4 モスコバ 1
4 モスコバ 1
大陸統一のためにも、なんとしてもモスコバの平定が必要となってきたが、問題が起こった。ケルバインの北に位置するモスコバ地方は国とも言えぬ小国が乱立している。バイアスル、あるいはケルバインの名で恭順を誓わせ、従わぬ者には制裁を加える。どちらにつくか、最大強国のフラドンスキルを考える者もいるであろうが、なんといっても隣国ケルバインは強国だ。しかもバイアスルは名前だけでも列国の主だ。今恩を売っておいたら何かになるかもしれない。しかし、そのモスコバの西に位置するホーネツが今、騒がしい。ケルバインとの合戦で敗れたホーネツは、ケルバインの王の末の息子、シロシゲが王となっている。まだ若く、王の弟サザラーンが補佐しているが、好き勝手をしているらしい。ホーネツの民は恨めし気な目をケルバインに向けている。もしバイアスル、ケルバインに忠誠を誓えば、ホーネツ同様の扱いを受けるのではないか? モスコバの諸国はそう考えている。重税でホーネツの民が苦しんでいる今、ケルバインから来た王や貴族は放蕩三昧、民を人とも思わず、娘をかどわかし、止めようとした者を殺す。もともとホーネツを異民族として見下げていた。乱が起こるのは必至と思われている。
ケルバインの王、チチェルゲ公は全て臣まかせで頼りにならない。老王として政治はタイドランなど息子達に任せている。タイドランは人が良く、少し軽率な所があり、他の息子はタイドランの地位を狙って追い落とすことばかり考えている。そして実際については側近にすべて任せている。アサリアは焦っている。ひとまずマグヌに偵察を命じた。自身で行こうとするマグヌに、将軍として奥にでんと控えておいてもらいたいとフミッド、タクラメオ、ギリウウが諫める。土地のこともあり、ギリウウが使者として発った。まず自分の故郷、モーハリに赴き、周辺国と交渉してみようという。連絡を密にすることを誓わせ、ギリウウに託した。
しかし、ギリウウからは連絡がない。十日ほどになってギリウウが捕らえられたと知らせが入った。タクラメオが潜ませていた者からの連絡だった。ギリウウの故郷モーハリもどちらに付くか決断できないままだったが、そこにギリウウが帰ってきてバイアスルに付けと強弁したものだから反感を買って閉じ込められたとのこと。身内のことゆえ、ギリウウに危害を加える気はない。ただ、周囲の手前、ギリウウを自由にさせるわけにはいかなかったが故の処置だとのこと。ギリウウを救出するか、様子を見るか。マグヌは一刻も早く救出すべきだ。もはやギリウウはマグヌの手のものだ。モーハリの者ではない。それに対し、タクラメオとフミッドは反論した。ギリウウはモスコバとの接点だ。彼なしではこの計画は難しくなる。彼ももう一人前だ。彼に任せようではないか。ギリウウの忠誠心がマグヌは気がかりだった。無理をするのではないか。しかし、ギリウウはもう一人前と言われれば返す言葉がない。まだ彼を半人前と思っているのか、信用できないのかと言われているような気がした。
そして今手を割けないという事情もあった。ホーネツの各地で反乱が起き、その鎮圧にマグヌ達も駆り出されていた。もともとホーネツの民を見下しているケルバインの将と兵は平定という大義のもとに暴虐の限りを尽くしていた。これでは解決にならぬとマグヌ達は話し合いによる鎮圧を目論んでいたが、一方で虐殺が行われていては、文字通り話にならない。「我々はケルバインの兵ではない。バイアスルの者だ。話を聞こう。まず話し合おう。」と叫んで、ならばと話に応ずる者は少数で、ケルバインもバイアスルも同じようなものだと叫ばれたり、部外者なら引っ込んでおれと言われて、石などが飛んでくる。リーリンシ以後、一旗揚げたい者たちがマグヌの名に魅かれて是非家来にしてくれと言ってくる。