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9話 5月21日 悪友 後編

カイは、俺とネオンの承諾を得て、携帯電話を研究用に持ち帰る許可を得た。


「ありがとう・・・・・・いや、本当にありがとう、ネオン、ヨウ。俺の人生で、これ以上感謝したことは、無いかもしれん」


何度も何度も頭を下げるカイに、さすがのネオンも苦笑する。


◇◆◇


夕食は、リサが中心となって用意した。

ただし、やや調理に不慣れだったようで、ところどころ味のばらつきが目立った。


「こっちは・・・・・・ちょっと焦げてるな」


「まあまあ、味は悪くないよ」


それを見かねたネオンが、率先して味付けの調整や、盛り付けの工夫をしてサポート。

特に揚げ物──異世界の魚「ユルダン」のフリットは絶品だった。

外はカリッと、中はふっくら。レモンに似た香酸果のソースが添えられており、それをかければ、脂の旨味がキュッと引き締まり、まるで高級居酒屋の逸品のような味わい。


ヨウは熱々を口に運び、思わず目を細めた。


「・・・・・・うん、これ、やばいな。酒が進むわ」


葡萄酒と一緒に口に含めば、ほのかな果実の酸味が油のコクと調和し、胃袋と心を優しく刺激する。

ネオンの才能を垣間見た気がして、リサも少しだけ微笑みながらも、どこかばつの悪そうな様子を見せていた。

が、その後、酒をほんの一口だけ飲んだリサは、ほっと気を抜いたのか、頬を赤らめながらも、ぷいと顔を背けて呟いた。


「ゆ、勇者様の前ではちょっとだけ緊張しただけですっ! い、いつもなら私、もっとすごいんだから・・・・・・っ」


そう言ったまま、畳の上で静かに眠りについた。その寝顔を見て、三人は小さく笑った。

リサが深く眠ったことを確認したあと、カイが口を開いた。


「なあ、転生者なら電気って言葉、わかるよな」


ヨウもネオンも、少し驚いた顔で頷く。


「お前、電気の話なんて久しぶりだな」


「・・・・・・実はな、先週、記憶の断片で電気系の知識が一気に戻ってきたんだ」


それを聞いて、ヨウも自分がネオンと再会したとき、同様の“記憶再生”があったことを話す。


「で、携帯に、魔力を──正確には“バッテリーに直接魔力を注いで”みたらさ・・・・・・動いたんだよ」


「マジかよ・・・・・・」


「ちょっと待て・・・・・・バッテリーが魔力で動いたって・・・・・・」


カイはそこで、静かに酒を置き、真剣な表情で語り出した。


「前世で言うと、木々や草花って、光合成でATP(生物エネルギー)と微弱な電荷を生成するんだ。で、その電荷が根から地面に伝わっていってな──」


「・・・・・・まさか」


「そう、土壌自体が“魔力コンデンサー”になってる」


ヨウとネオンは息をのんだ。


「つまり、この世界では、大地が電力=魔力を蓄積する自然装置になってる。で、人間や動物──いや、生物全般がそれを媒介する“伝導体”に変わった。いや、進化した・・・・・・のかもしれないな」


「ペースメーカーとか、筋肉が収縮するときの電位差と同じ理屈か・・・・・・」


「まあ、厳密にはちょっと違うんだけどな。……とはいえ、電気は“異世界魔力”と名を変えて、この世界の裏の技術体系を支えてる。だから、俺にとっては以前よりもずっと扱いやすく、応用しやすい技術になった。前世の知識が、今の環境でようやく活かせるってわけだ」


カイは、焚き火の灯りに照らされながら、薄く笑った。


異世界に転生してから、既に二十年が経つ。初代転生者としてこの異世界に降り立ち、“勇者”と呼ばれ、かつて“魔王”と称される強敵を倒した俺──だが王になるのはまっぴらごめんだと、スローライフを選んで数年。最近転生してきた弟・ネオンと再会し、まったりとした日々を送っていた俺にとって、その時点では、今回の出来事が大きな影響をもたらすとは露ほども思っていなかった。


