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モスコバ 2

       5 モスコバ 2


 トウソの合戦後、戦後処理の会議がケルバインの公都、デットィで行われた。王子タイドラン自らが剣を振るったこともあり、彼が会議を主導した。ホーネツはもともと貧しい土地で、前回、王として任されたシロシゲは王の末子で、本来なら一生部屋住みか、他へ養子にでも行く身であったのをあてがわれたのだった。身を慎み、うまく治めて名を挙げる契機とするか、でなければ、やっともらえた捨て領で面白おかしく暮らすかの選択で、自棄になるのも分からないでもない。ケルバインには、ホーネツ、モスコバに対する蔑視や偏見もあった。今ホーネツに赴任しても名誉もないし、手を焼くに違いない。アサリア皇子にその地を任せようという声もあったが、王子が固辞し、すぐにその案は消えた。結局ホーネツの前王カキサングの太子が新王となって赴任した。これなら民もなびくだろうと皆が思った。 

 モスコバの豪族については寛大な処置となった。ギリウウが戦死したことと、そののちの恭順が速やかであったので、これ以上血を流すこともない、早く治めようという考えが大勢を占めた。バイアスルの皇子を匿っている。長引いて国力が落ちたらフラドンスキルが出張ってくるかもしれない。そのためにも間にモスコバの地があってほしい。今、ケルバインは新港建設で資金がない。これ以上国力を削るわけにはいかない。

 今ケルバインは微妙だ。新港建設で、以前は貧しかった海沿いの地が活況を呈している。細々としていた漁業から、先見の明で船に投資し海に出た者が一攫千金を手にしている。もちろん、なけなしの金を投資して最初の航海で沈没し、破産した者もいる。今までは海沿いで塩混じりの土地ゆえに耕作できず貧しかった領主が富を築き、人も集まってきている。一方北に住み、モスコバに接している領主は、また何かのきっかけで反乱が起きるのではないかと気が気ではない。大陸中ほどで、農業国だったケルバインを担っていると自負していた北側の領主たちは、活気があり、一獲千金を狙える南に人口が移動して、それも面白くない。王子タイドランはアサリア達バイアスルの案でサフラメンシアと手を結び、海という資源に目覚め、国が栄えている現在、アサリア達を重視している。モスコバ地方は諸豪族が乱立し、今すぐの平定は難しい。アサリア達に丸投げし、その間に、海洋事業を考えたい。モスコバに接する貴族たちにはそれも面白くない。アサリア達バイアスルに上手に使われたような気がする。不信感が芽生えてきた。

 アサリアは、ザマスを出たかった。モーハリにセイリーの領がある。そこに拠点を移そうと考えている。いつまでもケルバインの客分では動きにくい。皇子とはいえ、名ばかりで大した力もない。ケルバインは利用できるだけ利用しようと考えている。後はどうなるか分からない。ケルバインの王、チチョリゲの第五夫人がハズシナで、シロシゲを生んだ最も年若い妃だったが、先の戦いでシロシゲを失った。まだ、一四歳で十分な力も得ぬまま王にされ、実権は全て叔父のサザラーンに握られていた。やがて成長したらと思う前に散っていった。そういう意味ではハズシナはアサリア達に恨みを持ってもおかしくない。事実その気はあった。しかし、恨んでいてもどうしようもない。それよりシロシゲは生んだものの妃自身まだ若い。老王チチェルゲに見切りをつけて次の権力者に近づきたい。タイドランは義理とはいえ息子である。ハズシナはアサリアに近づこうとした。アサリアは今、ザマスを居城としていたが、城とは名ばかりの砦で、何時誰かに攻められてもおかしくないし、数時間も持たず攻略されるだろう。実は他の国、地域との折衝が皇子の職務の大半だ。ザマスの砦には十分な施設がなく人は呼べない。自然、過ごす時間はケルバインの公都デットィの方がずっと長くなる。ハズシナは何かというとアサリアに遊びに来ないかと誘いをかける。初めは何かと理由をつけて断っていた皇子も、あまりのしつこさに無視することにすると、今度は近くを通りかかる用があったのでご機嫌を伺いにと向こうからやってくる。あいにくタイドランと会談中だとか、部下と打ち合わせでここにいないとか言ってのらりくらりと逃げていたが、どうも鬱陶しい。第五夫人の抜け駆けに他の夫人や取り巻きも、では私もと動き始めて俗に言う後宮の政治とか戦争と呼ばれるようになってきた。するとそれに便乗する貴族、反感を持つ貴族で、それがまた鬱陶しい。命の危険もあるだろう。アサリアは移動を考えている。

