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カリテスの恋路  作者: 野神 真琴
ロネパニア帝国 遠征編
26/27

4-6 アークの計算

 運ばれてきた料理の数々は、どれも宝石のように輝いており、多彩な彩りを添えた皿は、まさに宝石箱のようだった。グラスに注がれた果実酒は、まずは軽い口当たりの物から始まり、段々と濃くなっていったが、全てが食事を引き立てるのに添えられた花のようだ。


「サール様は食べる姿が美しいですね」


 アークは純粋に褒めたつもりだったが、サールの表情から汲み取るに、失言だったと悟る。サールは微笑を作りながら「どうも」とだけ返したが、馬鹿にされているのではないかと考える。テーブルマナーの事かもしれないし、自分の体型の事かもしれないと、サールは少し酔った頭で考えたが、答えは見つかりそうにない。


「そういえば」アークは話を無理やり変える。「そろそろ、エウティミア様の二戦目が始まりますね。勿論、一戦目で勝っていればの話ですけど」


「大丈夫でしょうかね?」

「そうですね。エウティミア様が無事だといいのですけど」


「違いますよ」サールは笑う。「私が心配しているのは相手の方です。もしかすると、ミアにボコボコにされてトラウマを植え付けられているかもしれないですからね」


 サールが友人の実力を過信して言っているのか、冒険者の受付嬢として分析した結果、負ける訳ないと読んでいるのか、アークには解らなかったが、恐らくは後者だろうと感じた。アークは「エウティミア様が負ける訳がないと?」と素直に尋ねた。


「ミアは絶対に勝ちますから、無駄な心配は不要ですよ」

「そうなのですか?」

「一戦目は確かテムノールという傭兵。何があっても、ミアが負ける訳はないですね」


 アークは「武器がなくて素手でも?」と尋ねたい気持ちを抑えて、サールが見せる自信の根拠を探る。訝しげな顔を浮かべるアークを見たサールは、冒険者ギルドの受付嬢として、自身の情報収集能力を自慢したくなる。


「何があってもですか?」


「そうです」サールはミアの強さを自分事のように誇らしげに言う。「相手は恐らく、身体強化や増強の、薬物と魔法を使ってくるでしょうけど、ミアなら簡単にあしらえるでしょうね」


「テムノールという方の事にも詳しいのですか?」

「テムノール、シェオル闘国出身。といっても、シェオルは国とは名ばかりの、武神を祀る紛争地域です。周辺国家間の不干渉地帯みたいな場所ですね。テムノールの武器は『骨折り』と呼ばれる特殊なタパンガ。使われた者、即ち切られた相手は骨を砕かれ、そして使う者すらも武器の重さで自身の手首を折ると言われている武器です。そんな誰も使いたがらない武器を操り、非常に重い一撃を与えることから、傭兵の中では『骨折りテムノール』と呼ばれているそうです。テムノールのタパンガは脅威ですが、まぁミアには当たらないでしょうね」

「当たらない?」

「得意な武器や専用の武器を極める人は多いですし、テムノールも骨折りしか使わないそうです。彼のリストは異常に発達していて、骨折りを使いこなす為に相当努力したとか。ですけど、そういう人は芸が少ないのですよ。ミアは何の武器でも使えます。その器用さが強さなのですよ」


「驚きました」アークは素直に感心する。「サールさんは詳しいのですね。一体、そんな情報はどこから?」


 サールは果実酒を飲んでから、艶やかに「冒険者ギルドの情報網は凄いですよ」と言って、片目を一瞬だけ閉じてアークを見やる。アークは自身の無知さを恥じるよりも、サールの美しさに心を持って行かれてしまい、一瞬だけ全ての仕事を忘れてしまう。


「エウティミア様はそれほどまでにお強いのですね」

「まぁ、ミアが本気を出せば一対一で負ける事はないと思いますよ」


「そうなのですね」アークは自身のこめかみを人差し指で触る。「エウティミア様は旅人冒険者に戻らないのでしょうか?」


 冒険者には旅人冒険者と看板冒険者の二種類が存在しており、旅をするのを目的とした冒険者と、一箇所の地域に腰を据えて獣やモンスターを相手取る依頼を受ける冒険者が居る。大概は旅をして世界の見聞を広めるのを目的とする冒険者から始まり、各所で名を残した後にホームを決めるのがセオリーだ。ミアが世界を旅して選んだのは、王国という土地とラミーというギルドだ。


「それはないですよ」


 サールは自分に言い聞かせるように言った。ミアのような伝説の、歌にも謳われる冒険者がいれば、冒険者の少ない王国内でもラミーというギルドは箔がつく。それに、ミアという愉快で騒がしい友人が、自分の近くから離れていくのが寂しいという気持ちもサールにはあるのだ。


