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46 疑惑 ーChapter エリオス

 セレイナを見送ってから十日ほど過ぎた夜。その日エリオスは、王の居城にて王と王后と共に晩餐の席についていた。


「エリオス。何年振りかしら? 相変わらず不愛想な顔ね。母と久しぶりの食事なのだから、もっと愛想よくなさいな」


 母后・エリザベルナが皮肉交じりに、微笑みながら話す。


「母上も相変わらず、口もお達者で。安心いたしました」


「まぁ。あなたも減らず口ね」


「お互い様です。あなたに似たのでしょう」


 妻と息子の軽快なやり取りを、王セリオルドは音楽でも聞いているかのように葡萄酒で流し込む。二人のやり取りがひと段落するとグラスを置き、漸く口を開いた。


「して、エリオス。セレイナ嬢の様子はどうだ?」


 王のその言葉に、母后も身を乗り出し


「そうだわ。わたくしもあなたから、いろいろ聞きたかったの」


「はい。そのことも含め、今回はこちらへ戻りました。このあと居間の方で……秘密裏にお話したいことがあります」


 膳の間では、給仕や侍女など多くの耳がある。それを避けたいという、エリオスの意図を組んだ二人は、大きく頷きあった。



 春先とは言え、まだ夜は冷え込む。居間の暖炉の薪が小さく爆ぜる。ここからは家族の時間。形式ばった物はない。居間には、家族三人が椅子に座ったその先、少し離れた場所でオクターブが控えていた。


 エリオスがオクターブに声を掛ける。


「オクターブあれを」


「はい」


 名前を呼ばれたオクターブは、分厚い封書をエリオスに手渡した。そこからエリオスが、幾枚もの書類を取り出し、セリオルドへと差し出す。


「まずこれを見てほしい」


 セリオルドが書類を受け取ると、パラパラと捲りながら、次第に動きを鈍らせ、ある一枚で完全に止まる。


「それは、セレイナから聞き取った内容と、彼女の診察結果とそこからの記録だ」


「これは、本当なのか?」


 眉を顰めたセリオルドは、信じ難いとでもいうような声色でエリオスに問う。


「ああ。信頼できる侍医の診察結果だ。セレイナから聞き取ったことも、彼女の主観ではあるが、ほぼ嘘はないと思う」


「どういうことなの?」


 エリザベルナの言葉に、セリオルドが手に持っていた書類の束を彼女に渡す。それをエリザベルナは、一枚・一枚ゆっくりと捲っていった。そしてセリオルドと同じく、ある一枚のところでその動きを止めた。そして書類に視線を落としたまま、吐き出すように言葉を漏らす。


「これは……嘘でしょう?」


 セリオルドとエリザベルナが手を止めた一枚。そこに書かれていたのは、セレイナが薬を盛られていた可能性が高いということ。その薬は、タチアオイから抽出された高濃度の避妊薬であることなどが詳細に書かれていた。


「いや、先ほど父上にも言った通りだ。こちらの調査とセレイナの証言から、実行していたのは王太子妃付きの官女の可能性が極めて高い」


「まさか、そんな……薬まで使われていたなんて……」


 エリザベルナの声が、書類を持つ手が、震えてゆく。


「これは、重大なことよ。なぜ? なぜここまで」


「それは、本人に聞くしかない。王太子妃の侍女と官女に聞き取りをしたいのだが」


 エリオスのその言葉に、セリオルドとエリザベルナは顔を見合し、首を振る。そしてエリザベルナが、エリオスに向き直り、息を整えて告げる。


「それはできないわ。……彼女たちは……新年あけて早々に、国外追放という処分を受けて、母国へ送還されたの。数々の反逆行為という名目で」


 エリオスが、深い溜め息を吐いた。


「……先手を打たれたか」


 その呟きに、セリオルドとエリザベルナは、息子が言わんとすることを察した。王太子妃、リージェリアが関わっているのだろうと。母国から連れてきた侍女たちを、国外追放にすべきと強く主張したのは、他でもないリージェリア本人だった。証言できる人間がいなければ、確実な証拠を掴むしかない。だがそれも、ほぼ不可能に近いだろう。


