33話 12月12日 王の声
(ジークフリート視点)
十二月十二日、深夜。
私が学園に潜入してから、一週間が経過した。
初日に前世の旧友に号泣しながら謝罪し、そのまま拉致され、二日目にはなぜか前世の悪事まで含めた理不尽な尋問を受け、気づけば二重スパイになっていた。我ながら、目まぐるしい二日間だった。
難しい立場ではあるが、秋月兄弟のそばにいる時間は、懐かしく、嫌な気分ではなかった。
月曜からは、ユストゥス様の監視の目も意識しつつ、ネオンとの仲を調整し、少し仲良くなった演技を始めた。
そんな平和な日常が終わったのは、金曜の夕方だった。
洗脳されているジークフリートとして、上司に定例報告を終え、一息ついた、その時。背後から、声がかかった。
「終わったか。行くぞ」
声の主は、勇者。この世界で私が密かに憧れたヒーローであり、生前は、私が信用した数少ない大人、秋月陽その人だ。
「はい!」
私は元気な声を上げ、部屋のベッドをずらす。大理石の床板を一枚めくりあげると、そこには地下へと続く通路が口を開けていた。
今日は、私の父かもしれない「物」に会わせると言われ、私は彼の指示に従っているのだが・・・・・・。
「あれ? 楊兄貴。ここに、その父かもしれない物があるのですか?」
「いや、それはヴィレムにある」
彼は、とんでもないことを言い出した。
「え? なに言ってるんですか、楊兄貴? 私がそんな所に行って、二週間以上も学校を休んだら、いくら病弱な私でも、サムズ帝国のユストゥスにバレますぜ?」
「フフフ・・・・・・」
楊兄貴が不敵に笑った瞬間、部屋の床に、幾何学模様のカッコイイ魔法陣が浮かび上がった。光が強くなり、体がフワフワと浮遊する感覚と共に、一瞬、強烈な眠気が襲う。だが、それが収まったかと思うと、光は弱まり、足元の魔法陣は、徐々に消えていた。
「なんだ、今の・・・・・・?」
「転移した。ヴィレムに到着だ」
「そんな馬鹿な! 転移なんて、この世界で聞いたことないぞ!」
「外に出ればわかる」
そう言って、彼は地下室の階段を上がっていく。半信半疑でついていき、外に出ると、そこは物が雑多に置かれた、見覚えのない工房だった。
「ふざけんなよ! 通路に仕掛けがあるだけで、第七開発区のどこかの工房だろ!」
信用しない私に、勇者はニヤリと笑った。
「飯、食ってないよな?」
「ああ。楊兄貴が、特別な夕飯をご馳走するって言ったから、まだだよ」
少しご機嫌斜めな私に、彼は言う。
「OK。飯を食えば、ここがヴィレムだって実感できるぜ」
そう言って、これを付けろ、と渡された魔道具は、意識阻害系のアイテムだった。もしものための変装道具。
工房を出て、ヴィレムの町を歩く。やがて、日本語の看板が並ぶ、日本食屋の通りに着くと、私は、流石にここが中立都市ガリアではないと理解した。
そして、思い出す。糞親父が、生前、自慢げに言っていた言葉を。
『元気になったら、ヴィレムの、こってりラーメンを食いに行こうぜ』
・・・・・・洗脳されて、約束を破って、狂い死にしやがって。複雑な親子の思い出が、胸に蘇る中、私たちは、一軒のラーメン屋に入ることに決めた。
食事を終えた私は、ものすごく感動していた。
「うめぇ・・・・・・体に悪いものは、最高だ・・・・・・」
洗脳中は、徹底的に健康的な食事を強制されていた。味よりもバランス重視。体が回復した後は、体力作りのための食事に切り替えられ、プロテインのような粉末と、青汁のような液体が主食だった。洗脳中だったから耐えられたが、普通なら狂っている。その感動の理由を話すと、楊兄貴は理解してくれたようだった。
◇◆◇
再びヴィレムのカイさんの工房に戻り、少し雑談した後、私たちは本題に移るため、隠し部屋へと移動した。
魔場の影響で精密機械が壊れないよう、鉛の分厚い壁で囲まれたその部屋で、私は、ある物に気づき、興奮した。
「おい、これ、まさか携帯電話か!? なんで、こんなもんがこの世界に・・・・・・」
驚きを隠せない私に、楊兄貴は、携帯電話の電源を入れ、こう尋ねた。
「ジーク。お前の能力で、これを確認できるか?」
それは、彼が組んだという、ヴィルヘルム王の声が聞こえるシステム。王であることは、聖女二人の確認で分かっているらしいが、正常なのか、狂った状態なのか、それとも、それ以外の何かなのかが、分からないという。
電源を入れ、しばらくすると、私は、私の能力で、その「物」の正体を探り始めた。
私の視界に、対象の情報が文字列となって流れ込んでくる。
―――解析開始。対象、DNA生物コンピューター。状態、安定。魔力信号、微弱。接続先、携帯電話・・・・・・。
そして、その情報の最後に記された、所有者の真名。
その文字列を見た瞬間、私の思考は、凍りついた。
私の能力が告げる答えは、絶望的だった。
こいつは、ヴィルヘルムじゃない。
こいつは、前世で私と母さんを捨てた、あの糞親父の、神代礼司だ。
それが、なぜここに。
まさか、あいつも転生して、ヴィルヘルムに成り代わっていたとでもいうのか。糞親父が、また糞親父なんて、前世と同じじゃねえか!
私は、携帯電話と繋がれた、ハンバーガーサイズの、DNA生物コンピューターに、拳を振り上げた。
だが、その腕は、楊兄貴によって力強く止められた。
私の鼻息は荒い。
目の前の物体が、神代礼司であることに驚いたが、王が、あの神代礼司だったという事実も、また衝撃だった。
少し息を整えた私は冷静になり、ディスプレイを指さした。
「楊兄貴。これ、ぴーぴー言ってるだけですけど……これが、こんな感じに、こうすれば、って……意味、分かります?」
ステータスに表示されているのは、意味不明な文字列。
だが、楊兄貴には分かったようだった。
なるほど、と彼は呟く。
このDNAコンピュータは、四つの塩基配列による、いわば「四進数」で並列処理を行っている。対して、この旧世代の携帯電話は「二進数」で直列にしか情報を読めない。データの渋滞が起きている、と。
彼は、私の指示通りに設定を調整し、再起動をかけた。
やがて、携帯のスピーカーから、マイクテストのような「あ、あー」という音が聞こえ、そして、はっきりとした声が響いた。
「そこにいるのは、圭太か? それと、秋月楊か?」
「……いや、ジークフリートか? と、勇者様か?」
暫くの沈黙の後、再び、スピーカーから声が聞こえた。
「……分かったぜ。両方だ。俺と一緒にロケットを飛ばした馬鹿野郎と、人類の未来のために宇宙へ飛び立った変人の二人だ」
「そうだよ、その馬鹿野郎だよ、馬鹿親父!」
私は、歓喜の声を上げていた。
だが、楊兄貴は、
神代礼司の言う「宇宙へ飛び立った変人」の意味が、
全く理解できずにいるようだった。




