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22 諦念と予感 -Chapter セラフィム

 執務に戻ろうとしたセラフィムだったが、書類に集中することはできなかった。


 セラフィムは、机の引き出しから、セレイナの上奏文を取り出す。


 かつて、彼女が書いた政務上の報告書。その字は美しく整っており、内容も無駄がなく完璧だった。


 だがそれ以上にセラフィムが見たのは、その報告書に込められた想い。


 彼女は自分の有能さを示すことで、王太子に価値のある存在だと認めて欲しい、そう願っていたのだろう。セレイナの考えや想いも、セラフィムは知らなかった。


 セラフィムは、その想いを踏みにじっていたのだ。


 彼女の報告書を受け取りながら、彼女の心を見ることなく。


 セラフィムは、セレイナが書き綴った報告書を、引き出しの中へ戻した。


 今になって気づく。自分の無責任さ・臆病さへの怒り。彼は、リージェリアを失いたくないという理由で、セレイナを見捨てた。


 その結果、彼女は塔の上で、自らの命を絶とうとしたのだ。


 

 陽が一日の中でも、最も高い場所へ行こうとする頃。


 彼は侍従からの報告を受けた。


「国王陛下が、お呼びです」


 セラフィムは覚悟した。父王は、もうすべてを知っているのだろう。


 セレイナのこと。エリオスがしたこと。そして、自分の責任。


 セラフィムは、自分が何を失うのかを理解していた。セレイナとの側妃関係は、当然のことながら解消しなければならない。そのほかにも、目には見えないものが、彼の手から零れ落ちてゆくはずだ。


 リージェリアとの関係。


 エリオスの信頼。


 自分自身への尊敬。


 そして、最も恐れること。


 父王の中でのセラフィム王太子への評価。


『王の器ではない』


 その烙印が、今、押されるかもしれない。


「わかった……」


 そう返事をし、セラフィムは立ち上がった。その足取りは、鉛を付けたように重かった。


 一目惚れから始まった恋。


 ミレーユとの婚約解除。


 リージェリアとの婚姻。


 セレイナの側妃化。


 そして、今、この瞬間。


 すべてが、因果の糸で繋がっていた。


 セラフィムの選択が、すべての始まりだった。


 もし、ナルヴァ国に行かなかったなら。


 もし、リージェリアに一目惚れしなかったなら。


 もし、ミレーユとの婚約を守っていたなら。


 もし、セレイナを見つめなかったなら。


 重なってゆく『もし』という、違う選択をする過去と、した未来。


 それは、振り返ることに意味を見出せない空想だ。



 王城の奥、執務室への道。


 セラフィムはその内回廊を歩み、父王の執務室の扉の前に立った。


 彼の人生の未来への審判が、その先には待っている。


 それは光なのか、それとも闇なのか。


 どちらであれ、穏やかな結果にはならないだろう。

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