4-1 事件
闘技場から控え室に戻った瞬間、ミアの耳を劈く歓声が一気に届く。思わず耳を塞いでしまうミアに、衛兵が「お見事でした」と拍手をしながら伝える。
「何だって?」
「凄い試合でした。ほんと、感動しましたよ」
試合を観戦していた衛兵は、素直な感想を述べただけだったが、ミアは件の言葉を皮肉と捉えた。ミアが「武器がありゃ、もっと感動できたろうよ」とだけ返すと、衛兵は申し訳なさそうに肩を竦める。衛兵だって本当はミアが武器を使う所を見たかったのだ。
「次の出番までに、ここらの武器、なんでもいいから登録しておいてくれよ」
「そうしたい気持ちはあるのですが、ここでは手続きは出来ませんので」
「じゃあ、どこでなら出来る?」
「私には解かりかねます」
ミアは怒ってみせようかと迷う。無意識に怒ってしまうほど怒ってはいないが、意識的に怒ってやろうかと思うくらいには怒っているのだ。この衛兵に怒りをぶつけた所で、何か変わる訳ではないと考えられるくらいに冷静なミアは、大きな溜息だけを返す事にした。
「申し訳御座いません」
衛兵はそう言って軽く頭を下げる。衛兵も出来ればミアに擦り寄りたかったし、あわよくば仲良くもなりたかった。ミアは後世に名を残す人間だと、衛兵を含む誰もが確信していたし、そんな人物と自分が少しでも関わる事が出来れば、きっと息子や孫にも自慢が出来ただろう。しかし、受けた命令を破れば息子や孫に会えなくなるだろう。衛兵には謝る事しか出来なかった。
ふとミアが衛兵から視線を逸らすと、控え室の外に居るライアに気付いた。ライアは控え室の中に入るかどうかを逡巡しており、何かしらで揉めていそうなミアと衛兵を心配そうに見ている。
「武器の登録方法はどこで?」
「解りません」
「誰なら解る?」
「すいません。解らないです」
「あんたは何なら解るんだ?」
「解らない事だけです。お力になれず、申し訳御座いません」
「もういいや」ミアは大仰に頭を下げる傭兵に言う。「解らない事以外で、何か解ったら教えてくれ。解っていても教え方が解らなかったら、その時は、また教えてくれ」
ミアは傭兵に背を向けてライアの元へ向かう。ライアが何かを言う前に、ミアが「サールは?」と尋ねた。ライアが一人で居るのに違和感を覚えたミアだったが、働き者のサールなら友人への挨拶もなしに、仕事へ戻ったのかもしれないと思い至る。
「それがですね、サールさん来なかったのですよ」
「おいおい、あいつ、そもそも来なかったのかよ。友人の活躍を見るよりも仕事を選んだのか?」
「わたくしは見ていましたよ」
ライアはそう言いながら、右左と拳を前に突き出して、誰も居ない空間を殴る。ミアが素手で戦う姿に触発されたライアは、頭の中で架空の相手を殴り倒した。
「武器が借りれなかったんだ。何が、武器は闘技場で借りれるだよ」
「だから素手で戦っていたのですね」
「サールのせいで死にかけたぞ」
「そうは見えませんでしたけど?」
ライアの疑問に対してミアは返事をしない。確かに死にかけただとかは大袈裟だが、それは相手がテムノールだったからの話だ。もっと強い相手なら、素手のミアでは勝てなかったかもしれない。ミアはテムノールから確かな殺気を感じたのだ。相手がテムノールより強く、テムノールと同じように殺気を出していれば、ミアは無事では済まなかったかもしれない。
「むしろ」ライアは黙るミアに言う。「ミアさんが相手を殺しそうに見えましたよ。ミアさんが武器を持っていたら、相手の人は死んでいたかもしれませんね。きっと、ライアさんはミアさんの殺人を止めるために、あえて嘘を吐いたのかもしれません」
「俺を何だと思ってるんだよ」
ライアは気の利いた返しを考える。血や傷が好きな異常者、暴力で物事が解決すると勘違いしている戦闘狂、何より先に手が出る短絡的な酔っ払い、そして、さっき知ったばかりの凄腕冒険者という事実。ライアが何と言おうか考えていると、ミアは「もう人は殺さない」とだけ静かに付け加えた。
「意外ですね」
「ほら、今だって堪えた。そのネックレスで首を絞めてやりたい気分をな。俺は我慢強い人間だ」
ライアはミアが優しい人間だとは知っているが、念の為に自身のネックレスを握りしめておいた。祈りの為ではなく、ミアにとっての武器になり得るからだ。
