揺れる馬車の中で、退屈な話が煩くても寝られてしまうくらい、サールは疲れていたのだ。




