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1話 5月9日 夕方 弟に出会う

初回は、兄弟が異世界で再会する話です。

俺は転生者、秋月楊(アキズキ ヨウ)。かつてこの異世界を救った“勇者”だった。

・・・・・・だった、というのは、今はその肩書きを捨てているからだ。

最後の戦いで大けがをしたと偽り、表舞台から姿を消した。

帰還すれば、“民意”とやらで国王に担ぎ上げられる未来が待っていた。

そんなの、断じてお断りだ。

責任? 無理だ。期待? ストレスで死ぬ。


俺はそういう器じゃない。


今は改造した馬車をねぐらに、各地を気ままに巡り、野営を繰り返す自由な放浪生活を送っている。

人目を避け、風に任せて、ただ静かにそれが俺にはちょうどいい。

それでも時々、“何か”を感じ取ってしまうのが元勇者の厄介なところで

金曜の夜。

雨の中、俺は森の斜面にある小屋へ向かっていた。

昨日、この辺に妙な魔力の気配を感じたからだ。

それは、まるで誰かを魅了するような、静かで不穏な気配だった。

雨に濡れながら斜面を登ると、小屋は静かに佇んでいた。


人の気配はない。なのに、胸がざわつく。

そして、扉の前に立ったとき、背後で誰かが囁いた。


「・・・・・・ヨウ兄さん」


その瞬間、胸が凍りついた。

白い棺。燃えるラノベ。震える少女の背中。

雨の夜、誰も喋らなかったあの日の記憶。

そう、もう二度と聞けないはずだった声がした


「・・・・・・ヨウ兄さん」


二度目の呼びかけで、俺はゆっくりと振り返った。

そこにいたのは、紛れもなく秋月念音(アキズキ ネオン)だった。

俺が、二度と会えないと諦めた、最愛の弟だった。

視線が合った瞬間、呼吸が止まった。

まるで当然のように、あいつはまっすぐな目で俺を見つめている。


「・・・・・・ネオン・・・・・・転生したのか?」


やっと絞り出した声に、念音はきょとんとした顔をしたあと、ふっと微笑んだ。


「うん、多分。兄さんも転生した感じ?」


その軽やかな返事に、胸の奥で熱い何かが震えだす。


「俺は・・・・・・お前の葬式に・・・・・・」


かすれた声でそう告げると、念音の笑顔が僅かに揺れた。


「そっか。ごめん、兄さん、でも、また会えたね」


まるで再会が当然であるかのような口ぶり。


俺は何も返せず、顔を逸らした。


「僕、転生して2日目なんだ。ここに来たのは今日が2回目で、世話係の人が・・・・・・」


転校初日みたいな無邪気な報告。


「兄さんは、どうしてここに?サプライズじゃないよね」


「・・・・・・ああ、特別な魔力のを感じた。気になって来ただけだ」


念音はそれを聞くと、小さく笑った。

その笑顔に、俺の心も少しだけ軽くなった。

雨音が静かに響き、熱を帯びた感情を冷ます、だが

再会にふさわしい言葉はまだ見つからない。

でも、弟が笑っているなら、それでいいと思えた。


「兄さん、立ち話もなんだし、入ろ?」


念音が小屋の扉に魔石をかざすと、錠が静かに外れた。


「これ、ICカードみたいだよね」


無邪気な驚きを見せながら扉を開けると、魔力灯が自動で点灯する。

俺は室内を見渡して、息を飲んだ。


「・・・・・・え、間取り・・・・・同じじゃん」


「うん」


俺たちが昔暮らした“あの家”と酷似していた。

中央の台所、和室、廊下の柱位置までが一致する。

だが、異世界風の造りで、

床は土間を二十センチほど底上げし、レンガとモルタルで仕上げてある。

台所には冷蔵庫は無く。かつての風呂場には薪が積まれていた。

ただの偶然かもしれない

だが一つ、弟の部屋に妙なものがあった。


”壁際の本棚”


紙が貴重なこの世界では異質な存在。

偶然? いいや、まるで俺たちの記憶を覗いて再現したかのようだ。


「兄さん、聞いてる?」


「悪い・・・・・・考えごとしてた」


念音は語り続けた。昨日今日の出来事だ

転生直後の検査、大人たちとの会食・・・・・・話しながら、少しずつ肩の力が抜けていく。


「それで兄さんがいたからびっくりして。ちょっと疲れたかも」


その声が、妙に俺の胸を打つ。


「お前は今日は寝ろ。明日また話そう」


布団に潜り込んだ念音はすぐに寝息を立て始めた。

俺は一人、暖炉の前に座り、消えた炎を見つめる。

なぜ、今日まで弟のことを忘れていたんだ?

いや・・・・・・弟の記憶だけが、綺麗に抜け落ちていた。


ひょっとすると、他にも?


その問いは、小屋の静寂の中で、ずっと俺の胸を締めつけ続けていた。

次回は、小屋に危ない女がきます。

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