 マグヌはモスコバ南部を回っていた。先の合戦に加わった豪族で服属したものに今後の保証をし、態度を保留している者には勧誘と脅迫の両面で自陣に組み入れようとした。強硬に反意を示した者はなかったが、どこまで信じられるか。モーハリを拠点としながら、セイリーの元で日夜活動していた。新しい顔も増えた。先の合戦で名を売ったマグヌのもとに腕に覚えのある者や才覚のある者が集まってきた。中でもギリウウの遠縁に当たるガーファンはギリウウの面影を残していた。いつものように、モーハリに戻り、長に挨拶すると、会わせたい者がいると言われた。先の合戦でギリウウはガーファンを常に手元に置き、多くの合戦を経験させた。武器の使い方、兵の動かし方を一から教えた。そして、私はもう、マグヌの元に戻れぬ。この戦いが終わったら私の代わりにマグヌの元に行き、彼を補佐してやってくれ。彼はいい奴なんだといつも言っていたという。父、母に確認し許しを得て今日ここに戻ってきました。宜しければぜひ私を使っていただけませんかというガーファンを、マグヌは喜んで迎えた。モーハリ以外にも懇意になり、信用できる豪族が増え、わざわざモーハリまで戻らなくとも次の目的地のための宿地となってくれる拠点がいくつかできた。兵が増えて、その整理と養うための経済をフミッドとタクラメオは考える必要があった。サフラメンシアの会社はいくらか安定してきたが、まだ兵を養うほどには成長していない。パトロンにせびりにせびって何とか食いつないでいる。

 いくら活動しても肝心のアサリアが倒されては、話にならない。フミッドは腕の立つ者を数人、アサリアに付けた。それによってマグヌ、フミッドは周辺にいながら、ザマス、デットィという中央の内幕がある程度把握できた。しかし急がねば。モスコバの中央、ネゴロテを手中にしてそこにバイアスルの拠点を作る必要がある。

 グレトグンドは、大陸の西端に位置し、東はサイゼッカツ山脈でさらに東の地域とは分断されている。かつてはバイアスルが山脈の西を治めていたが、今は各地で貴族、豪族がそれぞれ力を誇っている。形は横長の四角形で、北に飛び出す円弧、南はその分引き込んでいる。縦に等分に三本線を引けば四分割できる。大陸の中央にヤグート盆地があり、宗教国家リーリンシが統治している。北東にフラドンスキルがあり、その西に領土を削られ、今は名ばかりの盟主になったバイアスル。三本等分に引いた線の東から一本目の線は、ほぼナシム街道と一致する。フラドンスキルから南にほぼまっすぐ、ケルバインに延びている。その中間点にネゴロテがある。さらに下ってケルバインに近づくところにモスコバ地域がある。ネゴロテからは、南北の街道の他、その街道に直角に東に延びる街道があり、バリ街道と呼ばれている。街道とほぼ直角に交わって南北に延びている山脈だが、街道とぶつかるちょうどその辺りにフォスロ峠があり、峠を抜けて山脈の東の世界の入り口になっている。山には火の民とか、土の民、金の民と呼ばれる人たちが銅製の工具や武器、炭、薪のほか、山でとれるものを持ってやってくる。ネゴロテは大陸の南北を結び、東からは金属器やそのほかの珍宝を交換する場となっている。西にはヤグート山地があり、こんもりと盛り上がった姿はありがたくも見え、リーリンシの崇めるリリシウ神、リリシウ教の信者たちも集まってくる。ここにリリシウ教の重要な聖地があり、巡礼地になっている。盆地同様、温泉が湧き、湯治場ともなっているのだ。ケルバインから北に進むにはどうしても押さえておきたい場所だ。

