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2 サフラメンシア

      2 サフラメンシア


 サフラメンシアは西南にいくつもの良港を持つ商業大国だった。海沿いの半漁師村出のマグヌだったが、そこは遠浅の海で、自身も海を夏の遊び場とし、漁は小舟で網を投げというのとは全く違った。岸壁は深く切り立ち、大型帆船が泊っている。帆と櫂を使って船を操縦するのだろうが、一体何人で櫂を漕ぐのだろうか。数えてみると片側だけで三十ほどもある。漕ぎ手だけで六十人。実際海に出れば百人近い人が乗船するのだろう。そんな船がいくつも並んでいる。降ろした荷を保管する倉庫が港すぐにあり、それは港同様、石を積んで作られていた。街も石造りの建物がほとんどで、この海近くの地でどうやって石を準備したのだろうかと、この国の力のすごさを思わせた。街を行く人々もさまざまで、髪の色、目の色、体格、言葉がすべて多彩だった。人々は貨幣を持って生活する。それが高価になったら紙面に約束を書いて渡した。約束は何があっても守られねばならず、それがこの国の法だった。マグヌは自分たちと風土、人種、言葉、生活、考え、すべてが違うこの国に驚きの連続だった。この国に王はおらず、町の有力者が話し合って代表を決めるらしい。話し合って決めるが、緊急の時などは、その代表者が独断する。その独断が間違っていれば彼を支持した有力者たちは彼に責任を取らせ、最悪の時は死を持って償わねばならぬらしい。代表者は、統率者と呼ばれた。港近くに国の中心となる館があり、統率者はそこにいる。国外から来た者は港や国境で審査され、問題がなければ入国を許される。国の代表として、国単位の話をしに来た者に対しては、港近くの館に部屋を与えられる。また有力な商人等もこの館の客となった。

 街道から入国したセイリー、マグヌ一行は国境からサフラメンシアの兵に先導され、この館に入った。夜には食事会があり、重要な話し合いは明後日ということになった。セイリー、マグヌは翌日自由に行動することが許され、街の案内人がつけられた。案内人は四六時中二人につき、様々な用の便宜を図った。ケルバインの文官たちはまとめて部屋に入れられた。彼らは館の外には出ないように言われているようだった。

 マグヌは見るもの聞くものすべてが新鮮で、早速街に出てみることにした。ギリウウはさほど興味がなさそうだったが、護衛のためについてきた。案内人は妙齢の女性で美しく聡明な人物だった。すべてが初体験のマグヌは見るもの聞くものすべてを質問し、案内人はそのすべてに丁寧に答えた。目の前の建物、何をするところか、商店で売っているもの、それが食べ物なら材料は何で、魚でなく野菜であるなら、この海の地では取れないだろうから、どこから持ってくるのか、その運搬手段は等、マグヌの好奇心は尽きなかった。食べ物については、しばらく待たせた案内人が購入して戻ってきてマグヌ達に味見させた。金を払おうとすると固く辞退した。マグヌ達が持つその金というのも、先ほど館近くの両替商でケルバインの貨幣を交換したものだったが、分銅で正確に重さをはかり、何か計算してから交換したもので、その間案内人はじっとそれを見つめていた。マグヌも頭の中で計算し、たぶんこれくらいだろうと考えていたが、思っていたより多く交換され、ずいぶん、正直なものだという印象を持った。それが、案内人がいたせいかどうかは分からない。

 様々なものを売っており、渡す相手もいないながら土産として欲しいと思い、ここに住んでいればあっという間に破産だな、などと考えていた。そのために一生懸命稼がねばならぬ。大変だな。

 倉庫街とも言える所で少年が船の積み荷を数えている。荷を見ないでひたすら薄く削った板に何かを書いている。案内人に聞くと、計算しているのだという。これだけの数をいちいち数えていたら時間がかかる。きちんと並べて計算する方が早い。意味がいまいちよく分からなかったが、少年が聡明であることは何となくわかった。眺めていると少年も板から顔を上げた。マグヌをじっと見つめている。遠くの地から来た人物だと思っているのだろう。自分もやがてそんな地に旅するのかと思っているのか。なんとなく、印象深い少年だった。このサフラメンシアでは少年も働いている。畑で労働をするのでなく、板に書き付けてそれが労働になる。見渡すと、店番をする少年、客とやりあっている少年、モノを運ぶ少年、様々だった。それぞれ家の手伝いをしているようだった。鍛えられた少年たちを見てこの国の強さを感じた。

