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26話 10月1日 黒貴族嬢の策略

その悪意の行方

(アンブラ視点)


私の父、ヴォルフラム・フォン・デュンケルハイトは、この世界で「闇貴族」と疎まれている。

 二十年以上も昔、始まりの転生者たちが誕生するよりも前から、彼はたった一人で、赤道を超えて南半球からやってくる魔族の侵攻を防ぎ続けてきた。

陰の実力者。父にも生前の記憶が少しだけ残っており、人間の世界の言葉で言えば、父が始祖の「半転生者」で、私はその「二世」の「半覚醒者」ということになるのだろう。


だが、父の功績を正しく評価する者はいない。

人々は彼を「化け物」と呼び、その力を恐れた。私はそれが、許せなかった。

 父は、治めていた広大な領地のほとんどを、サムズ帝国の王やエリナ公国に譲渡する形で、その全権を自ら捨ててしまった。


人間が前世で使っていた言葉で言えば「ギバー(与える者)」。


見返りを求めず、ただ与え続けるだけの、愚かなほどのお人好し。

 その貢献も、数十年経てば人々の記憶から消え去り、感謝は不平不満へと変わる。

父は「仕方のないことだ」と諦めているが、私にはそれが許せない。

 そんな酷い認識の中でも、父は「黒の魔導士」として勇者パーティーに参加し、人類の存続に多大なる貢献をしてきたというのに。


だが、ここ数年、魔族の襲来も途絶え、平和が続いた結果、父への悪評は「闇貴族」という、ある種のブランドにまで昇華された。それはまあ、いい。愚民に父の偉大さを理解させることなど、不必要で無駄な行為だ。それに、私の断片的な過去の記憶がこう囁くのだ。「闇貴族」という響きは、悪くない、と。

 だから、黒騎士様やカイ叔父様に「父の汚名を返上するために学園へ行く」と言ったが、本当の目的は違う。あくまで、それは建前だ。


◇◆◇


バベルコアが破壊されてから数日後。

世界が何やらヤバいことになっているとは思ったが、私にとってそれ以上にヤバかったのは、カイ叔父様が作ったというアナログシンセサイザーだった。

 生前の記憶では、もっと小型で高性能だったデジタルシンセサイザーは、この世界の魔場の影響で作れない。それは分かっている。だが、デジタルという概念を捨て、抵抗、コンデンサー、DNA系増幅器だけの組み合わせで、ここまで小型で安定した音を出すカイ叔父様の技術力は、素晴らしいの一言に尽きた。不安定で、それでいて図太い、腰のしっかりとした音。これはデジタルでは表現できない。

 興奮した私は、つい魔力を流し込みすぎて抵抗を燃やしてしまった。だが、おまけで付いていた予備パーツで修理を終えた時、このマシンをさらなる極みへと魔改造することを決意した。


 そのためには、カイ叔父様に会わなければ始まらない。


しかし、彼の住むヴィレムの町は、ここ数十年で人が増えに増えた。引きこもりの私には、あまりにハードルが高いと思っていた。でも、カイ叔父様に会わないと何も始まらない。そう思っていた所に、あのお方の気配を感じた。


黒騎士様が、一人で居間にいた。父が起きるのを待っている様子だ。

(黒騎士様とお話できる絶好の機会・・・・・・! これを逃す手はない。彼に頼んで、カイ叔父様のところへ)

 心に決めたが、ふと疑問が湧く。

なぜ、一人なのだ? 勇者と、あの人間のチビはどうした?

 私は、父が4ビット演算装置の研究で寝食を忘れて部屋に閉じこもっている事実を隠し、


「父は体調が悪く、今は休んでおります」


と嘘をついた。黒騎士様は、諦めたように小さくため息をつく。

会話に困った私は、勇者ともう一人の同行者はどうしたのかと尋ねた。

そこで、信じられない事実を目の当たりにした。

 なんと、あの人間のチビが、至聖女様を降臨させ、あまつさえ恋仲になったと聞く。

その影響で、勇者と聖女様も・・・・・・もう、斜めすぎてどうでもいい。

 許せないのは、リンフォンのことだ。二十年振りに、あの引きこもっていた部屋から出てきたと思えば、唯一の友達であったはずの私をスルーして、男を作る? 羨ましい!

