18話:8月1日 折り紙と、始まりの六人
「青春を取り戻すのです!」
小屋に帰ってきてからというもの、至聖女(李)改め、リンフォンは、来る日も来る日もそう言って張り切っていた。
聖女としての長い役目から解放され?、彼女は今、普通の少女として、もう一度「学生」というものを経験したがっていた。
その情熱は、すぐに行動力となって現れた。
いつの間にか、すっかり彼女の信者と化している元受付嬢の世話係を呼び出すと、その有能さを遺憾なく発揮させ、あっという間にガリア中央大学への進学適性検査をクリア。
速攻で、入学許可書を手に入れてきたのだ。
彼女の身元は、《元勇者が、バベルコアで保護した 転生者 リンフォン・ミール・ブライダ》、ということになっていた。
もちろん、 リンフォンが普通の学園生活を送るための、壮大なでっち上げだ。 世間に騒ぎが起きるのを避けるための・・・・・・。
ともあれ、これで厄介事も一つ片付いた、と思っていたのだが。
◇◆◇
「お金が、足りませんね」
深刻な顔でそう言ったのは、家計簿を睨んでいた聖女(香)だった。
中央都市ガリアの物価は、ヴィレムの町とは比べ物にならないほど高い。
転生者や二世として援助が出るリンフォンとネオンは問題ない。
だが、その護衛として同行する俺と聖女(香)の生活費は、当然ながら自腹だ。
普通の転生者であれば、貴族がパトロンについていたり、カイのように事業で成功していたりして、資金的な問題はないだろう。
だが、しがらみを嫌ってスローライフを送ってきた俺に、そんな面倒な付き合いも、財産もない。
聖女(香)と至聖女リンフォンも、普段から金銭という概念が不必要な世界で暮らしているため、金の価値には驚くほど無頓着だった。
「バベルコアにあった魔石でも売れば、当面の資金にならない?」
至聖女リンフォンがそう提案したが、聖女(香)がすぐに首を横に振った。
「ダメよ。そんなことをしたら、バベルコアの部下たちが心配して、何事かと飛んできてしまうわ」
最終手段として、聖女(香)がファウンダーに連絡し、力業で何とかしてもらうか・・・・・・。
俺たちがそう思い悩んでいた、その時だった。
「そういえば、ネオン」
至聖女リンフォンが、ふと思い出したように言った。
「私が毎日燃やしていた、折り紙のお金は、届いていないの?」
「なにそれ?」
ネオンが聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに説明してくれた。 彼女の国では、死者が天国でお金に困らないように、金紙で作った模擬紙幣を燃やして贈る、という宗教的な習慣があるらしい。
「毎日、ネオンが天国でお金に困らないように燃やしていましたが・・・・・・。ラノベと同じように、届いていないかな、と」
その言葉に、俺はハッとした。
そういえば、生前のリンフォンが、ネオンの部屋で何かを燃やし、その灰を庭に撒いていたのを、確かに見たことがある。
俺は、さくらんぼの木の周辺の地面を、剣の先で突いて確認する。
すると、カツン、と鈍い感触が手に伝わった。
その場所を集中的に掘り返していくと、土の中から、鈍く輝く金属の塊がいくつも出てきた。
それは、お椀の中に丸い物体が浮いているような、奇妙な形をした金のインゴットだった。
それが、掘っても掘っても、尽きることなく大量に発掘されたのだ。
◇◆◇
「すごいです、李・・・・・・じゃなくて、リンフォン」
金のインゴットの山を前に、ネオンが照れながらも、彼女の新しい呼び名を呼ぶ。
すると、リンフォンは、子犬のようにネオンの前にちょこんと座り、期待に満ちた目で、そっと自分の頭を差し出した。
「ネオン、褒めてください」
「え、ええ・・・・・・」
流石のネオンも、そのあからさまな要求には恥ずかしさを隠せないようだ。
だが、意を決したように、彼はその小さな頭を、優しく、ゆっくりと撫でた。
「もっと、です。もっと、褒めてください」
リンフォンが、うっとりとした表情で、さらに要求する。