 ぶらぶら歩いているとケルバインの言語で呼び止められた。奴隷として売られている若い男だった。

「東から来たそこの若い旅人、東から来たそこの若い旅人」

 私か? マグヌが顔を向けると

「そうだ、あなただ。あなたは私を買う運命にある。買いなさい」と言った。

「君を買うとどんないいことがある? 」

「まず私は様々な地方を移動してきた。だから様々な言葉を知っている。これから世界を縦横無尽に駆け回るあなたに私は必要だ。

 次に私は魔法使いだ。これから様々な地で戦をし、交渉するあなたには様々な知恵が必要だ。様々な地を移動させられた私は、様々な知恵を得た。魔法の知恵を得た。きっと私はあなたの役に立つ。」

「失礼だが、あなたは足を怪我しているね」

「その通り、様々な地を渡り歩かされ、片足の自由を失った。だから、兵士としては大して力になれない。そう若くもない。しかし、力より知恵のほうが尊い。この街を見るがいい。兵士として役立ちそうな者は山ほどいる。しかしあなたに知恵を与えられる者はどれほどいるか? 」

「私があなたを買うのは魔法でわかったことなのか? 」

「いや、違う。あなたは東からやってきた。それは服装で分かる。適当に東の言葉をかけてみた。この国の案内人がつくほどだから、きっと東の大国、ケルバインだろう。その若さでケルバインから使者としてやってきた。最近、ケルバインはホーネツと戦をして大勝したと聞いた。あなたは文官ではなさそうだ。それで武官でありながらこのサフラメンシアに使者としてやってくるなら、将軍級に違いない。その割に付き添いがお粗末だ。将軍なら輿に乗って十数人でいるはずだ。たぶん、この前の戦で武勲を上げた、売り出し中の人なのだろう。ならば有能な部下が欲しいはずだ。私は有能だ。」

 マグヌはその答えを面白いと思い、こうやって自分の知恵をアピールする知恵を面白いと思ったが、即答するわけにもいかず、奴隷商人に考えさせてくれと答えてその場を去った。奴隷商人は欲しいという人がいたら売りますよと言いながら、なかなか賢い奴なのでお買い得ですぜと勧めてきた。足が悪いから、労働奴隷として買い求める者はおらず、知能労働を求める者が街角の奴隷市場に求めに来ることはないだろう。その場を離れると、すぐ案内人が言った。

「お金をご用立てしましょうか。利子など取りません。この国を出るとき、返していただければ十分です。」マグヌは答えた。

「いえ、ゆっくり考えたいので。館に戻りましょう。」ギリウウはあまり興味がなさそうだった。

 館に戻り、再びギリウウに、あの奴隷を求めるべきか聞いてみたが、困惑した態でどう答えればいいのか分からない様子だった。武人のギリウウにとっては初めてのタイプなのだろう。マグヌも言葉は知っていたが、魔法使いというのがどういう者か、よくわからなかった。しかし、興味はあった。どうしたものか考えていると、案内人が入ってきた。他国の客人がいい機会だから両国の友好を兼ねてマグヌと話したがっているがどうするかと聞く。その客人について聞いた。フラドンスキルの使者なのだそうだ。ちょうど今この館に滞在している。用件はと聞くと、特にない、先に言った通り、近づきになりたいのだとのこと。案内人が右往左往して話を取り継いでくれた。なんだか申し訳なくなってきた。伺いますというと、待っているとのこと。ギリウウと館の奥、ちょうど反対側にある部屋に向かった。

 部屋は同じ間取りのようだった。フラドンスキルの使者も若く、二〇代半ばというところか。マグヌが姿を見せるとソファから立ち上がって出迎えてくれた。二人で話がしたいと言い、自分の従者を下がらせた。ギリウウもそう扱ってほしいということらしい。使者の従者と控えの部屋に行ってくれないかというと少し抵抗する様子を見せたが、その文官から危険はないと判断したのだろう、従って控えの間に従者と消えた。部屋を出るとき、従者が何かをギリウウに話しかけたようだった。従者同士でも話すことがあるのだろう。最もマグヌはギリウウを従者とは思っていなかったが。部屋に二人きりになると、早速使者は話し始めた。