部隊も大所帯になりつつある。千とまではいかないが、五百は優に超える人数になっていた。誰もがフミッドの見立てで、良い人材を集めたものだと感心しているが、何分若い。挑発されたらし返そうとする者も多くいる。また暴徒の鎮圧では所領が増えず、兵たちを食わせてく目星が立たない。マグヌは考えねばならぬことが多くて疲弊していた。それでも命じられたら行くしかない。マグヌ達は毎日のようにホーネツを東へ西へと走り回っていた。ホーネツの民はモスコバの小豪族に守ってくれ、闘ってくれと嘆願に行く。そうでなければ、お前たちも我々の二の舞になる度と脅す。それを受けて兵を出す小豪族もいた。もし彼らを殺傷したらやっかいなことになる。まだ、モスコバの豪族たちはケルバインやバイアスルと同盟を結んだわけではない。ホーネツに加勢するなど敵対行為だと騒げば、ならば我らはフラドンスキルと同盟すると言われたらそれまでだ。豪族たちはホーネツに加勢して自領を確たるものにしようとしている。ホーネツに接している豪族たちに、今の乱に便乗して自領を増やそう、そんな動きが見える。前は接していた分、何かと敵対していたはずだが、ホーネツの民は、こうなっては、手を結ぶしかない。また加勢してくれと頼まれたからには見返りを期待できるので、豪族たちも手を貸す。ある時、ついにモスコバのある小豪族にケルバインの兵が手を出した。小さな小競り合いがあっという間に広がって気が付けば大掛かりな戦闘状態になっていた。さすがにケルバインは多勢でしばしの戦闘の後、決着はついたが、では次は我々かと不安になった近隣の小豪族は戦闘が終わったケルバインの兵達に襲い掛かった。疲労困憊していたケルバインの兵は我先にと退却し、一体どちらが勝ったのか分からないままに戦は終わった。
いったん引いたケルバインの兵達は怒りが収まらず、国にあることないこと報告し、兵の増強を申し出た。ここで討っておかないと今後豪族たちは我々を見くびって従わなくなるだろうとも追記した。豪族たちも、今回は撃退したものの、このままで済むはずはない。兵を揃えて攻めてくるぞと恐怖し、その恐怖は固い結束を生んで、今までばらばらだったモスコバが結集した。頑強な城を持たないモスコバの豪族は山地、平地のどちらでも駆け回り、素早く引き、かと思うと反転して攻撃してくる。居場所を転々と変え、ホーネツの民たちも合流している。若い豪族たちのリーダーが兵を率いて、生き生きと戦場を駆け巡っている。さすがにケルバイ領内まで攻めてくることはなかったが、モスコバは結束して大きな集団となっていた。兵力に差のあるモスコバは分散することなく、集団を維持してケルバインの弱い箇所を討つ。そして速やかに去る。深追いはしない。チャンスと思っても無理はしない。相手にしにくい。そのうち、変な噂を聞いた。モスコバの軍を率いている将の一人がギリウウだというのだ。最近、戦巧者の将に率いられて連戦無敗の軍がいる。これがギリウウの率いる集団らしい。これはまずい。バイアスルがモスコバ、ホーネツと諮ってケルバイン乗っ取ろうとしていると思われては同盟を破棄される。しかし、バイアスルの将の部下が相手の兵を指揮しているとなれば、そう言われても申し訳が立たない。事の真意を早急に知る必要があった。フミッドとタクラメオはそれぞれ己の情報網を駆使して真偽を探った。そしてどうやら本当らしいとなった時、フミッドとタクラメオは敵の陣を訪れ、ギリウウの気持ちを尋ねることにした。使者として二人は発った。マグヌが一軍の将として自ら出向くなどありえない。マグヌは二人にすべてを託した。しかし、二人はギリウウと会えなかった。追いかけても追いかけても姿を消す。どうやらギリウウは避けているようだとのこと。何とかギリウウと接触できないかと様々な策を練ったがいずれもうまくゆかず、その間もホーネツ、モスコバ両地方で反乱が起こり、マグヌ達は相変わらず駆け回っていた。
