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変わっていく日常

当たり前のように続いていた日常。志保にとって大切だったものが音を立てて崩れていきます。

*9月12日、加筆・修正しました。

「ねえ、志保ねえ。最近の良にい、ヘンじゃない?」

 朝食を食べていると、向かいに座ったよしくんの妹、瑞樹ちゃんが私にそう尋ねました。

「なんか最近の良にい、ヘンだよ。志保ねえといつも一緒だったのに、最近は全然そうじゃないんだもん。朝も早く起きてくるしさ」

 よしくんは渡辺さんと付き合うようになってから、あんなに寝坊助だったのに自分でちゃんと起きて今までよりも早く学校に行くようになりました。もちろんそれは途中で待ち合わせて一緒に登校するためです。

「そうよねぇ……毎日志保ちゃんに起こしてもらってたあの子が、最近は自分で起きてきて1人で学校に行くんだもの。ねえ志保ちゃん、もしかして良樹とケンカでもしたの?」

 洗い物をしていた薫子さんが、心配そうな顔で振り返りました。そうだよね。そりゃあそうだよね。今まで毎日ずっと一緒に学校へ行って一緒に帰ってきたんだもん。それが急にそうじゃなくなったら誰だってヘンに思うよね。

 でも渡辺さんと付き合うようになったことをよしくんは誰にも話していないようで、それを私から喋っちゃっていいのかなって思うし、それでよしくんを怒らせちゃうのもイヤだし。

「別にケンカなんてしてないですよ。何ででしょうね、よくわからないですけど、私にも理由を言ってくれないんです」

 味噌汁のお椀を持つ手にキュッと力が入るのを隠しながら、私は精一杯の笑顔を作ってそう誤魔化しました。声が少しでも震えなかったことにホッとしました。

「そう。ケンカをしてるんじゃないならいいけど……でも1人で学校へ行くようになっちゃって、志保ちゃん寂しくない?」

「大丈夫ですよ。もう子供じゃないですから。学校くらい1人で行けます」

 薫子さんの優しい言葉が、かえって胸にチクリと刺さります。そう強がって言ってはみたけど、そんなのウソに決まってます。寂しいです。悲しいです。1人の登下校はつまらないです。

 よしくんが座っていた隣の席が空いているだけで、朝ごはんの味もよくわからない。一人で歩く通学路は、以前よりもずっと長く感じます。今まで気にもしなかったのに、楽しそうに並んで歩く他の生徒たちの姿が、やけに目に付くんです。

 でも、そんなこと言えません。よしくんともみんなとも。これからも一緒に生活していかなきゃいけないんだもん。私が家の中の雰囲気を悪くするようなことはできません。だから我慢するの。何事もなかったみたいに、いつも通りに。私の胸の中にできたよしくんの形をした大きな空洞に気づかれないよう、今まで通り普通に過ごしていかなきゃいけないんです。そう、私はそうしなくちゃいけないの……。



 渡辺と付き合うようになって俺たちの朝は変わった。俺が志保とではなく、渡辺と登校することにしたからだ。

 途中で待ち合わせてそこから一緒に学校へ行くんだけど、そうするには今までより15ばかり早く家を出なきゃならなかった。でも不思議と朝起きられるんだな、これが。まあ夜更かししなくなったからだろうけど。

 俺が自分で起きたらみんなビックリしてた。今日から少し早く家を出るって言ったらもっとビックリしてた。母さんは「熱でもあるの?」って本気で心配するし、瑞樹は「槍でも降ってくるんじゃない?」なんてからかいやがるし。なんでだろう。俺が自分で起きるようになったのが、そんなにおかしなことなのかな?

 でも一番驚いていたのは、やっぱり志保だったかもしれない。いつもなら俺の部屋のドアを遠慮がちにノックする音が一日の始まりだった。それがなくなったんだ。志保は俺の顔を見て、何か言いたそうに口をもごもごさせて、結局何も言わずに俯いてた。

(あ、もしかして俺に頼られなくなって、ちょっと寂しいのかもな)

 一瞬そう思ったけど、すぐに打ち消した。いやいや、もう中学生なんだしさ、いつまでも俺がついててやる必要もねえだろ。頼られなくて寂しいとか、そんなわけねーよ。ねえよな?

