49 居間にて
「そう……ミレーユとやはり繋がっていたのね」
昨夜と同じく、晩餐を終えた後の居間で、エリオスはセリオルドとエリザベルナに、昼間の調査報告をしていた。
セリオルドは片手に葡萄酒を持ち、手元の盤上で一人でチェスをしながら、妻と息子のやり取りを静かに聞いている。扉の傍にはオクターブが控えており、エリオスは腕組をしつつ報告を続ける。
「レーヌ商会長の話では、あくまでも個人的な文のやり取りだと言っていた。それについては罪でも何でもない。問題は本当に文だけだったのか? ということと、そこで避妊薬のやり取りが行われていたのでは? ということだ」
「推測に過ぎないけれども……。ミレーユ、あの子そういえば、薬学や植物に関して造詣が深いのよ。将来、何かのお役に立つかもしれないからと、そう言ってくれてね。彼女が王太子妃教育を受けていた頃、特に力を入れて学んでいた記憶があるわ」
エリザベルナは、一つ溜め息を落とした。
「だからと言って、彼女が避妊薬を用意したとは言えないし、言わないわ。もしかすると、どこかの貴族がリージェリアに渡したのかもしれない。でも、仮にそうだとしたら、リージェリアはその貴族から生涯において弱みを握られることになる。彼女はそこまで痴れ者ではないし、王族ですもの。そのあたりは、心得てるはずよ」
「では母上は、やはりミレーユ夫人が渡したと?」
「そうね。彼女たち二人なら、リスクも承知だったでしょうし、お互いに裏切るなんて真似もできない。同罪なんですもの」
そこまで言ったエリザベルナは、手元に持っていたカップを口元へ運び、ゆっくりと中の茶を飲む。
「ねぇ、エリオス。あなた、この件をもっと深く調査すべきだと思う?」
その問いが、今後の方針を決めるためのものであることは、すぐに察せられた。肯定すれば、強固な調査へ移すこともできる。但し、これといった確実な証拠もない上での調査になる。もし何も出なければ、受けるリスクは大きい。だが、ここで調査を打ち切ればきっと、永遠に真相には辿り着けなくなるだろう。
「わたくしはね。これ以上の調査は無意味な気がするの。見逃すということではなくて、やり方を変えた方がいいと思うのよ」
「やり方?」
「そう。昨日の毒の報告書を読んで、わたくし考えたのよ。もし、綻びが出るとしたら……それは、愛が消えた時じゃないかしら? 愛が失われることを恐れるが故に使った毒ですもの。それにね、人間って不思議なもので、一度過ちに手を染めると、二度目、三度目は簡単に同じ手段を使うようになるわ」
エリオスは、エリザベルナの話に眉を顰める。
「また、同じように毒を盛るということか?」
「可能性としてはあるだろうし、正直、今後リージェリアをその点において、信用できなくなったのは間違いないわ」
「では母上は、どうすればいいと考えている?」
問われたエリザベルナはそれには答えずに、目線を静かにチェスの駒を動かしているセリオルドへ向けた。視線を向けられたセリオルドは、ポーンを一つ前に動かすと、グラスに残っていた葡萄酒を呷り、静かに告げた。
「オクターブ。すまんが、王太子宮へ遣いを頼まれてくれるか。セラフィムを今すぐ呼んできてくれ」
「御意」
王直々に命じられたオクターブは、即座に動き、居間から退出した。
「ありがとう、あなた」
エリザベルナは微笑みをひとつ、セリオルドに向けた。
☆
それから一刻ほどすると、オクターブがセラフィムを伴い居間へ戻ってきた。
「お呼びと聞き、参上いたしました。エリオス、来ていたんだな」
セリオルドとエリザベルナに一礼をした後セラフィムは、空いている席に腰を下ろし、エリオスに一声掛ける。
「ああ。昨日の昼間に」
「そうか。……セレイナの様子を……聞いても構わないだろうか?」
少し遠慮気味に問うセラフィムに、エリオスは端的に答えた。
「健在だ」
「そうか……」
短い応えの中に、詳細を伝えるまでもないというエリオスの意図を汲んだセラフィムも、それ以上は聞かなかった。
「セラフィム、夜分に呼び出してごめんなさいね。ここからは家族の話よ。公的なものではないから、思うことをそのまま話してちょうだい。エリオスもそれでいいわよね?」
「ああ」
エリオスの返事を聞いた上で、エリザベルナは昨日見た毒の書類をオクターブに持ってこさせ、それをセラフィムに手渡した。
「まずはそれを読んで頂戴」
セラフィムは手元の書類に、最初は怪訝そうに眼を落していた。が、徐々にその顔色は変わり、そのうち口元が小さく動き出した。ブツブツと「そんな……」という言葉や「なぜ」と言った単語が彼の口元から漏れる。そうしてしばらく、紙面を見つめたまま、顔を挙げようとはしなかった。
