3-5 神の計画
闘技場の観客出入り口が見える場所で、ライアはサールを待っていた。外にまで聞こえる怒号から察するに、ミアはまだ出場していないらしい。ミアが「相手をぶち殺してくる」と言って別れてから暫く経つが、未だに試合は始まっていないらしく、もしかすると控え室で何かあったのかもしれないと、ライアは少しだけ不安になる。
「サールさんもミアさんも、どうしたのでしょう?」
ライアの独り言に返事する者はいない。控え室へミアの様子を見に行こうかとも思ったが、その間にサールが闘技場へ入ってしまえば、すれ違いになって結局誰とも会えないかもしれない。ライアは一人で異国を彷徨いたくはなかった。このままサールを待つのが賢明な判断だろう。
罵声が歓声に変わる。拍手や指笛の音が闘技場の外まで届いており、どうやら試合が始まったらしいとライアは推測する。ミアは無事に出場出来たらしいが、無事に帰って来られるかは解らないので、ライアはネックレスを手にして神に祈る。
「主よ、野蛮な催しに興じる愚かな人間を許し、友人の対戦相手をどうかお救い下さい」
ライアがミア以外について祈っていると、後ろから「すいません」と声を掛けられて体をびくつかせる。声からしてサールではないのは解っているので、ライアは恐る恐る振り向いて確認する。
「こんにちは」
ライアの目前に居る男性は、敵意のない笑みを浮かべながら言う。敵意のない笑みの裏側には悪意があったりするものだと知っているライアは、警戒心を隠しもせずに頭だけを下げて返事する。
「自分はデクスターと申します」
ライアは言葉を返さずに首を傾げる。だから何だと言いたくなったライアだったが、もしかすると此方の自己紹介を待っているのかもしれないと思い至る。しかしライアは何も言わないという選択をとる。
「闘技場の入り口って何処か知っていますか?」
ライアはデクスターの視線の先を指差す。なかなか喋らないライアに対して、デクスターは庇護欲が刺激される。警戒心を隠そうともしない、常に怯えた子供のようだと、デクスターはライアに対して評価する。
「ぁあ」デクスターはわざとらしく言う。「あれが入り口でしたか。目の前にあったのに、わざわざ尋ねるなんて、自分は本当に馬鹿でしたね」
まだ何かを言いたそうなデクスターに対して、ライアは辛抱強く待つ事にした。こうして会話にならないやり取りをしている間にも、サールが闘技場へ入ってしまうかもしれないし、ミアが対戦相手を殺してしまうかもしれないのだから、用があるなら早くして欲しいとライアは思う。
「たまたま道を尋ねた方が、こんなに綺麗だと、道以外にも色々と聞きたくなってしまいました」
デクスターの意図をライアは汲み取る。ライアは「人を待っているので」とだけ端的に返したが、デクスターは此方の意図を汲み取ってくれなかった。もっと直接的に、用がないのなら何処かへ行って欲しいと言うべきだったと、ライアは後悔をする。
「自分もさっきまで待っていたのですよ。いい席も取っているのに、相手は来られないらしくて」
「そうですか。もう始まっていますよ。早く行かれてはどうでしょうか?」
「一人で観戦するのも味気ないので、よかったら一緒にどうですか?」
「すいません。さっきも伝えたのですが、わたくしは人を待っているので」
デクスターはライアの首飾りを見てから、意味ありげに「これも神が与えて下さった運命かと思ったのですが」と言った。運命という言葉が大嫌いなライアは、大好きな説法を返す事にした。
「運命とは何なのでしょうか?」ライアは人差し指を空に向ける。「我が主は仰いました。全ての事象は運命ではなく、神が計画した、言わばマスタープランであると。即ちですね、神は人に運命を与える訳では御座いません。運命という受動的な言葉は、必然的な事象の総称ではなく、偶発的な出来事の別称なのです。運命とは過去に起きた出来事の詩的表現であって、結果や現状を受動的に観測する言葉なのですよ。未来は運命でなんか決まっていません。未来は運命ではなく、神の計画によって……」
ライアの長い話の途中で、デクスターは「座って話を聞いても?」と言葉を挟む。ライアは闘技場の方を何度か見てから、デクスターの提案を受け入れる事にした。
「では、行きましょうか」
「あれ? ここに座るのではないのですか?」
「せっかくですし、闘技場の中で座りましょう」
「ですけど、人を待っているので」
「もしかすると」デクスターは話しながら次の一手を考える。「すれ違っていて、中で待っているかもしれませんし、せっかくなら観戦しながら友達を待てばいいじゃないですか。きっと、その友達とやらも自分と同じ事を考えて、今頃、戦いを見ながら貴女を探していますよ。早くしないと、友達の活躍も見逃してしまいますしね」
拒否しそうなライアに対して、デクスターは「それに、神についても興味があるので、もっと貴女の話を聞かせて欲しい。きっと、これも神の壮大な計画の一部でしょう?」と付け加えた。神への関心を持つ者に、手を差し伸べることこそがライアの人生だ。己の信仰する神を布教する事は、ライアにとって仕事のようなものなのだ。
「では、行きましょう」
「そうですね」
「どこまで話しましたっけ?」
「神の計画がどうとかです」
ライアは「そうでした、そうでした」と言って、歩きながら神の教えをデクスターに説く。闘技場の歓声に負けないように、大きな声を出しながら歩くライアには、友人であるサールの事を気に掛ける余裕はなかった。