 マグヌ達は、先の戦いでギリウウを失い、兵を統率する者がいなくなっていたので、侍大将にオデュットを当てた。戦の最中、マグヌの周囲を固めていた騎士の一人で、同じく周囲にいた信用できる若者、ムソリュとマクゲイはアサリアの元で護衛させている。副将にギリウウに縁のあるガーファンを当てた。マグヌ達もまだまだ若いがこの配置は、さらに年齢層を押し下げた。まだ領地を持たないマグヌはモーハリを治めるセイリーに彼らを託さざるを得なかった。モーハリはギリウウ、ガーファンに縁のある地であり、庭のようなものだろう。その辺りの出身者も多くなった。バイアスル出身のセイリーとその部下たちだが、彼らは年長であり、オデュット、ガーファンに命令をせず、適当に戦闘訓練などを指導してくれていたので、いざこざなどはなかった。マグヌは、セイリーにサフラメンシアから回してもらっている資金を分けて回している。当然それが効いている。しかし人の金は心許ない。自分で稼げる資金がほしい。そのためには領地が欲しい。それは足場にもなる。アサリアも今、領地を持っていない。大陸統一がなれば、バイアスルに帰還できるだろうが、何といっても今兵士達を養わねばならない。ケルバインからの捨て料ほどの施し金では致し方ない。しかし、ケルバインがわざわざ自分の財産を削って自分の王となるかもしれない者のために、金を十分に回すわけもない。何としても中央に進出しなくては。

 マグヌは大陸の中央ネゴロテに偵察に出た。それまでに何人か偵察を出している。情報もできる限り収集している。一応安全といえる状態を確認した。まずネゴロテという地を見てみたい。新しい地に行くと言うとフミッドが連れて行けと言ってきた。言語や習慣に通じたタクラメオは連れて行かなければならない。幹部を二人も部隊から離すのは不安だが、フミッドは聞かない。

 十年近く前、マグヌは故郷を焼かれ、かつて父が務め暮らしたバイアスルの都チェルアを目指して旅した途中、フミッドに連れ去られた。チェルアを目指して北東に進んでいた時捕まって、ヤグート盆地の左側を回るようにしてネゴロテの西を通りさらに南下してグラシアの森で戦闘となった。今となっては懐かしい。あの時は子供たちをさらって金にしようという賊であったからフミッド達は街道は通らず、ヤグート盆地の外周にある抜け道を通っていたが、景色はやはり似ているような気がする。フミッドはこの辺りに土地勘があるらしい。あの頃は知識も興味もなかったが、今の眼で考えるとネゴロテは金になる。ここでは市が立つ。サフラメンシアで商売を知ったフミッドは、山からの産物、フラドンスキルの財力、ケルバインが貿易で得る珍奇な物、それらがネゴロテで交換される図が想像できた。そのうえ、リリシウ神の信者が巡礼にくる。湯治場として他の者もやってくる。この地を押さえればマグヌ達の難題は解決できる。

 ネゴロテに挨拶に行くため、マグヌはナシム街道を北上していた。フミッドとタクラメオが同伴している。タクラメオは自分の護衛兼秘書として若者を一人連れてきている。あと数人は先に行かせて情報を集めているはずだ。どんな情報を集めておけばいいのか、前もって下知しているはずだ。フミッドはやはり護衛として一人、自分の秘書として一人、計二人の若者を同道している。フミッドとタクラメオ、二人ともマグヌの腹心でありながら、ネゴロテに着いたら、皆が独自に動く可能性があるかもしれない。そんな時、フミッドやタクラメオが動けなければ若者が、自分達が動くしかなければ、自分達の代わりにマグヌを護衛したり、情報を与えたり、翻訳したりという役を果たせる者を連れてきている。6人がチームになっている。

 トウソの合戦ではモスコバを戦場にしてネゴロテにも何かと迷惑をかけたかもしれない。その侘びと、決戦も終結したわけだから、今後は地域全体の和平のためにも結束していきましょう。行きませんかというアサリア皇子の親書を持っている。早く言えば同盟を組まないかという誘いだ。先に行かせた使者に親書の内容を伝えさせ、正式の使者を受ける準備があるか聞いている。ネゴロテの族長、エイタンスは明確に返事したわけではない。どちらかというと、五分五分というところか。使者のでき次第で話に乗ろうとしている。フラドンスキルからも、ケルバインからもある程度の距離があり、勢力争いの要になるだろうこの地の価値を、彼は知っている。

 あと少しでネゴロテだという所で、馬に乗った三人が前方の道を塞いでいる。よく見ると中央は少女のようだ。屈強な男二人を従えている。マグヌ達は距離を置いて止まった。

「私たちはバイアスル、ケルバインの使者としてこの地に来た者だ。出迎えの方たちか? 」尋ねるマグヌに

「一体、どんな奴らが来るかと物見遊山に見物に来ただけだ。来たければ来ればいい。来たいというから勝手にしろと言ったまでだ。べつに歓迎したわけではない。」中央の少女が答えた。男勝りな少女だ。

