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16 密会 -Chapter XXX

 王城の奥、昼でも薄暗い応接室。

 厚いカーテンが光を閉ざし、香炉の煙が細くゆらめいている。卓上には、銀の盆と紅茶の香り。

 

 二人の女が静かに向かい合っていた。


 黒髪の女が、カップを指先で持ち上げた。対面の薄紅髪の女が、それに合わせて微笑む。


「久しぶりね」


「ええ。本当に」


 その声の奥には、どこか柔らかな懐かしさを含ませていた。教育の一環で、黒髪の女が留学していたその先の学舎で、二人は同じ講堂に並んで勉学に励み、未来の話をした。


 あの頃は、愛や婚姻というものを遠い夢のように語り合った。

 お互い、政略という名の駒になるのは嫌だと、そんな愚痴を吐きながら。

 いつかそこから離れた愛がほしいと、夢を見る乙女だった。


 だが、今、その夢は形を変えて現実になった。いや、現実にしたのだ。


 それぞれが、かつて想いを寄せた男と結ばれ、妻となっている。それは偶然ではなく、運命を自ら掴み取った結果だった。


「懐妊したと聞いたわ。おめでとう」


「ありがとう。本当に幸せなの」


 黒髪の女が微笑むと、薄紅髪の女も穏やかに頷いた。


「思い描いた通り、というわけね」


「ええ。あなたの助力がなければ、ここまで来られなかった」


「あなたらしいわ。ずっと聡くて、諦めない人だった」


「あなたもでしょう? 彼を選んだと聞いた時、正直、嬉しかったわ」


 二人の間に静かな笑みが落ちる。それは嫉妬でも羨望でもない。同じ戦場で勝ち残った者同士の、暗黙の理解。


 黒髪の女は、ふとカップの縁をなぞった。


「最初は計算だったの。地位も力もそして容姿も……何より、私を自由にしてくれる。その全てがあの人にはあったから。でも……いつの間にか心が追いついていた」


「わかるわ」


 薄紅髪の女の声が少し柔らかくなる。


「私も同じ。最初は惹かれることに理由なんていらなかった。ただ、国を越えてでも、彼の傍に居たいって思ったもの」


「愛が策略を飲み込んでいくのね」


「ええ。でも、愛だけでは守れないものもあるわ」


 香の薫りが嫋やかに流れ、ふたりの影を細く引き伸ばした。


「複雑だったわね。彼の過去が」


「……あの女の存在」


 黒髪の女の声に、薄紅髪の女が頷いた。


「婚姻前に調べないわけがないもの。彼の過去について。かつて誰を愛していたか、その美しさまで、全て調査した」


「本当に、美しかったわ。引き裂きたいくらいには」


「それでも、私たちは彼らに選ばれた」


「ええ。だからこそ、もう誰にも奪わせたくなかった」


 短い沈黙。炎が揺れ、紅茶の表面に金色の波紋を描く。


「孤立させ、美しさを失わせる。思った以上にうまくいったのよ。国から連れて来た侍女や官女たちを通して、食事に少量ずつ入れたの。あなたから頂いた薬を」


「劣化効果がよく現れるように、食事の回数も制限したの?」


「ええ。誰も気づかなかった。嘘みたいでしょう? でも本当に、誰も彼女を気に掛けなくなったわ」


 淡々とした声に、躊躇いはない。それは冷たさではなく、何かを守るための彼女達にとっては決意であり、正義でもあった。


「いずれ彼女は離縁して、実家へ戻るでしょう。側妃のままでは厄介だわ。そして、あの美貌も厄介」


「そうね。彼女の存在が、男たちの心を揺らがせる限り」


 黒髪の女は、静かに笑った。


「義父が言っていたわ。夫は一つのことに夢中になると、周りが見えなくなるって」


「その性質を、あなたは信じたのね?」


「ええ。彼はもう、私だけを見ている。そしてお腹の子を」


 薄紅髪の女の唇がわずかに震えた。


「あなたらしいわ。あの頃から変わらない。すべて最初から、計画どおりとは思わないものね。誰も」


「あなたもじゃない。政務は? どうするの?」


「代わりなら他にもいるでしょう? 私が政務が出来ないと夫は信じてる。でも私、政務をするために嫁いだのではないもの。もし、少しでも手をだしたら、今度はそれを聞きつけ、国の兄に利用されるわ」


「そうね。それは避けなければ。次はもう、側妃と言う形にはしないんじゃない?」


「ええ。今度はもっと、穏やかな形で傍に置いてもらうわ」


 二人は笑い合った。


 長い年月を経ても、こうして言葉を交わせることが、奇跡のように思えた。互いに違う道を選びながらも、結末は同じ。惹かれた男と婚姻し、愛を勝ち取り、そして守ろうとしている。


 それは友情でもあり、同士の絆でもあった。誰よりも美しく、誰よりも賢く、そして残酷なほどに真っ直ぐな二人の女。


 扉の外で、風が鳴った。香の煙がかすかに揺れる。


 黒髪の女が立ち上がる。


「また会いましょう。次は心穏やかに」


「ええ。その時は、紅茶ではなくワインをね」


 視線が重なり、柔らかい笑みが交わされた。過去も未来も、互いに語らずとも理解している。


 扉が静かに閉じる。残された部屋に、紅茶の香りと小さな罪の余韻が漂う。


 近い将来、銀髪の女の決断が、この城の静寂を揺るがすことを二人はまだ知らなかった。

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