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70 贈り物

「そろそろ出るか」


 エリオスが立ち上がると、それに続いて一行は個室を後にした。


 店の出口では、ロベルトが見送りに出ていた。


「エリオス、またいつでも寄ってくれ。次はもっと美味い酒を隠しておいてやる」


「ああ、期待している」


「それと、お嬢様方も。貴女方のような美しい客人が来てくれるなら、この店も華やぐというものです。いつでもお待ちしておりますよ」


 ロベルトの軽妙な口調に、セレイナは「ありがとうございます」と小さく会釈して店を出た。


 外に出ると、午後の陽射しの眩しさに、皆が思わず目を細める。


「まだ時間があるな。職人街の方を回ってから戻ろうか」


 エリオスの言葉に、セレイナは小さく目を瞬いた。すぐに帰るのではなく、寄り道を提案してくれたことが意外で、少しだけ嬉しかった。


 セレイナにとっては、久しぶりの王都だった。かつて暮らしていた街並み。けれど今は、エリオスの隣を歩いている。その少し後ろには、ガレーニャとオクターブも居る。その事実が、セレイナの胸を温かくしてくれた。



 職人街に入ると、通りの両側に工房が軒を連ねていた。


 銀細工の店、革職人の店、硝子細工の店、布地や糸を扱う店。刺繍糸を扱う店の前で、セレイナは足を止めた。


「ガレーニャ、見て。この色、綺麗」


「本当ですね。淡い青と、この若草色……」

 

 二人は棚に並ぶ糸を眺めながら、楽しそうに言葉を交わしている。


「これだけあれば、夏用の刺繍も色々作れますね」


 ガレーニャの言葉に、セレイナも頷いた。

 

 エリオスは二人のやり取りを黙って見ていたが、やがて店主に声をかけ、セレイナたちが手に取っていた糸を何束も買い求めた。続いて革細工の店では、ガレーニャが眺めていた小さな薬入れを。布地の店では、柔らかな絹の布を。

 

 気づけばオクターブの両腕には、包みがいくつも抱えられていた。


 そうやって歩きながら、いくつもの店を回り切り、そろそろ帰路へ着こうかといったその時、


「セレイナ」

 

 セレイナと並んで歩いていたエリオスが、不意に足を止めた。一行もそれに合わせて、歩を止める。


「はい?」


「これを」

 

 エリオスが、ポケットから出した小さな小箱を、セレイナのほうへと差し出す。それを見て、セレイナはエリオスの手と顔を交互に見た。


「開けてみろ」


 そう促され、セレイナは小箱を受け取ると、ゆっくりと蓋を開けた。

 

 中には、白金の星枠の中心に雫型のアクアマリンをあしらったペンダントが収められていた。淡い青の石が、光を受けてきらりと輝く。


「殿下……これは……こんな高価なものを頂くわけには……」


「そこの店で買ったものだ。高級というほどでもない」

 

 エリオスの言葉は素っ気ない。が、


「それに、セレイナが貰ってくれないと、そのペンダントは行き場を失う」

 

 照れ隠しなのか、その言い回しにセレイナは、思わず小さく笑った。


「ありがとうございます、殿下」

 

 顔を上げると、自然と笑みが零れ落ちる。


「石の色を見た時、セレイナの瞳と同じだと思った」

 

 エリオスはそう言うと、スッと視線を逸らした。それから、再びセレイナを見て言葉を続ける。


「つけてもらえるか?」


「はい」


「貸してみろ」

 

 セレイナが手を伸ばすより先に、エリオスがペンダントを手にした。彼女の背後に回り、首元に白銀の鎖を乗せる。冷たい金属の重みが肌に触れた。

 

 留め金を止めるエリオスの指先が、うなじをかすめる。


「……似合っている」

 

 低い声が、耳元で響いた。

 

 胸元を見下ろすと、星の中でアクアマリンが小さく揺れている。


 セレイナはそれに手を当て、そっと握り締めると、頬の熱がじんわりと上がっていった。



 やがて、建物の隙間から差し込む光が紅を帯び始めた。


 街全体が黄金色に染まり、四人の長い影が石畳の上に伸びていく。


「今日は……ありがとうございました、殿下」


 足を止めたセレイナが、エリオスに向き直った。


「王后陛下に謁見できましたこと、こうして街を歩けたこと、何もかも殿下のおかげです」


 エリオスも足を止めた。夕陽を背にして、その表情は影になっている。けれど声は静かに響いた。


「礼を言うようなことじゃない。……俺も、今日は良い日になった」


 夕暮れの街を、四人の影が静かに歩いていく。


 だが。


 その背を、通りの向こうから見つめる者がいた。


 夕暮れの群衆に紛れ、男はひとり立ち尽くしていた。


 琥珀色の瞳が、大きく見開かれている。


 その視線は、銀色の髪に縫い止められたまま動かなかった。


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