告白
いよいよ物語は大きく動いていきます
俺と市原慎司は部活でサッカー部に入ってる。だから部活の有る日は帰りの時間が志保と合わないんだけどアイツはいつも部活が終わるのを待ってる。なんか図書室で時間を潰してるらしい。
「別に待ってなくても、先に帰っていいんだぜ?」
何回もそう言ってるんだけど、志保はそれでも待ってる。そりゃ逆の時は俺が待ってるけど、でもそれは女の子1人の夜道が危ないからなわけで、なんかあったら父さんに殺されるからなわけで。
その日、志保は休み時間に俺のところに来て申し訳なさそうにこう言った。
「ゴメンね、よしくん。今日は美咲ちゃんちで中間テストの勉強をすることになったの。美咲ちゃんが勉強を教えて欲しいらしくって……だから先に帰ってもいい?」
美咲ってのは志保と凄く仲の良い同じクラスの女の子、江藤美咲のことだ。
「いや、別にいいって。前から何度も言ってんじゃん。俺が部活の日は先に帰っていいんだぜって」
「そうだけど、1人で帰るのつまんないんだもん」
志保は口を尖らせながらそう言った。まあその気持ちは俺もわからないでもないけど。
「まあそれはいいけど、帰りあんまり遅くなるなよな。1人なんだからさ」
「うん、わかってる。あんまり遅くならないようにするから。でも美咲ちゃんの家からウチまでは商店街をずっと歩くんだから大丈夫だと思うよ?」
そういう問題じゃねーんだよと言ったら志保は首を傾げて「じゃあ、どういう問題なの?」と言った。言えるかバカ、そんなこと。
「スゴイね。一緒に帰れないって、わざわざ言いに来るの?」
志保が自分の席に戻ると、俺達の会話を聞いていたのだろう、いつの間にか席に戻ってきた渡辺が少し驚いたような顔をしてそう言った。
「何? 一緒に帰らないといけない決まりとかあるの? 破るとお仕置きとか」
「んなもんねーよ。前から俺が部活の日は先に帰れって言ってんだけど、1人で帰るのはつまんないんだってさ。まあ俺もそうだから気持ちはわかるけど。あ、でも父さんに志保を守ってやれって厳命されてっからさ。アイツになんかあると俺が父さんに殺されるかも」
「ふーん……」
その時の渡辺は何故かまた意味深な表情だった。最近こんな表情の渡辺をちょくちょく見る気がするのは俺の気のせいなんだろうか。
「ねえ、川島くんってさ」
「ん? 何?」
「……ううん。何でもない。ねえ、川島くんと槙原さんていつ頃からの付き合いなんだっけ?」
「付き合いっていうのが何かヤダけど、アイツが小3の時ウチに引っ越してきて以来だよ」
俺は渡辺にウチと槙原家の関係をかいつまんで話した。考えてみれば渡辺にそんな話をした事は無いな。ってことは、もしかしたら渡辺も何か俺たちを誤解してるのかも知れないぞ。それはちょっと困るかも。
「ふーん、川島くんのお父さんってそんなに怖いの?」
「そりゃ怖いよ。ただでさえ中学の体育教師なんだぜ? 身体ムキムキでさぁ。手加減とか知らないから俺が痛いって言ってるのに止めないしさ。そんなの小さい頃からやられてみ? 絶対トラウマものだから」
「あー、体育の先生ってやっぱりどこの学校でも同じ感じなんだ」
「同じなんじゃない? 他の学校の先生知らないけど」
「なあんだ。知らないんじゃ、わからないじゃない」
「そうだけど、そんな感じしない? 体育の教師なんてみんな似たようなもんだと思うんだけどなぁ」
先生が教室に来たので話はそこで終わってしまった。
部活を終えた俺は正門の前でみんなと別れて帰り道を歩いていた。1人での帰りが初めてなわけじゃないけど、いつも一緒にいるヤツがいないっていうのはやっぱり何かヘンな感じだな。
「そういえば、1人で帰るの久しぶりだよな」
前回1人で帰ったのはいつだったろう。たぶん志保が風邪引いて熱出したとき以来だと思う。あん時は志保にお粥作ったりしたっけ。あれ、志保は美味しかったって言ってたけど、ホントに美味かったのかなぁ?
毎日一緒に登下校しているのは志保が転校してきてからずっと続いている。父さんから面倒みてやれって言われたからアイツの転校初日から一緒に通い始めたんだけど、今ではそれが当たり前になっている。
俺自身はもう別にイヤでもないし、むしろ今日みたいに1人で帰るが違和感を感じるようになってる。人間って変われば変わるもんだな。
片道30分の道のり。いつもなら志保と話しながらの帰り道。黙って1人で歩いているからなのか、その道のりは2人で歩いている時よりもずっと遠く感じるのが、我ながら不思議だ。
「遠いな……」
俺は無意識のうちにそうつぶやいていた。なるほどね。確かにこれはちょっと退屈かも。
「川島くーん」
ふいに誰かが後ろから俺を呼び止めた。女の子の声だ。誰だろうと振り返ると渡辺が小走りに俺の方へ駆け寄って来ていた。えっ? なんで渡辺がここに?