その光景は、あまりに微笑ましかった。
恋人になったばかりの彼女の呼び方を変えようとするあたり、二人ともまだまだ初々しい。
俺と聖女(香)は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
同時に、俺たちの頭の中から、金銭的な問題は、すっかり消え去っていた。
・・・・・・いや、正確には、新たな問題が一つ増えた。
「しかし、この金、どうするかな」
俺は、奇妙な形のインゴットを一つ手に取り、唸った。
「純度が高すぎるし、形も独特だ。下手に換金しようとすれば、どこの馬の骨だと、商人ギルドに目をつけられるのがオチだぞ」
ご都合主義な奇跡も、現実世界で使うには、それなりに手間がかかるということだ。
◇◆◇
その日の夕食は、聖女(香)と至聖女が腕を振るってくれた。
「きちんと手を使ったものこそが、手料理です」と言い張ってはいたが、薪を使わずに魔法で鍋を加熱したり、肉に高圧をかけて高速で柔らかくしたりと、その境界線はかなり怪しい。
十分に正体がバレるレベルの、反則技だ。
食卓では、リンフォンが作った肉料理が、驚くほど美味かった。
前世では、彼女の料理は当たり外れが激しく、基本的には微妙なものが多かったはずだ。
だが、聖女(香)に百年料理を教わった、というのは本当らしい。
「・・・・・・うまい」
思わず、声が漏れた。
家族と呼んでいいのかはわからないが、この奇妙な食卓を囲んでいると、昭和の食卓を思いだす 、携帯電話のないこの生活も、存外に悪くないと思えてくる。 このスローライフが、いつまでも続けばいい。 そう思っていると、聖女(香)が、ふと口を開いた。
「そういえば、カイさんって、今どんなことをしているの?」
変なことを言い出す。
カイか・・・・・・。
俺は、知る限りの彼の情報を語り始めた。
「昔は、サムズ帝国の魔道具開発部門で働いててな。あいつの作るもんは、昔から面白かったから、それで仲良くなったんだ。そのうち、このヴィレムの町に自分の工房を構えて・・・・・・俺が勇者の頃からだから、結構長いよ。」
「まあ・・・・・・!」
楽しそうに相槌を打つ聖女(香)。
彼女にとって、カイは今でも「ジェントルマンな叔父様」なのだろう。
「あとは?」と、まだ何かを期待するように聞いてくる。
少しだけ躊躇したが、まあ、家族のようなものだし、今さら隠すことでもないか。
「サムズ帝国の元王女様を保護して、育ててる」
「まあ、人がいいのね。あの人、昔もそうだったわ」
昔?
引っかかりを覚えたが、酒も入っていたせいか、思考はすぐにぼんやりとして、その疑問は一瞬で消えた。
すると、聖女(香)が、奇妙なことを聞いてきた。
「カイさんの身体的な特徴で、例えば、走るのが異常に速いとかはないの?」
「さあな。そんな話は聞いたことがないが。生身の足だと思うぞ」
俺がそう答えると、聖女(香)は、少し残念そうに言った。
「そう。彼、生前は軍用のパワーユニットを義足として付けていたでしょう? 前世の力が倍か、それ以上の力が発揮されるこの世界で、どう進化しているのか、気になったの」
彼女はそこで言葉を切ると、悪戯っぽく微笑んだ。
「それに・・・・・・あなたも含めた『始まりの六人』の力は、人を凌駕する。それぞれが勇者や英雄の素質を持つから、なおさらね。」
その言葉に、俺は反論しようとして、凍りついた。
「・・・・・・は?」
待て。 始まりの六人? 俺、ファウンダー、王ヴィルヘルムと、サムズ帝国で商人してるあいつと、エリナ公国の評議会議長。 あと一人は、目覚めてすぐに逃げ出した、名も知らぬ誰か?・・・・・・。
まさか、あの逃げた五人目が、カイだっていうのか?
俺の動揺を見て、聖女(香)は、くすくすと笑った。
「あら、親友でも、恥ずかしいことは内緒なのね」
またしても、俺はカイの、とんでもない闇属性の一面を知ってしまった。
俺も、カイの事は言えないが・・・・・・。




