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13話 7月6日 前人未の古代魔導遺跡

翌日、俺たちの馬車は深い森を抜け、開けた場所に出た。


目の前に広がっていたのは、底が見えないほど深い、巨大な谷。

そして、その遥か向こう側に、天まで続くかのような巨大な岩壁がそそり立っていた。


その岩壁の上に築かれているのが、古代魔導遺跡「クロー・ナ・ネイ」。

人智を超えた技術で作られたその城塞都市は、世界の中心にそびえる「バベルコア」を守護するように、東西へと延々と続いていた。

晴れ渡った空の下ですら、その両端は霞んで見えない。それほどまでに、この防御壁は広大だった。


俺たちは深い谷に架かる巨大な石橋を渡り、村の入り口に到着した。昼前のことだった。

ここで一旦休憩すると、俺は二人に告げた。


「え、もう休むの? まだお昼だよ」


ネオンが不思議そうに首を傾げる。


「ここの主は、超がつくほどの夜型でな。この時間に行っても、寝てて会えねえんだよ」


「夜型・・・・・・」


「ああ。昔から、この辺りを治めてる一族は『闇貴族やみきぞく』なんて呼ばれててな。太陽が苦手な吸血鬼だなんだって噂されてるが、実際は違う」


「違うの?」


「単純に、朝起きるのが苦手なだけだ」


俺は苦笑しながら、この地にまつわる歪んだ伝承を説明する。

彼らが民衆から「吸血鬼」と蔑まれる本当の理由は、その血筋ではなく、彼らが徴収する税にある。

だが、それもまた大きな誤解だ。


「この国で、こいつらほど民衆に優しい統治者はいねえよ。他の貴族が治めてる町や村は、もっと重い税を課せられて、荒れてるところも多い」


「じゃあ、どうして・・・・・・」


「平和ボケさ。数百年も平和が続けば、人間は堕落する。ネットもないこの世界じゃ、情報は村の中でしか回らない。些細な不平不満が、いつの間にか統治者への悪口にすり替わる。そういうもんだ」


