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12 側妃 -Chapter セレイナ 【回想】

 ヴァルターとの別離から僅か、数日後のことだった。王太子からセレイナへ登城するようにとの命が降りた。何故自分が? と困惑するセレイナをよそに、父から、何故呼ばれたのか事情を聞かされた。

 

 本来であればこの日も、父を伴い登城しなければならないはずだったのだが、王太子・セラフィム立っての希望で、まずはセレイナと二人で対面したいと言う事だった。


 セレイナはそれを断る訳にもいかず、言われるままに今日、この場に居た。


 玉座の間で王太子・セラフィムは、セレイナを見つめていた。

 金髪翡翠の瞳に整った顔。スラリとした体躯。世の人々がイメージする『王子様』をそのまま再現したような、そんな人だった。



 セラフィムは、セレイナの顔、そして身体をまるで何かを探るように見る。それは、セレイナが嫌う男性のあの目と同じだった。


 身体を舐めまわすような、そうした視線。


 セレイナの心が一瞬、硬くなる。


「セレイナ・エルグレン伯爵令嬢、端的に言う。我々には、君の助力が必要だ」


 セラフィムは、ゆっくりと話し続ける。


「リージェリア妃は、この国のしきたりに慣れず、政務も難しいと感じている。君は側妃として、王太子妃を補佐してくれないか。給金は弾むし、名誉も与えよう」


 セレイナは、黙ってその言葉を聞いていた。セラフィムの提案の意味を、淡々と理解する。


 そもそも最初から、断るという選択肢は無い。伯爵家の娘として。セレイナは『側妃』になるその現実を、受け入れるしかないのだ。

 

 父の言葉が過ぎる。


『こうなる前に、お前を嫁がせておけばよかったと後悔している。すまない。堪えてくれるか』


 愛の無い婚姻、形ばかりの妃になることは、父も承知なのだろう。しかも、王家へと嫁ぐのだ。今までのように両親とも早々会えなくなる。


 答えは既に決められていたも同然だった。


 セレイナは、かつて一生独身でもいいと思っていた。ならば、何も変わらないではないか。肩書が増えるだけ。


 実質、独身でいるのと変わらない。そう、心を切り替えることにした。彼女の表情が、ほんの少し柔らかくなる。


 セレイナは、王太子を見つめた。その目には、何の迷いもなく、覚悟だけがそこにはあった。


「拝命致します。セラフィム王太子殿下」


 セレイナの声は静かで、毅然としていた。それを聞いた王太子の表情が、僅かに変わった。何かが引っかかったのだろう。


 セレイナの答えの速さ。あるいは、その決然とした態度。


 だが、セラフィムは何も言わず、ただ安堵したようにゆっくりと頷いた。


「では、儀式は来週としよう。よろしく頼む」



 セレイナが側妃となったのは、その翌週のことだった。


 儀式は簡略化され行われた。そこには愛は無い。


 参列したのは、セレイナの両親と、国の重臣数名。

 指輪の交換もなければ、宣誓もない。ただ、側妃として認めるとの言葉と、書類へ署名するのみだった。


 儀式を終えると、両親と言葉を交わすこともなく、王太子妃の侍女たちがセレイナを取り囲んだ。その視線は冷たい。


「セレイナ側妃殿下」


 敬意を込めた呼び方だったが、その声には何か別のものが含まれていた。


 侮蔑と嘲笑。


 セレイナは、その視線に耐えた。


 自分の決めたことだ。その道を歩み続けるしかない。


 ヴァルターへの想いを、完全に断ち切って。 


 王妃の補佐役として、セレイナの新しい生活が始まる。


 その生活が、どのようなものになるのか。


 セレイナは、まだ知らない。

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