4-2 ライアの妙案
「みんな」ミアは声を張ってギルド内に響かせる。「次にサールを見つけたら、俺が探していると伝えておいてくれ。あと、他に何か情報があるなら、いま教えてくれ。些細な情報でいいから」
有象無象の冒険者達は顔を見合わせたり、何も言わずに顔を横に振ったりしており、これ以上は情報が出ないとミアは悟る。ミアは周りに居る人々を確認して、居るかもしれない怪しい人間に気を張って牽制すると同時に、出来るだけ顔を覚えるように努める。
「此処へ来てからではないよな?」
「何がですか?」
顔を傾げるライアに対して、ミアは少しだけ苛立ちを覚える。此処へ来てから手紙を貼り付けられたのだとすれば、ミアでも気付く事が出来ないくらい、相当に隠密能力の長けた敵が相手になるだろう。ミアはその事実に焦りを感じているのだ。
「その紙を付けられた記憶はないのか?」
「さっぱりです」
「闘技場を出たとき、というより、俺と会ってから付けられたのか、それ以前に付けられたのか、全く解らないのかよ?」
「はい、解らないです……」
「紙は内側に付いていたんだぞ。スカートを袖から弄られた記憶がないのか? 普通は気付くだろうがよ」
「怒らないで下さい」ライアは顔と目を赤くして怒鳴る。「解らないって言っているじゃないですか。わたくしを責めるのではなく、サールさんを攫った人を責めて下さい」
ライアは「わたくしは全く悪くないです」と付け加えるか逡巡したが、心の中で留めておく事にした。自己保身に走りすぎるのも良くないだろうし、確かにミアの言う通りで自分が間抜け過ぎるとライアも感じていたからだ。
怒るライアを見たミアは、自身の短い髪を掻き乱すように頭を触る。苛立ちのやり場を求めた先が、自身の頭になってしまったミアは、周りが心配するくらいに頭を掻く。
「すまない」
手を止めたミアはそう言って謝罪した。もしここで犯人以外の責めるべき相手がいるのだとすれば、それはミア自身なのだと思い至ったのだ。友人を守れなかった自分が悪いのだと、人よりも強いミアは猛省をする。自分で自分を傷付ける事が出来れば、少しは怒りが和らいで楽になるだろうとミアは考えてしまう。
「目当ては俺だよな」ミアは静かに話す。「ただの受付嬢を攫うような奴なんていないだろうし、サールが美人すぎて攫われたってのなら、わざわざこんな手紙は残さないだろうよ。俺に用がある奴が、サールを攫ったんだ。俺のせいでサールが危険な目に合っているし、ライアにまで八つ当たりをしちまった。本当に申し訳ない」
自分は悪くないと伝えるのに必死だったライアには、そこまでの考察はできていなかったが、解っていれば良しという感じで大仰に頷く。寛容な自分を演じることによって、サールは自責の念を払拭する事が出来た。
「とりあえず、サールを探さないとな」
「そうですね」
直ぐにでも動き出したいミアだったが、衝動だけでサールを見つけられるほど、バザル自由都市は狭くないと解っている。待っていても手掛かりが現れる訳ではないし、動いても何か見つかるとは思えない状況に、ミアは苛立ちを抑えるのが難しくなっている。
「そう言えば」ミアは大きな声を出す。「さっき話していた。羊だか山羊だかは、ずっとライアと一緒に居たんだよな?」
「デクスターさんですか?」
「そう、そいつ」
「ずっとではないですけど、わたくしと一緒にミアさんの試合を見ましたよ」
「そいつ、怪しくないか?」
ミアの勘が犯人を断定し始めているが、ライアからすればデクスターがサールを攫うような人間とは思えなかった。ライアから見たデクスターは、これから神に支えようとする敬虔な信徒であり、同じ仲間であり家族のような存在だ。
「彼は犯人ではないですよ?」
「どうしてだ?」
質問というよりは詰問に近いミアからの問い掛けに、ライアは少しだけ怯んでしまう。神に仕えようとする純粋さを持つ人間だと説明しても、きっとミアは納得しないだろうが、それ以外に言える事がライアには思い付かない。
「わたくしからすれば、どうしてデクスターさんを犯人と思うのかが解らないです」
「犯人だなんて言ってない。怪しいって言っただけだ」
「デクスターさんは怪しくなんかないですよ?」
会ったばかりの男を庇う理由が、ミアには全く理解出来ない。友人の勘を信じたいという思いはあるミアだが、もう一人の友人を思うと呑気な事は言っていられない。
ライアに合理的な話をした所で、神という非合理的な存在に邪魔されるのは目に見えているので、ミアは「どんな奴だ?」とだけ尋ねた。とりあえずはデクスターという奴を見つけ出すしかないとミアは確信している。
「とても優しくて素直で良い人でしたよ」
「違う違う」ミアは呆れながら言う。「見た目の話だ。中身なんてどうでもいいから、顔とか体とか格好とか、何か特徴のある所はあったか?」
ライアは唸りながら考える。デクスターの顔がどんなのだったか、既に忘れ始めているライアは、自分の頭が悪い事に対して辟易とする。中身を見るのが癖になっているからこそ、外見を見るのが疎かになっているのだと、ライアはそう言い訳を思い込む事にした。
