4-9 トイレでの談合
五つほど並んだ扉は全て均一で、個室になったトイレは誰でも落ち着いて利用出来そうだ。陶器で出来た手洗い場は三つあり、全てが真っ白で水滴すらついていない。手洗い場の上にある鏡は全くくすんでおらず、全てを鮮明に反射している。これらが魔法で錬成されている逸品なのか、職人が手作業で作った名品なのか、カリテスの三人にはわからない。
「なんだよ、このトイレ」ミアは床から天井までも見渡す。「クソをするだけの場所が、俺の部屋よりも広いなんて信じられねぇな。どうなってんだよ、ここは」
「それに、ミアさんの家よりも綺麗で良い匂いがしますね」
「悔しいけど否定は出来ねぇな。でも、こと比べれば、ライアの教会だって便所みたいなもんだろ」
「わたくしの教会がトイレなら、ミアさんの家は便器ですよ」
「それか、クソそのものだな」
「ここでトイレをなさるお方は、さぞ綺麗な物を出すのでしょうね」
「花の匂いの物をな」
大きく口を開けて目で笑うミア、くすくすと口を抑えて笑っているが目が濁っているライア、二人を見てサールは大きな溜息を吐く。そうしてサールが呆れている間にも、ミアは床を触った自身の手を嗅ぎ、ライアは初めて見る鏡に驚いている。
「なんだよ?」ミアはサールの冷たい視線に気付く。「早くションベンをしてこいよ。こんなに広いんだ。迷子にならねぇように、ここで待っててやるからよ」
「サールさんはきっと、お小水を溢すのが不安なのですよ」
「溢したら後で拭けばいいだろうがよ」
「トイレがしたい訳じゃないわよ」
「では、どうしてここへ連れて来たのですか?」
「トイレを自慢したかったのか?」
「話があるの」サールは友人二人の目を見る。「まさか貴女達、本当に食事をしていく訳じゃないわよね? 違うわよね? しれっと、帰ってくれないかしら? 今度ラミーで何か奢るから、フライドラゴと一緒に何処かへ飛んで消えてくれないかしら?」
「タダ飯を逃す馬鹿なんて居ねぇだろ」
「神の恵みに感謝ですね」
「ちょっと、ちょっと、二人とも、お願いだから帰ってちょうだい」
サールの剣幕を見たミアとライアは互いに顔を合わせる。ミアが代表して「なんでだよ?」と尋ねると、サールは友人二人を上から下まで舐めるように見て、それが何を意味するのかを悟らせようとした。しかしミアとサールには全く通じない。
「その格好は、ちょっと、ねぇ?」
サールが苦笑いを浮かべながら言うと、ミアとライアは互いに互いの格好を見た後に、近くに在った鏡を使って自身の服装を確認した。立派な鏡にはミアとライアの汚い姿が綺麗に写っており、格好が相応しくないのは認めざるを得ない状況だ。鏡が綺麗すぎるせいか、普段よりも自分が汚れて見えたミアとライアは、再び顔を見合わせてからサールに向き直る。
「裸じゃねぇんだから良いじゃねぇか」
「サールさん、人を身なりや見た目で判断するのは悪ですよ」
「それに、サールの格好だって変じゃねぇかよ」
「そうですよ。欺瞞に満ちた格好です。サールさんは、もっと年齢に見合った格好をするべきです」
「若作りし過ぎて、若いというより幼いじゃねぇか」
「神は仰いました。汚れているからこそ綺麗なのだと。本当に汚いのはサールさんの方では?」
自身の格好を誤魔化す為に、口で攻撃を繰り出したミアとライアだったが、言われた本人であるサールは優しい顔を貼り付けるだけだった。本当は言い返したいサールだったが、自分が頼み事をする立場だという事は解っているので、今は我慢するしかないのだ。機会があれば絶対に仕返しをしてやろうと思いながら、ミアとライアからの悪口にサールは堪える。
「何だよ、黙っちまって」
「そうですよ、まるで、わたくし達が悪者みたいじゃないですか」
「少しは俺らに言い返してこいよ」
「言い返さなくていいので、神に許しを請うて下さい」
「あのね」サールは重々しく言う。「貴女達に察して欲しいと思ったのが間違いだったわ。本当のことを言うとね、これはチャンスなのよ。それも、とても大きなね……」
含みを持たせる語り口調に対して、ミアとライアは茶々を入れることを忘れる。碌でもない友人二人が傾聴しているのを確認してから、サールは話を続ける。
「私は彼の方、そう、アークさんを狙っているの。二人だけで過ごさせてほしいの。はっきり言うと、貴女達は邪魔。貴女達の言う通りで、どれだけ若作りしても、そろそろタイムリミットが近付いている。邪魔をしないで欲しい」
サールは本音を全て言った。一緒に居ると恥ずかしいのも本当だったが、こっちもサールにとっては本音だ。サールの切実な頼みを聞いた後、ライアは「そんなの、知らな……」と話を続けようとしたが、ミアはそれに被せるよう「解った」と言い放つ。ライアだけが納得のいかない表情を浮かべているが、サールは二人に対して感謝の言葉を口にする。
「また今度、ラミーでサールに奢ってもらおう。それでいいだろ、ライア?」
「嫌です。駄目です。ここの食事とラミーの餌とでは、全く違います。釣り合いがとれません」
「ちょうど良いじゃねぇか、俺らには餌がお似合いだ。便所に帰った後に、餌を奢ってもらおう。小汚い俺らには充分だ」
眉間に皺を寄せるライアに対して、ミアは「贅沢は悪だろ?」と告げる。こういった豪華な食事を一度も食べたことがないライアは、無知も悪なのだと言い返そうとしたが、卑しいと思われるのも癪なので我慢した。
「神は仰いました」ライアは人差し指を天井に向ける。「友を優先して苦しむ。その様は愛と形容するに相応しい。友愛に勝る関係性は存在しない。男女間における愛の根幹には、明確な主従関係が存在するものだ。しかし、友愛は対等と平等を重じるべきである。だからこそ、自己を犠牲にする様は美しいのだ。対等と平等の上で成り立つ自己犠牲は、真実の愛でありましょう」
ライアの説法はサールを避難する言を含めたのだが、受け取り方は人それぞれだ。いつの間にかライアが犠牲を払う方になっており、ミアは「いい言葉じゃねぇか」と賞賛の言葉を返し、サールは「解ってくれて感謝するわ」と言った。
ライアは友を優先して犠牲を払えと言ったつもりだ。少なくとも友を犠牲にしろとは言っていない筈なのに、何故かミアとサールは勘違いを続ける。
「ライアも応援してんだ。上手くヤレよ」
「任して頂戴」
「あと、帝国軍が隠している強者を紹介してくれるように頼むわ。俺も相手が欲しいからな」
サールは微笑みながら「いつかね」とミアに返す。友人二人の和やかな雰囲気を見たライアは、何度か顔を左右に振ってみせた。憧れの豪華な食事では満たされない何かを、ライアは感じ取ってしまったのだ。
「サールさん。頑張って下さいね……」
「ありがとう、ライア」
サールの乙女のような顔を見たライアは、友人の恋が上手くいく事と、いつか高級な料理を口にする機会を切に願う。ライアは祈るのではなく願ったのだ。




