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カリテスの恋路  作者: 野神 真琴
ロネパニア帝国 遠征編
16/32

3-2 サールの恋

 大道芸の技に感化されたミアが「俺にも何かやらせてくれ」と言い、小道具のダガーを何本か借りる。ミアはダガーを六本使って、見事なジャグリングを披露して、立ち見客やライアを沸かせた。


「嬢ちゃんやるねぇ」

「芸人も負けるなよぉ」

「いけいけぇ」

「そろそろ、どっちか血を流して下さい」


 観客の飛ばすヤジに混じって、ライアがえぐい事を言ったが、それすらもエンタメと化して場を沸かす。遅れてやってきたサールは、剣を投げたり振り回したりする二人を見て、何をしているのだと呆れてしまう。盛り上がっていたから、何か面白い事をしているのだと期待していたのだが、サールはこの野蛮な催しに否定的だ。


「ミア」サールは観客の声を掻き消すように叫ぶ。「そろそろ行かないと、受付に間に合わないわよ」


 サールに対して何人かの観客がブーイングをしたが、ミアは「解った」と言って、最後に大技を披露した。六本あるダガーを同時に頭上に投げて、回避もせずに両手を広げて受け入れる。何本かのダガーはミアを掠めて、軽く流血をしたが大事には至っていない。


 拍手と歓声を浴びるだけでなく、大量の投げ銭を受け取ったミアは、それらを全て大道芸人に引き継がせる。大道芸人の感謝を背にしながら、ミアは注目から上手くフェードアウトする。


「ミアさん最高でしたよ」

「だろ?」

「ミアって剣が怖くないの?」

「怖い訳ないだろ」


 ライアの賞賛とサールの疑問に対して、ミアは自信を返してみせた。尊敬の念を見せるライアと違って、サールは呆れた表情を見せる。ミアは少しだけ切れた腕や太腿を、血が止まるイメージをしながら服の袖で拭う。こんな擦り傷ではなく、もう少し深く切っておいた方が盛り上がったかもしれないと、ミアは少しだけ後悔していたが、これ以上出血をしていれば、ライアを除いた大衆は引いていただろう。


「剣は怖くないが、胸や首に刺さった物は怖い」


 ミアはそう言って笑顔を浮かべる。この狂気じみた感覚が、サールは怖くて不快だ。サールにとって友達の筈のミアが、少しだけ遠くに感じてしまう瞬間だ。打って変わってライアは「流石ですね」と興奮して言った。


「あれ?」馬車へと戻ったミアが言う。「アークは何処へ行ったんだ?」


「彼なら仕事でどっかへ行ったわよ」

「そうなのか」

「急に二人にさせないでよね」

「どうしてだ?」

「気不味かったからよ」

「俺なりに気を遣ったんだぜ」

「どこがよ?」

「ほら、アークの奴、一目見た時からサールにご執心だったろ?」

「あの人が執心して見ていたのは、私じゃなくて私の体よ」

「サールの体も含めてサール自身だろ?」


 哲学的な事を言うミアに対して、サールは少しだけ考えさせられる。内面を見て欲しいというエゴは、自分の魅力を殺しているのかもしれないと、サールが考えている間にライアが口を開く。


「即物的な欲求では愛を育む事は不可能です」ライアは人差し指を空に向ける。「そういった肉欲から脱却してこそ、真理や愛が見えてくるのですよ。経年劣化する外見を愛するような人間が、心の内側にまで目を向けられるとは思いません。俗物な欲求を排して、心のお付き合いをすべきであると、我が主も仰っております。大切なのはいつも、目に見える物ではなく、目に見えない物なのです。それらは考えなくとも感じるでしょう」


 長々と語るライアに対して、ミアが「目に見える物しか目に見えないだろ」と一蹴する。サールにとっては二人の言っている事、そのどちらも理解できる。


「それと」ミアはライアを牽制するように言う。「サールの方だって、アークみたいな人が好みかなって思ったんだけどな?」


「全然、好みじゃないわよ。それこそ、外見も内面もね」

「でも、あいつ金持ちだぞ?」


 サールは「えっ?」と言葉を漏らす。ライアは無言で顔を横に振り、ミアはしたり顔でニヒルに笑う。サールは自分にとって一番何が大事かを思い出し、さっきまで考えていた事がどれだけ馬鹿らしいかに気付く。大事なのは内面でも外見でもない。金だ。金があれば現実的で建設的な恋愛が出来るし、逆に言えば金がなければ何も出来ないのだと、サールは長い独身生活で知ったのだ。目に見える金こそがサールに安心感を抱かせてくれる。