「そうですね、我々はなんとしても貴方達と手を組みたい。一方で貴方達はどうしても我々と今手を組まねばならないわけではない。しかし、この事態をどうするかというよりも、初見の出会いは大切にした方が良い。いずれその人がどんな運命を自分に与えるか。さまざまな経験をしてきて、人の出会いは重要なものだと学んだので、年若いあなたに忠告したい。人には謙虚に、礼儀を持って当たるべきですよ。特に初めての人には。」

 生と死を常に垣間見てきたマグヌ達だから、無駄な話はしない。相手が何を思っているかなどどうでもいい。結果がすべてだ。ただ、たぶん族長の係累だろう、自分の一族を担う責任をこの年で抱える覚悟をし、虚勢を張っているようにも見えるこの少女にマグヌは好感を持ち、珍しく助言をした。それを彼女は説教ととらえたかもしれないが。

「そちらこそ、若輩者が偉そうな物言いだな。まあいい、道の上で言葉を交わし合うまでもない。館はすぐそこだ。付いてこい。案内くらいはしてやる。ただし、自分の身は自分で守れよ。」

 これだけ言うと少女は馬を返して先を進む。男たちは黙ってその後に続く。そのまた後をマグヌ達は追った。

 館に入り、奥に通されると、族長のエイタンスは上機嫌だった。どうやらついていた二人の男から少女とマグヌのやり取りを聞いたらしかった。二人のやり取りを面白がっているらしい。

「娘がとんだ失礼をしたらしい。お詫びを申し上げる。男勝りで言いうことを聞かず手を焼いているのだ。申し訳ない。」そういう族長に

「いえ、その若さで人を導こうと覚悟されている素晴らしいお嬢様ですね。いたみ入ります。」と返事した。

 食事が出され、和やかに会話が進んだ。

 返事は後日と言われて、この辺りは随分な人出で、見物する物もたくさんありそうだ。珍しい器物もあり、土産にしたい。しばらく滞在してもよろしいかと許可を得ると、お好きにと言われた。タクラメオは山の方に興味がある、別行動をしてもよいかと言った。時間を有効に使うため手分けしようということになった。タクラメオは残って山へ行く準備をし、マグヌとフミッドは早速館の外に出ようとすると、族長の娘がついてきた。余所者がうろつけば余計な疑心が生まれる。実際、マグヌ達は交渉決裂後に攻め入るため調査しているのかもしれない。監視をせねば。サフラメンシアほどのスマートな付き添いではなかったが、彼らの思惑は理解できる。案内してくれて、分からないことがあれば聞くこともできる。最初の出会いで分かっているが、幸い言葉は通じる。

 街道沿いのあちこちで、地面に物品を置いて商いをしている。賑わいのある街道宿の取り立てて珍しくもない風景だが、規模が違う。特に決まった日時等なさそうで、来た者が適当に自分の物を広げているだけのようだが、他の宿に比べて数倍の数がある。陳列された物品の種類も多い。店を構えている者の数は少ない。ケルバインとフラドンスキルの間の行き来が途絶えたり減少しているわけではなさそうだ。二国は特に親密というわけではない。皇子の件に関しては、敵対しているとも言えるが、今表立って対立しているわけではない。例えばフラドンスキルの商人でも他の誰でも大陸の南に行こうとすれば、この街道を使うしかない。サフラメンシアに行くにしても、まず東に行き、南下するなどというルートは考えられない。大陸の特に西半分は、南にあるサフラメンシア以外、小さな豪族が乱立していて治安が良くない。道も整備されていない。東の街道は強国、フラドンスキルとケルバイン、それにリーリンシを結ぶ重要ルートだけあって、同じく小豪族乱立のモスコバを突っ切るにしても安全は段違いだ。

 なぜ、これほど、人の出入りがありながら町が発展しないのか。一つは人の出入りが恒常的でないからだろう。リーリンシの祭りがあったりすれば、人が出る。そのほかは商人や湯治の客くらいだろうか。物見遊山は諸国乱立の当今、できるものではない。夏の前の雨期や平原特有の厳しい冬には人が絶える。この辺りの人々は耕作して生活している。たまにフラドンスキルやケルバインの商人が山の民と出会いを取り結ぶ以外、店を開く意味はない。にしてもこの品の多さと多彩さは魅力だ。