「あれ? 渡辺? なんでここにいんの? もうとっくに帰ったんじゃなかったの?」
俺の目の前まで来ると渡辺は立ち止まり、少し息を切らしながら「川島くんを待ってたんだ」と言った。
「待ってた? 俺を?」
「そうだよ。今日は槙原さんが居ないから1人なんでしょ? だから代わりに私が一緒に帰ってあげようかなと思って」
「俺と一緒に?」
「部活が終わるの待ってたのに、気がついたらいつの間にか終わって川島くん帰ってるんだもん。大慌てで走って来ちゃった」
なんだろう。教室で話している時とは違う。なんだかいつもの渡辺と違って見えるのはどうしてだろう。
「それとも、私と一緒に帰るのはイヤ?」
渡辺は少し前かがみになり、俺の顔を覗き込むようにしてそう言った。妙に子供っぽく見えたけれど、それがまた可愛らしくも思えた。
「それは別にいいけど、でも渡辺ん家ってこっちなの?」
「そうだよ。知らなかった?」
「……ごめん。知らなかった」
「だよねー。いつも槙原さんと一緒だから他の女の子なんて目に入ってないよねー」
渡辺はちょっとからかうような口調でそう言った。でもなぜか少し楽しそうにも聞こえたのは気のせいかな。
「だから志保はそんなんじゃないって」
「あはは、そうだったね。ゴメンごめん。それより帰ろ? 遅くなっちゃうよ?」
それから俺たちは今日あったこととかを話しながら並んで歩いた。渡辺との帰り道は志保と一緒の時とはまた違った楽しさがあった。それは志保と渡辺との性格的な違いからなのか、それとも他に理由があるのか、そんなこと俺にはわからないけど、ただハッキリ言えるのはどちらも俺には楽しいってことだ。
通学路の途中に、というか正確に言うと通学路からは外れているらしいんだけど、そこに古い神社がある。下祖師谷神明社ってのが正しい名前らしいんだけど、誰もそうは呼ばなくて、ただ神明社と呼んでる。
そこは本来の帰り道からは外れているんだけど、俺たち2人は自然とそこへ足を向けていた。渡辺がどう思っていたからわからないけど俺はもう少し話していたいっていう気持ちが強くて、だから神明社に足を向けたんだ。渡辺もついてきたってことは、多分同じ気持ちなんじゃないかと思う。
俺達は罰当たりな話だけど神社の本殿の階段に腰掛けて話をした。会話はいつの間にか誰が誰と付き合っているとか、誰が誰を好きらしいとか、そんないかにも中学生的な恋愛話になっていったんだ。
「そういえば川島くんって、隣りのクラスの市原くんとも仲良いよね。市原くんと一緒に帰ったりはしないの?」
「ああ、アイツとは通学路が途中で別れちゃうんだ。帰ってから待ち合わせて遊びに行ったりはするけど」
「ふーん、そうなんだ……市原くんって結構女の子に人気あるんだよね。好きだっていうコ、多いみたいだよ」
「らしいね。この前も告白されたって自慢された」
「川島くんは市原くんと昔から友達なの?」
「んにゃ、アイツと知り合ったのは中学に入ってから。1年で同じクラスだったんだけど、なんかアイツとは最初からウマが合ってさ。すぐに仲良くなったんだ」
「川島くんも市原くんみたいにモテてみたい?」
「うーん……そりゃあまあ女の子にモテたいってのは男ならみんな思ってるんじゃねーのかな。でも俺は1人の女の子にモテればそれでいいかなぁ」
「えーっ、意外ーっ、川島くんってそんな一途なタイプの人だったんだ」
渡辺は目を丸くして驚いていた。そんなに意外なのだろうか。俺ってそんなに惚れっぽく見えるんだろうか。渡辺の反応を見て俺は、自分自身が周りからどう見られているのか少し不安になった。
「でも、私はそういう人の方が好きだよ」
好きだよ。そのたった一言に俺はドキリとした。俺のことを好きだと言ったわけでもないのに、その一言だけで妙に彼女のことを今まで以上に意識してしまった。
「うん、私はそういう人の方が好きだな。それに川島くんってさ、いつも槙原さんのことをすっごく大事そうに見てるじゃない? 口では色々言うけど。そういう優しいところ、いいなってずっと思ってたんだよね」
えっ? ずっと? 気のせいかな、なんか顔が熱いぞ。なんだこれ。けど、その後さらに渡辺は「その優しさが私だけに向いてくれたらなって思ったんだ」と続けたんだ。
「やっぱりね、女の子は好きな人には自分だけを見ていて欲しいものなの。自分にだけ優しくして欲しいって。多分女の子はみんなそうなんじゃないかなって思うけど」
「そりゃ男だって同じだよ」
好きな人には自分だけを見ていて欲しい。それはきっと男女関係のない感情だと俺は言った。問題はそれを口に出せるか出せないかなんだろうって。
「川島くんはどんなタイプの女の子が好みなの?」
「俺? うーん、そうだなぁ……好きになったコがタイプ、かな」
「え、何それ。それって何かずるくない?」
「いや、だってそうとしか言えないじゃん。そういう渡辺はどうなのさ。どんな男が好みなの?」
そう尋ねてから俺は急に内心ドキドキし始めた。
(渡辺はどう答えるだろう。どんな男が好みなんだろう)
ところがなぜかそれから渡辺は黙ってしまった。考えているのか、それとも何か別の理由からなのか……俺も何か急に話しづらくなってしまって、俺達はしばらくの間何も言わず黙ってしまった。
「ねえ。川島くんって、槙原さんのことが好きなの?」
「はあっ?」
ようやく口を開いたかと思ったら、渡辺は突然とんでもないことを言い出した。俺の質問に対する答えはどこに行ったんだ?