「あの人、ただの軍人じゃないの?」

「軍人ではあるが、閣下だ」


 サールはミアの言葉が信じられなかった。あんな下手に出る偉い人が居るとは思えなかったし、格好だって軍人の駒使いみたいな風体だった。木っ端使いの一人と勘違いしていた人間が、お金持ちだなんて思いもしなかった。偉い人は偉そうな態度に出るものだが、アークは自分を誇示するような人間ではないのだ。


「だって、あの人、すごく若いじゃない?」

「アークは帝国最年少で将官になったんだ。将来はこの国で五本の指に入るくらいの権力者になるだろうな。今だって、王国の辺境貴族なんぞより、高給を貰っているに違いねぇ」


 サールは未だに信じられず、勝手に開いた口からは何も言葉が出せずにいる。そんな凄い人がどうしてミアと知り合いなのかが解らないし、そんな偉い人がどうしてフランクに接するのかが解らない。サールに解っているのは、逃した獲物が大きかったという事だけだ。


「だから俺は気を遣って席を外したんだ。俺がいたら、その武器を卑猥に揺らしにくかったろ?」


 ミアは自身の小さい胸を両手で寄せて、上下に揺すってみせる。少しだけ盛り上がったミアの胸は、重力で揺れるというよりは、腕力で引っ張っていると形容する方が正しいだろう。


「どうして、先に教えてくれなかったのよ」


 サールは自分でも驚く程に低い声を出した。押し寄せる後悔を誤魔化す為に、ミアへ八つ当たりしている自覚はあるものの、サールは怒りを抑えられそうにない。


「目で合図をしただろ。それに、サールの嗅覚なら嗅ぎ分けれただろ?」


 ミアはサールを挑発する為に、鼻を鳴らして臭いを探る仕草をする。サールが怒れば怒るほど、ミアにとっては愉快でしかないが、何処かで引き際を見極めないと、友情を引き裂くほどの喧嘩になってしまうだろう。


「合図なんて貰ってないわよ!」

「俺がみんなを紹介した時、サールを見ながら頷いただろ?」

「首を縦に振るのが、お金持ちがいる合図だって、いつ教えてくれたのよ?」

「そんなの大体で解るだろ?」

「解らないわよ!」

「俺なら解るぜ」

「じゃあ、私が本気で怒る合図を出しているのを、ミアは解っているかしら?」


 少しだけ空気が悪くなったと感じたライアは、二人を仲裁すべく何を言えば良いのかを考える。引用すべき神様の言葉や行動が、ライアの頭の中を埋め尽くすが、まずは二人に負けを認めさせる所からだと思い至る。


「ほら、人は見かけによらないのですよ。やはり、内面を大切にですね。これからは、目に見える物だけで何事も決め付けず、物事の中身や本質を見るようにしましょう」


 ライアは上手く話を纏めたつもりだったが、サールは「財布の中身が見たい」と言い放つ。アークに対してではなく、お金に対して執着をみせるサールを前に、ミアとライアは呆れてしまう。


「大丈夫だ。また後で会えるだろ」

「本当かしら?」

「本当だ。帝国に居る間に、また会いに行けばいい。男なんて多少忙しくても、気持ちよくなるチャンスがあれば時間を作るだろ」


「でも」サールは不安な顔を浮かべる。「さっき、少しだけ失礼な態度をしたかもしれないのよ。もしかすると、勘違いしているかもしれないわ。ミアの方から何か言ってくれない?」


「なんて言えばいいんだよ?」

「そこは、上手い具合に言ってよ。私が失礼な女性じゃないって」

「軍のお偉いさんで金持ちって事を知らなかったから、失礼な態度をしたって言えばいいのか?」


 サールは「違うわよ」と言いながらも、ミアは間違ってはいないと、自身の間違いを認める。事実がそうであったとしても、ミアの言い方が間違っているのだ。冗談だとは思うサールだったが、ミアが本当に変な事を言うかも知れないので、もし会う機会があれば二人にしてもらうよう約束をした。


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