3-4 傭兵テムノール
闘技場に押し寄せた大量の観客達は、喉が痛む事も厭わず叫ぶ。歓声というよりは怒号に近い。出場者を応援する声もあれば、逆に腐すような事を言う人もおり、それら人々の大半は賭け事をしている。一番人気のミアが出場する試合は注目度が高い。戦いは観客席でも起こっているのだ。
「どういう事だよ?」
動きやすい革鎧を着たミアが叫ぶ。首と胸の部分には固い皮、関節の外側部分には鞣された皮が付いていおり、他の部分は魔法を込めた糸で編まれている装備だ。歩く速度の遅いライアのせいで、じっくりと防具を選ぶ時間が取れなかったが、ミアは割とこの装備を気に入っていた。
「規則ですので」
闘技場の大会を運営している衛兵が答える。観客達の怒号で聞き取れなかったミアは、耳に手を当てながら「なんだって?」と聞き返す。衛兵は同じ言葉を違う声量で答えた。
「サールは武器を借りれると言っていたぞ」
「サールという方がどなたか存じ上げませんが、規則は規則ですので」
「じゃあ、俺は素手で戦えって言うのか?」
「登録した武器があれば、そちらをお使いください」
「そんなもんがあるように見えるか?」
ミアは両手を広げて丸腰をアピールする。衛兵は「辞退なさいますか?」と尋ねてみたものの、ミアの目が交戦的な輝きをしているのには気付いている。落ちるはずの戦意が高まっていると衛兵が感じるのは、自分にも件の意欲が向けられているからだ。衛兵は自分に面倒な仕事が来たものだと辟易とする。ついさっき伝言で伝えられたのは、ミアに武器を渡すなという簡単な命令と、出来ればミアの戦意を喪失させて辞退へ追い込めという不可能な命令だ。
「じゃあ、登録してある武器はないのか?」
「ここには御座いません」
「こんなにも武器があるのに?」
ミアは広げていた両手を動かし、周りにある多種多様な武器に掌を見せつける。武器がないという状況がこうも続くのが、ミアにとってはストレスだった。普段なら絶対に起きない事象に対して、ミアが苛立つのも仕方ないだろう。
「これらの武器は登録されておりません」
「さっきから、なんなんだよ、登録、登録って」
「規則ですので」
衛兵は嘘を突き通す。登録って何だよという意見には同意したものの、他に上手い言い訳が思い付かなかったのだ。単に闘技場に有る武器を貸すのは出来ないと言う事も考えたが、それだと他から適当に武器を手に入れてきただろうから、仕方なく嘘の制度を押し付けたのだ。
「早くしろぉ」
「逃げたのかぁ」
「こっちは全財産をベットしてんだぞぉ」
「これだから女は信用ならねぇ」
「このまま、出てくんじゃねぇぞぉ」
なかなか登場しないミアに対して、観客達が思い思いの言葉を叫び散らす。衛兵は再び「辞退しますか?」と尋ねたが、ミアは舌打ちを残して控え室から闘技場へと向かう。ミアが登場する事によって、闘技場全体が揺れるような熱気に包まれる。
「遅いぞ」
対戦相手のテムノールが言う。闘技場の戦闘区域は防御魔法が掛けられており、外の音は殆ど遮断されているので、テムノールの掠れた声もミアの耳に届く。二人はある程度の距離を空けて立っているが、ミアが本気で踏み込めば三秒もせずに拳が届く範囲だ。
「ちょと、色々あってな」
「女は準備に時間が掛かるから厄介だ」
「これが万全の準備に見えるか?」
ミアはテムノールを観察しながら軽口を叩く。テムノールが手にしているのは、肘から指先くらいの刃渡りがある剣だ。切先は四角くなっており、分厚い刃から察するに、切れ味はそこまで良くないだろう。恐らくテムノールは力に自信があるのだろうとミアは推察する。あの分厚く固い剣を、力任せに振り回すのだろうが、ミアにとってはシンプルで戦いやすい。