黒騎士が、静かに頷くのがわかった。


「奴は、民衆のそういう部分に嫌気が差して、ここに引きこもってる。いっそ見捨てりゃいいのによ。悪評を逆手にとって、悪役を演じながら、最低限の統治だけを続けてる」


「・・・・・・」


「まあ、根はいいやつなんだ。ヤバい時だけ、仮の名を借りて魔物退治に顔を出したりもする。本当に、お人好しだよ」


だが、そのお人好しも最近は限界だったらしい。

正体を隠して続けていた魔物退治も、完全に引退してしまったと聞いた。


◇◆◇


俺たちがそんな話をしていると、一つの人影がゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見えた。

漆黒のローブを身に纏い、顔の半分をフードで隠している。

ここの主、黒の魔導士だ。


「よう、秋月。また面倒事をしょい込んできた顔してるな」


「お前こそ、闇貴族様。その万年寝不足みたいな顔はどうにかならねえのか」


憎まれ口を叩き合いながらも、互いの表情は自然と緩む。

こいつは黒の魔導士。数年前、魔王退治の旅を共にした腐れ縁の友人だ。

PCなど現世の技術に異常な執着を見せるあたり、俺と同じ転生者なんじゃねえかと、俺は密かに疑っている。


「それより、例のブツは持ってきたんだろうな?」


再会の挨拶もそこそこに、彼の目は飢えた獣のように輝いている。

プログラムに、最新のテクノロジーに、この男は飢えきっていた。


「ああ、もちろん。だが、その前に一つ言っておくことがある」


俺はカイから預かった報告書を渡し、この世界の強力な磁場が精密機器に与える影響と、カイが発見した対策について説明した。

そして、懐からカイが作った代用品を取り出す。


「これが、お前の言う『携帯電話』の代わりだ。ハンバーグサイズのDNA演算装置、とでも呼べばいいのかね」


「おお・・・・・・おおおっ!」


黒の魔導士は、その怪しげな塊を、まるで聖遺物でも受け取るかのように、恭しく両手で受け取った。

たかが4ビット程度の、原始的な演算装置だ。

だが、デジタル技術から長く断絶されていた彼にとっては、これが家宝にでもなりそうな勢いだった。


「それと、カイの奴がもう一つ、よくわからんモンを渡せって」


俺が馬車から取り出したのは、カイ曰く「誰にも評価されなかった駄作」だという、アナログシンセサイザーだった。

この世界にもピアノのような楽器はあるが、これは別物だ。

魔力に強いクラシックなマイクロ真空管とコンデンサーを組み合わせ、異世界の素材で作られたそれは、不格好だが、ず太く、奇妙な音を奏でる。


「こ、これは・・・・・・Mo△gか!? いや、違う・・・・・・なんだこの構造は! 素晴らしい!」


駄作だと聞いていたが、同類の技術バカである黒の魔導士には、その価値が瞬時に理解できたらしい。

彼はシンセサイザーをうっとりと眺め、またしても家宝が増えたと大喜びしている。


「ところで、お前の娘さんは元気か?」


俺が何気なく尋ねると、黒の魔導士の笑顔が一瞬だけ曇った。


「・・・・・・ああ。あいつは西の城に引きこもってる。相変わらずの、人間嫌いでな」


その言葉に、黒騎士が仮面の奥でわずかに反応した気配がした。

そして、ネオンがぽつりと、何かを確かめるように呟いた。


「・・・・・・娘さん」


その意味深な響きに俺は首を傾げたが、黒の魔導士は話を切り替えるように、俺たちを城へと案内した。


◇◆◇


その夜、俺たちは闇貴族の城で、豪華なもてなしを受けた。

見たこともないような食材を使った料理に、年代物の葡萄酒。

俺と黒の魔導士は、夜が更けるのも忘れ、カイが作った4ビットマシンの可能性について、熱くプログラム論議を交わした。


「この演算装置なら、テキストベースのアドベンチャーゲームくらいは作れるかもしれんぞ」


「フラグ管理はどうする? メモリが絶望的に足りないだろ」


「そこは工夫次第だ。変数一つで複数の状態を持たせるとか、昔ながらのテクニックで・・・・・・」


まるで現世に戻ったかのように、俺たちは童心に返って語り合った。


一方、ネオンと黒騎士はというと、アナログシンセサイザーに夢中になっていた。

初めはブヨブヨと奇妙な音しか出せずにいたが、黒騎士が辛抱強くツマミを調整し、やがて安定したベース音を鳴らし始める。

それに合わせて、ネオンがおそるおそる鍵盤に指を置く。


「こうか・・・・・・?」


「・・・・・・違う。もっと、優しく」


黒騎士は、ネオンの手を取り、鍵盤の上を滑らせる。

その指導は的確で、驚くほど優しかった。

いつの間にか、二人の間には心地よいメロディが生まれていた。

あの無口な鎧男が、あんなに根気強く子供に音楽を教えるとは。

俺は、友人の意外な一面を見た気がして、少しだけ微笑ましかった。


深夜、十二時を回る頃には、ネオンも黒騎士もそれぞれの寝室で眠りについていた。


その様子を、城の最も高い塔の窓から、一人見下ろす少女がいた。

風になびく、漆黒の長い髪。人形のように整った顔立ち。


闇貴族の娘だ。


彼女は、部屋で楽しそうにシンセサイザーをいじる黒騎士の姿を、冷たい瞳で見つめていた。


「・・・・・・黒騎士さまが、家畜以下の人間と、あんなに楽しそうに・・・・・・」


少女の唇から、呪いのような言葉が漏れる。


「人間なんて・・・・・・みんな、爆発してしまえばいいのに」


◇◆◇


翌朝、俺たちが目を覚ますと、客間に置いてあったはずのアナログシンセサイザーが、忽然と姿を消していた。


「・・・・・・やられたな」


驚く俺たちの元へ、眠そうな目をこすりながら黒の魔導士がやってくる。


「ああ、すまん。どうやら、娘が持っていったらしい」


彼は大きくあくびをすると、「いくつになっても、朝は眠い」とだけ言い残し、自室の扉の向こうへと消えていった。


その言葉を聞いたネオンが、ハッとしたように目を見開いた。

そして、何かを確かめるように、ブツブツと呪文のように言葉を紡ぎ始める。


「PC好きで、お人好しそうな親父さんは朝が苦手・・・・・・。人間嫌いで、引きこもりの娘さんは、シンセサイザーが好き・・・・・・?」


「ネオン、どうした。何か気になることでもあるのか?」


俺が声をかけると、ネオンは我に返ったように慌てて首を横に振った。


「ううん、なんでもない。ただ・・・・・・前世で、よく似た親子を知ってたから、ちょっと気になっただけ」


そう言って曖昧に笑う弟の横顔に、俺は一瞬、得体の知れない既視感を覚えた。

俺たちは、この異世界で最も現世人に近いのかもしれない奇妙な親子に苦笑しつつ、再び旅支度を整える。


最後の城壁を抜けると、目の前に、世界のすべてを覆い尽くすかのような、巨大な塔がそそり立っていた。


天を貫くその塔は、空の青に溶けるでもなく、ただそこにあるという事実だけで、世界の法則を書き換えているかのようだった。

前人未到だったはず

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