「話というのは他でもない。フラドンスキルの人間とケルバインの人間、知り合いにならないかということだ。理由は、今後、我々二人お互いに繋がっていれば何かと都合がいいからだ。」

「都合がいいとは?」

「ホーネツとの合戦で状況が動いた。このまま鎮静するのか、活発になるのかは分からない。鎮静すればいい。もし活発になったら、その時、その中心にいるのはたぶんフラドンスキルとケルバインだ。お互い、相手がどう出るか推測しあって予測を立てて行動する。情報は力だ。また、相手に伝えておきたいこともある。例えば、ものすごい切り札を手に入れた。これがあれば相手は一撃で倒せる。しかし、わざわざ切り札を切って相手を倒さなくても、それを示して相手が降伏してくれるなら、それに越したことはない。戦争は勝ったほうにも消耗をもたらす。あるいは、王がつまらぬ意地や誇りで狂乱状態になり民や国を道連れにしようとする時、王を裏切っても仕方ない時がある。それでみんなが救われる。そんな時のために、我々の間に繋がりを作っておかないかということだ。」

「面白いことを言うが、もう少し説明してくれないか。」

「やはり、君は利発だ。話が早い。普通ならこの辺りで怒り狂い、怒鳴りまくるバカも多いというのに。

 私は文官だ。武官のように,何でも力で解決しようとは思わない。一番合理的な解決方法を求める。一番被害が少なく、国益となり、自国他国を問わず、より多くの者が幸せになる。そのためには誰もが働き、時には犠牲に耐えねばならない。」

「それが王でも」

「王のために民が犠牲になってはならない。そんな国は亡びる。その地に住む者のより多くが幸せになるために国がある。王はその国を統べるものだが、王にその力がないなら、王である資格はない。」

 マグヌはすごいことを聞いたと思った。この男は本気か、王になりたいのか、何かの罠か。

「名乗りが遅れた。申し訳ない。私はフラドンスキルの高等法館で情勢学、戦術学を教えている。ユークンという。」

「私はケルバインの者ではない。バイアスルの将でマグヌと申します。高等法館? 情勢学? とは。」

「君もここにきて、いろいろ学んだのではないか? 例えば、力と言ってもいろいろある。戦力、兵力だけでない。このサフラメンシアには、財力がある。戦争になっても、金で兵も武器も調達できる。そして情報。サフラメンシアは財を得るために、情報を重視する。例えば、どこかで戦争が始まると分かれば、武器を調達して持っていけば大儲けができる。余った食料などもそうだろうな。サフラメンシアは情報の大切さを知っている国だ。だから賓客は必ずこの屋敷に宿泊させる。案内人をつける。

 先ほどこの部屋まで廊下を歩いてきて、変だと思わなかったか?」

「さて?」

「思ったより部屋が狭いと思わないか? 長い廊下、戸口と戸口の間を考えれば部屋の広さが想像できる。心持ち狭く感じないか? 部屋と部屋の間にわずかな空間があるからだ。それぞれの部屋で密談をしていても、隣には聞こえない。そして、サフラメンシアの役人は、部屋の隙間に入って、この状況を見て、聞いている。」

「見て?」

「あの壁にかけてある装飾用の絵に穴が空いている。部屋によっては彫刻であったり、仮面であったり。サフラメンシアは情報の価値を知っている。バイアスルの王に、あなたの部下がフラドンスキルの高官と密談をしていましたと言えば、どうなる? 君は失脚するかもしれない。君に我々の密談のことを言われたくなければ、いうことを聞けと脅すこともできる。」

「卑怯な! 」

「卑怯? 国のためなら一人がどうなろうと、小さなことではないか? あの案内人は親切だったろう。何でも聞いてくれる。今夜相手をしろと言ったら、してくれるぜ。それも情報だ。寝物語に話を聞きだしてもいい。骨抜きにしてコントロールしてもいい。事実をその高官の上司に話してもいい。皆情報がほしいのだ。サフラメンシアは情報の価値を知っている。これほどよく知っている国はサフラメンシアくらいだ。」