「それが……」
「何でもいいぞ。顔に黒子が何個あるとか、腕に傷が何箇所あるとか」
「そうですね……」
「身長とか着ている服とか、顔の特徴的なパーツとか」
「えっとですね」ライアは必死に思い出そうと努める。「確かですね、数や箇所、いや、身長が、服、特徴は……」
中々言わないライアに対して、ミアは急かしたい気持ちで一杯だった。今ならまだ闘技場にデクスターが居るかもしれない。
「数が何だ?」
「目が二つでしたね」
「箇所が?」
「顔の真ん中に鼻がありました」
「身長は?」
「高くもなく、低くもなくです」
「服は?」
「高くもなく、安くもない感じです」
「特徴は?」
「特徴が無いのが特徴ですかね」
申し訳なさそうに答えるライアに対して、ミアは呆れて怒る事も出来なかった。ただのシスターに期待した自分が馬鹿だったと、ミアは自分で自分を罵る。
「デクスターって名前に心当たりがある奴はいるか?」
ミアが大声で周りに言うと、続いてライアも「特徴が無い男です」と出来るだけ声を張って言う。ライアの響かない声を聞き取れなかった冒険者は多数居ただろうが、追加の情報としての価値は全く無いので、ミアはライアの言葉を復唱しなかった。
トゥーラルの冒険者達は首を傾げたり、頭を横に振ったりするだけで、デクスターという名前に聞き覚えがある人は居なかった。冒険者は人と関わる事の多い職種だし、ギルドの受付嬢達は情報を取り扱うのが仕事の一環でもあるのに、誰も知らないのは絶対に怪しいと、ミアの中でデクスターという人物への疑念が強まる。
「とりあえず」ミアは改まって言う。「俺は急いで闘技場を見に行ってくる。犯人、じゃなくて、デクスターとやらがいるかもしれない。ライアは此処で待っていてくれ」
ライアは動き出そうとするミアの腕を掴んだが、その弱い握力では今にも振り解かれそうだ。ライアは「わたくしも行きます」とミアを真っ直ぐ見つめながら言う。覚悟の決まったライアの目と言葉は、手とは違って力強いとミアは思う。
「ここに居た方が安全だ」
「ミアさんの近くに居るのが一番安全です」
「そりゃそうだが」ミアはライアの手を振り解けずにいる。「でも、はっきり言う。ライアは足手まといだ。俺一人で行った方が良いに決まってる。お前まで攫われたら大変だ。此処なら冒険者も沢山居るし、守ってもらえるから、待っていてくれ」
「デクスターさんの顔を知っているのは私だけです」
「だけどよ……」
ミアにはライアの気持ちが解ってしまい、思わず言い淀んでしまう。友人が危険な状況に陥っているのに、自分だけ安全な場所で待つなんて、ミアなら絶対に出来ないし、ライアも同じ気持ちなのだろうと考える。
「わたくしの事は、神様とミアさんが守ってくれます」
ライアの小さな顔に付いた、大きな目から覚悟を感じ取ったミアは、とりあえず「犯人の顔を見れば解るんだな?」と尋ねてみた。ライアが全く役に立たないのなら、危険を犯してまで連れて行きたくはないというのがミアの本音だ。
「勿論です」ライアは何度も頭を縦に振る。「ですけど、デクスターさんは犯人では無いですからね」
「今の所はな」
「情報を持っているかも知れないってだけです」
「じゃあ、どうだ」ミアは改まって言う。「その、さっき知り合ったばかりの、他人の、無実を晴らす為に動こうじゃないか」
ミアが強調した「他人」という言葉に、思う所はあったサールだが、これ以上言い合いをしても、サールの為にならないと思って堪える事にした。ミアは近くにいた冒険者から短剣を借りて、最低限の武装を整えた。
「みんなありがとう」ミアは声を張って言う。「次にサールを見かけたら、俺が探していると伝えておいてくれ。他に何か情報があるなら、この受付嬢に伝えておいてくれ」
ミアはベルトに短剣を差し込み、ライアの手を取ってみせる。ライアが不思議に思っていると、ミアはそのまま腕を引いた。体制を崩したライアを、ミアは肩から担いで持ち上げる。
「よし、ライア。準備はできたから、早い所サールを見つけるぞ。とりあえずは闘技場へ行って、デクスターを探そう」
「降ろして下さい。わたくしも走れますから」
「ライアに合わせて走っていたら、日が暮れるぞ。俺に合わせて走れるなら別だが」
「じゃあ、せめて、土嚢みたいに担ぐのはやめて下さい」
ミアは暴れるライアを一旦降ろしてから、今度は肩車をして担ぎ上げる。ミアが「これなら探しやすいな」と言うと、視点が高くなったライアは良い案が思い付く。
「ミアさん。闘技場じゃなくてギャンブル船のある方へ向かって下さい」
「どうしてだ?」
「フライドラゴに乗って、空から探しましょう」
「フライドラゴ?」
「あれです」ライアはポスターを指さす。「上から探す方が早いでしょうし、フライドラゴにも乗れますよ。フライドラゴを借りましょう」
ミアは「解った」と言って走り出す。急に動き出したのでライアの体は着いて行けなかったが、ミアがしっかりと両足を持っていたので、肩車が崩れる事はなかった。ライアの上半身はよろめきながらも、体制を立て直してからミアの髪を掴んだ。




