4-7 ミアの弱点
今もなお飛び続けているフライドラゴがバテているのを見て、攻撃するなら今だなと思うミアは、冒険者としては優秀だが、ペットを飼う身としては最低だと、我ながら思う。打って変わってライアは、フライドラゴの頭を労るように撫でる。ライアはフライドラゴがバテている事に気付いている訳ではなく、ただ単に可愛くて触り心地がいいから触っているのだ。
「サールのやつ、どこにもいねぇ」
「もしかして、ギャンブル船じゃないですか?」
ライアの言葉に対して、ミアが「それはないだろ」と言ったが、それは願望の入った返事だ。ギャンブル船に居ないでくれという願いが、ミアにそう言わせている。
「どうしてですか?」
「どうしてもだ」
「ギャンブル船に囚われているかもですよ?」
「本当はライアがギャンブルしたいだけだろ?」
ミアが誤魔化す為に言った適当な推察は、ライアの本心を言い当てた。ライアはギャンブル船へ行ってみたかったし、行ったからには何かしら神へ赦しを請いたかったのだ。ライアは「そんな訳ありません」と語尾を強めて言ったが、どうして怒っているのかミアには解らなかった。
「実はな」仕方がないと思ったミアは語り出す。「俺は海とか船が大嫌いなんだよ。本当は海に近付くのも嫌だし、こうして右手に広がる海を見るのも辛いんだ。船に乗って海に浮かぶなんて、俺は正気じゃ居られなくなるぞ」
「またまたぁ、冗談ですよね?」
「マジだ。だから俺は内陸国の王国に住んでいる」
友人の意外な一面を見たライアは、何かしら神の言葉を引用しようと思ったが、手綱を握っていては片手を上げて天を指さす事が出来ないので、とりあえずはやめておいた。
「ですけど」ライアはミアを虐めるように言う。「本当にサールさんが囚われているかもしれませんよ。今頃、ギャンブルの景品にされているかもしれません。ほら、この国では、サールさんの姿は目を惹きますから。わたくしが一発当てて、サールさんを取り戻して見せますよ」
ミアは「それはないだろう」と口では言いつつも、頭では完璧に否定出来なかった。ミアにとって船は不幸の象徴で、海ほど恐ろしく禍々しい場所はない。そんなミアにとって最悪の場所に、友人が囚われていても不思議ではない。
「これだけ空から探しても見つからないんですよ?」
「人が多すぎるせいだ」
「やっぱし、どこかで囚われているのでしょう」
「そうだとしたら、交渉の余地があるはずだ」
「そういえば、手紙には何て書いてあったのですか?」
ミアは「確か……」と言いながら、ポケットに入れていた手紙を取り出す。ミアはフライドラゴに乗っていても、脚だけで器用にバランスをとり、見つけた時と同じように折りたたまれていた手紙を再び広げる。
「あちっ」
背後に居るミアが叫んだのを聞いて、ライアは首だけを後ろに向けた。ライアは一瞬だけ青い炎を視界に捉えたが、残っていたのは驚くミアの顔と、紙が燃えた時に出る灰が飛び散っている所だけだ。
「どうしたのですか?」
「紙を広げたら急に燃えやがった」
「どうしてですか?」
「知るかよ」ミアは火傷した指を振って冷やす。「たぶん魔法だろ。二回目に広げた時に、燃え上がるように仕組まれてたんだ。唯一の証拠と手掛かりが、灰になりやがった」
ミアは「クソが」と言いながら、フライドラゴの翼が作り出す風圧によって、紙の灰が四散していくのを眺める。ここにミアのパーティーメンバーである、魔法使いの少女がいれば、きっと灰からでも手紙を復元出来ただろうし、魔法を分析して何かの手掛かりを得られただろう。
「何が書かれていたか覚えていないのですか?」
「それが……」
性格と同様に何時もキレているミアの頭は、靄が掛かったかのように鈍くなる。友人は預かっただとか、親友は捕まっただか、もっと違う文章だったかもしれないが、ミアは上手く思い出せない。五つ折になっている手紙を広げて、それをライアに見せた時の景色や臭いまで覚えているミアだが、文字だけが上手く思い出せないのだ。
ミアは望みもなしに「ライアは覚えているか?」と尋ねたが、回答は予想通りだった。否定したライアを責められないミアは、自分を心の中で罵った。
「精神操作の魔法も込められていたんだ。手の込んだ事をしやがって」
「そんなのがあるのですね」
「小細工や精神操作の魔法を好き好んで使うなんて、なかなかに優秀で相当に変態だ。相手は何が目当てなんだ?」
サールが目当てなのか自分が目当てなのか、検討が付かないミアは苛立ちを募らせる。
「何か手紙で覚えてる事はあるか?」
