4-4 初デート
アークの目前に座る女性は、彼が今まで見てきた誰よりも美しかった。仕事とプライベートの境界線をぼかして、アークは目の前の女子に対して甘い言葉を投げ掛けたくなる。
「サール様というのは本名で?」
アークがそう尋ねると、サールは上品に首を振った。サールの贅沢な体付きは何よりも豪華で、その姿からは芸術性を見出せると、アークはついつい見入ってしまう。
「本名のタリアーから付けられた渾名です」
「そうでございましたか。とても素敵な名前ですね、タリアー様」
サールは「ありがとうございます」と返したが、アークから妙に距離を空けられた様な気がして、警戒されているのではないかと不安になった。このアークという男が、どんな人間なのか掴めないサールにとって、唯一解っているのは胸が好きという事だけだ。胸と顔で視線を行き来させるアークを見ても、サールには先ほどのような不快感はなく、むしろ好機だと胸を躍らせた。
「今日は誘って下さり、ありがとう御座います」
「こちらこそありがとう御座います。タリアー様のような美しい女性と食事できるなんて、今日は本当に良い日で御座います」
ミアの試合を観る為に闘技場へ向かっていたサールは、道中でアークと再開して、こうして昼食に誘われたのだ。最初は誘いを断ろうかとも考えたサールだが、バザルに入る時に行った汚名を晴らすチャンスを棒にすることも出来なかった。サールは友人二人に申し訳ないと思いつつ、また、友人なら解ってくれるだろうという思いで了承したのだ。
「私もアークさんと一緒に食事が出来て嬉しいです」
サールは食事に来て本当に良かったと思っていた。アークが連れて来た場所は、サールが今まで入ったレストランの中でも、最も格やら値段やらが高いのは間違いない。自分の月収以上しそうな料理、カトラリーに至っては年収以上しそうだと、サールは考察する。
「ここは外とは違って静かですので、ゆっくりと、くつろいで楽しみましょう。これから、何品か料理が運ばれて来ますので」
サールは周りにも目を向けた。ここに来ている客の全員があからさまに裕福で、余裕というものを体現しているような人達だ。しかし、サールも格好だけは負けていない自信がある。サールが借金をして買った服は、控えめに見ても誰よりもお洒落だと自負しているのだ。
「こんな自然が街中にあるなんて、素敵ですね」
「ここはバザルのオアシスと形容されていますから」
大きなガラス窓は本当に存在するのか疑わしい程に透明で、その奥にある広い庭を見ていると、この場所が建物の密集した都会の街という事を忘れそうになる。開けた庭とお洒落な人々は、サールが普段見ながら食事する、狭くて暗くて汚いラミーとは大違いだ。
「オアシスで食べる料理が楽しみです」
「タリアー様のお口に合えばいいのですが」
「サールで良いですよ。アークさん」
サールの友好的な笑みを見たアークは、初対面の時との代わりように驚きを隠せなかった。媚び諂うのが得意なアークだが、逆にやられるのは苦手だ。自分がそうであるように、相手も何かしらの意図があって、わざわざ下手に出ているのだと、アークは勘繰ってしまうのだ。媚び諂いは無料で出来る策謀で、プライドは損失を生む無謀だと、アークの変わった価値観が、せっかくのデートに水を差す。
「少しいいですか?」
「はい?」
サールの疑問を肯定と捉えたアークは、人差し指で机をなぞりながら、小さな声で魔法を唱える。アークが指でなぞった箇所は、魔法陣となって一瞬だけ発光したが、直ぐに何事もなかったかのように消えた。
「これは?」サールは周りを見ながら言う。「何かの魔法を使ったのですか?」
周りの声がどんどん遠のいていって、やがては無音となったが、サールの声だけは明瞭に聞こえた。食器がぶつかる音、食事を楽しむ人々の声、優雅な弦楽器が奏でる音楽、それらが一気に無くなったので、サールは少しだけ困惑していた。
「念の為に防諜の魔法を使っておきました」
「えっ?」
「自分は敵が多いものでして」
「敵ですか?」
サールという女性の内面が解りつつあるので、アークは「そういう立場でして」と言ってみた。アークの予想通りサールは目を輝かせながら納得したように頷く。やはり自分の地位や金が目当てだと解って、アークは少しだけ残念に思う。良く言えば賢い人間で、悪く言えば汚い人間だと、アークはサールの評価を変える。良くも悪くもサールは美しい女性だというのが、アークにとっての結論だ。
「ミアから聞きましたよ。なんでも偉い人なのですって?」
「そんなこと御座いませんよ。軍の内部からは嫌われておりますし、ですから敵が多いのですよ」
「ですけど、最年少で将官になられるなんて、とても凄いです」
断られると思って食事に誘ったアークだったが、今では何をしても断られなさそうな雰囲気を感じた。アークは「自分は凄くも偉くもありません」と言い切りながら、自身のこめかみを人差し指で撫でる。
「ご謙遜なさらないで下さい」
サールはそう言ってアークの目を真っ直ぐ見つめる。ここまで謙虚な偉い人を見たのは初めてだったサールは、アークの思慮深い目に惚れ込んでしまう。悪く言えば自信の欠如した情けない男性だが、良く言えば低姿勢な紳士だと、サールはアークの評価を変える。良くも悪くもアークは金持ちだというのが、サールにとっての結論だ。
「謙遜などでは御座いません」
「アークさんは凄いから将官になれたし、偉いから将官になれたのですよ」
アークが受けている軍部での評価は様々だが、大半の仲間からは「帝国軍人で一番の実力不足」だと思われているのが事実だ。運が良くて出世しただとか、上役に媚びるのが仕事だとか、周りからは散々な言われようだが、なぜ自分のような凡人がこの地位についているのかを、アークはよく解っているのだ。
「我が国の人材不足を憂うばかりです」
アークの本音を聞いたサールは、冗談と受け取って静かに笑う。この低姿勢な姿が、サールにとっては魅力的に映る。サールが今まで関わってきた成り上がりと呼ばれる男性は二種類おり、一つは過剰なまでに地位や名誉に拘るプライドの高い人間で、もう一つはアークのような初心を忘れない人間だ。プライドの高い人間の方が扱いやすかったりもするが、サールの本心ではアークのような人間の方が好感を持てた。
「アークさんはどうして軍に?」
国の為にと答えようかと迷ったアークだったが、結局は「なんとなくですね」と正直に答えた。サールの表情を伺うに、特に怪しい雰囲気はなさそうだ。こういった小さな伏線や試し行為で、相手がスパイかどうかを見分けるのが、アークの癖になってしまっている。
「帝国の権力者は、みんなアークさんみたいにスマートなのですか?」
「王国は違うのですか?」
「全くですよ」サールは断言する。「アークさんのように紳士な男性はいません。王国の貴族や偉い人達はみんな、自分の力を誇示するのに必死です。高い服や物を自慢するような、女々しい人しかいませんよ。全くスマートじゃないです」
「王国の権力者達は、皆おっぱいが付いていますからね」
アークの冗談に対してサールは艶やかに笑う。帝国側でもなく王国側でもなさそうな、純粋な笑みを浮かべるサールを見て、アークは胸を撫で下ろした。