「な、何言ってんの? 俺と志保はそんなんじゃないって何度も言ってんじゃん。ホントにそんなんじゃないから」
俺は慌てて否定した。マジでそこを誤解されちゃ困る。
「そうなんだ。じゃあ、他に好きなコがいるとか?」
「いないって。好きなコなんていないから」
「そっか」
渡辺はそう言うと、なぜか嬉しそうな顔をした。でも俺には彼女がなぜ嬉しそうなのか全くわからなかったんだ。そして次に彼女の口からこぼれた言葉は、俺にとって思いもかけないものだった。
「じゃあ、さ……私が川島くんのカノジョに立候補してもいいかな?」
「えっ?」
俺は絶句してしまい身体は硬直してしまった。耳を疑った。いや、正確に言えば何を言われたのかちゃんと理解出来なかった。カノジョに立候補って、いまそう言ったのか? そう言ったよな?
「好きなコがいないなら……いいよね? どうかな?」
畳み掛けるようにそう言われてようやく話が飲み込めてきた俺だったけれど、それでもまだ現実味の無い話だと感じていた。今まで女の子から告白なんてされたことが無いから一体どんな顔をすればいいのか、どんな態度を取ればいいのか全くわからない。俺は何も答えられずにいた。
「……ダメ?」
しびれを切らしたのか、渡辺は少し上目遣いでさらにそう尋ねた。なんとか冷静さを取戻し始めたけれど、その時俺の頭に浮かんだのは「女の子には絶対恥をかかすな」という、むかし父さんに言われた言葉だった。
「いや……ダメじゃないよ。ゴメン、なんか突然だったからビックリしちゃって。全然ダメじゃない」
ダメなわけがない。少なくとも俺も彼女に好意は持っていたんだから。一緒にいて楽しいし、もっと話していたいって思っているんだから。
「ダメどころか……俺も渡辺のこと前から良いなって思ってたから、だから嬉しいよ」
「なーんだ、川島くんも同じだったんだ。じゃあ川島くんから言ってもらった方が良かったかなぁ。失敗しちゃった」
「だよな。ゴメン、女の子にこんなこと言わせるなんて男らしくないよな」
「それにさっきは好きな女の子なんていないって言ったくせに……ホントは私のことが好きだったんだ?」
「うっ、それは……ゴメン、なんか照れくさくて言えなかった」
あそこで俺が、実は好きなコがいるんだっと言っていたらどうなっていただろう。そのまま自分が告白していたんだろうか。「誰のことが好きなの?」「渡辺だよ」なんて会話の流れになっていたんだろうか。想像するとちょっと気恥ずかしい気がする。そうなっていたとしたらそれは俺の人生において初告白になっていたんだなぁ。結果は告白したのではなくされたんだけど。
「あーでも良かった。川島くんが私と同じ気持ちでいてくれて。勇気を出して告白してフラレたりしたら私ショックで立ち直れなかったよ」
本当にホッとしたよぉと渡辺は笑った。その笑顔を見ながら俺は、どうして渡辺は俺のカノジョになりたいと思ったんだろうって思った。どこを気に入ってくれたんだろう。それは聞いてもいいことなのか。それとも今は秘密にしておいた方がいいんだろうか。知りたいような知るのが怖いような気もした。
「今、自分のどこを気に入ってくれたんだろうって思ったでしょ?」
えっ! と思わず口に出してしまった。なんでわかったんだろう。まさか、超能力?
