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61 母の想い ーChapter エリザベルナ

 王と王后が同じ日に休みを取ることは珍しい。その日は久しぶりに、セリオルドとエリザベルナの休日が重なった。


 そんな日であっても国王・セリオルドは、居間の長椅子に腰掛け、書類を片手に眉を寄せている。休日であろうが、どうしても目を通さなければならないものがあるらしい。


 エリザベルナはそんな夫の姿を横目に見ながら、文机に向かっていた。丁寧な銀細工の飾り箱から取り出した古い文の束を、一通ずつ確認しては整理している。息子たちからの文、母国の家族からの文、友人からの文。長年溜め込んでいたものを、そろそろ片付けねばと思っていたのだ。


 エリオスからの文に手が止まった。


 辺境に赴任してから届いた、いくつかの便り。領地の様子、政務のこと、そして時折添えられる、ある女性の近況。


 『セレイナ』。その名を目にするたび、胸の奥が疼く。王家の都合で側妃として迎え入れ、王家の中で傷つけられた娘。エリザベルナが母国に戻っている間に起きた出来事とはいえ、王后として、一人の女性として、詫びなければならないとずっと思っていた。


 エリオスの文によれば、今は東辺境要地の港町で小さな店を営んでいるという。エリオスが拠点としている居館からは少し離れてはいるが、時折様子も見に行っていると書いてあった。彼女は自分の足で立ち、少しずつ前を向いて歩き始めていると、簡素なエリオスらしい言葉で綴られていた。


 それを読むたびに安堵する。けれど同時に、申し訳なさが込み上げてもくる。


 文を手にしたまま、エリザベルナは口を開いた。


「ねぇ、セリオルド」


 書類から目を上げた夫が、こちらを見る。


「どうした?」


「わたくし、エリオスのところへ行こうと思うの」


 セリオルドの眉がわずかに動いた。書類を膝の上に置き、妻の顔をじっと見つめる。


「……セレイナ嬢に会いたいのか」


「ええ。どうしても、直接お詫びがしたくて。文だけでは、伝わらないこともあるでしょう?」


 エリザベルナの声には、確かな決意の強さがある。セリオルドは小さくため息をつき、顎に手を当てた。


「気持ちはわかる。だが、急に押しかけては、かえって彼女を困らせることにならんか?」


「それは……」


「まずはエリオスに打診した方がよかろう。セレイナ嬢の意向もある。彼女が会いたくないと言うなら、無理強いはできんだろう。本来であれば儂も、彼女に詫びをしなければならん」


 セリオルドの言葉に、エリザベルナは小さく頷いた。夫の言うことは正しい。自分の気持ちばかりを優先してはいけない。


「そうね……。まずはエリオスに文を出すわ。セレイナさんのご意向を聞いてもらって、もしお許しいただけるなら、お会いしたいと」


「それがいい。エリオスなら、うまく取り計らってくれるだろう」


 セリオルドは書類を再び手に取ったが、すぐにまた顔を上げた。


「エリザベルナ」


「なんでしょう?」


「お前が気に病む必要はない。あの件は、儂の監督不行き届きでもある」


 その言葉に、エリザベルナは微かに笑った。


「あなたは優しいわね。でも、王后としての責任は、わたくしにもあるのよ。後宮のことは、本来ならわたくしが目を光らせておくべきだった」


「お前は母国に戻っていた。仕方のないことだ」


「それでも、だわ」


 エリザベルナは文を束に戻し、立ち上がった。


「文を書いてくるわ。休日に申し訳ないけれども、届ける手配だけお願いできる?」


「ああ、わかった」


 セリオルドは頷き、妻の後ろ姿を見送った。



 隣室の書斎に移ったエリザベルナは、羽根ペンを手に取り、便箋に向かう。


 何と書けばいいだろう。息子に、どう伝えればいいだろう。


 暫く考えた後、ゆっくりと文字を綴り始めた。


『エリオスへ


 変わりなく過ごしていますか? そちらの夏は王都とは違い、涼しいのかしら? 


 どちらにしても体調を崩さないこと、無理はしても、やりすぎないことをきちんと守って頂戴ね。


 それと、今回筆を執ったのは、以前に相談していたことよ。セレイナさんに一度お会いしたいと言った件。やはりわたくしの気持ちは変わらないの。彼女に直接、お詫びがしたいのよ。


 勿論、セレイナさんのご意向を優先してね。もしお許しいただけるなら、わたくしからそちらに足を運ぶつもりよ。


 お返事、待っています。


                   母より』


 書き終えた文を読み返し、エリザベルナは小さく息をついた。


 押しつけがましくはないだろうか。彼女の傷に塩を塗るようなことにはならないだろうか。でも、このまま何もしないでいることは、もうできなかった。


 文を封じ、呼び鈴を鳴らす。すぐに侍女が現れ、


「これを陛下へ渡して頂戴。お願いするわね」


「畏まりました」


 そう言い文を受け取とると、頭を下げて部屋を出ていった。


 エリザベルナは書斎の椅子に深く腰掛けたまま、閉じた扉を見つめ続ける。


 セレイナという一人の女性が、どうか穏やかな日々を過ごしていますように。そして、いつか心からの笑顔を取り戻してくれますように。


 同じ女性として、今はただ、そう祈ることしかできなかった。

あけましておめでとうございます。

ことしもどうぞよろしくお願いいたします。


皆さまに、より多くの御多幸がありますことを祈りつつ。

今年も精進してまいります。


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