「これだから冒険者は嫌なんだ」テムノールは剣を軽く振る。「人を殺す事に慣れていないから、きっと舐めて掛かるんだろうな。言っておくが俺は容赦しないぞ。冒険者みたいに馴れ合いの勝負はしない、降参なんてあると思うなよ。死んでから仲間に泣きつけ」
「あんたは傭兵ってとこか?」
「お前らみたいに、子ウサギを追っかけたりはしないってだけだ」
「これだから傭兵は嫌なんだよ」ミアは目の前の空間を軽く殴る。「冒険者と違って陰気クセェんだよな。誰とも連まないとか、個人主義とか言いながら、使い捨てになるのを恐れて、結局は傭兵団に所属してるんだよ。人殺しに負い目を感じているから、決して自分からは傭兵と名乗らない癖に、まともな仕事をしている奴らを見下している。舐めてるのはお前だろ」
ミアは傭兵の悪口を言って挑発をしたが、本心では傭兵の事を馬鹿にしているわけではない。傭兵団は冒険者ギルドと違って、非合法な側面も持ち合わせているのは確かだが、本来なら国や権力者が行うべき事をこなしているという点では同じだ。人殺しと忌避される職業ではあるが、完璧な法と完璧な神が居ない限り、この世には絶対必要な仕事だとミアは考えている。
「お前が自信だけ過剰な馬鹿ではない事を祈るよ」
「俺が自信だけ? もしかして、この俺を知らないのか?」
テムノールは「喋りが達者だから商人か?」と軽口を返す。本当は目の前に居る女が、伝説の冒険者エウティミア本人である事は、テムノールにも解っている。酒場へ行けばエウティミアの詩は、吟遊詩人がよく唄っているし、口伝えで聞く話は正に英雄だ。テムノールはそんな強者と戦う事になった自分の運命を憎む。もっと情報を集めてから仕事をするべき、或いはちゃんと断れる依頼を受けるべきだったが、もう既に賽は投げられた。いまさら匙は投げられない。
「俺の事を知らないなんて、傭兵としても三流だな」
「直ぐに喋れなくしてやる」
「どうやって、俺の口を塞ぐつもりだ?」
「安心しろ、ちゃんと殺してやるから」
「そっちも安心していいぞ。ちゃんと殺さないでいてやる」
テムノールは大きく息を吸って吐き出す。ミアはテムノールが素面ではないと感じる。魔法か薬物による身体の強化だろうが、自己犠牲を伴う一過性の能力向上ならば、もしかすると力負けするかもしれないと、ミアは少しだけ不安になった。
今にも踏み込んできそうなテムノールに対して、ミアは「これって、どうやったら始まるんだ?」と呑気に言った。言葉とは裏腹に臨戦態勢のミアは、初手は相手に渡したいと思って挑発しているのだが、なかなかテムノールが踏み込んでこないのに焦りを感じていた。相手がどれほどの力量か判然としないのに、こちらから踏み込んでカウンターをもらうのは御免だし、ミアは素手の一撃にそこまで自信がある訳ではなかった。それに、この距離からテムノールが踏み込んできたとしても、まともに当たるほどミアは自分が鈍臭いとは思っていない。
「もうすでに始まっている」
「気を抑えているのか? それとも、あんたの気が弱すぎ……」
テムノールは剣を肩に乗せたまま一気に踏み込む。喋っている途中のミアは、気の変化を一気に感じ取る。ミアが不味いなと思った瞬間には、テムノールは肩から剣を振り下ろしていた。
ミアは顔から大きく体を仰け反らしたが、胸の皮プレートの部分がテムノールの剣によって抉られる。剣がプレートを擦れたというよりは、抉り取られたような一撃だ。皮のプレートがなければ、ミアの体は大きく引き裂かれていただろう。防具がなければ負けていたかもしれないし、相手が最初に顔を狙わなければ、もしかすると切られていたかもしれないという事実が、ミアの中で焦りを感じさせる。
