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カリテスの恋路  作者: 野神 真琴
ロネパニア帝国 遠征編
14/26

2-8 ガールズトーク

 麦酒を大量に飲んだカリテスの三人は、明日の出発に備えて寝ようという事になったが、始まった恋愛話のせいでなかなか眠れなかった。部屋を真っ暗にして、布団を被りながら話す恋愛についてのエトセトラは、ミアとサールにとって乙女に戻れる瞬間なのだ。


「ウィリアムのお爺様は相当強いぞ」

「本当かしら?」

「さっき、ウィリアムに稽古を付ける代わりに、少しだけ手合わせしてもらった。あの方は別格だ。あの強さはマジでカッケェ」

「あんたって、あんな老人でもイケるの?」

「四半世紀前に出会っていたら、惚れていたかもな」

「四半世紀前って、ミアは産まれたばかりじゃない」

「それもそうだな。流石に入らないか?」


 普段なら品のない下ネタを咎めるサールも、久しぶりのお泊まりや旅の雰囲気に流されて、くすくすと布団の中で笑う。危険と安寧を分かち合う冒険者の生き方が、少しだけ羨ましくなるサールだが、結局自分は毎日同じ仕事をする方が向いていると思い至る。服が汚れない旅行をたまにするくらいで、サールは十分過ぎるくらいに幸せだ。日々の不自由こそが、たまの自由を楽しめると、サールはこの旅で気付いた。


「今からでも、まだ間に合うんじゃない?」

「今度は向こうに問題があるだろ?」

「剣を振れるのなら、腰も振れるでしょ?」

「確かにな。硬ければ刺せるな」


 真剣に考えるミアに対して、サールは「冗談よね?」と言って笑った。あんな老人でも恋人候補に入れるなんて、ミアは相当に飢えているのだと、サールは少しだけ憐憫の情を抱く。


「ウィリアムとお爺様も帝国にいくそうだ。せっかくだし、一緒に行こうと誘ったんだけどな」


「えっ?」ライアが急に声を上げる。「あの御老人と一緒に行くのですか? 勝手に誘わないで下さいよ!」


 てっきりライアは寝ていると勘違いしていたミアとサールは、急に会話へ入られて少しだけ驚いた。真っ暗なのでライアの表情は確認できないが、少しだけ動揺しているらしい。ミアとサールは馬車が狭くなるのを嫌がっているのだろうと推察する。


「いや、断られたんだ。俺達は朝に出発するけど、二人は用事があるみたいで、昼以降に村を出るらしい」

「そうなのですね。よかったです」

「よくねぇよ。せっかくのチャンスなのによ。まぁ、帝国でデートする約束をするか。既成事実を作れば、なんとかなるかもだしな」


 ミアが本気なのか冗談なのかは、サールとライアには判然としない。しかし、ミア本人からすれば冗談でしかない。ミアの勘が件の老人ではないと告げている。惚れてもいいが惚れはしないと言った感じで、ミアからすれば恋人候補の条件を満たしているというだけに過ぎない。


「ミアはあんな老人でもヤレるの?」

「サールもあの剣捌きを見れば濡れるさ。ありゃあ、ただの老人じゃねぇ」

「私からすれば盲目の老人よ」

「あの御老人はもっと他の物が見えている」

「他って何よ?」


「いいですか?」ライアがミアとサールの会話に割り込む。「婚前交渉は罪ですよ。それと、快楽を求める性行為も禁止ですからね。神は見ています」


「神ってのは、とんだ覗き野郎だな」


 ミアがそう言うと、サールが笑ってライアが怒る。こういう下らない話が盛り上がるのも旅の醍醐味なのだと、三人はしみじみと感じる。夜が深くなるのを懸念しつつも、カリテスの三人は会話を止めようとしない。


「快楽目的以外のセックスなんて無いでしょ?」

「何を言っているのですか、サールさん。性行為の目的は子孫繁栄ですよ。快感に溺れるなんて、畜生じゃないのですから。人間は思考する生き物です。動物的な行動を神は許しません。とはいえ、人間の狡猾な手段も、神は許しません。快楽を求めるだけの性行為、すなわち避妊も罪ですからね」

「ライアは快楽を知らないってだけだな。何も知らないんだよ。ガキが出来ようと出来なかろうと、気持ちいいもんだぞ。なぁ、サール? お前は詳しいだろ?」

「ちょっとやめてよ。私を娼婦みたいに言わないで頂戴」


 大きな胸の持ち主は、それを活用していると誤解されがちだ。そんな偏見に対しても慣れているサールは、適当にミアをあしらった。金を持っている奴を見れば、使っていなくても派手な暮らしをしていると勘違いされるのと同じだ。