 館に戻ってあてがってもらった部屋に入った。タクラメオはいなかった。フミッッドはマグヌに、族長と話し合いをさせてもらえないかと言った。フミッドに間違いはない。彼に対する信頼は固い。特に商売にかけては。宿を見てマグヌはフミッドがその方面からの打開を画策していると確信した。すぐで良いかと言うと問題ないと言う。マグヌは館の者に族長との会談を取り計らってもらいたいと願い出た。

 族長の前に二人で進み出て、早速取り計らってもらい有難いと礼を言った。そして、この者からの話を聞いてもらいたいと長に述べ、フミッドに振った。

 いつもこの宿の風景を見ている者からすれば、これが日常の風景であり、何ら奇異なものでもないでしょう。しかし、国の外に出て、いくらか違う景色を見てきたものからすれば、とても珍しい景色です。宿の中には多くの人がいて、往来している。品物の量も品数も豊富で魅力的なのに、店を構えている者が極端に少ない。

 それに対し、族長が、それは賊が跋扈しているからだと答えた。一見平和に見える宿だが、気を許した途端、彼らはやってくる。まさしく忘れたころにやってくる。呼応しているのか、来るとなったら大群で四方からやってくる。いきなりで対応ができないうちに蹂躙され略奪される。

 静かに話を聞いていたフミッドは、話を最後まで聞き、落ち着いて話し出した。戦をするとか、何かを襲うとなれば、武器が必要となる。たぶんこの辺りでは、商人たちは山の民に連絡し調達しようとする。しかしそのために人が動き、それはいつもと違う風景になる。もともと合戦しようとしている時なので、見張っていたはずだ。賊たちはそれぞれに動いているのかもしれいが、どこかで出会ったらお互い情報を流しているかもしれない。恩を売っておけば、返してもらえるかもしれない。みんなで襲う方がうまくいく可能性が高まるだろ。

 賊との合戦の時期は読み辛いが、耕作の繁忙期は避けるだろう。兵が集まらない。雨期や冬季も兵を動かしにくいので避けたい。おのずと時期は決まってくる。ならば武器の調達もそれに合わせて決まってくる。

 さて、この宿の可能性ですが、これだけの人を集める力がある。これを計画的にすれば、もっと多くの人を集め、宿を繫栄させる方法がある。市を開くのです。決まった日に位置を開く。宿を整備し、湯治用の宿泊所、商い用の宿泊所、調整所等を用意する。決まった日に来れば人が集まり、品物も集まる。同じ商人が出会うので新しい契機が生まれる。決まった日なのでその日、警備すればいい。宿の周りに柵を立て、堀を掘ったらなおさらいいかもしれない。若い者は生活が向上して喜ぶでしょう。老人は生活の向上より平穏な生活を求めて昔が良かったと愚痴るかもしれない。しかし宿に可能性があれば、外からもっと人が集まる。

 我々と同盟を結んでくれとは言わない。ただ、こうすればもっと、この地の人々は豊かな生活を送れると分かっていながら何もしないのはもったいない。この宿に市を立てる。この方法で国を富ませたのがサフラメンシアです。真似をしろと言うのではない。サフラメンシアは海を道にして船で国を建てた。この地は街道を行く人や馬でこの地を富ませればいい。強力な防衛力を見せつければ賊は諦める。もちろん、この地が力を持てば目立つ。ケルバインやフラドンスキルに目を付けられる。いずれ合戦に巻き込まれるだろう。我々と同盟せよとは、そういう意味でもある。だからよく考えてくれればいい。ただ先延ばしにしても解決しない。この問題は早急に解決する必要がある。そんな時代なのだ。

 フミッドはそんな説明をし、暗に同盟することを迫った。なんだか、マグヌの語り口調に似てきたなと自身で思った。

 族長は腕を組んで何も言わない。横に控えていた娘は、族長を悩ませるマグヌとフミッドをきっと睨んだ。そして心配そうな眼差しを族長に向ける。しかし族長に娘は見えない。彼はひたすら沈思している。しばらく様子を窺っていた二人だったが、今はまだ無理だと思い、黙って辞去した。