「思ったけど……なんでわかった?」
その質問に渡辺は答えず「ふふふっ」と小さくイタズラっぽく笑うだけ。その笑った顔も声も俺の知らない渡辺だった。
「川島くんってさ、自己評価が低いんじゃないかなって私は思うよ」
「そう、かな」
「そうだよ。他のコはともかく、少なくとも私は川島くんのことカッコイイと思うし素敵だなって思うもん。なんて言うのかな、気が合うって感じ? 川島くんとはフィーリングがピッタリ合う感じなんだ」
それは俺にもわかった。同じことを思っていたからだ。だから話していてあんなに楽しかったんだろうし。
(でも、あらためて人からそう言われると、なんかこう、不思議と嬉しいもんだな)
こんなこと初めてだった。いや、似たようなことを志保に言われたことがあったかな。どうだったろう。
それからしばらくして、さすがにもう時間が遅いということで俺たちはそれぞれの家へ帰ることになった。
「じゃあ川島君、また明日学校でね」
「ああ、また明日な」
手を振りながら帰っていく渡辺の姿を俺はそのまま見えなくなるまで目で追い続けた。
「やべぇ、カノジョができちゃったよ。俺にカノジョとかウソみたいだ。夢じゃねーよな」
なんだか頭がボーッとするような、身体がフワフワするような、今までこんな感じになったことない。この感じ、何なんだろう?
「志保のヤツ、なんて言うかな。俺と渡辺が付き合うって知ったら、アイツ、驚くかな」
一瞬志保のことが頭をよぎったけど、それもほんとに一瞬のことで、俺はすぐにさっきまでの会話を思い返していた。
その後のことは正直よく覚えていない。気がついた時は商店街を歩いていて、目の前には志保と市川が立っていたんだ。
その日のことは忘れたくても忘れられません。忘れられるわけがありません。
その日、私は親友の美咲ちゃんの家に行ってました。中間テストが近いから勉強を教えてってお願いされたからです。
「ねえねえ、アタシ、前から志保に聞いてみたかったんだけどさぁ」
目を輝かせながら美咲ちゃんがそう聞いてきました。
「志保はさ、好きな男の子とかいないの?」
何を質問するのかと思ったらそんなこと? 私は少し呆れてしまいました。
「なあに、急に。そんなこと聞いてどうするの?」
「どうするのって、ごく普通の女子中学生的な恋愛話ですよ。志保はどうなのかなぁって思ってさ」
「そう言う美咲ちゃんの方はどうなの? 好きなコいるの?」
美咲ちゃんは男っぽいっていうかサバサバしたタイプで姉御肌な女の子なんだけど、実は結構男の子に人気があるんです。その点は私と大違い。
「私? 私はいないかな。でも志保はいるでしょ。私、わかるもん」
美咲ちゃんはなぜか自信有りげにそう言いました。
「なんだったら当ててあげようか? 絶対当たってると思うよ?」
自信有りげを通り越して、その表情は自信満々。どうしてそこまで自信持っているのかわからないけど、でもきっと美咲ちゃんの答えは間違っていると思う。
「いいよ。言ってみて。外れてると思うけど、私の好きな人は誰だって美咲ちゃんは思ってるの?」
よく考えたら、この時点で私は好きな人がいることを自分で白状していました。全然気づかなかったし、美咲ちゃんも気づかなかったみたいだけど。
「簡単だよ、そんなの。絶対当たってるからね。いい? 言うよ? 志保が好きなのはね……川島でしょ」
美咲ちゃんは全く迷い無くよしくんの名前を上げました。驚きました。なんでわかったんだろうって、そう思いました。
「わかるよそんなの。志保は川島に好き好き光線出しまくりなんだもん」
そんなの自分じゃわかりません。私、そんななのかな。周りの人はみんなわかってるのかな。なんだかそう思ったら顔が真っ赤に火照ってる気がしてきました。
「私、そんななの?」
そう尋ねたら「まあ、わかる人にはわかるかもねー」って言って美咲ちゃんはニヤニヤ笑いました。あーもー、なんか恥ずかしいよぉ。
「でもさぁ、私には全然わかんないんだけど、志保は川島のどこに惹かれてるわけ?」
「……勉強するんじゃないの? 教えてあげないよ?」
「だってさぁ、川島の魅力って志保的にはどこなのかなぁって思ってさ。ほら、川島ってスポーツはデキる人だけど、クラスの女の子とあんまりしゃべる方でもないし、私もあんまりしゃべったことないからよくわからないんだよねぇ。ぶっちゃけ川島って体育の時以外はパッとしないっていうかさぁ、そんな感じじゃん。勉強も出来ないし。でも志保は大好きなんでしょ? だから私の知らない魅力があるんだろうなって思って」
美咲ちゃんは私の話を全く無視して話し続けました。どうしてもこの話を続けたいみたいです。でも美咲ちゃんの言うこともわかるんです。よしくんは私以外の女の子とあまり交流がないから。でも体育の時以外はパッとしないって、それってちょっとひどくない?