「ちっ」
テムノールは息と共に舌打ちを漏らす。ミアの戦意を削ぐために、あえて顔を狙ったテムノールだったが、顔は回避されて胸に当たった。肉を切った感触はなく、初撃を躱された時点で、テムノールの方が戦意を失いつつあった。この不意を突いた一撃でダメージを与えられない時点で、テムノールは自分の剣が届かないイメージを持ってしまう。自分はシェオル闘國の叩き上げで傭兵になった実力者であり、何人もの強者を殺してきた最強の剣士だとテムノールは自己暗示をかける。自分がシェオル闘國へ帰れば、今でも生きる伝説として持て囃される筈だと、テムノールは自身の気分を高める想像をした。イメージで勝てない相手とは戦うべきではないと、長年傭兵をしているテムノールには解っているのだ。
一気にミアとテムノールの距離が縮まり、地面から舞い上がる土埃が二人の輪郭をぼかす。テムノールは舞った砂と一緒に、ミアの胴体を切り上げる。ミアは体を逸らしてテムノールの剣を回避しながら、次の一撃も躱せるような体制を維持する。
回避に徹底したミアの反射神経は、テムノールの剣撃速度では敵わない。テムノールは剣を何度か振り回したが、土埃以外に何も切ることが出来なかった。ミアの体を掠めることも出来ない剣は、嫌な音だけを残して振われていく。
「早くて重いなぁ」
ミアはそう言いながら、テムノールを分析していく。柄を握り込んでいるので、柔軟な動きや対応はできないだろうが、隙のない型に沿った劇のような剣捌きは、テムノールが培ってきた戦闘によって、最適化された動きなのだとミアには解る。脱力で扱い辛い重さの剣、それに合わせて鍛えた体、テムノールは一つの武器で完璧な武を極めようとするタイプだ。
怪我を覚悟して反撃を与える事はミアにとって簡単だが、生半可に剣を受け入れれば、切られた部位は吹っ飛ぶだろう。剣の間合いと最高速度、それに威力もある程度把握したミアは、テムノールの脇腹に蹴りを入れようとする。気を察知したテムノールは、剣の刃を向けて自身の脇腹付近に持っていく。
「あぶねっ」
ミアは自身の蹴りで自分の足を飛ばされる所だったと焦りながらも、なんとか蹴りの途中で方向を変える。テムノールの脇腹を狙ったミアの右足は、下方向へ向方向転換して地面を蹴るように着地する。その右足を軸にして、ミアは体を回しながら左足の平を、テムノールの顔面目掛けて放つ。
ミアは自身の足が切れるのを恐れて、蹴りに威力を込めなかった。もしテムノールが再び刃を向けて防御しても、靴を傷付ける程度で済む威力の蹴りを放ったが、ミアのそんな心配も杞憂に終わる。
ミアの軽い蹴りがテムノールの顔面に当たる。もしもミアが本気で蹴っていたら、テムノールは顔の骨を折りながら、後ろに吹っ飛んでいただろうが、幸いにも鼻血を出す程度で済んだ。
テムノールはミアの威嚇程度に放たれた蹴りをくらい、視界の半分がミアの靴底だったが、反射的に剣を大振りで返す。テムノールの適当な大振りは空振りに終わり、後ろに倒れるように回避したミアは、地面に手を付いて体を縦に何度か回転させ、二人の距離を大きく空けていく。
テムノールと十分に距離が空いたミアは、自身に纏わり付いた土を払い、笑顔で「顔を狙ったのが間違いだったな」と語り掛ける。テムノールは鼻から垂れる血を拭きながら、聞きたくもないミアの助言を反芻する。ミアは絶対に勝つ自信があるからこそ、こうして自分に助言をするのだとテムノールは思い至る。テムノールも負ける覚悟が出来ており、敵であるミアのアドバイスを素直に聞き入れる事が出来た。ミアがテムノールとの間に開けた距離も、絶対に剣が届かない適切な間合いだ。テムノールが一気に踏み込んでも、今度はミアに擦りもしないだろう。