◇◆◇


翌週の水曜日。

ラノベと漫画が半分ずつ届いたその束の中に、一冊の分厚い本が混じっていた。


『キングスレイヤー・マスターマニュアル』──


それは、俺がまだPCマニアだった時代、糞親父に唆されて自主制作したゲームの攻略本だ。忘れてるはずはない。ただ、記憶の奥底に押し込め、見なかったことにしてきた黒歴史のひとつだった。久しぶりにページをめくると、まるでこの異世界の記述のように錯覚する箇所もあった。


だがよく考えれば、異世界という概念自体が『指〇物語』や『D〇D』といったファンタジーの系譜の延長線上にあり、当時の日本でこの『キングスレイヤー』はそこそこ斬新ではあったものの、要するに本流の焼き直しに過ぎない。今見れば、これもまたテンプレートの一冊にすぎなかった。

ネオンはというと、予備校に通う以外の時間を使って体を鍛えたり、この“黒歴史”を含めた書物を読み耽るのがすっかり日課になっていた。


◇◆◇


そして、翌週の週末──カイが魔道具を持ってやってきたその第一声は、


「キングスレイヤー、そろそろ届いてる頃じゃない?」


だった。カイの記憶力、そしてストーカーとしての観察能力は、もはや恐怖を覚えるレベルだ。ネオンの元カノを“李凜風(リーリンフォン)様”と呼び崇めるこの男は、彼女の信者と言って差し支えない。ネオンが亡くなったあとも、彼女を“ほぼ毎日”観察し、供物として燃やされた書物の内容を把握していたというヤバさ。


そして、そんな男、カイ・エリュシア・ノアが、今日は魔道具を片手に遊びにやってきた。


「おおお、懐かしいな。ヨウのデビュー作じゃん。今度貸してよ」


『キングスレイヤー・マスターマニュアル』を見たカイは、目を輝かせながらそう言った。


「持ってけよ」


俺があっさりと手渡すと、カイはにんまりと笑って答える。


「ではでは、他の人には見つからないように読ませていただきます」


──水曜日に生まれた本は、現地の製紙技術を遥かに凌駕する品質で作られており、発見されれば大騒ぎになる危険物だ。当たり前のことだが、その辺をわきまえているカイは一応常識人ではある。


そして、ようやく本題に入った。


「携帯の中のデータ、もう少しで見れそうなんだけど、どうする?」


「え、本当に!?」


兄弟ふたり、思わず声を揃えて叫んでしまった。

カイは、口の端をわずかに吊り上げて言葉を続けた。


「あと数週間したら、家に来いよ。銅板でいいなら、魔力でエッチングも可能だ。まあ、75LPIぐらいの荒い感じの再生だけどな。・・・・・・頂いたお礼ぐらいはしたいと思ってさ」


カイの申し出に、俺は少し笑って頷いた。

とはいえ、常識人でも理解に苦しむ専門用語を会話に平然と織り交ぜてくるあたり、その境界はあやしい。


正直、彼がいなければ、あの携帯は幹から取り出した瞬間に、この世界の強力な磁場によって回路が焼き切れていた。だからこそ、携帯を“魔道具研究”に使わせてくれと頼まれた時、俺もネオンも「無理ない範囲で、何か便利な魔道具と交換してくれるなら」と、二つ返事で承諾していたのだ。


そして今日の本題、携帯との交換条件として、無理のない範囲で提供してもらえる魔道具を、カイは誇らしげに披露した。


それは、アルマジロに似た小型の魔法生物で、一応「動物型魔道具」という分類になるらしい。最初はその風貌にやや戸惑いもあったが、話を聞いているうちにその便利さに驚かされる。


この魔道具は、庭の草を食べて整備してくれるだけでなく、小動物を捕食し、時には魔力で小鳥を撃退して食事にするという自律行動を備えていた。特筆すべきは、魔力結界により活動範囲を設定でき、夏場には雑草を均等に食べ尽くし、草刈り不要の状態を維持してくれることだ。秋には、落ち葉を噛み砕き、堆肥化に適した状態に処理。冬には別売の除雪装備と合体し、小道程度なら、除雪作業もこなす。さらに、害虫駆除能力も持ち合わせており、まさに一年中フル稼働する万能魔道具だった。