ある反乱はケルバインの兵で虐殺され、ある村は逃散し、あるグループは山の中に砦を作る。ホーネツ、モスコバの民を皆殺しにするわけにもいかず、いずれ乱平定の後、恨みを残すのは得策ではないと、できるだけ兵力を使わず話し合おうとするマグヌ達は結果を出すのに二、三日、長ければ数週間を要したが、ケルバインの特に、王弟サザラーンの軍は武力にものを言わせ、略奪、強姦、拷問などしたい放題だった。大地は荒れて税が取れず、目に付く村に押し入っては略奪し虐殺する。乱とは関係がない村もそのような目に会ってますますモスコバの地は荒れていく。
ケルバインの老王、チチェルゲはそんな事態を直視せず、北方からは目を逸らし、ひたすら南の海、新港建設とサフラメンシアとの貿易に専心していた。ただの現実逃避だが、こちらはサフラメンシアの後押しもあって順調に進んでいた。皇子のタイドランは最初、南の新港とサフラメンシアに従事していたが、北方がいつまで経っても落ち着かず、弟でホーネツの王、シロシゲの不甲斐なさにしびれを切らせて軍を率いて出陣した。しかしまとまった敵がいない。相手はあちらこちらと乱を起こしては雲散霧消する。たどり着いたら敵がいない。さすがにタイドランは虐殺や強奪などはしなかったが、成果もあげられなかった。そんな状態で一年が過ぎ、このままでは二年になろうかとしていた。ホーネツとモスコバの豪族たちはあちこちの乱で共闘し、合同するうち、次第にまとまってきて、軍らしくなってきた。確かに小さな反乱から始まって、戦い自身が次第に成長していった感があるがそれにしてもホーネツやモスコバ豪族達の兵はますます増えている気がする。兵糧はどうしているのだろう。武器の調達は? 不審な点が多々ある。ならば裏にいるのはフラドンスキルとなるが、いつどこで手を結んだのだろう。ずっとマグヌは気になっていた。
ホーネツの古い砦跡に反乱軍が結集しているという情報が入ってきた。かつて雪渓落としで雌雄を決したクロップ山の砦だ。そんな時、ホーネツの王シロシゲから命が届いた。ホーネツの新王はあの戦の後、新都をケルバイン近くに移し、城を建設したがその近くでも乱が起こっている。何分お膝元ともいえる地なので我々はそこを鎮圧せねばならない。申し訳ないがクロップ山の砦跡に立て籠る反乱鎮圧に助成を願いたい。一度砦を落としている貴公達なら造作もないことであろう。
ホーネツの新都はケルバインから近く、だから以前から警戒も厳しく、起こった乱など大層なものではない。乱というより争議という程度だ。そこに出陣して弱小の敵をなぶり殺しにして腹いせにでもする気なのだろう。山の砦のこちらはホーネツの過激派とモスコバの諸豪族の連合軍で、砦の周囲に出城をそれぞれ構えている。さすがにマグヌ達だけではなく、バイアスル他にも書状を送っていたらしく、結局、大将はタイドランとなった。ケルバインの戦であり、ケルバインの者がいなければ話にならない。まだ若輩で叔父サザラーンの言いなりであるシロシゲに愛想を尽かしてタイドランが自ら買って出た。ゆくゆくはホーネツを併合して、シロシゲとサザラーンは追放する気だろう。バイアスルからはセイリーが軍を率いて参戦した。副将の位置にいる。マグヌは助力として端についた。山裾に陣を敷いて何とか砦の兵達を下の平地まで下せないかということだ。山に入るのは最愚の手だ。重要な戦なら合戦前から兵糧、協力者獲得、裏切の手配と走り回るフミッドだが、たいして美味しくもない、義理から参加しているだけのような戦なら目に見えて手を抜く。