「ミアさんは、ただ、攫われたと仰っていました」
「サールが攫われたって?」
「はい。サールが攫われたと仰っていました」
ミアの記憶は余計に曖昧となる。確かにサールが攫われたと言った気がするが、サールが攫われたとは書いていなかった気がするミアは、いま自分が何をしているのかも解らなくなりそうだ。本当にサールが攫われたのかが、ミアには解らない。なぜなら、全てが勘違いなのだとミアの勘が告げている。
「ライアがデクスターってやつの特徴を思い出せないのも、精神魔法のせいじゃないか? そうだとしたら、やっぱりデクスターが犯人か?」
ライアはミアの考察を否定すべきか考える。ライアからすれば、人は人だし動物は動物であって、詳細なディティールはそこまで気にならないのだ。豚の個体を見分けられないように、人だって同じように見分けられないのが、ライアの本音だった。二足歩行で目と鼻と口があれば、どれも同じように思えてしまうライアは、魔法の影響で人の顔を覚えられない訳ではない。
「それはどうでしょうか?」
「絶対にそうだな。俺の勘がそう言っている」
「ミアさんはもっと現実的かと思っていました」
「勘そのものはあれだけどな、俺の勘は特別だ。本当に当たるんだよ。それが現実だ。経験に沿って言っている」
「では、その勘とやらでサールさんを見つけて下さい」
「そんな便利なものじゃねぇ。だけどな、サールはきっと無事だ。俺の勘がそう言っている」
「わたくしもその勘は信じますよ」
「その代わり」ライアは海の方にフライドラゴの頭を向ける。「ミアさんも、わたくしの事を信じて下さい。サールさん、もしくはデクスターさんは、ギャンブル船に居ます。わたくしの勘がそう言っているのです」
ここまで言い切るライアを、少しくらいは信じてもいい気がしてきたミアは、ギャンブル船に乗る覚悟を決める。ミアは自分が船の上にいる事を考えただけで、嫌な汗が背中を伝うが、サールを助ける為なら何だってするし、しなければならないと思っている。海の水を飲み干す事だって、友人の為ならミアは試みる気概だ。
「解った」
「じゃあ、行きましょう」
覚悟の決まったミアの声とは裏腹に、ライアの声は浮ついていた。ライアはギャンブル船の方へと、体を傾けながら無理やり手綱を引っ張り、フライドラゴは苦しそうに鳴く。フライドラゴの体が震えるのを感じたミアは、ライアに「少し待て」と言った。
「善は急げですよ」
「そうは言っても、フライドラゴが疲れている」
「だから何ですか?」
「海に落っこちたくないだろ?」
ミアの言いたい事を理解するのに、ライアは少しだけ時間を要した。ギャンブルをしたいが余りに、周りを気遣う余裕がなくなっていたライアは、早くも罪の恐ろしさを知る。人間はこうやって堕落するのだろうし、それを禁ずるのは当然だと、ライアは改めて考える。やはり賭け事をするのはやめて、友人を探す為だけにギャンブル船へ行こうと、ライアは心の中で誓う。ライアが己を恥じて反省している間にも、フライドラゴの息は上がっていく。
ライアはフライドラゴの頭を撫でながら、下を見て降りられそうな場所を探す。しかし、大通りを含めた道という道は、人の頭で埋め尽くされている。建物にはどれも角度の付いた屋根があり、フライドラゴが上手く降りられるか心配だったし、もし着陸でても自分がずり落ちてしまうのではないかとライアは不安になる。
「とりあえず下へ降りますよ」「
ライアはそう言って高度を下げようとしたが、ミアが「馬鹿か、やめろ」と大きな声で返す。ミアはライアの服を引っ張って、高度を下げようとするのを阻止する。
「下の奴に恨みでもあるのか?」
「どういう事ですか?」
「誰の頭に着陸するつもりだって事だよ。このまま降りれば、何人も下敷きになるぞ」
「ゆっくり降りれば、みんな避けてくれますよ」
「こんなに人が居るんだぞ。みんな何処に避けるっていうんだよ?」
それもそうかとライアは納得して、高度を下げるのをやめた。民衆がドミノ倒しになって、何十人かが死に何百人が怪我をするのを救ったミアは、ライアの短絡的な行動にいつもハラハラさせられている。
「じゃあ、何処に降りましょう」
「あそこはどうだ?」
「何処ですか?」
「あそこの無駄に広いところだ」
ミアはライアにも見えるように指を差す。ライアの視力ではあまり認識出来ないが、確かに開けた場所がありそうだった。建物の多いバザル中心部でも、件の場所は人工的に手入れされた綺麗な緑のある空間だ。