 翌日もマグヌとフミッドは宿駅の中を散策していた。フミッドはもし市を立てるなら、その防衛は、商人たちが語り合う場は、倉庫はなど計画が実現した時に備えて、あっちを見、こっちを見して記録を取っている。マグヌは横で監視している娘に半ば閉口しながら感心している。思春期に差し掛かった少女だろう。その時期特有の興味や関心があるだろうに、余所者にくっ付いて監視している。まるで親の仇を見るような目つきだ。衣服から出ている手や足、顔は黒く日焼けしている。まだまだ小柄でチョンとつけば吹っ飛ぶだろう。でも物怖じせずに真っ直ぐ視線を返してくる。自分の住む地を守ろうとする族長と、その娘として生まれた自分の任務を果たそうとする健気さに心打たれた。この年頃に自分は父を失い、まずどうすればこれから生きていけるかも分からぬまま故郷を捨て、後は運命に弄ばれるまま、目の前のことに対処して生きてきた。愛とか恋とかでなく、マグヌは少女に好感を持っている。道端で売っていた甘い菓子を食べないかと言ってみたが、プイっと横を向いた。マグヌは苦笑する。そんな頓珍漢な道行きをしていると、タクラメオがやってきた。どうやら探していたようで、山に行くから付き合ってくれないかと言う。山の民との接触がなったようだ。南北に走る街道と垂直にこの宿から東の山に行くバリ街道が伸びている。東の山脈を越えるには南北の海を越えるか、やはり山脈の終わる南北の端を行くか、峠越えのこのルートしかない。山にはここにない鉱石がある。鉱石から様々な武器や器物を作る。薪や炭もある。獣の毛皮や肉もある。ただ彼らは大陸の者とは最低限の繋がりしか持とうとしない。厳しい冬に備えて食料を手に入れるため、金属製の器物や炭、薪、毛皮や肉を売る。そしてそれ以上の交わりは避けようとする。生活の形が違う。大陸の者が山に入り遭難したら彼らは救助してくれ温めてくれ、食事を与えてくれる。だから平地の者を嫌っているわけではないのだろう。ただ、交わる点が余りに小さいのだ。そんな彼らと話そうとタクラメオ粘り強く交渉を続け、やっと会談の手はずを整えてくれた。

「わかった、すぐに行こう」とマグヌは言い、館に戻って馬に乗った。振り返ると少女は馬に乗らず、下馬したまま彼を見上げている。宿駅を出るので、少女のテリトリーではないのだ。もちろん少女とて山に行ったことくらい何度でもあるだろう。しかし、今は遊びではない。少女はついていけない。あちらで経験するであろう冒険に少女は立ち会えない。それが悔しいのか、少しは顔見知りになった者の安全を不安に思っているのか、少女の複雑な表情からは気持ちが読めない。ただじっと彼を見ている。その目は厳しく監視している目ではない。ただ、心細そうな目だった。

 宿についてはフミッドが、山の民についてはタクラメオがと分担したのか、もともと二人の得意分野が違うのか。フミッドは商売と人材に興味があり、タクラメオは新しい技術に興味がある。そんな二人の興味の幅が自然と分担させたのだろう。

 東に走る街道の果て、山のとっつきに着いた。二日かかった。途中で一度野宿せざるを得なかった。馬で駆けに駆けてこれだから、間にいくつか宿があればいいとマグヌは思った。山の麓について山の民と合流し、山に入った。ほぼ道はなかった。木に掴まって登り、木がなければ先に登った山の民に引き上げてもらった。裂け目を飛び越え、大きな裂け目なら迂回せざるを得なかった。木の茂りが交通を妨げることはない。だから道がないように見えて、これが山の民が整備した山の道かもしれない。少し開けたところに着いた。小屋がある。丸太を組んだ大きな立派なものだった。そこで皆が集まり、食事をしたり寝たりするようだった。鉱石を掘り出す場、掘り出した鉱石を溶かす炉のある場。器物を作る場など山のあちこちに散在しているようだった。複数の人々がおり、多数だが、数家族、多くても十数家族の単位で部族とかいうものではなさそうだった。様々な作業をするそれぞれの場を見せてもらい、簡単な説明を受けた。言葉が全く違い、タクラメオの通訳が必要だった。一通り見て回った。マグヌにとっては山の中を走り回らされたような気持ちだった。