今回も自ら何かをしようなどという気はさらさらないようだ。タクラメオも無策の様子。マグヌも軍議に参加したものの、大きく囲んで威圧し続けましょうと言うのみ。外に案がない。向こうは山の中を縦横無尽に移動できる。兵糧責めは無理だ。山の中に点在して小さな砦を作っている彼らに見つからず、山の上に出ることなど無理だ。雪渓ももうない。相手の出方を待つしかない。シロシゲ、サザラーンと違って、ここにいるタイドランはケルバインの王子であり、度量も違う。きっとお前たちも納得できる統治をするはずだ。話し合わないかと何度か使者を送っている。ただどうやら向こうも烏合の衆で、強力なリーダーシップのもとに動いているのではなさそうだ。どの使者もあっちの砦こっちの砦と盥回しにされ帰ってくる。何かおかしい。すると、フミッドから連絡がきた。シロシゲ、サザラーンの軍が襲われて惨敗したらしい。伏せてあった敵兵が大勢だということ。こちらの兵は囮だったか。タクラメオも合流した。タクラメオにも同じ情報が届いたらしい。マグヌは軍をまとめ、タイドランに報告を入れ、シロシゲ、サザラーン救出のため隊を離脱した。囮ならば残りの大勢で攻めても勝てるだろう。
まっすぐ、南西に進もうとすると、タクラメオが言ったん南に進み、大回りになるがそののち西へ進もうと進言してきた。南西に進むと途中、ネメアという地を通ることになる。あそこは反乱軍が掌握している地で突破するのに数日を要してしまう。ここは大回りに見えても迂回すべきだという。フミッドもそれに賛成した。シロシゲ、サザラーンの身は気になるが仕方ない。進言に従って行動する。結局、新都の西、オッカムに到着できたのは二日後だった。負け戦で軍をまとめる者もなく、勝手に逃げ出したシロシゲ、サザラーンの軍を反乱軍は追っている。城に逃げ込まれないよう横に大きく広げた軍は掌のようでケルバインの軍を握り潰そうとしているよう。その広がった軍の南から狙ったかのようにマグヌの軍が襲い掛かった。相手はおよそ一万もいただろう。対するマグヌの軍は三千ほどだが、敵の軍は大きく広がっていて数の有利を生かせない。敵の掌に握られようとしていたケルバインの軍は絶望から希望が見えて生き返った。内と外で敵を挟み撃ちの形になった。今度は敵が慌てふためく。しかし、一瞬の後、事情を察知した敵の将は自軍をまとめた。マグヌも軍をまとめ対峙した。敵将はギリウウだった。そして率いている軍の旗はフラドンスキルのものだった。マグヌはそれを見て一瞬戸惑ったが、すぐに今この瞬間に集中し、全軍前進攻撃の命を出した。向こうも受けて立つ。両軍は激突した。
フラドンスキルの兵とマグヌの兵の数は同数ほどだったが、敵は昨日からの連戦であり、一方マグヌの軍は今までさほど戦というものをしていない。みな若くて戦功をあげたく、うずうずしている。しかも昨日から攻められ、散々いたぶられ悔しい目に会ってきたケルバインの兵が合流した。その数は千ほど。彼らは疲れているだろうが、気持ちは恨みつらみに燃えるようだった。
敵兵の先頭にギリウウがいた。マグヌはそこに向かって駆けようとした。マグヌの前に馬が立つ。手綱を右に引いて進もうとすると、左右にも馬がついた。
「どけ! 」鋭く叫ぶマグヌに
「将軍に無茶をさせるなと命じられております」と前の兵は言った。後ろにタクラメオもついた。
様子を見ていたギリウウが優しく笑った気がした。彼は最も戦闘の激しい所に向かって駆けだした。
小一時間で戦闘は終わった。フラドンスキルの兵は壊滅し、副将の一人、フラドンスキルのゴーティマは捕らえられてマグヌの元に連れてこられた。他にモスコバの豪族で兵を率い、将軍格の役を担っていた者も引いてこられた。ギリウウは戦死し、遺体を検分した。