「リージェリア……彼女が、関わっているのね?」


「断言はできない。が、可能性としては非常に高いと考えている。高濃度の避妊薬だ。簡単に手に入る代物じゃない。入手ルートがどうなっていたのかも、明かさねばならない」


 エリオスは淡々と告げてゆく。そしてオクターブを呼び寄せ、後の説明を彼に託す。


「御前失礼いたします。畏れながら、私が調査した内容を、お伝えさせてくださいませ」


 そう言ったオクターブは、深く頭を下げる。


「申せ」


 セリオルドが、短く許可を出した。


「有り難く存じます。まず、こちらを」


 オクターブが、居間のローテーブルに数枚の書類を置く。そこには、宮廷及び、王太子宮への人の出入り記録があり、いくつかの個所に印がつけられていた。


「これは、年末に私が独自に調べて入手した記録でございます。王太子妃殿下への謁見、ならびに商人や商会の出入りをまとめたものです。定期的に妃殿下のもとを訪れていたのは、この三つの商会、レーヌ、ミラノ、そしてエムジー。ここに、避妊薬の入手経路を特定できる手掛かりが潜んでいる可能性がございます」


「わかった。エリオス。調査を頼めるか。このことはまだ、セラフィムには伝えるな。リージェリアの耳に入ると証拠を隠滅しようとするかもしれん」


「御意。もし、リージェリア妃の関与があった場合、どうするつもりだ?」


 エリオスの問いは核心を突いていた。問われた王は低く唸り声をあげ、暫く天井を仰いだ。側妃とは言え、王族のものに『薬』を盛ったのだ。ただで済ませる訳にはいかなくなる。だが、どう処分するにしろ、外交問題になることは避けられない。そのうえ王太子妃という、将来は王后になる身でもある。軽々しく決断できることではなかった。


「今はまだ、疑惑の段階だ。確定したわけではない。判断は疑惑が確定してからでも遅くはないだろう。王太子妃を裁くということは、王室そのものを裁くことになる。軽々しくは動けん」


 セリオルドの言葉は曖昧だったが、理にかなっていた。確証のないまま処分はできない。エリザベルナも静かに頷いた。


「わたくしもセリオルドに賛同するわ。今はまだ、処分は決めるべきではない。ただね。疑惑を持たれること自体が、問題ね……。しかもなぜ、避妊薬を……」


 エリザベルナのその呟きに、オクターブが再び頭を下げた。


「恐れ多いのですが、そのことについてセレイナ様の侍医であるガレーニャ医師が、ひとつの推測をしておりました」


「どのようなことを?」


「妃殿下は、セレイナ様がご懐妊されることを恐れておられたのではないかと。それを汲み取った、侍女や官女たちが薬を盛ったのでは? という見解でした。ご自身がまだご懐妊できないことが、そのような行動になったのではないかと。薬を盛られた結果としてセレイナ様は今後、子を持つことが難しいとも話していました」


 オクターブの話に、セリオルドが眉を顰めたまま、口を挟んだ。


「だが、セレイナ嬢とは形ばかりの側妃で、そのようなことはしないとセラフィムは申していた。リージェリアもそれは理解していたはずだ」


 眉を寄せたままのセリオルドに、今度はエリザベルナが、強い調子で言葉を返す。


「セリオルド。それは違うわ。リージェリアは侍女と官女に、セレイナさんの存在が『怖い』と漏らしたと聞き取り調査の書類にもあった。その怖さは、セレイナさんが懐妊することだったのかもしれないわ。リージェリアはきっと、何かを感じ取ったのよ。そう……だから避妊薬なのね……しかも、今後彼女は、子が持てない身体になってしまったのね?」


 それに答えたのはエリオス。


「未来のことはわからないが、子が持てる可能性が低い。という話だった」


「あまりにも……あまりにも酷いわ。王家の勝手で嫁がせて、利用するだけ利用した挙句、心身共に……未来にまでも傷をつけてしまったんだなんて」


 震える手で口元を抑えながら、嗚咽交じりに言うエリザベルナの言葉を、セリオルドとエリオス、そしてオクターブは何も言わずに聞いていた。居間には重い、沈痛な空気が漂い続けた。


「エリオス、しっかりと調査をお願いね。それと……わたくし、一度セレイナさんにお会いしなきゃいけないわ。非礼のお詫びをしないと」


 エリザベルナの言葉にエリオスは、静かに、だが毅然としてそれに異議を伝えた。


「母上。それは待ってほしい。セレイナ自身が王家とかかわりを持ちたくないと考えていたら、それを優先したい」


「ええ、勿論。そこは彼女の意向を最優先にするわ。でも……申し訳なさすぎよ。胸が張り裂けてしまいそう……」


 そういい涙を堪えているエリザベルナの背中に、セリオルドはそっと大きな手を置いた。

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