 「今日からちょっと早く学校に行くから」

 俺がそう言うと母さんが「あら、じゃあ志保ちゃんと一緒に行かないの?」と言った。

「もう中学生なんだしさ、暗くなる帰りとかならともかく朝は1人で行けるだろ?」

 渡辺と待ち合わせることは言わなかった。そもそも付き合うようになったことも志保以外には言ってないし。理由を察しているからかなんなのか知らないけど、志保は別に何も言わなかった。俺が「別にそれでいいだろ?」と聞いたら「わかった」とだけ答えて、それ以外は特に何も。

 その日から、俺の隣を歩くのは志保から渡辺に変わった。志保との登下校は、正直何を話すでもなかった。隣にいるのが当たり前で、話している時はそりゃ楽しいけど、沈黙も別に苦じゃなかった。

 でも、渡辺は違う。

「ねえ川島くん、昨日のテレビ見た? あの芸人さん、超ウケるよね!」

「あ、この曲知ってる? 今めっちゃハマってるんだー」

 学校のこと、テレビのこと、友達の噂話。コロコロと変わる話題と楽しそうな渡辺の笑顔を見ているだけで、あっという間に学校に着いてしまう。会話が途切れない。もっともっと話していたい。別れ際にはもう、翌朝が待ち遠しくて仕方ないんだ。

 今まで見ていたはずの通学路の景色が、全部キラキラして見える。俺、完全に浮かれてるな。でも、それが最高に楽しかったんだ。



「ごめん、志保!  今日ちょっと用事があるから、先に帰ってて!」

 教室を出る直前、美咲ちゃんが申し訳なさそうに言いました。美咲ちゃんは優しいから、私が一人にならないようにずっと気を遣ってくれていたんです。

「ううん、気にしないで。大丈夫だよ」」

 笑顔で手を振って一人になった帰り道。以前なら昇降口で当たり前のように待っていてくれた人の姿はもちろんありません。

 商店街を通りかかると、クレープ屋さんの前に見慣れた2つの影がありました。楽しそうに笑いながら、1つのクレープを分け合っているよしくんと渡辺さん。

 息が止まりそうでした。胸が痛くて、苦しくて、私は慌てて二人に気づかれないよう、反対側の道へ逃げるように駆け出しました。もう、あの帰り道は、私の知らない景色になってしまったんです。



「はい、川島くん、あーん」

「ちょ、よせよ! 周りに見られたら恥ずかしいだろ!」

 渡辺と二人、クレープを食いながら帰るのが最近の定番になっていた。人前でイチャつくのはちょっと照れるけど、それ以上に渡辺といるのが楽しいから、まあいいか、なんて思う。

「あ、そうだ。明日の小テストの範囲、ちゃんと聞いた?」

「やべ、聞いてねえや……」

 浮かれすぎているからか、全然聞いてなかった。

 (家に帰ったら、志保に聞かねえと……)

 そう思ったが、すぐにその考えを打ち消した。今さらあいつの部屋に行って、顔を合わせて話すのは、なんだかひどく気まずい。最近、家でもまともに口を利いていないからだ。

「どうしたの?」

 俺が黙り込んだのを、渡辺が不思議そうに見つめてくる。

「あ、いや、なんでもねえ。悪い渡辺、明日のテスト範囲教えてくんない? 渡辺はちゃんと聞いてたんだろ?」

 昔は、こういう連絡事項とか、家に帰ればすぐに志保と確認するのが当たり前だったのにな。

(あいつ、今頃なにやってるんだろう。まあ、どうせ江藤と一緒だろうし、別にいいか)

 そんなことを考えているなんて、隣でクレープを頬張る渡辺はもちろん知らない。俺はこの時、俺たちのすぐ近くで志保がどんな顔をしていたかなんて、知る由もなかったんだ。

次回、あの女の子が大活躍です。

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