「ちょっと美咲ちゃん、ひどくない? 美咲ちゃんが知らないだけで、よしくんにはよしくんの良いところがいっぱいあるんだからね!」
「だからぁ、それが何なのか教えてよって言ってるわけですよ、志保さん。私にもよくわかるようにね」
そう頼まれても、そんなの話すのはちょっと恥ずかしいです。でもよしくんがバカにされたようでちょっと悔しかったから、私は昔あった出来事を話してあげた。よしくんが私にしてくれたことを。
「へぇ、川島ってそんな男っぽい性格の人だったんだ」
「そうだよ。知らなかったでしょ?」
「うん、知らなかった。なんか男っていうより漢って感じだね。見直しちゃった。歩く時は必ず車道側かぁ。そんなこと、さりげなくやっちゃうんだ。私が志保の立場でも好きになっちゃうかも」
私の話を聞いた美咲ちゃんは凄く意外そうな顔をして驚いてた。よしくんが褒められるのは嬉しいけど、ちょっと照れくさい感じもする。でもやっぱり嬉しいな。
「川島のお父さんって学校の先生なんだっけ。そんなに怖いの?」
「うーん……体育の先生だから体格はガッチリしてるけど、私は怖いと思ったことないんだ。きっとよしくんは男の子だから厳しいんじゃないかな」
美咲ちゃんは私の境遇を知っています。私が話したから。でもそれを知ってからも美咲ちゃんは私に変わらず接してくれました。きっとそれが1番良いと思ったんだからだと思います。そんな美咲ちゃんだから話したんだけど。
「ねえねえそれでさ、志保は川島に自分の気持ちは伝えたの?」
「えっ!? 気持ちをって……告白したのかってこと?」
美咲ちゃんはニコニコしながらコクコク頷いてる。
「そんなの……してるわけないじゃない」
「えー、なんでしないのー?」
「なんでって、そんなこと言えるわけないじゃない! ムリだよぉ」
どうして告白しないのかって、そんなの決まってる。
「よしくんとは小3からの付き合いだけど好きっていうか、そりゃあ好きなんだけど、でもそれが恋愛的な好きかどうかはわかんないっていうか……だから告白とかそういうのとはちょっと違くて……」
私はそう言って答えをはぐらかしました。
「別にそんなのどうでもいいじゃん。恋愛的だろうが何だろうが、志保が川島のこと好きだって思ってることを伝えるのが大切なんじゃないの? アタシはそう思うけどなぁ」
美咲ちゃんにそう言われました。
「もしかして志保さ、川島が志保のことを好きかどうかわからなくて心配だったりするの?」
私は少し考えた後、コクンと頷いたんです。
「そんなの考え過ぎだよぉ。川島も絶対志保のこと好きだって。間違いないって」
美咲ちゃんは自信ありげにそう言いました。
「なんでそう思うの?」
「だってさ、川島って口では色々言ってるけどさ、お父さんに命令されたとか。でもそれでもいつも一緒にいるわけじゃん。だからそんなの絶対言い訳だって。毎日一緒に学校来て一緒に帰って、そんなの好きな人とじゃなきゃ絶対断るって。志保だってホントはそうだって思ってるんじゃないの?」
それはそうなんだけど、でも私の心配はそれだけじゃないの。
「私だって嫌われてはいないと思うけど、でも好きかどうかって言われたら……よしくんが同じように私のことを好きかって考えたら自信が無いの」
「えーっ? じゃあその自信が持てるまで待つわけぇ? 志保はそれでいいの?」
「よくはないけど……でも気持ちを伝えてギクシャクしちゃって今までと変わっちゃうんなら、今はこのままでいいかなぁって。そりゃあ私だってホントは、よしくんから好きだって言われたいけど……」
もし私が好きって告白して断られたらどうなるだろう? それでも今まで通りの関係でいられるのかな? お互いの気持を知ってしまったら、きっともう元には戻れない。先に進むかゼロになっちゃうか、そのどっちかだと思うの。それでよしくんのそばに居られなくなっちゃうぐらいなら今のままでもいいって、私はそんな風に思ってしまう。もし……もし……そう考えるともう一歩を踏み出す勇気がどうしても湧かないんです。断られるのも怖いけど、もっと怖いのはよしくんと一緒に居られなくなること。それだけは絶対にイヤ。
それに私たちの気持ちがすれ違っていたとしたら、それで私が告白してフラれたら……それでも私たちは今までと同じ生活を続けなきゃいけない。毎日顔を合わせて過ごさなきゃいけないんです。それが上手くいかなかったら家の中の雰囲気までおかしくなってしまうんじゃないかって、川島家のみんなに迷惑をかけてしまうんじゃないかって、そう考えたら二重の意味でやっぱり告白する勇気が湧かないんです。
「私はよしくんが好きだけど、だからといってよしくんも同じ気持ちかどうかはわからないじゃない。市原くんを親友だと思っているように、私のことも女の子の親友って思っているのかもしれないし」
