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カリテスの恋路  作者: 野神 真琴
ロネパニア帝国 遠征編
12/27

2-6 未来の英雄と過去の罪人

 少年がカリテスと馭者の元へやってきて、和やかな雰囲気を鼻で笑ってみせた。ミアは「何だよ?」と突っ掛かったが、サールがそれを止めて前に乗り出す。皆を代表してサールが感謝を述べると、少年は再び鼻で笑ってみせた。


「改めて言うけど、君には本当感謝しているわ。お名前をお伺いしてもいいかしら?」


 サールの質問に対して、少年は「ウィリアム」とだけ返した。発達しきっていない声帯は、そこらに居る街の少年達と変わりはないが、手にした剣と鋭い眼光だけが、同世代の子供達とはかけ離れている。


「おばさん、剣を返してくれない?」

「ミアだ」


 ミアの怒鳴るような自己紹介に対して、ウィリアムは首を傾げる。ミアは短刀に付いた血を拭きながら、ウィリアムが謝るのを期待したが、悪びれている様子さえない。


「次に俺をおばさんと呼んだら、この短刀を心臓に返してやる」


 ウィリアムは頭を何度か縦に振り、どうしてミアが怒っているのかを理解した。謝ろうとしないウィリアムに対して、とりあえずミアは短刀を返した。刃の方を向けずに柄の方を向けて。


「ありがとう」


 ウィリアムは感謝を述べて短刀を受け取り、ミアの顔を見つめながら「おばさん」と言った。嫌な笑みを浮かべるウィリアムに対して、ミアは拳で返事する。笑っていたウィリアムの頬は、笑えないくらいに膨らんだ。あまりに見事な裏拳を前にして、一瞬だけ時が止まったように感じたが、ライアとサールは直ぐに動き出した。


「クソババアの癖に強すぎるだろ。あんた何者だ?」


 ライアとサールに抑えられながらも、ミアは「クソガキを専門で殺している殺人鬼だ」と怒鳴った。ウィリアムは殴られた顔を摩りながら、ミアに対してロングソードの切先を向ける。


「冗談、冗談だからね」

「そ、そうです。ミアさんは優しい方ですよ」

「だから、ウィリアム君も剣をしまって頂戴」

「いい子ですから、ミアさんを刺激しないで下さい」


 ライアとサールの説得によって、ウィリアムは剣を鞘に仕舞う。ミアも落ち着きを取り戻して力を抜いたので、ライアとサールは押さえつけるのをやめた。もし本気でミアが暴れていたら、ライアとサールでも抑える事はできなかっただろうし、ウィリアムに使う為のポーションを馭者が払う事になっていただろう。


「すいませんね」


 突然声を掛けられた方向を見やると、杖をついた一人の老人が立っていた。枯れ枝のような四肢を動かしながら近付いてくる老人は、頭を下げながらウィリアムの横に立つ。


「うちの孫が粗相をしたようで」


 ウィリアムが「孫?」と言うと、老人は年に見合わない速度で拳を落とす。ウィリアムは頬だけでなく頭の上も腫らす。普通の少年ならば泣き叫んでいてもおかしくないが、ウィリアムは暴力に慣れているらしく、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるだけだった。


「だって、年齢がおかしいだろ。それなら、俺はひ孫の方がいいだろ」

「もう一発、くらいたいのかい?」

「解ったよ。クソジジイ」


 ウィリアムと老人のやり取りを見ながら、サールはミアに「大丈夫かしら?」と小声で問いかけた。ミアの直感はこの老人が只者ではないと告げている。


「さあな」

「子供と老人だから、悪い人ではないわよね?」

「どんな悪党でも最初は子供だったし、いつかは老人になる」

「でも、私達を襲うなら最初から助ける必要なんてないじゃない?」

「確かにそうだ。でも、あのガキが使っている剣を見ろよ」


 血と泥で汚れていて気付かなかったサールだが、ミアに言われてから理解する事が出来た。ウィリアムが手にしているのは、何処にでもあるような剣だ。鋼で出来たブレイドと装飾の無いガード、工夫のない簡素なグリップ、そして他とは違う特徴的なポンメル。


「あれって……」


 サールはポンメルを凝視する。薄い楕円の中には王国を象徴とする、灰堰龍のエンブレムが嵌められている。ミアは「盗品だな」とだけ簡素に伝える。正騎士しか持つ事の許されない剣を、ウィリアムのような子供が手にしているのは、本来ならあり得ない筈だ。


 サールは目を少年と老人に向けながら、ミアに「勝てるわよね?」と小声で尋ねる。ミアは更に声を落としながら否定の言葉を告げた。ミアの実力を知っているサールは、目を見開いて驚く。大きな目を向けられたミアは、肩を竦めて片方の眉を上げる。ミアだって認めたくは無いが、本能で解ってしまう事もある。今、目の前に居る老人は別格だと。


「早く村に向かおうぜ。このバ、女、やばいからさ」

「助けて貰った御仁に失礼だぞ」

「助けたのは俺の方だ」

「いいや、お前一人で、あの大きな個体に勝てたとは思えない」

「だからって、この女が俺を助けたって事にはならないだろ」


 老人は困ったように首を振ってから、サールとミアとライアを一人ずつ見ていく。少しだけ開いた瞼の奥にある眼球は白くなっており、老人の視力に問題がある事は直ぐに理解出来た。少しは見えているのか、全く見えていないのか、三人には判然としなかったが、老人から目を向けられた視線は、的確に顔を捉えている様な気がした。


「ところで」老人は改まって言う。「お嬢さん達のお名前は何と仰るのでしょうか?」


 お嬢さんと呼ばれる年齢ではないが、ババアよりかは幾分かマシだと思ったミアも、老人の目が悪い事を鑑みると仕方ないと納得する。お嬢さんが誰かと無言で押し付け合いながら、誰から名乗るかの逡巡をしていると、馭者が最初に名前を言った。それからは馭者が仕切りだし、とりあえずは皆で近くの村へと向かう事になった。


「じゃあ、獣の死骸を馬車に積んで、そっから皆で村へ向かいましょうぜ。さっさとしないと、日が暮れてしまいますからね。ミアさんウィリアムで獣の解体を、内臓は穴にでも埋めておいて下さいな。御老人と尼さんは馬車で休んでいて結構ですので、後の連中で運びますぞ。何往復かしないといけませんで、早く取り掛かりましょうぜ」


 ミアはライアと老人を二人にするのは心配だったが、周りが行動に移し始めたので、とりあえずは動く事にした。馭者の言う通りで、日が暮れる前には作業を終わらせたいと、此処に居る全員が賛同したのだ。


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