「セラフィム。今日、エリオスが少し動いてくれてね。エリオス、伝えてあげて」
エリザベルナに促されるまま、エリオスは調査の過程をセラフィムにも伝える。
「まさか、そんな。ミレーユも繋がっているというの……か?」
「わからん。あくまでも推測の域だ。ただ、その線が濃厚だと俺は考えている」
「確証もないのに、決めつける訳にはいかないだろう!?」
セラフィムが思わずといったように、声を荒げた。が、すぐに「すまん……」と小声で謝罪した。
「お前がそういうのもわかる。だが、推測であろうとも事実を積み重ねていくと、見えてくるのはその女性二人の存在だ」
エリオスの冷静な物言いに、セラフィムは何も言い返せず、ただ、口を真一文字に結んでいる。
自身の妻であり、愛する守るべき女性でもあるリージェリア。その彼女がもし、愚行を犯しているのであれば、自分はどうすべきなのか、それを図ろうとしているのかまた違うことを思っているのか。セラフィムは眉間の皺を深くするのみで、暫く沈黙したままであった。
そうして、漸く顔を挙げたかと思うと、セラフィムは何かを覚悟したかのように口を開いた。
「父上、母上。それとエリオス。聞いてほしいことがある。これは……間違いなく、発端は俺です」
そう前置きをすると、ミレーユと最初に交わした密約のことを話し出した。本来なら、墓場まで持っていこうと思っていた約束である。だが、こうなってしまっては、黙っていることが返って彼女たちを追い詰めるのではないのか? さらに言えば、もっと事態を悪化させる可能性もあるのではないか? と、ここにきて立ち止まり、考え直したのだ。
「当初は俺も、皆がそれぞれ思う人生を歩めて、国益としても利害があると思っていました。関わる全てにおいて丸く収まると。ですが、そのことが一人の女性の人生を大きく狂わせた。そして、二人の女性もまた、同じように因果の中で翻弄されています。俺のひとつの判断が、どんどん歪んで行ってるのです」
そこまで言ったセラフィムの言葉を引き継いだのは、王・セリオルドだった。
「お前ひとりの責ではない。国益を考えた時に、妥当だと私も考えた。今起きている事態。これは、結果論でしかない」
続けてエリザベルナも、
「ミレーユからの提案だったのね。彼女、そんなに王太子妃になりたくなかったの?」
そう、セラフィムに問うた。
「それはわかりません。ただ、私もミレーユもお互いに、情はあれどそれは愛ではなく、同志や友情、そう言ったものであったと思います。ミレーユは……ヴァルター公に、恋しているのだろうと、その時の俺は、そう思いました」
「馬鹿馬鹿しい」
それまで黙っていたエリオスが、呆れ気味に口を開いた。
「皆が利を取った。それだけだろう? ヴァルター公にしてもそうだ。領地の支援という名目で、金が入ってきた。そこに目がくらまなかったのか? と聞けば、全くないとは言い切れないだろう。だが」
そこまで言うと、セラフィムに鋭い視線を投げて、言い放った。
「お前がしたことの中で一番の愚策は、側妃としてセレイナを娶ったことだ」
「わかっている……」
再び俯いたセラフィムは、膝の上に置いた掌をきつく握りしめた。
「父上……母上……、いえ、両陛下。私は、国を背負い立つ資格はございません……」
「甘えるな」
セラフィムの吐露に、セリオルドの言葉が飛んだ。
「民の未来を預かるお前が、簡単に放棄できるようなことではない。お前はこれからもっと、複雑な局面に立たされることもあろう。その都度、資格はないなどと言うつもりか? そんな軽々しいことではないと理解できておるのか? 民の人生を、命を預かるものとしての責と矜持を、甘く見るな。過ちは正せ。そこからまた、積み上げていくしかない」
「父上……はい。胸に刻みます」
セリオルドの厳しくも、息子を思う気持ちが伝わったのか、セラフィムの声色から、緊張の色が少しではあったが、消えていた。
「リージェリアとミレーユ。彼女たちの関与は推測でしかない。懲罰を与えることは無理ね。でもわたくしはもう、彼女に対して心からの信頼はできないわ。セラフィム、あなたはどうかしら? 彼女を信じることができる?」
セラフィムは、母であるエリザベルナの問いに、すぐには『はい』と答えることが出来なかった。もし本当に、セレイナに薬を盛っていた首謀者側だったとしたら、今後、何かの折にセラフィム自身にも同じような手段を講じるかもしれないという疑念を生んでしまったのだ。




