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32話 12月6日 王子を尋問

 ネオンの足元で号泣し、謝罪を繰り返すジークフリート(橋本圭太)。その尋常ならざる様子に、さすがのネオンも困り果てていた。状況を察した至聖女リンフォンが、誰にも気づかれぬよう、ごく小規模な精神安定の魔法をかける。そして、意識が朦朧もうろうとしたジークフリートを、ネオンと共に学園の保健室へと運び込んだ。  

リサは、兄との再会を喜びたい気持ちと、今の状況を維持しなければならないという気持ちの狭間で、名残惜しそうな顔をしながらも、一人、自分の教室へと戻っていった。


保健室


そこには、魔石による緊急通信を受け、至聖女リンフォン作った地下道を使い、すでに勇者ヨウ聖女カオリが待っていた。  時はすでに授業中。他の生徒たちは、自由に動けない。だが、何人かの生徒が、まるでネオンとジークフリートの動きに同調するかのように、保健室の方向に歩み寄るのが、王子の監視役だろう。黒騎士が、その数名を即座に発見し、監視をしている  同時に、至聖女リンフォンが、保健室全体に意識阻害の結界を張る。外からは、この場所で何が行われているか、一切認識できないが 長時間は色々不味い


 聖女二人と俺たち兄弟で状況を整理した後、作戦が決まった。まず、第一王子改めジークに、俺が幻影魔法で変装して教室に戻る。そして、本物のジークは、聖女カオリが自宅に連れて帰る、と。  これで、王子の監視役をごまかせれば、今回の緊急対応は完璧なのだが・・・・・・。

俺は、正直、大学の授業を受けるのが少し憂鬱だった。

そして、予想以上に内容が難しく、予想どうりの憂鬱な、結果となった。


 憂鬱に耐え家に帰ると、ジークは体力の限界だったのか、まだ眠っていた。  それを見たキョウコが、「今日は無理そうね」と一言。尋問は、明日に延期となる。


◇◆◇


 翌朝。

 ジークの希望で、一番初めに彼と話したのは、ネオンだった。

 プライベートな、前世での謝罪だ。俺たちがその詳細を知ることはないが、部屋から出てきたネオンは、どこか晴れやかな顔をしていた。そして、ジークもまた、長年彼に取り憑いていた何かが、すっと落ちたような、穏やかな顔をしていた。


 そして、本格的な尋問が始まる

 最初に口火を切ったのは、至聖女リンフォンだった。


「あなたが、授業中に書き残していた、ノートについて。説明してください」


 彼女は、ジークが昨日咄嗟に隠したノートを、いつの間にか手にしている。

 ジークは、目の前の少女の恐ろしさを、その身で、その能力で、理解しているのだろう。質問中も、隣に座るネオンの手を、子供のようにぎゅっと握っていた。

 尋問で分かったことは、衝撃の連続だった。

 彼の能力は、相手のステータス――名前、能力、人間関係――を見ることができる、ということ。これは、素晴らしい能力だ。

 さらに、彼は、サムズ帝国の王室筆頭魔導官ユストゥスに、長年洗脳されていたこと。そのユストゥスこそが、ヴィルヘルム王を狂気に導いた真犯人であること。そして、その洗脳は、バベルコア崩壊事件(神の逆鱗)の日を境に、彼の能力の覚醒と共に解かれたこと。

 ジークは、証拠として、ユストゥスに渡されたという、禍々しいオーラを放つ、洗脳用の魔道具を差し出してきた。至聖女リンフォンは、一切彼を脅してはいない。だが、彼女の持つ力の奔流を、その能力で「数値化」して見ているジークは、恐ろしさのあまり、全てを自白したのだった。