「サールに文句を言うぞ」
「でしたら、冒険者ギルドへ行きますか」
「次の試合までに武器を用意できなかったら、サールを武器にして戦ってやる」
「剣にしては扱い辛そうですね」
「ライアなら利器にもなれそうだが、サールは、ありゃあ、鈍器だな」
「ミアさん自身が凶器ですよ」
二人は足早に冒険者ギルドへと向かう。ミアは歩きながらも周りを見やり、サールが何処かに居ないかを探す。出来れば自分が戦った姿を見ていて欲しかったし、見られても恥ずかしくない試合だったと自負しているミアは、武器が無かった事よりもサールが見てくれていなかった事に腹を立てているのだ。
「そういえば」ミアはライアがちゃんと着いて来られる速度で歩きながら言う。「ライアはちゃんと試合を見ていてくれてたんだよな?」
「見てましたよ」ライアは少しだけ無理をしながら早歩きをする。「最初の方はサールさんを待っていたせいで見ていませんけど、ミアさんが相手の顔面をボコボコにしている所は、前の方の席で見る事が出来ましたよ」
「途中から入ったのに、よく前の方で見られたな。観客凄かったろ?」
「デクスターっていう人と知り合って、貴賓席だか特別席だか、よく分からないですけど、座って観戦できる良い席に案内してくれたんですよ」
「デクスター?」
「迷える子羊です」
「迷える子羊?」
「新たな信徒ですよ」
ライアが何を言っているのか判然としないミアだったが、冒険者ギルドが見えてきたので、とりあえず話を終わらせる事にした。冒険者ギルドの出入り口は大勢の人が行き交っており、ミアを見つけた誰かが拍手をし始めたせいで、周りの冒険者達にも伝染していく。
「さっきの試合はよくやった」
「傭兵に舐められてたまるかよ」
「あんたは俺たち冒険者の誇りだ」
「冒険者ギルドは傭兵団には負けないって証明されたな」
次々と掛けられる賛辞と大袈裟な拍手喝采を、ミアは適当にあしらいながら、人波を掻き分けて冒険者ギルド、トゥーラルのカウンターへと向かう。目的の人物が視界に入らなかったので、受付をしている女性に「サールは何処だ?」とミアは尋ねる。
「サール、様、ですか?」
「ほら、乳のデカいやつが居ただろ?」
「ぁあ、ラミーから応援で来て下さった方ですね」
「そいつだ。俺の応援に来なかった奴」
受付嬢は辺りを見渡してから、適当な同僚を呼び付ける。呼ばれた受付嬢は、ミアの剣幕を見て自分が粗相をしたのではないかと身構える。ミアほどの冒険者に無礼を働いたら、きっと冒険者ギルドで働けなくなるだろうと勘違いしているのだ。
「サールさんって何処か行かれましたよね?」
「えっ、サール、さん?」
「そう」
受付嬢の心配は杞憂に終わったと知り、胸を撫で下ろすと同時に隣国で働く同僚を憂う。ラミーの看板とも言える冒険者を怒らせれば、もうギルドで働けないだろうと、件の受付嬢は未だに勘違いを続ける。
「サールさんなら、結構前に出ていかれましたよ」
「何処に?」
「闘技場での大会を見に行くと言っていましたけど?」
「おかしいですね」ライアがミアの背中から顔を出す。「それって、いつ頃の話なのでしょうか?」
受付嬢はライアの格好を見て眉間に皺を寄せる。ライアの首から下がるネックレスを見て、この国では糾弾されている宗派で、近いうちに帝国から弾圧されるという噂の宗教だと気付いたからだ。悪い噂ばかり聞く宗教の尼さんに対して、同僚の情報を与えてもいいのか、受付嬢は黙りながら考える。
「おい、いつ頃なんだよ?」
「えっ、あっ、た、確か、四刻ほど前です」
「結構前だな」
ミアに問い詰められた事で、受付嬢は嘘を吐けずに正直に答える。この二人と同僚のサールがどういう関係なのかが、受付嬢には全く掴めない。
「入れ違いだったんじゃないか?」
「どうでしょう」ライアが首を傾げる。「わたくしの方が先に闘技場へ着いたのは間違いなさそうですし、わたくしはずっと入り口付近で待っていましたよ」
「入り口は一つだったのか?」
「普段は何ヶ所か解放しているそうですけど、皇帝だか王様だか、よく分からないですけど、偉い人が観覧する試合は、セキュリティの都合上で、入り口は一つらしいですよ」
「そうなのか?」
