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40 追及 ーChapter セラフィム

 聖夜祭の翌朝早く、母である王后からの私信が、セラフィムの執務室に届けられた。文面はきわめて簡潔で、二日後に時間を確保し、宮廷内の王后執務室へ来るようにとだけ記されていた。


 文面を読み終えた瞬間、セラフィムの胃の奥がきゅっと捻れる。鋭い痛みに似た違和感が、ゆっくりとじわり広がっていった。


 離縁以降、政務の机に向かってはいても、意識は長く留まらない。気付けば思考は別の場所へ逸れ、その先にいるのはいつもセレイナ。皮肉なほど、彼女の影ばかりが胸の内に居座り続けた。


 そんな日々が続いたせいか、リージェリアと言葉を交わす機会は自然と減っていく。避けているつもりはない。ただ、真っ直ぐに彼女と向き合うことが出来なかった。


 今回の件で、まざまざと突きつけられている自らの歪んだ気持ちに、罪悪感があるのだろう。

 

 どうしても、向き合えなかった。


 そんな折の王后からの私信。王后が母国から帰国された際、挨拶は終えている。その上での急な呼び出しは、恐らく側妃に関してだろう。それ以外考えづらい。


 セラフィムは執務椅子の背に身を預け、ゆっくりと天井を仰ぎ、瞼を閉じる。


 母后は決して敵ではない。寧ろ深く息子たちを慈しむがゆえに、誰よりも厳しい。下手な誤魔化しは通じない。父王とは異なり、細かな点まで問いただされるのは明白だった。


 どう答えるべきか。心のままに語るべきか。


 そう考えても、それが最も難しいと理解しているのは、ほかでもないセラフィム自身だ。自分が何を思い、何を選べばよかったのか。その答えは未だ、霧の中で掴めずにいた。



 約束の日。セラフィムは王后執務室の扉をくぐると、案内された席へ静かに腰を下ろした。


「多忙な所申し訳ないわね。早速なのだけれども、側妃の件よ。話は国王陛下から伺ったわ。でもわたくしには、分からないことばかりでね。貴方からも話を聞きたいのよ」


 ローテーブルに置かれた、母が好む鮮やかな色で、繊細に模様を施されているティーセット。そこから湯気立つ向こう側、エリザベルナはいつもの優雅な微笑みを浮かべていた。


「ご報告が遅れまして申し訳ありません。側妃を娶り……私の至らなさで離縁を」


 セラフィムがそこまで言うと、エリザベルナは「違うわ」と、言葉を遮った。


「わたくしが聞きたいのは、表面的なことではないの。なぜ『栄養失調』などと言う状態に陥っていたの? セレイナさんと言ったわね。彼女は元々、食が細かったのかしら?」


 母に問われて、セラフィムは喉の奥で、言葉を飲み込む。

 食が細い? いや、知らない。彼女がどういう食生活をしてたのかさえも……。


「いえ……私は把握しておりませんでした。ただ、愚痴が多いと報告を受け、一度叱責をしたことがあります」


「どのように?」


「文句を言うな……と」


「そう。それは誰からの報告だったの?」


 誰から? 

 ……確か、リージェリア? セラフィムが思考の奥を辿りながら、記憶の扉を開けてゆく。


「……リージェリアからです。彼女が、自身の侍女から報告を受けたと」


「王太子妃の侍女から? その侍女は誰から報告を受けたのかしら? 側妃付きの侍女はどうしていたの?」


「侍女……。いえ、私は……」


「その辺の管理も知らなかった。ということね?」


「……はい。ただ、輿入れ前には、配属は済ませておりました」


「なるほどね。その後の総括はリージェリアが?」


「大まかにはそうです。ですが、細かな人事に関しては、侍女長が行っていたと、報告は受けていました」


「リージェリアは? 把握していなかったの?」


 それからも続く母の質問はどれも細やかなもので、現実的なものだった。決して問い詰めるのではなく、現状を把握したいという母の意図も汲み取れるものばかり。セレイナを避けていた理由、そして自身の責任放棄についても、次々と質問を重ねられてゆく。

 それにひとつひとつセラフィムは真摯に答えていたが、言葉を重ねるたびに、自分が見ていなかった領域がはっきりしていった。

 どこで判断を委ね、どこから自分の手が離れていたのか。母の質問は、その順序をひとつずつ浮き彫りにしていった。


 母も同じことを考えたのか、一旦口を閉じると眉を顰めて、ぬるくなった茶を口にした。


「ねぇセラフィム。これは王太子妃の管理不足なのではなくて、逆だわ。推測でしかないけれども、意図してそうしてたのではなくて? 食事が真っ当に運ばれてたとは思えないもの」


 その通りだ。と、セラフィムも瞬時に思ってしまった。最も考えたくはない答えに行きつく。だがそれも、自身の管理能力不足が生んだことに他ならない。


「あと、衰弱したセレイナさんの姿を、貴方は見たの?」


「はい。東の塔から身を投げようとする二、三日ほど前に」


「どんな様子だった? 国王陛下……セリオルドは『老婆みたいだった』と言ったの。あの人、賢王だけれどもね、女性のことは疎いのよ。なので、見たものをそのまま口にしたと思うの。何の意図もなくね。でも、老婆と言う言葉がでてくるのは異常よ? 栄養不足だけではそうはならないもの。貴方から見てどうだった?」


「確かに、以前よりも随分と老け込んで見えました……肌艶も髪色も、表情も皺がれて」


 セラフィムがそこまでいうと、母の息を呑む声が聞こえた。エリザベルナは、口を押え小さく「信じられない……」と呟いていた。


「どうして、そんな目に……若い女性がそんな姿になるなんて……。しかも、貴族の娘で、側妃だったのよ? ありえないでしょう……持病があったのかしら?」


「いえ……。輿入れ前の診察では、健康状態は良好だと」


 エリザベルナは、ティーカップを一旦ローテーブルに置くと、ゆっくりと諭すようにセラフィムに話し出した。


「セラフィム。これはね、王家ひいては王城においての安全管理の問題なのよ。たったひとりの側妃のこととして、片づけるべきではないの。王太子の側妃ですもの。後宮の責は本来なら王太子妃にあるわ。すなわち、わたくしの責でもある。例えセレイナさんが、食事を自ら望んで拒絶していたとしても、原因を明確にしなければならない。そこまで衰弱していたのなら、自ら調達していないと考えるべきだわ。側妃だった彼女の面談記録、経費の支出・入出。官吏の状態。全てにおいて調査が必要ね」


 一言・一言がセラフィムの胸に突き刺さる。どれも真っ当な言葉。そして、エリオスに言われたことが、さらに脳裏をかすめてゆく。


「いいわ。わたくしの側近のひとりを、あなたの方へ回し、国王陛下の方からも一人お借りしましょう。客観的な目も、幾つか必要よ」


「……お手数おかけいたします」


 ここで反論はすべきではない。王后の決定を覆すことは出来ない。


 セラフィムは、自身の疑念に対し重く深く覚悟を決め、静かに頷いた。

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