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45 別離 ―Chapter エリオス

 春の暖かな零れ日の中、馬車の前でトランクをふたつ、足元に置いたセレイナがいた。


 まだ雪は全て解けきらない。けれど厳冬は既に過ぎ去り、芽吹きの気配が大地に息づき始めている。季節は確かに、新しい命を迎える入口に差しかかっていた。


「忘れ物はないか? いいか、何か困ったことがあったら、すぐに言ってくるんだぞ。ため込むな」


 見送りに出ていたエリオスは、腕組をしながら難しい顔をして、セレイナに細かくあれやこれやと話している。まるで、別れるのがつらいとでもいわんがばかりに。


「大丈夫です。エリオス殿下。だって、私、この東辺境要地にいるじゃないですか」


「だがあそこは、ここから馬車で一刻も掛かる。すぐに行ける距離ではない」


 そんなエリオスをみて、セレイナは小さく声をあげ笑う。


「大丈夫です。ガレーニャも一緒にいてくれますし」


 セレイナが振り向いた先、ガレーニャは銀縁眼鏡をクイっとあげると、大きく頷いた。



 冬の間、セレイナは図書室に籠り、経営学を独学ではあるが学んでいた。それを見たエリオスも、カヴァネスをつけようかと提案したが、彼女は固辞をした。


「自分の力で学んでみたいのです。……でも、分からない点もたくさんありますから、その時は、教えてくださいますか?」


「もちろんだ」


 こうして、彼女はコツコツと日々勉学に励んだ。そして、セレイナが決意したこと。それは『裁縫店』を開きたいということだった。


「私、お裁縫好きなんです。天使の靴下も皆さん喜んでくださったから……。素敵なものをお届け出来る店がしたくて」


 そこからは、とんとん拍子だった。エリオスは、目が届く範囲に店を構えて欲しいと言ったが、セレイナはそれだと独り立ちとは言えないと、少し離れた場所に店を持った。


 その代わり、セレイナの補佐として、侍医のガレーニャが帯同することになった。


 今日がその旅立ちの日。


 エリオスが差し出した手を、セレイナはそっとゆっくり握り返す。


「エリオス殿下。お世話になりました。ここでの温かな日々は、生涯胸に刻みます。御恩もいつか、お返しを」


「そんなものはいい。貴方が自由に、生き生きと過ごしてくれていたら」


「はい」


 そう言い微笑んだセレイナの笑顔は、ここに来た当初よりも随分ふっくらとしており、銀髪が陽の光を受けて反射する。


「そろそろ行きましょう」


 ガレーニャが、セレイナと自分のトランクを持ち、先に馬車へと乗り込んだ。


「では、エリオス殿下、オクターブ様。行ってまいります」


「ああ。気を付けていくんだぞ」


 セレイナが御者の手を借り、馬車へ乗り込む。扉が閉まると


(……行ってしまうのだな)


 という思いが、エリオスの中から沸き上がった。だが、彼女が選択したことを、見守ろうという意思は変わらない。


 動き出した馬車は、最初はゆっくりと、そして門を抜けると速度を上げてどんどん進んでいく。

 エリオスとオクターブは、馬車がみえなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。



「殿下。よかったのですか?」


 オクターブがぼそりと呟く。


「何がだ?」


 眉を顰めて返事をするエリオスに、オクターブがため息交じりに言葉を落とす。


「セレイナ様のことです。このまま、お見送りしてよかったのですか? ほかの男に攫われるかもしれませんよ?」


「……それはセレイナが決めることだろう? それに俺は、そういう気持ちは……」


「ほんとですか? まぁ、人の恋路に口出しをしませんが」


「オクターブ。口元をニヤつかせながら言うな。奇妙極まりない」


 エリオスが指摘した通り、オクターブの口元はモゴモゴと動き、何かの言葉を言い出したいのに、言えないというような顔をしていた。


 はぁ……と大きなため息を吐いたエリオスは、青く広がる空を見上げた。


「だいたい、俺は王族だ。セラフィムは俺の兄でもある。……あんな目にあったんだ。もう二度と、王家とは関わりたくはないだろう」


「弱虫ですね」


「あ?」


 腹の底から、地面を這うような声を出したエリオス。


「昔に戻ってますよ。その言い方。お行儀のよろしくなかった頃に」


 そう指摘し、オクターブにしては珍しく、声をあげて笑っていた。そして続けて話す。


「俺が守る。くらいの気概を持てないんですかねぇ?」


「……セレイナが選ぶことだ。それに今の彼女は、そう言ったことは、考えたくもないだろう」


「そこは同意いたします」


 大きく頷いたオクターブに、エリオスは空気をかえるように、声をワントーン落とし、政務用の顔になる。


「来週、王都へ向かう。ガレーニャから預かっている薬の詳細や、資料をまとめておいてくれ」


「御意に」

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