11 別離 -Chapter セレイナ 【回想:1年前】
ヴァルターと再会したその後の日々は、セレイナにとって苦しいものだった。
数か月の間、ヴァルターから定期的に愛を囁く手紙が来ていた。
「セレイナへ。君のことを思わない日はない。君がいなくて、俺はどうなってしまうのか。心は君にある。いつも」
そのような手紙が、毎週のように届いた。セレイナは、その手紙を繰り返し読んだ。ヴァルターの愛が、変わらないことを確認するために。
だがやがて、その数は徐々に減り始めた。
毎週から、月一度へ。
月一度から、数か月に一度へ。
手紙の頻度が減るにつれ、セレイナの心には不安と猜疑心が忍び込んだ。ヴァルターの心が、自分から遠ざかっているのではないか。婚姻した相手の人の元へ向かっているのではないか。
その疑いは、セレイナを蝕み始めた。
そんな時は、ヴァルターから送られてきた手紙たちが、セレイナを支えた。
以前に受け取った手紙。その中に書かれた言葉。
「心は君にある」
それだけが、セレイナの心に光をもたらしていた。
☆
そうやって待つ日々を過ごしていたある日。
侍女と街へ出て市場を歩いていた。店先に飾られている商品から、何気なく視線を動かしたその先。
ヴァルターと一人の女性が、街中を歩く姿が見えた。
セレイナの胸が鷲掴みにされたように、ギュッと縮こまる。
彼女の瞳に映る二人は、肩を並べるほどの近さで歩いていた。相手の女性の頬は、かすかに赤らんで見える。それは紛れもなく、幸せな色。
ヴァルターは、その女性に顔を寄せ何か囁き微笑んでいる。その声は、セレイナには聞こえない。言われた女性も、くすくすと笑っていた。
ヴァルターの視線は、完全に相手の人に注がれていた。
きっと、あの人が婚姻相手。ヴァルターの『妻』なのだろう。
セレイナは、その瞬間、全てを理解した。ヴァルターは、妻となった人を愛している。
庭園での再会で『心は君にあるんだ』と言ったあの言葉。その時は、おそらく真実だったとは思う。
だが時間とともに、ヴァルターの心は無情にも移ってしまったのだ。
妻へ。
白い結婚という名目は、もはや意味をなさないのだろう。ヴァルターの全てが、妻に捧げられている。
セレイナは、その光景から目を逸らした。
ヴァルターの人生に、もはや自分の居場所はない。その現実が、セレイナの胸に突き刺さる。そして何度も深く、心臓を抉った。
セレイナはそれを隠すように、侍女と並んで歩き続けた。
その時、ヴァルターとセレイナの目が合った。ヴァルターはこちらを見て、目を見開く。驚愕の表情が、公爵の顔を覆った。セレイナの存在が、ヴァルターの心に何か激しい感情を呼び起こしたのかもしれない。
セレイナは、ゆっくりと立ち止まる。そして、彼女は微笑んだ。もう、何も考えたくはない。セレイナは、思考を止めた。ただ目の前にある風景を、その目に映すだけだった。
「美しい奥様ですね。末永くお幸せに」
完全に別れの言葉だった。そう言い残すとセレイナは歩を進める。背筋を伸ばし、堂々とした足取りで。視線は前に向けられ、後ろを振り返ることはなかった。
ヴァルターへの愛は、ここで終わった。
切実な愛から、諦観へ。執着から、解放へ。
セレイナの心も、その言葉と共に、ヴァルターのものであることをやめた。
『愛していました』
と。それさえも告げることもできないまま。
セレイナは希望に満ちて待ち続けた日々を、吹きすさぶ木枯らしと共に、どこか遠くに運んでくれないかと心から願った。




