1-6 出立【プロローグ(私達カリテスの悩み)】
サールが数時間後に再び酒場へ戻ってくると、そこにはテーブルに突っ伏しているライアが居た。ひっくり返ったコップに溢れた麦酒、散らばったカトラリーと、中途半端に手を付けている豆が入った皿、どうやらライアは一人になっても飲んでいたらしい。
「ちょっと、ライア」
サールはライアの肩を揺らす。全く反応をしないライアを見て不安になり、サールは更に力を入れて揺らした。全く動かなかったライアの腕が動き、自身の肩を揺らすサールの手を掴む。
「ライア大丈夫?」
サールの問い掛けに対して、テーブルを顔に伏せたまま「誰ですか?」とライアが答えた。ちゃんと会話が出来ることに安心したサールは、ライアの肩から手を離した。
「誰って、私よ」
「私って、誰ですか?」
「友人の名前を忘れるくらい飲んだの?」
「わたくしに友人なんて居ないです」
不貞腐れているライアに対して、サールは何か優しい言葉をかけようとしたが、さっき言われた悪態を思い出してしまった。嫌味っぽく「帝国を食糧危機に貶める方の友人よ」とサールは返したが、ライアは返事をせず、代わりにイビキのような寝息を立てた。
「朝の祈りに間に合うの?」
サールの言葉に返事する者はいない。ライアは気絶に近い眠りについたらしい。こうなったライアを起こすのは一苦労なので、ミアが来てから何とかするしかない。力仕事はミアの担当だ。
酒場に付いた大きな窓から差し込む陽の光が、魔鉱石のシャンデリアよりも明るくなってきた。そろそろ手配している馬車も到着するだろう。サールは自身が持ってきた鞄を床に下ろそうかと思ったが、恐らくはライアのである吐瀉物が広がっていたので、仕方なく自分の肩に掛けた。
「やあ、やぁ」
ミアは麻袋を持っていない方の手を上げながら近付いてきた。背中には弩と大盾を背負い、腰の横側には二本の剣、後ろ側にダガーサイズの小さな剣を持っている。皮と鉱石を組み合わせたアーマーの上からは深緑のマントを羽織っている。サールからは見えないだけで、ミアはまだまだ武器を持っている。
「ミア、あんた何のつもり?」
「遅れて悪かったよ」
「違う違う」
首を傾げるミアに対して、サールは「ドラゴンでも狩りに行くつもり?」と言った。ミアがドラゴンの所在について尋ねてきたので、サールは大きな溜息を吐いた。
「私達が帝国に行くのは、戦争をしに行くのでもドラゴンを倒しに行くのでもないのよ」
「でも、戦争に巻き込まれるかもしれないし、ドラゴンに襲われるかもしれない」
「帝国の情勢は安定しているわ。それに、道のりだって、グリーンラインを辿って行くのだから、夜に移動しなければ絶対に安全よ」
「でも、闘技場に出る時、自分の得物がいるだろ?」
「要らないわよ、そんなの」
サールが持ってきた皮で作られた四角い鞄には、様々な衣類や化粧道具が入っており、その隙間にギルド関係で使う羊皮紙や仕事道具が入っている。一方でミアは取手すら付いていない大きな麻袋に、戦闘で使う道具や薬品を詰め込んでおり、自身を着飾る物は何一つ入っていない。
「帝国では基本的に武器の持ち込みや携帯が許可されていないわ」
「そんな事ないぞ、前に行った時は何も言われなかった」
「それは、ミアがギルドの依頼を正式に受けていたからか、有名な冒険者だからよ。私達は観光で国を跨ぐのだから、そんな歩く武器庫みたいな格好でいれば、絶対にややこしい事になるわ」
「別に良いじゃねぇか。何か言われたら、その時にどうにかすれば良い」
「何か言ってきた相手を、その武器で殺すつもり?」
ミアは肩を竦めて返事した。少し動いただけでも武器同士がぶつかる物騒な音が鳴る。馬車が来るまでの時間もないし、今からミアに準備をさせるのは不可能だ。サールが「カリテスの目的を忘れないで」と強く言うと、ミアは渋々ではあるが、武器をギルドへ預ける事を了承した。バザルに行けばミアに見合った服も何とかなるだろうし、それまでは少し持ってき過ぎた自分の服が役に立つだろうとサールは考える。