捕虜を控えさせ、マグヌはフミッドとタクラメオに声をかけ、隣のテントに入った。
「さあ、話してもらおうか」と言うマグヌに二人は詳細を語った。
一番最初にマグヌがギリウウに使者を送った時、その時の使者はフミッドとタクラメオだったが、彼らはギリウウに会えていた。陣に招かれギリウウと対面したが、その時、彼の横にはゴーティマがいた。タクラメオはその顔をサフラメンシアで見ていた。マグヌがフラドンスキルのユークンを訪ねていた時、その侍者であったゴーティマはマグヌの侍者であったギリウウといつも横の部屋で侍していた。マグヌとユークンが今後の世界の動きに関して話し、互いの利益の延長での連絡網を築こうと話していた時、ギリウウとゴーティマも同じ話をしていた。
ホーネツで反乱が頻発し、隣接するモスコバにも飛び火した時、ゴーティマはモスコバにいた。乱の連絡を受けたユークンは詳細を知るためにゴーティマを派遣していた。その時、ギリウウはモスコバの豪族をなだめるためマグヌから派遣され、周囲の状況から、同族モーハリで捕らえられ、入牢していた。バイアスル、マグヌを裏切れとは言わない。しかしホーネツへの過酷な扱いは我慢ができない。モーハリから距離が近い分、ホーネツには知り合いも多い。近親者、肉親のいる者も多い。そこが困っていては助けないわけにはいかない。我々はケルバインと闘うほかない。言われることは分かっていても、ギリウウはマグヌを裏切れない。抵抗せず捕らえられ、自ら監禁されているようなものだった。そこにゴーティマが訪れた。
ここに幽閉され、何もしないのは無責任ではないか。マグヌの臣なら、彼に益になることを考えろ。ホーネツの民を皆殺しにでもしない限り、この戦いは終わらない。シロシゲとサザラーンの暴政に対し、彼らを排除するしかないのは分かっているはずだ。彼らさえ排除できれば、その後、人徳ある者がこの地を平定すればいい。それはバイアスルの王子かもしれない、マグヌかもしれない。いずれにせよ、この戦はそんなチャンスになるはずだ。
もちろん、ゴーティマには、平定する者がフラドンスキルであってほしかった。言わなくてもギリウウにも分かっている。みな自分に都合よく考えている。しかし、シロシゲとサザラーンの排除については確かにその通りだ。そしてそうなればマグヌの可能性も広がる。このまま何もせず、どんな形かは分からないが、その戦闘状態が終結し自分が解放されるのをただ待つか、捨て石となって事態を動かすか、悩むまでもなかった。ゴーティマは兵を提供してくれる。今なら動く意味がある。そして活動して間もなく、フミッドとタクラメオが訪問した。
二人が現れた時、ゴーティマは二人を斬れと進言した。しかし、ギリウウは二人を通した。二人への条件は一つ、シロシゲとサザラーンの排除のための情報を流すこと。フミッドとタクラメオは承諾した。二人にしてもシロシゲとサザラーンはいなくなってほしい人物だった。その後、ギリウウは責任を取らざるを得ないだろう。しかし二人が排除される魅力には抗えない。フミッド、タクラメオと、ギリウウは連絡を取り合った。互いにぶつからない様に位置を知らせあった。
ギリウウの動きは自分の故郷、同族のためであり、マグヌのためのものだった。フラドンスキルの利益を考えるゴーティマの考えとは一致しないことが次第に出てきた。しかし、ゴーティマは従った。彼はギリウウが好きになってきていた。若い才能が戦をするたびに新しい経験を得て成長している。自分が賭けた主君のために、自分のできることを懸命に果たそうとする一途さがまぶしかった。そこまで自分を賭けられる主君に出会えた彼が羨ましかった。ギリウウのしたいようにさせてやろうという気になっていた。