「フラドンスキルは?」

「いくら言上しても、分かってもらえない。まあ、こればかりは仕方ないな。センスの問題だ。私は高等法館で情勢学を教えている。高等法館とは貴族の子息や有望な若者に、これからの国に必要な知識を伝えるところだ。本来は法を教えていたのだが、今は装飾文字や計算、測量、物資の調達法、人を裁く法など様々なことを教えている。一方で武官たちが武器の使い方などを教える武芸館もある。私は、国と国の関係や他国の情報、戦になったらどう攻めるか、守るかなどを教えている。これが情勢学だ。」

 マグヌは先ほどから呼び名が「あなた」から「君」に変わっていることに気づいていたが、そのままにしておいた。

「なぜこれほど、親切に私に様々なことを教えてくださるのですか? 」

「私は人にものを教えるのが好きだ。家が文官だったから早くから高等法館に在籍し最年少で法館を卒業した。法の教授にと言われたが、これからは情勢学だ。だから情勢学の教授になった。だからか、人にものを教えるのが好きだ。サフラメンシアとの国交は大切だ。だから在留外交官の職を諮問された時、私が行くと申し出た。授業、教授ができなくても後悔はしてないが、今、利発な君と話していると楽しくてね、君が在留の間、遊びに来ないか、情勢学、戦術学を講義してあげよう。」

「最初におっしゃっていた連絡と取りあう件については? 」

「君がフラドンスキルに帰ったら、接触してくる者がいる、それが私の配置した部下だ。彼を通してお互い連絡できる。フラドンスキルに有利な情報が手に入ったら、我が国が損しない範囲でどんどん提供しよう。いつか戦になったらお互い損害が最小限になるよう、連絡をしよう。もしかしたら、嘘の情報を流して攪乱させたりするかもしれないが、それはお互い、騙されるほうが悪いということだ。君も必要ならすればいい。どんな情報もリスクなしで手に入れるのは不可能だ。」

「私が裏切って接触する者を売ったら。彼は斬首されるでしょうし、フラドンスキルからあなたの情報網も一掃される。」

「心配には及ばない。情報提供者は一人ではない。君以外にも情報の大切さを理解している者はいる。そして君はその接触する者を売らない。」

「なぜ、そう言い切れるのですか? 」

「君はもう情報の大切さを理解しているから。」

「そうですね。明日から伺わせて戴きます。ご教授をお願いします。いつお伺いしましょうか? 」

「明日は昼から、ケルバインはサフラメンシアの統率者と面会するのではないか。ならばその後、昼下がりにでも。以降のことはおいおい決めていこう。」

「了解しました。あ、お尋ねしたいことがあるのですが、今日街で奴隷に声をかけられました。魔法使いと名乗っていましたが、魔法使いとは何ですか。」

「魔法使いとは、我々とは違う体系の智者です。我々は文字を使って、過去からの業績を整理して最も効率よく目的を達しようとしています。魔法使いは過去の業績を利用するのは同じですが、文字に頼らない、つまり論理を重視しないとでも言えばいいか。例えば、君は病気になったらどうする? 」

「薬を飲みます。」

「うん、薬を飲む。昔から多くの人が薬を飲んできた。それを整理してこの病ならこれ、と薬を決めてきた。魔法使いは、それを文字にせず、弟子にだけ教える。その知を独占するためだ。ならば、この難病を治せるのは誰それだけだとなる。また、腋や足の付け根に独特の石を置いて熱を下げたりなどもする。雲の流れ風の流れから天気を読んだり、星の動きから今後の天災を読んだりもする。言葉で人を操ったり、難解な鍵を開けて人の入れぬ部屋に入ったりもするはずだ。錬金術にも通じている。錬金術とは様々な物質同士を混ぜ合わせて新しいものを作り出す術だ。それが銅剣を真っ二つにする金属であったり薬であったりもする。その奴隷を買うのかね。」

