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63 王都へ ーChapter エリオス

『エルグレン伯爵閣下


突然の書簡、失礼いたします。

私は東辺境要地に赴任しておりますエリオス・ウィンター殿下の側近、オクターブ・ヴァレンスと申します。


このたび、主であるエリオス殿下より、貴殿のご息女セレイナ・エルグレン嬢についてお伝えすべきことがあり、筆を執りました。


詳細はお会いした折にお伝えいたしますが、現在セレイナ嬢は事情により、殿下が赴任しております東辺境要地にてお過ごしでございます。

なお、セレイナ嬢はお元気にお過ごしであることを、ここにお知らせ申し上げます。


つきましては、一週間後を目途に、エリオス殿下がセレイナ嬢を伴い、貴邸へお伺いする予定でございます。

日程につきましては、事前に改めてご連絡申し上げますので、その際にご都合をお聞かせいただけましたら幸いに存じます。


また、我々へのお気遣いは一切なさいませんよう、お願い申し上げます。


書面にてのご連絡となりました非礼、何卒ご容赦ください。


               オクターブ・ヴァレンス』


 王都へ向けて出発する数日前に、エリオスはセレイナの生家であるエルグレン伯爵家へ、オクターブより書簡を送らせた。


 エルグレン伯爵家が、突然のこの書簡を受け取れば、当然ながら動揺するだろう。何事かと身構えるに違いない。


 オクターブからであれば、重みも少しは軽くなる。そういう判断をした。詳細は敢えて書かせないことで、余計な憶測を呼ぶかもしれないが、文面で全てを説明するのは適切ではない。セレイナが兄・セラフィムの側妃を辞したこと、今は東辺境要地で暮らしていること。それらは直接会って、きちんと伝えるべきことだ。


 セレイナの家族がどのような人々なのか、エリオスは詳しく知らない。彼女自身もほとんど語ってこなかった。ただ、王都の商人貴族なのは、知っていた。堅実な経営で、主に貿易と両替・為替手形の取り扱いを生業とする家門だ。当主も堅実な人柄であるとも聞いていた。記憶が正しいのであれば、セレイナにも上に兄が一人いるはずだ。


 そしてひとつ、確実にわかっていることがある。


 セレイナがあの地獄のような日々を耐え抜けたのは、家族に会いたいという想いがきっとあったからなのだろう。どれほど辛くても、どれほど苦しくても、その一心だけを支えに生きてきたのではなかろうか。

 王都に戻る提案をしたときに見せた、彼女の頬を伝う涙。それが全てを物語っていたのではないか。


 そう考えると、セレイナと家族の間には深い絆があったのだと察することができた。


 王家の都合で側妃として迎え入れられ、王家の中で傷つけられた。その間、家族は何もできなかったはずだ。いや、何も知らされていなかったと容易に推察できる。側妃としての暮らしぶりなど、外部に漏れることはない。セレイナがどれほど苦しんでいたか、家族は知る由もなかっただろう。


 それを思うと、家族もまた被害者なのかもしれない。大切な娘を王家に差し出し、その後どうなったかも知らされず、ただ待つことしかできなかった。


 今回の帰省で、全てが明らかになる。セレイナが側妃を辞したこと、そして今どのように暮らしているか。


 それを知った時、家族はどう思うだろうか。


 安堵か。それとも、王家への怒りか。


 どちらにせよ、エリオスは覚悟していた。セレイナの家族が王家を責めるなら、自分がその矢面に立つ。王家の無為、それは自身の家族の愚策でもあり、欺瞞でもある。そして、彼女を守るために城から連れ出したのは自分だ。その責任は取る。



 出発の準備は着々と進んでいた。


 セレイナには既に伝えてある。生家への書簡を送ったこと、一週間後には、セレイナの生家へ向かうこと。彼女は静かに頷いていた。不安と期待が入り混じった、複雑な表情を浮かべながら。


 ガレーニャにも同行を頼んだ。セレイナの体調管理もあるが、何より彼女の心の支えとして傍にいてほしかった。ガレーニャはセレイナにとって、この一年で最も近しい存在になっている。二つ返事で引き受けてくれた。


 オクターブも当然同行する。護衛としても、補佐としても、彼の存在は欠かせない。


 道中は馬車を使う。東辺境要地から王都までは数日の道のりだ。途中で宿を取りながらの旅になる。セレイナの体に負担がかからないよう、無理のない行程を組んだ。



 出発の朝、エリオスは居館の前に用意された馬車を確認した。


 皆が乗る馬車は、乗り心地の良いものを選んだ。長旅になる。少しでも快適に過ごせるようにとのエリオスの想いが込められている。


 セレイナが荷物を持って現れた。いつもの落ち着いた佇まいだが、その目にはどこか緊張の色が見える。


「準備はできたか」


「はい」


「道中、何か不安なことがあれば言ってくれ。無理はしなくていい」


「ありがとうございます」


 セレイナが小さく頭を下げる。その仕草は相変わらず丁寧だが、以前のような卑屈さはない。この一年で、彼女は確実に変わった。


 ガレーニャも荷物を抱えてやってきた。


「殿下、お待たせしました」


「いや、ちょうどいい。では、出発しよう」


 一行は馬車に乗り込んだ。


 御者が手綱を取り、馬車がゆっくりと動き出す。東辺境要地の街並みが、少しずつ後ろへ流れていく。


 街道沿いには、青々と茂るプラタナスの並木が続いていた。エリオスは何気なく口にした。


「秋になると、このプラタナスの並木は見事な紅葉を見せてくれる。……君も見たらきっと」


 その後の言葉が続かない。一体自分は何を言おうとしている?

 そう思ってしまったとたん、エリオスは小さく唸りをあげた。


「そうなのですね。その風景、ぜひ見てみたいです。秋が楽しみになりました」


 セレイナは楽しそうに車窓から、プラタナスの木々を眺めながらそう答えた。


 エリオスはその言葉に「……ああ」と重ねて返事をした。

 彼女がまた、この地に戻ってくるという言葉を落としてくれたような気がしたのだ。

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