「市原慎司くんかぁ。そういえば川島と仲が良いんだったっけ。あの2人って親友同士だったの?」
お互いに親友って思ってるみたいだよって私が言ったら美咲ちゃんは首をしきりに傾げました。市原くんとよしくんの取り合わせが意外なんだって。どうしてこの2人が親友同士なのか不思議なんだって。
「まあそれはともかくとしてさ、志保の気持ちもわかる気はするけど、そんなにグズグズしていていいの?」
今度は私が首を傾げました。美咲ちゃんが何を言いたいのかわからなかったから。
「だってさ、川島って隣りの席の渡辺さんと最近メッチャ仲良くない? しょっちゅう話してるじゃん。しかも楽しそうにさ。川島が志保以外の女の子と喋ってるのほとんど見たことなかったけど、渡辺さんとは気が合うのかもよ?」
「……席が隣り同士なんだもん。そりゃあ話くらいするんじゃないかなぁ」
私がそう言ったらなぜか美咲ちゃんはケラケラ笑いだした。んもう、何がそんなに可笑しいんだろう。
「ゴメンゴメン。ちょっと煽っちゃったね。反応がわかりやすいから面白くってさぁ。ゴメンね志保」
美咲ちゃんはそう言って謝ったけど、顔はまだ笑ってた。
(もう、人が気にしてることを面白がるんだからぁ)
実は美咲ちゃんが言ったことは私も気づいていたんです。よしくんは元々私以外の女の子とはほとんど喋らない。もちろん席が隣りの女の子とも。それは小学校の時から今までずっとそうだったし、だから私は自分だけが特別な気がしてちょっと嬉しかったんです。
でも中2になって隣りになった渡辺さんは違ったみたい。よしくんが私以外の女の子とあんなに親しげに話すのなんて初めて見たもん。
(もしかしたら渡辺さんも特別なのかな?)
ホントのこと言うと、よしくんが渡辺さんと話しているのを見ると胸の奥の方がモヤモヤするんです。どうしてそうなるのか、そのモヤモヤが何なのかわかんないけど、なんだか悲しくなって寂しくなるの。泣きたい気持ちになるの。この感覚って何なんだろう。もしかしたらそれは、私がよしくんを好きだから? それが原因なの?
「だからアタシが言いたいのはね、グズグズしてると渡辺さんに川島を取られちゃうんじゃないの? ってこと」
「えぇーっ!」
私は思わず声をあげてしまいました。それはイヤ! 絶対にイヤです!!
「イヤって言ったって、渡辺さんが川島をどう思ってるかわからないじゃん。凄く仲良く見えるし、ホントは川島のこと好きなのかもよ?」
うぅ……そう言われると不安になってくる。
「だからね、自分のホントの気持ちをちゃんと伝えておかないと後悔するんじゃないかって思ってさ」
美咲ちゃんのその言葉は私の胸の奥に深々と突き刺ささりました。そうかな? 後悔しちゃうかな? やっぱり勇気を出して伝えた方がいいのかな? でもでも、もしよしくんが私を好きじゃなかったらどうすればいいの? 私の頭の中は、やっぱり今までと同じように考えが堂々巡りを繰り返すだけでした。
美咲ちゃんの家を出て、私は1人で家に向かいました。もう日が暮れて真っ暗になっちゃったけど、美咲ちゃんの家から私の家へ帰るにはずっと商店街を通るから暗くなっても安心。私は人混みの中を1人でテクテク歩きました。
「あれ!? 槙原さんじゃない!?」
ふいに後ろで誰かが私の名前を呼んだので振り向くと、そこには市原慎司くんがいました。自転車に乗って。
「今帰り? 随分遅いじゃん」
「今日は美咲ちゃんの家で中間テストの勉強してたの。勉強終わってから話してたらこんな時間になっちゃった」
市原くんは自転車を降りて、押しながら私と一緒に歩き出しました。
「ねえ、市原くん」
「ん? 何?」
私は市原くんに質問してみることにしました。男の子の気持ちを少しでも知りたいなって思ったから。
「市原くんは好きな女の子とか、いる?」
「えっ!? 何その質問。急に何を言い出すのさ!」
「あ、ゴメンね急に。実は美咲ちゃんと好きな人に告白した方が良いかどうかって話をしててね、それで男の子はどうなのかなって思って」
「……勉強してたんじゃないの?」
私はさっきまで美咲ちゃんとしていた会話をかいつまんで説明しました。もちろん例え話として。
「あー、なるほど。そういう状況かぁ。それは難しいよねぇ」
市原くんはそう言って考え込んでしまいました。意外と真剣に考え込むその姿を見て、私は少し驚いたの。もしかしたら市原くんもそんな状況なのかな? なんて思ったりして。
「うーん……そうだなぁ、僕もその立場だったら……やっぱり怖くて言えないかなぁ」
「市原くんもそうなんだ……あれ? でも市原くんって、そもそもそんな片想いにはならないんじゃ」
そう言ったら睨まれちゃった。私、何かヘンなこと言っちゃったのかな。
「あのね、そりゃまあ自分で言うのもアレだけどさ、女の子に告白されることは結構ありますよ。ありますけどね、それとこれとは話が別だと思うよ」
