4-3 虎の威を借る
過ぎ行く街並みと人混みに目を通しながら、ライアは「普段からこれで移動しましょう」と言った。人混みの中でもミアの足は止まる事はなく、器用に体を動かしながら、うまい具合に掻き分けて進んでいく。その速さはそこらの貧弱な馬よりも速いかも知れないと、ライアは素直に関心をしていた。
「次はライアが下だぞ」
「ミアさんは馬を担いで走る人が居たらどう思いますか?」
「そりゃ、バカだろ」
「そういう事です」
「誰が馬だよ」
ミアは一定の呼吸を保ちながら、息切れしないように走っていく。ライアは体の力を抜くのが上手いらしく、変に力むこともないので、落下する心配はなさそうだ。ミアとライアの体は一体となって、賑やかな街を誰よりも早く駆けていく。
「あれ」ライアが指を指す。「次の角を右に曲がれば、ギャンブル船行きの広場があるようです。急いで下さい」
ミアは「落ちるなよ」と怒鳴りながら、全速力で走ってみせた。馬よりも酷い扱いを受けている気がしたミアだったが、怒りを脚に込めて速度を上げる。あまりの速度にライアは驚きながらも、うまく対応して見せるので、ミアは少しだけ試してみる事にした。
ミアは脚に気を込めて石畳を抉りながら跳躍する。ライアは「わぁ」と声を上げながら、浮かれた人々の頭頂部を見る。フライドラゴなんて乗らなくても、ミアなら飛べるかも知れないとライアは思う。
肩車をしたミアとライアは、速度を維持したまま宙へ浮き、曲がり角にある建物へぶつかるように、何十人もの人を飛び越えていく。ライアが「ミアさん」と何度も叫んだが、その心配も杞憂に終わり、ミアは建物へと靴底を向けて、そこで直角に曲がるよう建物の壁を蹴り飛ばす。
鏃の気分になったライアは、次の着地点を心配する。このままだと誰かの頭か、石畳に突き刺さってしまうのではないかと不安になったので、ライアは目を閉じて神に祈りを捧げた。
「よいしょ」ミアは石畳を削りながら着地する。「大したもんだよライア。ここまで脱力できるのなら、きっと何でも乗りこなせるだろうな。怖くなかったのか?」
ライアが目を開けると開けた広場に着地しており、周りの人達が注目していた。近くに居るフライドラゴまでもが、人間離れした二人の動きに注目しているのを感じる。
「降ろして下さい」
ライアがそう言うと、ミアは体制を低くして降りやすいようにした。地面に降りたライアは、石畳を確認するように何歩か歩く。ライアは自身のひ弱な足が、これほどまでに愛おしくなるとは思いもしなかった。
「次に跳ぶ時は、事前に教えて下さい」
「それじゃあ、つまんないだろうがよ」
「それもそうですかね?」
ミアとライアが会話をしている中、周りの人々は二人の噂話をしている。闘技場でミアの試合を見ていた人達は、彼女が普通とは違うと知っていたのだが、それ以外の人達は怪訝な顔を浮かべている。
「お前達」帝国兵士が恐る恐る近付きながら言う。「そこの、建物から飛び降りてきたのか?」
「いや、あの建物を反射して来たんだ」
「まさか、魔女じゃないだろうな?」
「あんたをあの建物まで蹴り飛ばせば、魔女じゃないって証明になるか?」
帝国兵士は身構えながら剣の柄に手を添える。ミアに任していれば国際問題に発展しかねないので、ライアが「違うのです」と割って入った。無害そうなライアを見た帝国兵士は、明らかに安堵の表情を見せる。
「騎士様、実は友人が攫われたのですよ」
「俺達は騎士じゃない。帝国軍人だぞ」
「助けて欲しいのです。騎士、じゃなくて、その、兵士様? 帝国の名高い兵士様は、市民を守るのが仕事ですよね?」
「お前達は帝国市民なのか? 帝国に騎士なんて居ないぞ?」
