25話 9月1日 英雄たちの入学式
九月一日、ガリア中央大学、入学式。 突き抜けるような青空の下、俺たち4人は、大陸最高学府の正門をくぐった。
門を抜けると、まず目に飛び込んでくるのは、広大な中央広場と、その中心に立つ巨大な石像だ。白亜の台座に立つのは、天に指を突きつけ、自信満々に胸を張る、若き日の俺の姿だった。 ・・・・・・誰が作った。 台座の石碑に目をやると、さらに頭痛がひどくなる。そこには、俺が口が裂けても言わないような、鳥肌が立つほどキザなセリフが、美しい筆記体で彫り込まれていた。 『我が剣は民のために。我が盾は平和のために。我が歩む道こそ、人類の未来なり』 ファウンダーの野郎、あとで覚えてやがれ。 内心で宿敵への呪詛を吐き捨てながら、俺はその忌々しい石像を背にした。
広場を過ぎると、そこには未来都市と見紛うほどの壮麗なキャンパスが広がっていた。床には塵一つなく磨き上げられた魔導タイルが敷き詰められ、その上を学生や父兄たちが、高価そうなローブやドレスを身に纏って行き交っている。道の両脇には、見たこともない植物が植えられた庭園が広がり、その手入れは見事というほかない。全てが完璧で、計算し尽くされている。あまりに綺麗すぎて、逆に少し気味が悪いほどだ。
やがて、俺たちは式典の会場である大講堂へとたどり着いた。古代遺跡を改築したというその建物は、外観の歴史的な重厚さとは裏腹に、内部は最新の魔導技術が惜しみなく投入されていた。ドーム型の天井は、魔法によって今日の青空そのものが映し出され、無数の浮遊する魔晶石が、シャンデリアのように柔らかな光を放っている。 丁寧すぎる案内に従って席に着くと、俺はすぐに、ある違和感に気づいた。 他の三人が座る椅子は、黒檀の木目が見えるほどに磨き上げられているのに、俺の椅子だけ、なぜか微妙に埃っぽい。見た目は同じだが、座る瞬間の腰の落ち具合で、クッションが他のものより硬いこともわかった。 ……犯人は、分かっている。青い衣をまとった、あの宿敵だ。 あまりに子供じみた、ちっぽけな抵抗に、俺は思わず鼻で笑ってやった。 やがて、流石というべきか、ここではドリンクのサービスまであるらしいので無料なら頼むべきものなので声を掛ける。差し出されたメニューに目を通した俺は、再び沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。ネオンや聖女たちのメニューには、高級な果実を使ったフレッシュジュースや、希少な茶葉の銘柄が並んでいるのに、俺のメニューだけ、水と、申し訳程度の安物の茶しかない。 頭にきた俺は、侍者ににっこりと笑いかけ
「彼女と同じものを頼む」と言ってやった
◇◆◇
会場は、やがて人で埋め尽くされた。 今年の入学生は、転生者が千百二十人、転生者を血族に持つ二世が千六百二十人。許されている付添人は一人までだが、VIPの学生には警備兵含め五人まで付き添いが許されているらしい。ざっと計算しても、この講堂には六千人近い人間がいることになる。 国家の重要人物、及びこれからそうなるであろう者たちが一堂に会するこの場所で、何かあればただでは済まない。会場の警備兵たちも、ピリピリとした緊張感を漂わせている……かと思いきや、よく見ると、別の種類の緊張をしているのが見て取れた。彼らの視線は、一点――舞台袖にいる、一人の少女に釘付けになっている。 やがて、開会式が始まり、学園長の退屈な挨拶が終わると、新入生の代表挨拶に移った。 「最初に、主席にて入学を果たされました、エリナ公国、魔導最高評議会議長のご子息、アーデルハイド様」 会場が、大きな拍手で沸く。壇上に上がったのは、いかにも優等生然とした、銀髪の青年だった。始まりの六人の二世、ということか。淀みなく語られる彼の言葉は、完璧で、理路整然としていた。だが、駄目だ。感情が一切乗っていない。まるで精巧なロボットのようで、ひどく気味が悪い。
「そして、今年は異例ではございますが、もうお一方、皆様にご紹介したい方がおります」 学園長の言葉に、会場がざわめく。 「今は亡き(最近、動き始めたがな)サムズ帝国の偉大なる王、ヴィルヘルム様がご子息――第三王子、ラインハルト・シュナイダー・フォン・アーベントロート殿です」 ご丁寧に「王子」と紹介され、壇上に現れたラインハルトは、ある意味で可哀想だった。聞いた話だと、ヴォルフラム魔導卿の派閥とは違う、旧体制の貴族派に後押しされ、次期王として期待されているらしい。その憂いを帯びた表情は、自らの置かれた状況を物語っているようだった。 そんなとき、隣に座るネオンが、俺の袖を引いた。