「さあ、どうでしょう。」

「余裕があるなら買ってみてもいいかもしれない。使い物にならないなら、解放してやればいい。魔法使いという者がどういうものか、理解の助けになる。」

「無能なら自由になれるのですね」

「世の中とはそういうものだ。時として愚が価値を持つ。」

 マグヌが立ち上がると控えの間のドアが開いて、ギリウウが出てきた。浮かない顔をしている。マグヌは礼を言って辞去し、廊下でギリウウに何かあったかと尋ねたが、返事を濁してうつむくばかりだった。

 部屋に戻ってアサリア皇子とフミッドに手紙を書いた。皇子にはフラドンスキルの高官から接触があり、情報交換をしないかと言われたこと、そして情報の重要さをしたためた。フミッドにはこちらは温順な気候で元気であること、土産は何がいいかと書いた。

 翌日はセイリーと、サフラメンシアの統率者と面会した。ケルバインの高官たちは午前中に面会したらしいがご機嫌伺いを越えるようなものではなかったらしい。一応バイアスルの代表ということになるのだろうが、国を追われた皇子の家臣、今はケルバインに身を寄せているので、ケルバインとの同盟締結を持ち出した。にこやかな表情で統率者は尋ね返した。

「それでこちらの見返りは? 」

 あまりにまっすぐな返答だった。セイリーはもし、戦になったら援軍すること、食料等を安価で供給することなど、国を出る前に確認した事柄を述べた。たぶんこれらは、午前中のケルバインの高官たちも述べたはずだ。この条件に統率者は魅力を感じなかったらしい。だからセイリーに何か別の条件はあるのかと問うてきたのだろう。マグヌは、割って入り、数日猶予をいただきたい、皇子と少し話したいのでと、返事の引き延ばしを図った。笑顔を絶やさず、では後日と統率者は言って背を向けた。二人は部屋を出た。

 口を挟んだことを詫びたが、セイリーは上の空だった。次の一手が見つからないのだろう。それはマグヌも同じだった。

 あっという間の面会だった。ユークン教授に話したら笑われた。どうしたらいいか尋ねると、さすがに敵国に塩を送るわけにはいかないと言われた。ユークン教授の話は情報を手に入れるため、早く送るための情報探索者の配置。当然重要な情報を手に入れるため、城内に探索者を入れたい。王に近侍できれば言うことないが、無理なら女王、皇女、その他料理場、厩などもいい情報が落ちている。料理場なら客の情報、厩ならいつどこに馬が出るかで様々な状況が読める。街道沿いに探索者を配置。街道を行くもの、そこでの噂話も情報だし、城からの情報を次の街道の宿まで大急ぎで届ける役もある。川を利用する。小鳥を使うという手もある。煙や笛の音、音階、メロディで情報の内容も伝えられる。そんな話を聞いた。明日は現在の国際情勢とその分析らしい。マグヌは今まで聞いたこともない話にうきうきした。体系的に学んでいく面白さに目覚めた。

 まだ明るかったので市場に出た。奴隷のもとに行き、少し話して、やはり買うことにした。名はタクラメオという。館に連れ帰り、従者の部屋を与えた。館からは夕食の用意を尋ねられ、一名を追加した。タクラメオからは記録記述用の薄く削いだ木片と炭を削って筆記できるようにした筆を所望された。この時代、動物の皮は高価であり、インクとなるものも同様だった。そして需要がさほどないので、それ以外の記述用の道具は何かと高価だった。だがサフラメンシアは記録が必要なのだろう、他に比べて思い切り安く、案内人に頼んで用意してもらった。さて、タクラメオだが、こちらが指示した、今日の記録など事務的な事柄が済むとさっさと自分の部屋へ引き込んでしまった。奴隷というものがどんなものかよく知らないが、主人に近侍し、何かと用を足す者だと思っていたマグヌは面食らった。呼ぶとやってくる。何をおいてもというのではなく、ただいまと言いながら間を置いてやってくる。マグヌは正直に自分の思う使用人の形を示し、タクラメオに質した。タクラメオいわく、自分は掃除や洗濯ができない。料理もできない。足が悪いので使いなどもできないだろうと。では何ができるかと聞くと魔法が使えるという。どんな魔法かと聞くと、多言語が聞き取れ、使えるという。記録も取れる。書類も作れる。マグヌが旅等で学んだわずかだが、いくつかの言語で試すと言下に答える。嘘ではないようだ。ほかを聞くと医術や天候の判断など、ユークンの言ったことと大差ない。この大陸の北西、ベーナウ辺りの出身らしい。あの辺りは小国が林立している。土地は瘦せていて、さらに北からの異民族の襲来などもある。独特の宗教を信仰しており、学校と呼ばれる施設がある。若者は知恵を得て他国に渡り、そこで知恵を金に換える。商売をしたり、王宮に入って政務を摂ったり、言語の知識を生かして文官として記録をしたりする。ある程度の貯えができたら、自分の在籍した学校に金銭を寄付したり、後輩を呼んで職を世話してやったり、自分の部下として重用したりする。タクラメオもそんな風にして育ってきたが、小国同士のいざこざに巻き込まれ戦火のもと、捕らえられて奴隷として売り飛ばされた。最初の主人はタクラメオを労働奴隷として使役しその時、足を壊された。逃亡しようとしたからだ。労働者としてはあまり有能でなかったので、他に売られ、転売され、今ここにいるという。だから、各地を転々として使える言語は格段に増えたし、今の情勢について助言できると言う。マグヌは今日の、サフラメンシアの会談について語った。タクラメオは笑って答えた。