「……これは、古代アーティファクトですね」


 洗脳用魔道具を眺めていた聖女カオリが、専門家として口を開く。


「だから、バベルコア崩壊の時の、大規模な魔力の乱れに強く影響を受けて、洗脳に綻びが生じたのでしょう。うんぬんかんぬん……」


 彼女が何か難しいことを言っているが、大学の授業も分からない俺には、難しすぎて理解できなかった。


 一通りの尋問が終わり、ジークがほっとしたのか、ネオンと再び生前のトークを始めた、その時だった。

 今まで黙っていた、もう一人の聖女が、待ったをかけた。


◇◆◇


 聖女の尋問。

 その始まりは、まさに恐怖から始まった。


「さっきの生前トークで、大体わかったけど」


 聖女カオリは、にっこりと、それはそれは美しい笑みを浮かべている。だが、目が、全く笑っていない。


「あんたが中学時代、うちの娘の琴音ことねの彼氏だったって、本当! どうなのよ、圭太!」


 ジークは、前世より若返った彼女の姿を、すぐには認識できなかったのだろう。  それが佐藤香だと知ると、瞬時にステータスを確認した彼の顔が、絶望に染まる。そして、次の瞬間、彼は、椅子から転げ落ちるほどの勢いで、ジャンピング土下座をしていた。  ステータスをなまじ見れてしまう彼にとっては、この状況で一言でも間違えれば、物理的に消される、と本能が告げたのだろう。床に額をこすりつけ、ぶるぶると震えている。  まあ、同情はしない。前世の圭太の女癖は、保護者として、擁護ようごできないほど、非常に悪かった。

これに懲りて、少しはまともになってくれることを、期待したい。


◇◆◇


 暗殺部隊長、隊長の尋問。

 ようやく、カオリの、主に前世の女関係に関する、地獄のような質問が終わった。だが、ジーク(前世圭太君)の地獄は、まだ続く。


「ようやく、私の番かしら」


 待ちくたびれた、というように、キョウコが、ジークに静かなプレッシャーをかける。

 その瞬間、暗殺部隊長のステータスを見てしまったジークは、小さく「ひっ」と悲鳴を上げ、そして、静かに、失禁した。


 ネオンに下着を借り、着替えを済ませた後、再開された尋問は、陰湿の極みだった。

 前世、家のガラスを割って逃げた、幼少期の悪事から始まり、世界を超え、ステータスを見れる能力が解放されてから、この五ヶ月間で見た情報、その全てを、根掘り葉掘り聞かれた彼は、最後は体力の限界で、白目を剥いて気絶していた。


 ……おまけで言うと、色々なことが分かったのは、間接的に、至聖女リンフォンがバベルコアを破壊し、魔力の乱れを起こしたことで、ジークの能力が覚醒した、という経緯があったため、リンフォンが「私のおかげですね!」と、ネオンに頭を撫でて欲しいとねだっていた。

 それを見て、ちょうど目覚めたジークが、恐ろしいものを見るように、ドン引きしていた。


◇◆◇


 最後に、キョウコが、今回の尋問のまとめに入った。


「今、ユストゥスを叩くのは、サムズ帝国を不必要に不安定にさせる。却下よ。それに、ユストゥスの上に、入手不可能なはずの古代アーティファクトを渡した『黒幕』がいる。それが分からない以上、今は泳がすのが得策」


 そして、今後のジークの役割が決まった。  ユストゥス思惑に沿って、洗脳されている演技を続け、こちらから流す「偽情報」をリークする、二重スパイとしての役割だ。


話が一通り終わると、ジークを、至聖女リンフォンが作った地下通路を通って、送っていくことになった。

 薄暗い通路を二人で歩いていると、不意に、ジークが足を止め、俺に唐突に話しかけてきた。その声は、先ほどまでの尋問の時とは違う、重く、沈んだ響きを持っていた。


「ヨウさん。俺たちが、生前も繋がっていたことは、知っていますか」


「どういう意味だ?」


「腹違いではありますが・・・・・・俺たち三人は、兄弟でした」


 彼の口から語られたのは、俺の知らない、地球での出来事。

 そして、妹・・・・・・リサに起きた、辛く、悲しい過去の話だった。


「だから彼女には、今のままでいてほしいんです。何も知らず、ただ笑っていてほしい」


 ジークは、懇願するように、俺の目を見た。


「ネオンには絶対に、彼女の本当の名前を呼ばせないでください。もし、呼んでしまったらあの時の記憶が、彼女を壊してしまうかもしれないから・・・・・・」


 そうか。


 俺は、彼の言葉に、何も返すことができなかった。

 ただ、黙って聞くことしか、できなかった。

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