「王国は良い国ですからね」


 アークが放つ素直な言葉を、サールは皮肉と捉えて苦笑いする。サールからすれば、広い世界を旅したミアが、どうして王国とラミーを選んだのかは謎だ。


「帝国の方が良い国ですよ」


 サールが放つ素直な言葉を、アークは皮肉と捉えた。確かに帝国の方が栄えて見えるだろうし、一般的な人々からすれば王国は落ち目と思われている。それでも、帝国の内情を知っているアークからすれば、王国のような安定した国は羨ましかった。


「そうですかね?」


アークは王国のような絶対的な王政が必要だと考えている。帝国は一市民を大切にしすぎるのだ。それは国家運営の当事者ではない、民意という愚策を汲むこととなり、国家は衰退していくのだ。小市民は呑気なものだとアークは少しだけ呆れてしまう。


「王国に住んでみれば解りますよ」


 サールは帝国のような民に目をむける政策が王国に必要だと考えている。腐敗した王家や貴族は、私腹を肥やす事ばかりに躍起で、市民の声なんて二の次だ。国家運営を行う人間は市民を道具だとしか思っていないのだと、サールは常々考えている。


 目の前に居る美しい女性と一緒に住めるなら、帝国でも王国でもいいなんて考えるアークに対して、サールは「今の皇帝は素晴らしいのでしょう?」と問い掛けた。


「世の中、前の皇帝は常に悪ですよ」

「どういう事でしょうか?」

「未来を明るく見せるのに躍起なだけです。歴史は帝国史最悪と帝国史最高を繰り返していますが、それは事実なのでしょうか?」

「プロパガンダですか?」

「王国を見習って勉強したんですよ」


そう言って微笑むアークを見て、サールは言及するのをやめた。アークから黒い何かを感じたサールは、何か話を変えようと努める。明るい話も思い付かないので、サールは「そういえば」と見切り発車で口を開く。


「冒険者ギルドに貼ってあった紙を見ましたよ」

「紙ですか?」

「帝国空軍のやつです」


「ぁあ」アークはそう言って再びこめかみを触る。「帝国では陸以外の軍備も進めております。中でも水軍は近い内に世界を取りますよ。六つある海を帝国水軍が制覇するのも近いでしょう」


 空軍の話をしているのに、水軍の話に持っていくアークを見て、ライアはそっちが好きなのかと気付く。サールが知る冒険者ギルドの見解では、六つある海の三つを制覇しているという、ヴィリアリスコ海賊団の方に勢いがありそうだが、アークはそう思っていないらしい。


「そうなのですか?」

「勿論ですとも。ここ、バザルも将来的には水軍の軍事拠点になる予定です」

「それは初耳です。もしかして、あのギャンブル船も関わっているとかですか?」


「申し訳ございません」アークは満足気に言う。「これ以上は、軍事機密になりますので。しかし、ここだけの話ですが、その答えはイエスですよ」


 アークはブラフを混ぜた情報を語って、これがどう後にどう影響するかを観察する事にした。知れ渡っても差し支えのない本当の情報と、何なら知れ渡っても欲しいブラフは、ただのギルド受付嬢であるサールには重すぎる話だ。アークの部下は何人かギルドに忍び込んでおり、サールがここでの話をするかどうか、報告書をみればすぐに解るだろう。アークはサールという女性が信用できるか否かの、極めて個人的な試し行為も行っているのだ。


「そうなのですね」

「秘密にしておいて下さい」

「解りました……」


サールは今聴いたことをギルドに報告するか考える。個人的に聞いた事ではあるが、帝国の閣下が言っている情報は貴重で重要だ。話すかどうかは世間の流れと、アークとの個人的な関係によって判断しようと、サールは密かに決めておいた。もしも、冒険者ギルドが総意として、ヴィリアリスコ海賊団の方に海の秩序を委ねるとなった時か、アークとの縁が完全に切れた時にでも、今聴いた話を報告すれば良いだろうと、サールは呑気に考える。


「空軍の方はどうなのですか?」

「神の運営する魔女国家と、浮島などの宗国への牽制にはなりますね。今の所は、かの魔法の女神と友好関係を保てているので、空軍の配備は優先事項ではないです」

「そうなのですね」

「最近は悪さをする魔女も多いので、フライドラゴの使役を成功させたのは大きいです。他にも様々な動物や魔物を使役する研究が、帝国では盛んに行われています。本当は私も研究に参加したいのですが、皇帝陛下からの命令は汚れる仕事ばかりです」


 帝国と魔女国家との戦争が近い事は、ある程度の情報通なら知っている事だが、サールはそれを知らないのだとアークは判断する。神を殺す足掛かりを探す事こそ、アークの授かった大きな命令であるが、本当は動物や魔物の研究職に就きたいのが本音だ。


「猿や獣の研究をしたいなら、是非、冒険者ギルドにお越し下さい」


 サールの言った冗談にアークは顔を綻ばせる。冒険者だけでなくギルド全体を手懐けるのは、まだまだ先になるだろうなんて、アークはぼんやりと対局を想像する。


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