そしていよいよ雌雄を決した今回の合戦となった。立てこもったホーネツの砦に反乱軍を終結させ、そこにケルバイン本国軍、バイアスル、マグヌの兵を集める。一方でシロシゲ、サザラーンの膝元で暴動を起こし、腰抜けの二人はきっと、主力軍に見せかけたほうを人に任せ、自分たちは、少数の乱討伐に行くだろう。そこでフラドンスキルの兵で二人の首を挙げる。
シロシゲとサザラーンの軍が襲われたという報が入ったのは、考えてみるとその襲われる前日だ。そして大回りすることで丁度フラドンスキルの兵の横腹を攻めることができた。緻密に連絡し合うことで、台本通りに兵を動かせた。ギリウウは責任を取って死ぬしかなかった。生きて捕虜となればマグヌは助命を嘆願するだろう。しかし、ケルバインの王子と王弟を殺した者を助命できるわけがない。マグヌはあくまでギリウウを助けようとするだろう。台本を完成させるためにギリウウは戦死するしかない。
テントを出たマグヌはまずゴーティマと会った。ユークンはどこまで指示を出したのか。
フラドンスキル兵を出せない。乱が起こっているのはモスコバでもケルバイン近くの、いわば大陸の南であり、そこまで遠征できない。南下したら西にリーリンシがいる。最近ケルバインと同盟したと聞く。打って出ることはないだろうが、いろいろな謀略で邪魔してくるだろう。モスコバ北方から中央の豪族を従えながらの南下は手間だろう。ケルバインはサフラメンシアとも同盟を組んでいる。サフラメンシアは兵器を売るにはもってこいだ。戦が長引くようにいろいろ支援するだろう。今フラドンスキルは兵を出せない。しかし、何も手を打たないわけにもいかない。ユークンは手下を送って何かとケルバインの国力を削ぎ、ホーネツやモスコバの豪族がケルバインから離脱するように操作するよう指示した。正規兵はだせないから、貴族、豪族の次男、三男で名を挙げようなどと思っている食い詰め者で軍を作った。だからフラドンスキルに被害はない。
ゴーティマは、ユークンからは、できる限りケルバインの不利になるような行動をしろという指示で、具体的には何もなかったと正直に答えた。マグヌはゴーティマを解き放った。
「ギリウウの面倒をよく見てくれた。ありがとう」と声をかけた。去っていくゴーティマの姿が見えなくなり、無事を確認してからモスコバの諸豪族も解放した。しばらくしてタイドランとセイリーの軍が到着した。シロシゲとサザラーンは到着時にすでに戦死しており、そののちの戦闘では、モスコバの豪族は、我々の目的は達せられたので闘う意志はないと素直に投降し、少数の兵を率いたギリウウのみが挑みかかり戦死したと答えた。遺体も検分させた。タイドランもセイリーもギリウウとマグヌについてはよく承知しており、
「お疲れさまでしたな、」と一言ねぎらって早々に軍を引いた。後始末はマグヌに任せて帰城した。
この合戦は地名を取ってトウソの合戦と名付けられた。ボーモンが詩にした。砦攻めのマグヌのもとにトウソで大規模な反乱が起こったことを知らされ、マグヌは軍をまとめてトウソに取って返した。砦攻めは、果敢なマグヌの兵の活躍で勝敗が決していた。
トウソの平原でマグヌはギリウウと再会する。血族の義理で離反したギリウウだが、マグヌを思う気持ちは今もあり、二人は涙を流しながら剣を振るう。お互いを思う気持ちと、王や肉親への義理の板挟みで、この辺りを謡われるといつも人々は涙をぬぐった。そんな詩であった。ギリウウという掛け替えのない部下を失ったが、また多くの部下も得た。マグヌの前に馬を置いて制したオデュット、左右に馬を置いたムソリュ、マクゲイは剣もたち、将としても有能だった。マグヌ達は何も持っておらず、一から人を揃える必要があったので、能力があれば採用した。これは人脈等のしがらみから自由である分、能力者を存分に集められ、またその評判がさらに人を呼んだ。