7話 5月17日 青き瞳の敬意(後編)
青髪の2世少女の正体は?
引き継ぎと現情報報告を終えたあと、
青髪の二世で幻影魔道具チョーカーを装着した彼女が挨拶をする。
「あの、昨日の件で、謝罪に来ました」
声がわずかに震えている。
だが、それを隠すように深く頭を下げた。
「君が謝る?どうして?」
言いかけたところで、少女の肩がピクリと揺れた。
「まあ、玄関ってのもなんだし。上がりなよ」
扉を開けると、彼女は小さく頷き、靴をきちんと揃えて家に入った。
俺たちは居間に移り、俺は何気なく手をかざす。
詠唱なしの魔術展開で、空中に水の球を作り出し微細な振動で気泡を加えて炭酸水に変え、さらに氷片を瞬時に生成し、コップへ注ぐ。
「はい、どうぞ」
少女は思わず目を見開き、コップの中を凝視していた。
飲む前に、氷の形、水流の動き、泡の生成速度まで観察している。
「し、室内での水魔法しかも、同時に炭酸処理まで!? ど、どうやって?」
(あー、やっちまった。室内での水魔法ってだけでも難易度SS級。まして炭酸処理なんて、理論上“できるわけがない”ってやつだ。)
彼女は、震える声で呟き、思わず立ち上がった。
「お父様、お名前を、お伺いしても?」
前世はそれを言われることはしばしばあったが、転生後の見た目は結構若いのに、ちょっとショックだ。
「リサさん、違うよ兄です」
ネオンが頬を染めながら口にすると、少女は ”はっ” と赤面し、姿勢を正した。
「失礼いたしました。わたくし、**リサ・エリュシア・ノア**と申します」
「俺は**秋月ヤン**。ネオンの兄で、まあ、冒険者ってとこかな」
勇者ヨウの名前は有名なので、昔アジアで呼ばれていた呼び名に切り替え名を名乗る。
丁寧に頭を下げたあと、リサは改めて深く礼をした。
「昨日は、ネオン様を巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「まあまあ。そんなにかしこまらなくていいよ。むしろ、どうして相手ともめたのか、気になるな?聞いてもいいか?」
リサは少しだけ目を伏せ、小さく息を吐いて語り出す。
「……同級の転生者なのですが、最近、ちやほやされて、調子に乗っているようで……」
「育ちが悪いって感じ?」
「“勇者幻想なんてもう古い”って……あいつ、そう言ったんです」
「それで、君は……怒った?」
「はい。……気づいたら口が勝手に動いてました」
この子も勇者信者か。
まずいな、絶対にバレないようにしないと、ネオンの友達がいなくなるぞ!
リサは小さく頷き、続ける。
「気がついたら、貴族的な皮肉を重ねていました。そして、相手が先に魔力を練りはじめたので詠唱を始めたのですが、間に合わず」
「そこにネオンが飛び込んだ、ってわけか」
「はい。……私の責任です」
俯きながら謝る彼女に、俺はやや肩をすくめて言った。
「……勇者を軽視されたくらいで怒る、君にも少し問題があるかもな」
その一言で、リサの中に何かのスイッチが入った。
「違います!」
いきなり立ち上がると、彼女の瞳が輝きを帯びた。
「勇者様は……この世界の礎なのです! 民を導き、闇を払った光!」
その瞬間、一瞬興奮した元受付嬢の世話係が、ものすごい詠唱速度で精神安定系の魔法を発動している。
多分、””この目の前にいる人が勇者なのですから””、と言いたいのを必死に抑えているのだ。
真摯だ。世話係の鏡だ。食事に媚薬を盛るメガネ女子とは大違いだ。
そんな隣の彼女の努力を知らないリサは、さらに大きな声で過熱する。
両手を胸元に当て、真剣な声で続ける。
「魔王との戦い。たった六人で砦を守り抜いたあの夜、三日三晩、無補給での持久戦。
戦士たちは倒れ、誰もが諦めたとき――勇者様は!!」
「わ、わかったから、落ち着いて!」
俺は顔を赤らめながら、必死で手を振った。
「そっか……君、勇者を本当に尊敬してるんだな」
「はいっ!」
その隣で、ネオンが苦笑しながら俺を見ていた。
””兄さん、めっちゃ照れてる””
そんな目で、じっと俺を観察している。
頼むから、ツッコむな・・・・・・。
その後、話題は自然にネオンと魔法の話へ移り、リサの熱弁は“勇者教育”として彼に引き継がれていった。
無詠唱の理論、魔力の干渉領域、制御構文の違い。話題は多岐にわたり、二人は驚くほど早く打ち解けていた。
こうして、およそ一時間。リサは深く一礼し、帰っていった。
__________________________________
玄関の扉が閉まり、再び静寂が戻る。
「・・・・・・なあ、ネオン」
俺はふと思いついて声をかけた。
「リサちゃん、真面目で、綺麗で、いい子だったな。好みだろ、ああいう子?」
「え!」
ネオンの顔がほんの少し曇る。
「素敵だよ。でも僕は・・・・・・」
ネオンは膝の上で手を組み、ゆっくりと吐息をついた。
言葉を選ぶように、静かに続ける。
「僕を思い続けてくれた**李さん**の想い、僕の中でまだ大きくて・・・・・・」
その瞳に浮かぶものを見て、俺は言葉を失った。
失言だ。
俺にとっては、もう過去の出来事だった。
けれど、弟にとっては、まだ癒えていない“先日の記憶”なんだ。
そう思った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。軽く茶化したつもりの一言が、あいつの心に触れてしまった。
冗談のつもりでも、重さを見誤ったんだ。
「悪い。茶化すつもりじゃなかったんだ」
そう言った俺の声は、ほんの少しだけ震えていた。
__________________________________
(エリザベーテ・シュナイダー・フォン・アーベントロート)
リサが去った玄関を見つめながら、その名が脳裏をよぎる
リサの幻影の魔力を逆相で打ち消し、その素顔を見て確信した。
あの顔、あの目は、サムズ帝国の王女に違いない。
そして、忘れようとしていたある人物の顔が、頭に浮かんだ。
ヴィルヘルム王、俺と同じ“初期組”の転生者。
だが、あいつは特別だった。カリスマ、統率力、そして──狂気。
最初は希望だった。
帝国の王にまで上り詰めた、英雄だった。
だが、ある日を境に変わった。
忠臣を、家族を、自らの手で処刑していった。
誰も、止められなかった。
結局、彼は最後に処刑された。
その時、王族で生き延びたのは、この子を含め、三人
・・・・・・運命ってやつは、本当に皮肉だ。
あの男の “遺志” に、こんな形でまた出会うとはな。
そしてまた、あの“供物”が届きます。