「別なの?」
「当たり前じゃん。自分が好きなコから告白されたらそりゃあ嬉しいけどさ、全然何にも知らないコから言われてもねぇ……困るとは言わないけど、やっぱり、ね。じゃあ付き合いますとはならないよ」
ふーん、そういうものなんだ。私は男の子から告白なんてされたことないから、よくわからないや。
「そんなにモテる市原くんでも、やっぱり相手も自分の事を好きだっていう自信は持てないの?」
「持てるわけないじゃん。僕、そんなに自惚れてないよ」
市原くんは「下手に自分の気持ちを伝えて失敗したらって考えると怖いじゃん」だって。それって私と同じだ。
「逆にそんなに自惚れられるなら、とっくの昔に告白してるよ。そうじゃないから言えないんじゃん」
「……ってことは、好きなコいるんだ?」
市原くんは目を丸くして「しまった!」って顔をしてた。ついうっかり口を滑らせちゃったんだね。なんかゴニョゴニョ言い訳してるけど。
「そのコって、私も知ってるコ?」
「言うわけないじゃん! もうこの話は終わり! 終わりね!」
「えーっ? 聞きたいのにー」
「言いません!」
市原くん、口をつぐんじゃった。からかったわけじゃないんだけどなぁ。
「で? そういう槙原さんはどうなんだよ。好きな人に自分の気持は伝える派? それとも黙ってる派?」
「私? 私は、そうだなぁ……やっぱり私も同じかな。相手も自分を好きだっていう確信が持てないと、やっぱり怖くって言えないかなぁ」
「だよねぇ。もし断られたらって考えたら躊躇しちゃうよなぁ」
「うんうん、わかる。今うまくいってたら尚更そう思っちゃうよね。告白して断られたらもう今まで通りにはいかないんじゃ? って考えちゃうもん」
「そしたら絶対後悔するもんな」
よかった。そんな風に思ってるのは私だけじゃなかった。でも、私の頭のなかには美咲ちゃんに言われた言葉がずっとこびりついてる。グズグズしてると取られちゃうんじゃないの? っていう言葉が。
「あれ? あそこに居るの川島じゃない?」
市原くんがそう言って指差した方向には、確かによしくんとよく似た人が歩いていました。えっ? でもよしくんはとっくの昔に帰ってるはずじゃ? それにあの人、何だかフラフラしてる。私たちはよしくんに似たその人のところまで少し歩みを早めて近寄って行きました。
「あ、やっぱ川島じゃん」
「よしくん! どうしたの? もう帰ったんじゃなかったの?」
私たちに声をかけられたよしくんは、やっぱりなんだかボーッとしている感じでした。心なしか目の焦点も合っていないような、そんな感じ。
「あれ? 市原と志保じゃん? どうしたん?」
「どうしたのはコッチのセリフだよ。こんな時間に商店街で何してんの?」
「商店街? あ、あれ? 俺なんでこんなとこ歩いてんだ?」
よしくんはようやく我に返ったみたいでした。どうしたんだろう。何かあったのかな。
「よしくん、大丈夫? 帰りに何かあったの?」
「帰りに何か? 帰りに、何か……あったな。うん、多分あった」
「多分って、なんだよソレ。なんか川島、顔がポーッとして紅くないか?」
そう言われると確かによしくんのホッペが少し紅い気がする。まさか風邪ひいて熱が出てきたわけじゃないよね?
「あ、いや、その、実は今日は帰る途中で渡辺に会って一緒に帰ったんだけどさ」
渡辺っていう名前が出た途端、私の身体はビクッてなってしまいました。多分2人には気づかれなかったと思うんだけど。市原くんは市原くんで何か複雑な表情をしていました。
「で、一緒に帰って、それでどうしたってんだよ?」
「神明社で渡辺に告白されちゃった」
「えっ!?」
私と市原くんは思わず声を出してしまいました。キレイにハモって。
「えっ? えっ? マジで? 渡辺って、オマエの隣りの席の渡辺さんだろ? 1年の時に俺らとも同じクラスだった、あの渡辺さんのこと?」
「そう、その渡辺。渡辺一美に告られちゃった。神明社で話してたら、カノジョに立候補していいかって言われて」
「マジか? それで? 返事はしたのかよ?」
「したよ。したに決まってんじゃん。女の子が勇気を出して告白してんのに恥かかせらんねえだろ? OKしたよ。それに俺も前から渡辺のこと良いなって思ってはいたんだから」
「……そっか……よかったな、川島。おめでとう……」
市原くんはそう祝福していたけれど、やっぱり微妙な表情でした。なんだか心の底から喜んでいるわけではないみたいな……。
私はといえば、2人の会話を横で聞きながら、手にしていた通学バッグを落としてしまっていることにも気づかないくらいに、ただただ呆然としていました。
(渡辺さんが告白? よしくんに? それをよしくんはOKしたって言ったよね? 前から渡辺さんのことを良いと思ってたって言ったよね?)