皇帝陛下の事をよく分からないと言うライアに対して、受付嬢の二人は顔を引き攣らせていたが、それを意ともしないミアからの問いかけに対して、引き攣らせた顔を縦に振る。
「なんせデクスターさんも、そう仰っていましたからね」
「ライアが見落としたんじゃねーか?」
「もしそうだったとしても、わたくしが見落としたのではなく、サールさんが見落としたのでしょうね」
「二人が見落としたんだ」ミアは溜息を吐く。「ここで待ってたら、サールの奴は来るのか?」
ライアは辺りを見渡してから首を傾げ、受付嬢の二人も同じように首を傾げる。次の試合までに武器を用意しないといけないのに、広い街中でサールを探す気になれないミアは、冒険者達に「聞いてくれ」と大声で呼びかける。
「俺の友達を見た奴はいねぇか?」
「帝国文化で好まれる体型をした女性です」
「簡単に言えば、乳でかデブだ」
周りに居る冒険者達は顔を見合わせるが、ミアやライアのいう友達とやらが、誰の事を言っているのか解る人は居ない。ミアは適当にサールの特徴を言う。胸が大きくて髪が長いだとか、貧乏な癖に高い服を着ているだとか、冒険者の受付嬢をしているだとか、思い付いた事を適当に言ったミアだが、意外な事に目撃情報は多かった。
「その美人さんなら、ギルドを出て西の方へ歩いて行ったぞ」
「金髪で巨乳の可愛い女なら市場で見た」
「特徴に当てはまる、整った顔をした女性をナンパしたけど、俺が冒険者だと伝えると冷たくあしらわれた」
「件のゴージャスなお方なら、丸い御居処を揺らしながら金持ち共が居る通りを歩いていた」
次々と出る目撃情報が、本当にサールの事を言っているかは判然としないミアとライアだったが、特徴を聞いた感じは間違っていなさそうだった。聞いてもいないのに、皆がサールの体型を褒めるので、ライアは「モテモテですね」と面白くなさそうに小声で言った。
この国ではサールの容姿は気を引くらしく、野郎達の目に留まるのは理解できたが、彼女の行方だけは未だに解らないままだ。サールの可愛さを伝えられても、ライアもミアもそれは充分に知っているのだ。
「闘技場でサールを見かけた奴はいるか?」
ミアが周りに尋ねると、野郎共は顔を横に振るだけだった。念のために「闘技場で俺が戦ってるのを見てた奴は?」とミアが聞くと、何十人と野郎共が挙手をする。ミアは何度か頷きながら、サールの居場所を考える。サールの目撃情報は沢山あるが、その全てが闘技場ではない所だとすれば、やはり試合は見ていなかったのだろう。
「サールさんは何処へ行ったのでしょうね」
「あのデブ、やっぱし俺の試合を見ていなかっただろうな」
「そうなのですか?」
「まぁ、多分」
嫌な予感は全くしないが、少しだけ心配になったミアは、サールの行方について考えながら、ふとライアに目を向ける。ライアは腕を組み「全くサールさんわぁ」と言っていた。修道着は何処かいつもより汚れており、白は汚れが目立つなとミアが思っていると、ライアの右腿に何か付いているのを見つける。
「それ、なんだ?」
ライアが「どれです?」と言いながら、ミアが指差す所を見ると、細い銀の針が刺さっているのに気が付いた。ライアも気付いていなかった針は、ギルドの照明を反射して輝いている。
「いつの間にですね」
そう言ってライアが針を抜き取ると、足元に一枚の紙が落ちてきた。真っ白な紙がライアの修道着から降ってきて、ミアはそれを拾いながら「なんだこれ?」と言った。五回織り込まれた紙を広げて、無言で読むミアの顔は、ライアが心配になるくらいに少しずつ険しくなっていき、最後には眉間に深い皺を残した。
「何ですか?」
「見てみろ」
「これって……」
ライアは文字が全く読めなかったが、それを周りには隠していたせいで、ミアにも言い出せずにいた。いま言うべきかもしれないとライアは考えるが、周りには受付嬢や冒険者が大勢居るせいで、苦い顔を浮かべる事しかできなかった。ライアが浮かべた苦しそうな表情を見たミアは、深刻に「そうだ」と言って、ライアが紙の内容を把握したと勘違いする。
「サールが攫われた」
ライアは「サールさんが!」と驚いて言ったが、周りの人間には彼女が憤っているように見えた。どうすればいいのか解らずにあたふたするライアに対して、ミアは冷静にどうするかを考える。
ノガミマコトです( ͡° ͜ʖ ͡°)
やっぴー♪