「顔じゃなくて防具が薄い腹か、避けにくい太腿を狙うべきだったな。致命傷にはならなかっただろうけど、完璧には回避し切れなかっただろうに。それとも、顔を狙えば俺が目を瞑って臆するとでも思ったのか? 顔なんて最初に動くような場所だぞ。俺に当たる訳ない」
「その綺麗な顔を傷付けたかっただけだ」
「なんだよそれ」ミアはテムノール明確な悪意に対しても、褒められたような気がして、全く腹が立たなかった。「まぁ、顔の傷だけは仲間に魔法で治されるんだよな。俺は別にいいって言うんだけど、仲間が顔の傷だけには敏感でさ。だから顔だけは傷がない」
「いい仲間だな」
「そうか?」
「魔法で綺麗に治すなんて、並みの魔法使いでは出来ない。金も相当掛かるだろう?」
ミアは首を傾げる。顔に傷があった方が格好良いだろと言おうと思ったが、伝わらない気がしたのでミアは言葉を飲み込む。呑気に会話をしながらも、ミアはテムノールの攻撃を警戒している。油断は大敵だ。もしもテムノールに負けるとすれば、それは自分が油断をしたからだろうとミアは考えている。それ以外では負ける要素が無いと思ってしまうミアだが、その考えこそが油断なのだろうとも考える。
構えも返事もしないミアに対して、テムノールは「そろそろ決着を付けよう」と言い放つ。このまま逃げる事が出来れば楽なのだろうが、テムノールにはそれが出来ない。ミアの優しさに甘えているのだ。もしもミアが本気で殺意を出していたら、テムノールは試合を放棄して逃げていただろう。無駄なプライドを持たないからこそ、今まで傭兵として生き残れたのだ。
「それもそうだな」
「今度はそっちから来いよ」
「簡単に言ってくれるなぁ。俺は素手だぞ?」
「お前なら余裕だろ?」
「そうでもないさ」ミアは本音を漏らす。「あんたは強いよ。剣速も早いし太刀筋も鋭い。それだけじゃなくて、そんな剣で防御もしっかりと出来ている。目も感も良い方だし、こんなに強い傭兵を見たのは久しぶりだ」
テムノールはミアの目を真っ直ぐと見つめる。褒め言葉がお世辞だとは思えなかったし、思いたくもなかったテムノールは、ミアの美しい一対の目に惚れ込んでしまう。抱きかける戦闘に必要ない感情を鎮火する為に、テムノールはミアを自分とは格が違う存在だと諦める。
「冒険者の事を悪く言ってすまなかった。お前のように対人慣れした化け物も居るなんて、冒険者は本当に恐ろしい。魔物だけでなく人間も軽くあしらえるんだな」
「俺だって傭兵を悪く言ってすまなかったな。傭兵という仕事を尊敬しているのが本心だ。俺ら冒険者には出来ない仕事だからな」
ミアが冒険者ではなく傭兵だったらと、テムノールは無駄な想像する。想像は恐ろしい妄想に変わっていく。ミアが傭兵だったら扱い切れなくなった雇い主から賞金をかけられていただろう。孤立したミアは伝説の傭兵になること請け合いだ。
「お前には冒険者がお似合いだ」
テムノールはミアの笑顔を見ながら言う。ミアが浮かべる陽気な笑顔は、正に冒険者向けで、陰気な傭兵には全く向いていないと、テムノールもつられて笑いながら思う。
「さぁ」テムノールは剣を肩に掛けて左手を前に出す。「掛かってこい。王国最強の冒険者、エウティミア」
のがまこで、おま☺︎
一話が長くなって申し訳ぇ〜♪
気合い入れて書きました( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
戦闘シーンを書くなんて、普段はしないので合っているのか不安です( ͡° ͜ʖ ͡°)
でも、割と個人的には気に入った出来です!!