「なに恥ずかしがってんだよ。俺は褒めてるんだぞ? 誰にでも取り柄や特技はある」

「サールさんは地獄行きですね」

「ちょっと! ミアの冗談を本気にしないでよ」


 こうして安心して夜を友人同士で過ごせば、普段は話せない猥談が盛り上がるのは男性も女性も同じだろう。仲が深まるような気もするし、逆に距離感が生まれるような気もするような話を、カリテスの面々は赤裸々に語る。そして、いつの間にか猥談は怪談に変わっていった。もう流石に寝ないといけない雰囲気が漂うと、最後には何故か怖い話を始める人が居るものだ。この三人の中でそういった類の嘘が好きなのは一人だけだ。


「皮のない幽霊が沢山出るのです。これは、わたくしの教会では有名な話で、パスター・パペロも実際に見た事があるのですよ。こういう、グリーンラインから外れた村では、未だに人の皮を剥ぐという風習が残っているのです。ちょうど、いま、このくらいの時間にです! 痛いよぉ、痛いよぉ、痛いよぉ、と唸り声が聞こえたら、絶対に目を開けないで下さい!」


 ライアが語尾を強めて言うと、ミアは爆笑してサールは「ひぃ」と小さく言葉を漏らす。ミアは幽霊が来たら戦えばいいだけだと余裕だったが、サールはこの手の話が本当に苦手だった。霊体を何度か相手にした事があるミア、子供の頃から幽霊が怖かったサール、ただ単に人を怖がらせたいだけのライア、二人は楽しんで一人は本気で楽しめていない。


「おいおい、サール嬢さんが漏らしちまうぞ」

「サールさん、替えの下着は持っていますか?」

「子供じゃないんだから、そんなライアの作り話でビビらないわよ」

「いやいや、人皮剥ぎ村は実際に存在するぜ?」

「だとしても、別に私は怖くないわ」

「さっき、ヒィって言っていたのはサールさんですよね?」

「違うわよ」

「じゃあ、幽霊か?」

「サールさん大変です。幽霊がいますよ」


「はいはい」サールは怒りながら言う。「私よ、私。私が言ったの。ライアが声を大きくしながら喋ったり、ミアが馬鹿みたいに笑うからびっくりしただけ。幽霊なんて居ないから、もう、この話は終わり。私は寝るから、静かにして。明日は早いわよ」


 サールは布団の中で自分自身を抱きしめた。ミアやライアに揶揄われるのには腹が立つし、この部屋に幽霊が居ると冗談でも言われるのが嫌なのだ。サールは心の中で「お化けなんて嘘」と何度も唱える。このままでは悪夢を見そうだ。それも、馬車の中で。


「それもそうだな、もう流石に寝るか。俺も眠くてしょうがないや」


 ライアはミアに裏切られた気分になる。もっとサールを怖がらせたいライアは、この楽しい夜をもっと続けたかった。それに、起きたのが昼だったライアは、まだもう少し夜更かしが出来る体力を残している。


「気をつけて下さいよ。二人とも」


 ライアの言葉に返事はない。ミアは殆ど寝かけているみたいだし、サールは頑張って寝ようとしている。苦手な下ネタにも付き合ったのだから、怖い話にも付き合ってほしいと、ライアは寂しさを覚える。


「もしかすると、ここが人皮剥ぎ族の村なのかもしれませんよ」


 ミアは「うるさいぞ」と軽く言って、サールは寝たふりを続ける。ライアはもっとサールを怖がらせたいが、少しだけ怒っているミアが怖い。


「寝込みを襲って来るかもしれませんね」

「おいライア、早く寝ろ。寝れないなら、サールを見習って黙ってろ」

「もしも襲われたら、ミアさんが助けて下さいね」

「お前の皮膚なんて誰も欲しがらねぇよ」

「わたくしの白くて綺麗な肌は、とっても値打ちがあるでしょうね」

「ぁあ、そうかい。ライアは気を付けな。俺は寝るから」

「ミアさんの肌にも価値がありますよ。ミアさんの茶色くて傷だらけの肌は、傷と汚れが目立ちにくいですからね。サールさんの肌は……」


 ずっと黙っていたサールは「言わなくていいから!」と口を挟んで、ライアの言葉を遮った。悪気なく悪い事を言うライアの性格から鑑みて、嫌な事を言われるのは簡単に予想できる。


「量が多いですし、よく伸びそうです」


 サールが止めたにも関わらず、ライアは最後まで言い切った。傷が多くて目立ちにくい色の肌を持つミアは何も気にしていないが、張って伸びて将来は弛みそうな肌を持つサールは少しだけ傷付いてしまう。怖い話と悪口を同時に言われたサールは、怒りを込めて「私がライアの肌を切り裂きたい気分よ」と返した。


「実行に移す時は教えてくれ。寝る間を惜しんで手伝ってやる」

「ミアさんもサールさんも酷いですよ。わたくしは、お二人の肌を褒めただけですよ?」

「まだ黙るつもりがないのなら、私とミアで、ライアの厚すぎる面の皮を、少しくらい剥ぐわよ。本当に」


 ライアが何か言葉を返す前に、サールは「早く寝なさい」と付け加えた。これ以上二人を怒らせるのは不味いと悟ったライアは、いつものように無言で神への祈りを捧げる。明日の旅も楽しめますようにと。


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