「兄さん、ちょっと、あれ、おかしくない?」
「何がだ」
「だって、あの人『第三王子』って呼ばれてるでしょ? でも、あの国は『サムズ帝国』だよ。普通、ラノベの設定だったら、帝国なら皇帝の息子は『皇子』って呼ばれるはずなんだけど・・・・・・」
「・・・・・・お前の指摘は正しい。良いところに気づいた」
俺は少し声を潜めた。
「元々あそこは、ただの小さな『サムズ王国』だったんだ。それを、ヴィルヘルムの奴が、その絶大な力で周りの国や民族をごちゃ混ぜに統一しちまった。国がデカくなりすぎて、実質『帝国』みてえになったのさ」
「それなら、やっぱりヴィルヘルムは『皇帝』じゃないの? ラノベだと、建国の英雄は初代皇帝になるのがお約束で・・・・・・」
「ああ、だがな。あいつ、昔から口癖のように言ってたんだよ。『俺は王になる』ってな」
「え?」
「だから、いざ国を統一して周りが『皇帝陛下』とか持ち上げ始めた時も、『いや、俺は王だ』って言って、聞かなかった。『皇帝になるなんて一言も言ってねえから』ってな。やつなりの、クソみてえなこだわりだよ」
俺がそう教えると、近くの席に座っていたリサが、真剣な面持ちで俺の話をじっと聞いている事に気がついた。
◇◆◇
式典も終わりに近づいた頃、学園長が興奮した様子で再びマイクを握った。 「皆様! 本日は、二名の、大変名誉ある賓客がお見えです!」 その言葉に、会場が大きくどよめく。
「お一人目は! このガリアを、いや、この世界を導いてくださる我らが指導者! ファウンダー様です!」 舞台袖から、低身長の美少女に見える人物が姿を現した。青い豪奢な衣に、大きな十字架の刺繍を施した特注の礼服。
大きく手を広げ、観衆の万雷の拍手を浴びるその姿は、間違いなく、俺の椅子を硬くし、ドリンクメニューを差し替えた宿敵だった。
「・・・・・・気味悪いぜ」
俺が小声で呟くと、隣のネオンが慌てて口をパクパクさせている。
「念のため言っておくが、何事も無いとは思うが、あいつは危険だ!近づくな」
珍しく真剣な面持ちで言うと、ネオンは少し遅れて
「・・・・・・は、ハイ」と答えた。
ファウンダーへの歓声が少し落ち着くと、学園長はさらに声を張り上げた。
その声は、ファウンダーを紹介した時以上に、気合と感情がこもっているのが分かった。
「そして、もうお一方! かつて、我々の世界を救った勇者パーティー! その重要メンバーであられた方のお嬢様が、今年、本学園に入学されます! 皆様、もうご存知でしょう!」
学園長は、たっぷりと間を置く。
「民からは『闇貴族』と呼ばれながらも、その正体を隠し、『黒の魔導士』として世界を救った偉大なる英雄! そのご息女、アンブラ・フォン・デュンケルハイト様と! その護衛として来られた、黒騎士様です!」
その名が告げられた瞬間、爆発、と表現するのが最も相応しい大歓声が、講堂を揺るがした。
警備員までもが、こらえきれずに拳を突き上げている。
特に、二世組からの声援は凄まじい。
VIP席の奥から、アンブラと、そして観衆の前では初めて素顔を晒した黒騎士が立ち上がり、手を振って応える。
転生者組はその熱狂の意味をあまり理解していないようだが、二世組の親世代にとっては、黒の魔導士と黒騎士は、勇者と並ぶ救世主だったのだ。
ファウンダーの時とは比べ物にならない、数倍の歓声。俺は、ざまあみろとばかりにファウンダーを横目で見やる。
彼女は、必死に平静を装い、笑顔を貼り付けていたが、その口元が微かに引き攣っているのが見て取れて、愉快で仕方がなかった。
それにしても・・・・・・。
俺は、隣の席で同じように満足げな笑みを浮かべていたカイの耳元に、大声で話しかけた。
「いい仕事したな、カイ」
「黒騎士様のは、大したことねえ。部分的な幻影魔法だからな」
カイは、興奮気味に早口で答える。
「素晴らしいのはセリナさんの精神魔法だ! 俺もビビったよ、あのアンブラお嬢様が、この大観衆の中で平然と余裕の態度を保っていられるとは! セリナ様様だよ!」
一瞬、セリナが誰だかわからなかったが、めったに人を褒めないこの男が、ここまで手放しで絶賛するということは。 セリナとは、元受付嬢の世話係で、最近カイの会社に転職した、彼女のことなのだと確信した。