ギルドに武器を預けて帰ってきたミアは、殆ど荷物を持っておらず腰を寂しそうに触る。サールはそれを見て満足げに頷いた後、念の為に「そのマントは?」と尋ねた。
「解ったよ」
やはりマントの下には武器を隠していたのだろう。踵を返すミアを見て、サールは「マント自体が不要よ」と背中に声を掛けた。ミアを好き勝手にさせておけば、武器の密輸で捕まりかねない。
「お待たせ」
戻ってきたミアは武器を剥ぎ取られた盗賊のような格好だった。防具もいらないと説明するのが面倒だったサールは、仕方がないのでそのままにしておく事にした。アーマーのプレートくらいは後で外して貰えばいい。
もう馬車が来ていてもおかしくないので、サールは「じゃあ、早く行きましょう」と改まって言った。
「おっしゃ」
ミアは気合を入れるような掛け声をした後、机に突っ伏しているライアを荷物のように抱えて、安定させるように自身の肩へ担いだ。さっきまで持っていた武器よりは軽いらしく、ミアは涼しい顔で易々と一連の動作を行う。ライアはここに連れて来られた時とは違って、今は抵抗を見せず全く動かない。
「ライアをどうするつもり?」
「どうするって、連れて行くんだよ?」
「何処に?」
「バザルに決まってるだろ」
そう言って歩き出したミアに対して、サールは「ちょっと」と言いながら付いていく。ライアを連れて行ってしまえば、後になって面倒なことになるのは考えなくても想像できる。
「そんな事をしたら、ライアも教会の人が怒るわよ」
「仕方ないだろ、こんな所に一人で置いておく訳にもいかねぇ」
「それなら、教会の前に置いていけば良いじゃない」
「捨て子じゃねぇんだぞ」
サールが伝えたかったのは、教会の人に預かって貰えばいいという意味だが、それはミアにも伝わっている。サールにはライアを抱えて教会にまで運ぶ力はないし、引き摺って行くにしても時間は掛かるだろう。サールは自分の大荷物を持つので精一杯で、誰かの肩を持つのも難しい状況だ。
「だからって」サールはミアの後ろを歩きながら言う。「これじゃあ、本当に誘拐じゃないのよ。ライアにだって教会での作業だか、お祈りだか、何かしらあるだろうし、目が覚めたら絶対に怒って暴れるわよ」
「ライアは誘拐されたのが俺達で運が良かったと思うべきだ。なんなら感謝してくれるかもな。それに、ライアだって帝国に行きたそうにしていたじゃねーか?」
「そういう問題じゃないでしょ」
「ライアも大人だ、自分で決めればいい」
ミアは立ち止まって「どうする?」と言ったから、ライアの尻を太鼓のように叩いた。パンッと結構良い音が鳴るものだと感心したサールは、ミアに続いて軽く尻を叩いた。ライアは「うぅ」と唸っただけで、他には何も反応を見せない。
「行くのか?」
パンッ!
「ぅううう」
パンッ! パンッ!
「行くんだな?」
パンッ! パンッ! パンッ!
「うぅ」
「よしわかった」
パンッ!
「う……」
ミアはライアの尻を何度か叩いて呻かせた後に、再び歩き始めて酒場ラミーから出た。サールが「私は知らないわよ」とやけっぱちに言って、保身の為に当事者としての責任を放棄した。
ギルドの外には既に馬車が待機しており、馭者は不機嫌な顔をして立っている。ミアは「よいしょ」と声を出して、何食わぬ顔でライアを荷台に乗せた。
「お客さん、まさか人攫いじゃないでしょうね?」
怪訝な顔をした馭者が尋ねてきたので、サールは出来るだけの笑顔を浮かべて訳を説明した。理解も納得もしていなさそうな馭者だったが、ライアが生きているという確認と、拘束されていない事を確認したら、まぁ良いかという判断を下した。後の面倒ではなく今の面倒に賭けたのだ。
のがまこでさぁ( ͡° ͜ʖ ͡°)
後の面倒ではなく今の面倒に賭けた。
↑
この表現はどうでしょう?
個人的には気に入っているのですが
伝わりにくいですかね?




