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13 孤立する日々 -Chapter セレイナ 【回想】

 側妃となってから、セレイナの日々は予想以上に厳しいものになっていった。


 最初の頃は、隣国から嫁いできた王太子妃・リージェリアはセレイナに対し、丁寧な態度を取っていた。



 ある朝、リージェリアは政務の書類を持ってセレイナを訪ねて来た。その表情には、困ったような不安の色がある。


「セレイナ。この書類、どうしたらいいかしら?」


 その時のリージェリアの声は、まだ柔らかかった。セレイナは書類を受け取り、丁寧に説明した。この国の租税制度、地方領主との取り決め、王家の収支の仕組み。


 学生時代に学んだことを基礎に、ここにきて官吏に聞いたり自ら調べたりして、学び直した。その知識を使い、セレイナはゆっくりと要点を伝えた。


 リージェリアは最初、熱心に聞いていた。だが次第に、肩が強張り眉を顰める。


 そして、突然声の調子が変わった。


「セレイナ。弁えて」


 その声には、威圧の色があった。


「私は王太子妃よ。貴方は何のために側妃になったの? 私の政務の補佐をするためだわ。これは貴方がすべきことよね? 貴方が言うべき言葉は『こちらでお受けいたします』ではないの?」


 セレイナはその言葉に驚いたが、ただ黙って頷いた。それ以来、リージェリアの口からその言葉が繰り返されるようになった。


「弁えなさい。あなたは側妃に過ぎない」


 そのたびに、セレイナの心は少しずつ蝕まれていった。


 ただ、唯一の救いは、意外なことに王太子・セラフィムの存在だった。

 

 この頃はまだ、彼女の意見に耳を向け、それを聞いてくれていた。セレイナの政務に向き合う姿勢も、時々ではあったが褒めてくれていた。


 セレイナはそれに応えようと、必死に政務をこなした。せめて求められる事は全うしようと。リージェリアからの指示も守り、支えようと努めた。


 だが、状況はどんどん変わって行った。


 リージェリアが、セレイナの行うこと全て覆すのだ。


 セレイナが官吏に指示を与えれば、リージェリアが別の命を出す。セレイナが書類を整えれば、リージェリアが新しい案を持ち出した。そして不備が起きれば全て、セレイナの責となった。


 侍女たちもリージェリアに従い、セレイナを見る目は次第に厳しくなっていった。そこに敬意はなく、ただ侮蔑だけがあった。



 やがてリージェリアはセレイナに、日中は執務室から出ることを禁じた。自室と執務室の往復だけが許された。


 理由は、側妃という立場にありながら、男性官吏に色目を使うと奏上があったから。というもの。セレイナには、全く身に覚えのないことだった。だが、反論すれば「弁えて」と返される。実際にそうでなくとも周囲の目にそう映れば、それだけで奏上が成される。そう告げられた。


『政務もろくに出来ない側妃』


『男性官吏に言い寄る、ふしだらな側妃』


 そのうちに、そんな風に言われるようになった。


 そしてセラフィムとも、顔を合わせることが無くなった。いや、セラフィムだけではなく、人との交流がほぼ途絶えたのだ。


 会うのは、書類を運ぶ官吏だけ。彼らも言葉少なく、書類を置いて去るだけになった。セレイナは、彼らのその沈黙に、拒絶を感じていた。彼らもセレイナと関わることで、謂れの無いことに巻き込まれるのを嫌ったのだろう。


 辛いことはそれだけでは無い。


 食事は毎朝、パンとスープだけになった。それが一日の唯一の食事となり、官女が運んでくるその簡素な膳を、セレイナは感謝の言葉と共に受け取る。


「ありがとうございます」


 その言葉のみを口にした。だがある日、とうとう体が限界を訴えた。めまい、脱力感、視界の暗転。

 

 耐えかねたセレイナは、ついに言葉を零した。


「申し訳ありませんが、この量では……」


 官女が受けたその一言は、すぐにリージェリアの耳に入った。いや、リージェリアによって、セラフィムに告げられたのだ。


 翌日、久方ぶりにセレイナの前へ姿を見せたセラフィムが、放った言葉は冷たかった。


「セレイナ。食事のことで、文句を言うのは慎んでほしい。食料は、大事な民が心を込めて作ったものだ。不平を言われてはこちらが困る。勤め人も、君一人の我儘に振り回されるわけにはいかないんだ」


 その声に、セレイナは息を呑んだ。自分は何をしても許されないのだと悟った。


 もう……反論する気力さえ湧いてこなかった。



 そんな日々が続いたある日。


 セレイナが鏡に映る自身の顔を久しぶりに凝視した。

 

 そこには頬がこけ、髪は艶を失い、瞳には光はなく、肌は荒れて皺がよる、まるで老婆のような姿があった。かつて「美しい」と言われた姿は、もうそこにはない。


 セレイナは鏡から目を逸らした。もう容姿など、どうでもいい。そう思った。


 ただ、涙が一粒だけ流れ落ちる。そこには何の感情も湧いてこない。


 唯一あったのは、生き残ること。


 そしていつか、両親に会いたい。


 それだけが、彼女を支えていた。

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