 最初の丸太小屋に戻った。食事が用意されていた。鍋に獣の肉を入れ煮込んだものだった。獣肉の臭いがしたが、平気な顔をして食べた。食事の後、奥に山の民の長らしい恰幅の良い、壮年の男が座り、その周囲に、やはり恰幅の良い男たちが彼を取り巻くように座った。話は、銅製の甲冑と剣、矛の売買についてだった。話をして分かったのは、彼らに平地の民についての情報がないため、随分損な交易をしているということだった。彼らが警戒し容易にマグヌ達を受け入れようとしなかったのは、そういうことだった。それをタクラメオは、解きほぐしたようだった。我々に売ってくれるならこれだけで引き取ろうと提示すると「おおー」と唸るような声が上がった。予想もしていなかった高額に驚いたようだった。もちろん、彼らに平地で使われている、特にサフラメンシアで流通している約束手形などは意味が分からないだろう。タクラメオは山の民が必要とする穀物や布に換算して値を提示している。のちにフミッドが売買の仲介に入ると猶更、条件が良くなった。今、商人として、会社を経営し、少しづつ利益を上げ始めているフミッドは商売では、信用が何よりの財産であることを知っている。そしてネゴロテに公正な売買取引所が作れたら、山の民はもっと裕福になれるし、そうなれば我々に恩恵をもたらしてくれるだろうと言った。かつて盗賊の長をしていたとはとても思えない話に、環境が人を変えるのだなとマグヌは変な納得をした。

 さて武器の調達について、のちにまた話そうとなり、宴会になった。彼らはマグヌの流星剣に興味を持っていた。まだ銅製器の時代で鉄は珍しかった。山の向こうの国々で見たことはあるが、まだ山の民にも分からないモノだった。作るために何が必要なのか、どうやって作るのか、まだ彼らにも分からなかった。しかし、それがどうやら銅製器を上回る品物であることは理解していた。

 マグヌの流星剣は皇子、アサリアが貸与したものだった。皇帝の一族にいつか、どこからか献上されたもので詳細は不明だという。ある星の落ちた日、その落ちた所に行くと広い範囲で焼け野原になっていた。まだ熱のある地面をそれでも進んでいくと、中央が大きく窪んでその真ん中に棒状の黒いものが突き刺さっていた。剣には少し短いが、大層重く、頑丈そうだったので地面から抜いて、多くの石でこまめに研ぎ、剣らしい格好に仕上げて王家に献上したらしい。王家はそれを家宝とした。

 ためつ眇めつしていた山の民はやがて振り回し始め、銅の甲冑を切ってみてくれとマグヌに言った。鉄の剣は何でも切り裂くという言い伝えがあるのだそうだ。そんな馬鹿なと思っていてもここにいる皆がそう信じているようだ。促されて立ち上がり、小屋の土間に用意された銅の甲冑の前に立った。やるしかない。まあ、失敗しても笑い話だ。マグヌは大きく振り上げて切り下した。甲冑は真っ二つというわけにはいかなかった。剣の下でひしゃげていた。しかしもし、この甲冑を着ていたら流星剣が体の奥深くまで達していただろう。皆が一瞬沈黙して、次に怒号のような雄叫びが上がった。この時、マグヌに対する信仰のようなものが山の民に生まれた。しきりに謙遜するマグヌだが、これ以降山の民はマグヌを特別な客としてもてなした。翌朝下山しようとしていたマグヌ達を、山の民たちは引き留めた。見慣れぬ者に慣れず、警戒心の強い彼らだが、一度親しくなると、友好的になる。また必ず戻るとしっかり約束した。何か手土産を持って行けと言われた。彼らの銅製器の何かを証拠の品として持って帰りたいマグヌは、手のひらの大きさの丸い銅板をみつけた。

「これは? 」と問うマグヌに「鏡だ。」と答える。「かがみ? 」と首を傾げるマグヌに「これで自分の顔を見るのだ」と答える。「自分の顔を見てどうする? 」という問いに、「知らぬ、女が使うものらしい」と言う答えが返ってきた。「これを貰おう、いくらだ? 」という問いに、贈り物だ、持って行けという。そうはいかぬと言いながらここで贖うために渡せるものなど持ってきていない。案内と共に下山し、麓に着いた時、案内人にもうしばらく付き合えと館まで連れていき、銅製の鏡に見合う食べ物を山と持たせた。案内人はびっくりしていたが、喜んで山に帰った。館ではマグヌ達が山の民と懇意にしていたことが驚きだった。山の民の銅製器の鏡を見せようとしたが、必要なかった。山の民が銅製器を作ることは誰もが知っていた。マグヌ達が下山して館に戻ってから、彼らにへばりついて監視していたベーに「これをやろう」と鏡を渡した。「これは何だ」と言うベーに、「鏡だ。女性が使うものなのだろう? 」と言うマグヌに「この、日に焼けて真っ黒な顔を見て、どうしろと言うのだ」とベーは返事した。後で知ったことだが、ベーの本名はベアトレアと言い、美しいという意味なのだそうだ。家の者や家来、親族は彼女が幼い頃、ベアとかベアトと呼んでいたそうだが、やがて馬に乗って男たちと走り回るようになったある日、本人が「ベーで良い」と言ったそうだ。ベーとは野良犬と言う意味らしい。誰も彼女をベーとは呼ばないが、彼女自身がべーと名乗っている。マグヌとの最初の出会いでも彼女は自身をベーと名乗った。