「めんどくせぇ奴だな」ミアが兵士に怒鳴る。「そこのフライドラゴを貸してくれって話だ。事態は一刻を争う。空から友人を探すから、少しの間だけ借りるぞ。ちゃんと返すから」
ミアが動こうとすると、周りに居る兵士達が剣を抜きながら取り囲む。緊張した空気が一気に漂い、数匹のフライドラゴは金切り声を出す。賢い一般人はこの場から少しでも離れようと努め、酔っ払いや野次馬達は見物を続けた。
「ミアさん、ここは私に任して下さい」
ライアがそう言うと、帝国兵士の誰かが「ミア?」と小声で返した。そこでライアは新たな作戦を思い付いた。ミアがこの街でも名が知られているのだから、これを利用しない手はないだろうと、ライアは小賢しい事を考える。己の信ずる神様よりも影響力がある事は癪だが、ライアにはミアの名前を利用する方法しか思いつかなかった。
「エウティミアさん、そう、王国で最強の冒険者チーム、ヘイスなんたらのリーダー、エウティミアさん」
周りの帝国兵士達の顔色が変わっていくのを、ライアは感じていた。有名な冒険者、それも圧倒的な強者を敵にしたくないのは、王国でも帝国でも変わり無いのだろう。ライアが「帝国の兵士様なら、話せば解ってくれます」と皆に聞こえるように言うと、何人かの帝国兵士は剣を下げながら頷く。
「お前、いや、貴女が名高いエウティミアなのか?」
大勢居る帝国兵士の中で、一番偉そうな人が訪ねる。ミアが「確認するか?」と言って腰の短剣に手をやろうとすると、件の兵士が周りに目配せをする。向けられていた剣は一斉に仕舞われていく。
「貴女のような冒険者が何用だ?」
「フライドラゴを貸して欲しいんだ」
「いくら、エウティミアとはいえ、それは出来ない」
ライアはミアに「さっき会った閣下の名前を出して下さい」と耳打ちをする。ミアにはライアが何を伝えたかったのか理解出来なかった。どうしてアークの名を出さないといけないのか解らないミアは、ライアの耳打ちに対して首を傾げる。
「閣下の名前は何でしたっけ?」
「アークの事だよな?」
「本名は何ですか?」
「そういえば知らないな」
アークは自分の情報を言いたがらないし、ミアは無理やり聞こうともしなかったので、何度か会った事のある間柄でも本名は知らなかったのだ。ライアは一か八かで「アーク閣下に許可を貰っています」と胸を張って言った。
「アーク?」
「そうです。アーク閣下をご存知でないのですか?」
「マルクス、ウィプサニウス、アグリッパ閣下の事か?」
「いかにも、です」
周りの兵士達は「アグリッパ閣下が?」と口々に言う。アークの事を嫌う軍人は多いが、一応は閣下という地位についているので、無理に逆らう事が出来ないのが現実だ。
ミアが「なにを……」と言ったところで、ライアが口を塞いだ。出来ればミアは嘘を吐きたくなかったのだが、自信のありそうなライアに合わせる事にした。もしもアークに怒られれば、全てライアとついでにサールのせいにする事で、ミアの中で折り合いがついたのだ。
「アグリッパ閣下が許可を?」
兵士は猜疑心を隠さずに尋ねる。しかし、アークの良くない噂を聞く限り、彼の将校なら有り得るとも兵士は考える。皇帝陛下から直々に部隊を与えられ、自由な裁量権を利用して勝手な事をするのが、アークという最年少で将校になった人間だと、軍の中で共通する評判だ。噂に聞く将校ならば、勝手にフライドラゴを貸し出す許可も与えかねない。
「そうです。マルケス、なんたら、アグリップ閣下の命令ですとも」
ライアは人差し指を空に向ける。神は誰かを騙してでも友人を救えと仰っているのだと、ライアは自身に言い聞かせながら、得意分野でもある嘘を滔々と吐き始めた。