 だが、ここで感情的になってはならない。

私は「闇貴族の娘、アンブラ」として、それらしいセリフを決めなければ。

 私は脳内フルブースト――生前の記憶と現世の知識を高速演算し、最適行動を導き出す思考加速を発動させ、完璧なセリフを紡ぎ出した。


「実は、お父様は心の病を患っておられます。その原因を断つため、父上の汚名を返上する旅に、ヴィレムの町へ行きたいのです」


 私の、完璧なでっち上げ理論を聞いた黒騎士様は、納得してくれた。

だが、事はそう簡単には進まなかった。

父が部屋から出てくるまでに、一月以上を要したのだ。父の最初の言葉は


「・・・・・・駄目だ。情報量が、絶望的に足りない。たった一つのコドン(塩基配列)を定義するだけで、4ビットの全レジスタが埋まってしまう」


 そんな父も私の計画に同意してくれたが、今度はカイ叔父様がガリアに出張中との報せ。行き先が、ガリア中央大学と結びついた瞬間、父と黒騎士様は、同時に言ったのだ。


「「これはチャンスです、アンブラ」」


**人口密集地ガリアとは最悪な!**

闇の力に引き寄せられるように、私もつい「はい、父上。私達の時代が来ました」などと言ってしまった。


◇◆◇


黒騎士様との、新婚旅行気分の二人旅は、まあ、楽しかった。

だが、ガリアは人が吐いて捨てるほど多い。

 なんとかカイ叔父様の『アルカナ・クラフト』事務所に辿り着き、精神を安定させる魔道具のを調整。シンセサイザーの魔改造は叶わなかったが、代案としてピックアップ付きピアノ(エレクトリック・アコースティック・ピアノ)の開発を約束してくれたので、ひとまず目標は達成だ。


 入学式もすごかった。精神安定の魔道具は最高だ。緊張せずに、感動だけが脳に染み込み、高みから手を振る「闇貴族の娘と黒騎士様」ムーブは、完璧だった。


・・・・・・だったのだが、この後、私は大きな失敗に気づく。

最初は、皆が私に恐れをなして距離を置いていた。

それはそれで良かった。


だが、二週間もすると、元王子のラインハルトが、三週間目にはエリナ公国の超偉い人の息子が、次々と私に接近してきた。

乙女ゲームのようなムーブに、最初は気分も最高だった。


 だが、こいつらは、父の権威に擦り寄りたいという野心があるならまだ許せる。


そうじゃない!


こいつらを操る上の存在に命令され、嫌々やっているのが、手に取るように分かってしまう。

私も含めて、一体、何をさせられているんだ。

この茶番を四年間も続けるのかと思うと、絶望しかなかった。


とある日、校舎裏に視線を向けると、忘れていた奴らがいた。勇者の弟と、その取り巻きだ。

リサとかいう、いかにもツンデレ風の青髪ショートの女……カイ様の娘?

いや、待て。

あの子、黒騎士様と同じ幻影魔法で変装している。

あれは、元第二王女じゃないか。

なんだ、それ。


注目されない裏の重要ポジション、最高じゃないか。


羨ましい・・・・・・そう思って、隣の女に目をやった瞬間、思考が停止した。

 

私の、唯一の友達。至聖女様?。

・・・・・・え、あれ、幻影魔法じゃない。肉体を、再編成した?

食事中の彼女の胸が、若干大きくなった瞬間があった。

間違いない、あれは至聖女だ。

なかなかの美少女なのに、私の影響力のおかげで、完全に「モブ」として日常に溶け込んでいる。


羨ましい!


私も、あそこの輪に入りたい。二十年振りに、至聖女とお話がしたい。

でも、そんなことをしたら、私が目立って、彼女も目立ってしまう。

きっと、彼女は怒るだろう。唯一の友達に嫌われるのは、嫌だ。


そんな、八方塞がりになった私に、チャンスが訪れた。

実技の授業、勇者の弟は、凡人だが努力家タイプらしい。

魔力量は低いが、それを精度で補う事で、私と同じハイクラスに配属されていた。

これだ。こいつを虐めてやろう。目立たずに青春を謳歌している、最上級モブ。


成敗すべき対象だ。


どうするか考えていると、私のオーラが強すぎるせいで、誰もペアを組んでくれない。

どうしようか迷っている所に、努力と勇気と力を信じて疑わない、あの最上級モブが、私に声をかけてきた。

少しだけ、嬉しい、と思ってしまったことには、気づかないふりをした。

それは、私だから。


「手加減はしますけれど、怪我をしても恨まないでくださいね」


それらしい、格好いいセリフを吐き、手合わせを始める。

だが・・・・・・弱い。

弱すぎる。隙だらけだ。


そう思った瞬間、日頃の羨望と恨みが、私の意地悪な心を爆発させた。

冷静に考えれば、転生者である彼が剣を握ったのは半年前だ。弱くて当たり前だった。ただ、あまりに弱すぎたせいで、それは、ただの虐待になってしまった。

打ち倒すのではない。

剣先で、彼の腕の皮膚を、薄く、薄く、削ぐように切りつけていく。

ピリッとした痛みに彼が顔をしかめる。

その苦痛に歪む顔を見ていると、私の心の奥底から、どす黒い快感が湧き上がってきた。さらに一筋、また一筋と、赤い線を増やしていく。


「ぐっ・・・・・・!」


声にならない悲鳴を上げる彼の表情が、たまらない。

試合が終わったあと、さすがにやりすぎたと、少しだけ後悔した。

だが、彼は、血の滲む腕を押さえながらも、恍惚とした表情で、私に言った。


「ありがとうございます、アンブラ様! この痛みを乗り越えることで、成長できる気がします!」


その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が、少しだけ、キュン!と鳴った気がした。


その晩、黒騎士様を通じて、至聖女から

「ネオンの特訓に付き合ってくれてありがとう」

という感謝の言葉をもらったが、全く嬉しくなかった。


それどころか、私のサディスティックな一面に惹かれたという、奇特なM属性の男子生徒たちが、翌日から私の周りを取り巻くようになった。


最悪だ・・・・・・。

一番の敵は、善意だった

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