この後の合戦で有能さを披露し、やがて将軍や隊長として活躍する彼らとはまた別に、個性豊かな者たちも集まって来た。「両剣のスピドウト」は、全国で五本の指に入る剣豪だろう。名の通り、二本の剣を使って戦う。二本の剣がまさしく剣であり、盾となる。「ぼっちゃりボンズ」は「うすのろ」とか「お人よし」とも呼ばれる。戦闘力だけなら、やはり全国でもトップクラスだろう。人の倍の身長があり、人の3倍の体重がある。遠くからでもひときわ目立つ。まるで小山が歩いているようだ。しかし、いつも戦闘には寝過ごしてくる。大きなこん棒を振り回して一度に数人を吹っ飛ばすが、殺すのは好きでないらしい。優しい人柄でマグヌがことのほか、かわいがり、本人も良くマグヌに懐いていた。だが、戦闘ではボンズの乗れる馬がなく、徒歩のため、いつもマグヌとは離れ離れで、彼の傍で戦いたいというボンズの願いはかなえられなかった。他にも宗教者ゲッタム、飲んだくれサミューなど、この後、ボウモンの吟遊詩で戦闘の盛り上がりや、そののちの笑いを司る登場人物のモデルたちがたくさん集まって来た。トウソの合戦の詩が全国で謡われ好評を博し、それがまた有能な人をたくさん集め、結果が出るのは後の話だが。
ギリウウの故郷であり、出身部族であるモーハリの長を中心に数人の長がやってきた。我々はバイアスル、ケルバインに服属する。
ギリウウが、我々の目的はシロシゲとサザラーンの排除だ。我らに独立を維持する力はまだない。所詮はどこか有力者に庇護されるしかない。まだ力はないがマグヌの属するバイアスルなら我らを悪くはしないはずだ。彼らに賭けよう。シロシゲとサザラーンを討った後、彼らを頼ろう。マグヌは必ずよくしてくれるから、服属するようにとギリウウが指示したと長達は申し出た。それを受けて、アサリア皇子に今後の処置を仰ぐべく、フミッドに兵を任せてマグヌもザマスの城に帰城した。皇子を通してケルバインに働きかけ、モスコバとホーネツの民に、不利にならぬよう掛け合ってもらうためだ。それがギリウウの遺志に沿うことであるとマグヌは思った。
城では戦後処理の問題が話し合われた。ホーネツは前王カキサングの息子であるキトウが王となった。元将であったダラマスをつけたが、ケルバインからも数名の人物を常駐させた。ホーネツとザマスの中間あたりにギリウウの故郷モーハリがあり、その辺りを中心にまとめてモスコバ南部にバイアスルの領を置いた。バイアスルの飛び地となり、セイリーが領主となった。セイリーは伯となった。
次に考えるべきはモスコバ全地方の統一。モスコバ中央に、ある程度まとまった所領を持つ豪族、ネゴロテがおり、そこを攻略できれば、そこを足掛かりにしてモスコバ南部、中央部をまとめる。北部はフラドンスキルと接するので、そこまで手を伸ばす頃には十分な戦力や兵糧の確保、つまり国力がなくてはならない。モスコバの北にフラドンスキルがあり、西にはリーリンシがある。リーリンシの北には故国バイアスルがある。リーリンシの北、バイアスルの南を西に行くと大陸の北西部、ベーナウにたどり着く。もちろん、バイアスルの南、リーリンシの北にも小領ながら多くの豪族たちがおり、今彼らはフラドンスキルに従属している。ベーナウは湿地帯で住居に適さず、作物の収穫も少ない。そこから南に行くと大陸中西部、マグヌの生まれ育った地イツになる。狭い耕作地で細々と穀物を育て、足りない分は海の幸で補っている。領地としては魅力はないが、大陸北方で戦争が起これば、押さえておきたい所だ。魅力がない分、大国にならずモスコバ同様、小豪族で地方を分割している。
まずはネゴロテを足掛かりにしてモスコバ中南部統一。ベーナウの処置もいずれの問題となる。