カイいわく、「これは今、小銭稼ぎのために飼育・開発中の商品で、将来的に一般販売を考えている」らしい。


常識と非常識の間で生きる、それが、彼だ。

ヨウは、ふとカイに尋ねた。


「なあ・・・・・・このアルマジロみたいなやつ、まさか防衛本能とかで回転して襲ってきたりしないよな?」


「・・・・・・まあ、そういう機能もあるけど、ヨウなら大丈夫だろう」


カイは曖昧に笑い、ごまかすように酒瓶と燻製肉、干物魚を取り出して叫んだ。


「さあさあ! パーティーの始まりだ!」


焚き火の火が踊る中、ヨウはふと思い出したように尋ねた。


「そういや、今日リサはどうした?」


「なんかの習い事で最近忙しいとかなんとか・・・・・・」


ネオンが気まずそうに口を挟む。


「この間、兄さんが・・・・・・リサの料理に微妙な顔してたので、日本料理屋でバイトしながら修行してるらしいです。」


すると、カイがわざとらしく芝居がかった口調で言った。


「勇者様は本当にいつの時代も女たらしですな〜!」


「ちょ、おい・・・・・・」


ヨウが苦笑して止めようとする前に、ネオンが食いついた。


「え、それどういう・・・・・・?」


酔いの回ったカイは止まらない。


李凜風(リーリンフォン)様のお姉さま、佐藤(カオリ)様──イケメン大リーガーの旦那がいたけどさ、お前がいなくなってから毎日寂しそうだったぜ」

ヨウも少し顔を赤らめながら絡んでくる。


「そうだったのか・・・・・・?」


「佐藤(カオリ)様?僅かにその名を覚えているが、誰?酒がまわって考えるのが怠い」


俺が、失っている記憶に関して諦めていると、ネオンがその“いなくなった”という言葉に疑問を抱き、カイに質問する。


「兄さんって・・・・・・いなくなったって何歳で死んだの?」


カイがキョトンとしながら聞き返す。


「死んだ年齢? って、こと?」


ネオンは説明を続けた。


「ほら、僕たちが異世界に来る前の“儀式”というか・・・・・・トラックに轢かれて死んだ日、何歳?」


「ああ、それか・・・・・・」


カイはニヤニヤと笑いながら、茶番のようにじらした。


「もう時効だから言うけどさ・・・・・・機密情報だから、他の人にはバラすなよ?」


「秘密情報とか、カイ、面白いこと言うね」と俺は煽り。


「お、出た出た! こういうの聞きたかったんだよ!」


カイはヨウを指差し、次にゆっくりと空を指さした。


「こいつは──空に飛んだんだよ」


「・・・・・・そうそう!」


俺は少しだけ、それを思い出した。


「俺、飛んだ瞬間に失神して・・・・・・気がついたら転生してた」


「ヨウは、ロケット事故で死んだらしいです」


「はい、多分そうです!」


ヨウはなぜか姿勢を正し、真面目に答えていた。


その後は、カイの李凜風(リーリンフォン)様語りが延々と続いた。ネオンは困った顔で、俺は酔った勢いで適当に話を盛り上げる。


「お姉さまの(カオリ)様は、僕の初恋の人だったんだ・・・・・・」


「わかる。あの笑顔はずるい」


ヨウが同調しながら、イケメン大リーガーの悪口で盛り上がる。


その姿を見て、ネオンはしみじみと呟いた。


「大人って、いろいろあるんだな・・・・・・」


やがて会話も途切れかけた頃、ヨウが最後の気力を振り絞って尋ねる。


「で・・・・・・地球って、どうなってたんだよ・・・・・・?」


カイは静かに杯を置き、遠くの闇を見つめながら呟いた。


「──やばかったよ。まるで・・・・・・ゾンビ映画の世界だった」


その言葉に、場が静まり返った。


異世界の星空の下、焚き火のパチパチという音だけが、静かに響いていた

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