ウソだと思いたかった。夢だと思いたかった。でも違う。ウソでも夢でもないんです。現実の出来事なんです。それを理解した時、私の頭に浮かんだのは美咲ちゃんの言葉でした。でも、まさかついさっき話していたことが現実になるなんて……もう遅かっただなんて……。
「槙原さん、カバン落としてるよ? 大丈夫?」
市原くんにそう言われて私はようやく我に返りました。でもそれからどうやって家まで帰ったか、あまりよく覚えていません。気がついたら家にいたような感じで。ただハッキリ覚えているのは、その時私の頭の中は「これからどうなっちゃうんだろう」っていう想いで一杯だったことです。心配した薫子さんに「何かあったの? なんだかヘンよ? 大丈夫?」って何回も言われるくらいに不安で一杯になっていたんです。
夜お布団に入ってからも、私はよしくんの言葉を何度も何度も繰り返し思い出してなかなか寝付けませんでした。告白されてOKしたっていうことは要するに……そういうこと。
男の子と付き合うっていうことがどういうことなのか、どんなことをするのか私にはよくわかりません。例えば私とよしくんが付き合うことになったとして、私がよしくんの彼女っていう立場になったとして、それで今までの私たちと何か変わるのか……それがよくわからないんです。だってたぶん何も変わらないと思うから。
でも1つだけハッキリわかるのは、これからよしくんのそばにいつも居るのは私ではなく渡辺さんになるんだろうなっていうこと。それは逆に言えば、私はもうよしくんの隣りには居られなくなるってこと。
「こんなことになるなんて夢にも思わなかったよ」
美咲ちゃんに言われた言葉が何度も頭のなかでリフレインしました。
(こんなことなら私からもっと早くちゃんと気持ちを伝えておけばよかったな)
(私がグズグズしていたのがいけなかったのかな)
(これからどうなっちゃうのかな。もうあんまり喋ることも出来なくなっちゃうのかな)
何がどう変わるのかがわからないだけに不安も一層つのりました。隣りに居ることが当たり前だったよしくん。ずっと一緒に居られると思っていたよしくん。でも明日からは私たちの間に違う人が入るって考えると、私はそれだけで涙ぐんでしまいました。
「あ、志保。今日は渡辺と一緒に帰るから待ってなくていいぞ」
私たちの間に変化が起きたのは、その一言からでした。その言葉を言われた時、目に映る教室の風景が歪んで見えて、よしくんの声がやけに遠くに聞こえた気がしました。
よしくんが告白された翌日、朝は一緒に登校したけれど私はどんな顔をしたらいいのかわからなくて、何を話したらいいのかわからなくて、いつもみたいに話が弾みませんでした。そんな私をよしくんも途中で合流した市原くんも不思議そうに見ていたけど、私にもどうしようもなかったの。
そして2時限目の授業が終わった後、よしくんは私の席まで来て今日は渡辺さんと帰るって言いました。待ってなくていいぞっていうその言葉は、私には先に帰れって言ってるようにしか聞こえません。
(ああ、きっとこうやって少しずつ今までと変わっていっちゃうんだな)
今日はって言ったけどそれはもちろん今日だけのはずがなくって、これからずっとっていう意味だと思うんです。
でも、だからと言って私のこの気持を露わにするわけにはいきません。特に家に帰ったら絶対に。だってそうじゃないと薫子さんが心配しちゃうもの。樹さんも竜樹さんも瑞樹ちゃんも気にしちゃうかもしれないもの。
私にとって川島家のみんなは、もう本当に大切な存在です。そんな人たちを失いたくないし、傷つけたくないし、みんなの気分を害すような真似もしたくありません。だからきっと、私のこの想いは私の中だけに留めておくのが一番良いんです。辛いけれど、悲しいけれどそうした方が良いんです。
終業のチャイムが鳴り帰り支度が終わった頃、よしくんが私のところに来て「気をつけて帰れよ」って声をかけました。
「うん。よしくんもね」
そう答えるのが精一杯。よしくんは待っていた渡辺さんと一緒に教室を出て行きました。
(気をつけて帰れって……今まではよしくんが守ってくれたじゃない……だから安心してたのに)
わかってます。そんなことを考えてしまうのは間違ってるって。でも……やっぱり仲良さげに連れ立って帰って行く2人を見ると寂しくなるんです。そこは私の居場所だったのにって思ってしまうんです。
「ちょっと志保、どうしたの? 川島とケンカでもしたの?」
美咲ちゃんが慌てて私のところに来てそう言いました。
「ケンカなんかしてないよ。ただ……」
それ以上私は何も言えませんでした。言いたくなかったんです。言ったら総てを認めてしまうような気がして、きっと心のどこかで受け入れることを拒んでいたんです。美咲ちゃんはすぐに察してくれたみたいで、それ以上何も言いませんでした。その日は美咲ちゃんと一緒に帰りました。
次章、二人の日常はどう変わっていくのか