 族長からの返事があった。バイアスルと同盟しよう。こちらの条件として、皇子かその直下の将軍の妻としてベアトレアを迎えること。族長は前の流行り病でベアトリア以外の近親者を失った。ベアトレアの両親も亡くなり、孫だけが残ったわけだ。遠縁の者でも婿として迎えるかと考えていたが、どうやらマグヌ達は信用ができそうだ。そんな彼らの戴く王なら信用できようというわけだ。これはネゴロテを明け渡すということでもある。大陸の中央で、フラドンスキルとケルバインのちょうど真ん中あたりにあるネゴロテが手に入る絶好の機会だ。マグヌ達は喜んだが、王子が承諾しなかった。妃を迎えれば、今後他国の王や貴族が謁見の時、王子の横に妃が据わることになる。王子には礼をしよう。しかし、豪族の娘ふぜいに頭を下げられるかと言う者が出てくるのは明らかだ。妃として迎えることはできない。では私がと言うマグヌに、これから合戦等で支配地域を増やしていく我々には、同盟の印として妃を迎えることが起こってくる。これは政略の一環だ。しかし、妃は一人しか迎えられない。となれば、有力な家臣の妻にと言うことが起こる。これからマグヌ、お前はそんな、いわば私の分身ともならねばならぬ。妻に迎えることは許さない。ネゴロテとザマスを使者が行き来し、マグヌ自身も行き来したが、皇子は頑として認めなかった。その間もフミッドとタクラメオはネゴロテと山の民の中を行き来し、次に備えている。今動かなければ次に進めない。打つ手なく、マグヌは長に相談に行った。皇子がどうしても認めない。どうしたものだろうか。

 貴方自身はどうするつもりかとマグヌは尋ねられ、

「正妻としては迎えられない。全くこちらの都合の良い話でしかなく、申し訳ないが、ベーを愛人として迎えたい。私は正妻を持たない。ベーだけを妻とする。」と答えた。こんな答えで納得はできなかろう、しかし、家臣である以上、皇子には逆らえない。

 ネゴロテの長も腕を組んで何も言えない時、ベーが言った。

「俺を将軍にしてくれ。このネゴロテの郎党を率いてお前の軍に入ってやる。」

 ネゴロテを手中にするとは、この地だけでなく、人民達も配下に置くということだ。

 今、モスコバの豪族たちもバイアスルに下っている。最近のバイアスルの活躍で全国から兵が集まってきている。セイリーの軍だけに編入しきれず、それに加えてモスコバの豪族たち、フミッドの集めてきた兵と再編は必至だ。こちらの手勢はオデュットとガーファンに預けているが、増え続けている兵をさらに分ける必要がある。ベーをすぐ将軍にはできぬが、近い将来無理ではないかもしれない。ネゴロテの長はやはり何も言わない。言えない。

「今すぐ将軍は無理だろう。しかし、今兵は増え続けている。ネゴロテが協力してくれるなら、その兵の管理をする必要は当然ある。嫁の話は置いておいて、私の部下として、兵としてきてくれるか? 」とマグヌはベーに聞いた。ベーは承諾した。ネゴロテの長には、しばらく手元に置いて、兵として使えそうになければ、送り返す。使えるなら使う。いずれにせよ、しばらくは危ない真似はさせないと約束した。

 オデュットとガーファンを呼び寄せた。約千の兵を連れてきた。兵糧はモスコバの豪族を回って調達してきた。しばらくこの地に待機せよと命じて、一旦、ザマスに戻ることにした。今後のことを皇子と話す必要がある。ベーは連れていくことにした。今後将軍になるのなら、ネゴロテのみならず、大陸を見る必要がある。

 馬を並べたベーに

「日の下で馬の上で風に吹かれているお前はきれいだ。人にはそれぞれに美しい場所や時間、状況があるらしい。今のお前はきれいだ。」とマグヌは言った。ベーはマグヌの方に顔をやり、初めて笑顔を見せた。

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