「そりゃそうでしょう。サフラメンシアにとってはちっともおいしい話じゃない。援軍と言っても、ケルバインからここまでなら、街道を行って一週間以上かかる。兵員を召集して準備して、大人数を動かしたらひと月もかかるでしょう。しかもサフラメンシアの敵は北には小国しかないから、海賊でしょう。海に囲まれたサフラメンシアにとって食料は魅力だが、どうやって運ぶんです。街道を何日もかけるんですか。」それではどんな条件なら統率者は話に乗ってくると思うと尋ねた。

「サフラメンシアに領土拡張の望みはないと思います。領内占領地の管理はコストがかかる。

 彼らはやはり、商いの民で海の民です。と言って無視はしないほうがいい。フラドンスキルが金を払って、海からケルバインを攻撃してほしいと頼んだら、金額によっては話に乗るかもしれません。自国の兵を出さなくても、船にフラドンスキルの兵を乗せる。輸送費を取るという方法だって考えられる。話をしたかったら、サフラメンシアと共通の部分を作ることです。そうすれば、こちらが、サフラメンシアの船でフラドンスキルを攻めるということだって可能です。」共通の部分とは? 

「やはり海で船でしょうね。ケルバインも海に面しているし、まれに海賊に襲われることもある。サフランシアを襲うほうが海沿いに倉庫もある。金品や穀物の強奪もしやすい。しかし、海運国として軍艦が配備されている。やりあったら被害が尋常じゃない。それでも狙うしかない時もあるだろうが、そうでないならサフラメンシアを通り越して、碌な装備もないケルバインまで行って海岸から上陸する。大した儲けにはならないが、どこかを襲ったついでの仕事ということかな。

 この際ケルバインも港を整備したらどうでしょうか? 」

 マグヌは面白い話だと思い、考えてみることにした。

 翌日、ユークンの授業にタクラメオを同席させた。ユークンに許可を得ると構わないというので部屋の片隅に控えさせた。話は現在の各国の情勢で、それは昨日タクラメオが語ったものと大差なかった。話が終わってユークンはタクラメオに話しかけた。タクラメオは言葉少なに答え、支障のある質問についてはマグヌに伺いの表情を見せた。マグヌは何でも答えて構わないと返答した。しかしタクラメオは控えめにユークンに答えを返した。

「なかなか良い奴隷を手に入れたようですね。もし手放す気があるならこちらで引き取りますよ。」社交辞令がなかったとは言わないが、それでもユークンはそれなりにタクラメオを認めたようだった。

「いつか君ともやりあうことになるのかな」タクラメオに対するそんな言葉で今日の授業は終わった。

 マグヌは一度ケルバインに戻ろうと考えた。アサリアと話したいと思った。セイリーに、このままでは十分な成果が得られない。一度国に帰って指示を仰ぐのでその間、間を繋いでくれないかと言った。打つ手のなかったセイリーは、承諾せざるを得なかった。ギリウウにも同じことを言った。そして、急ぎ引き返すつもりだが、留守中、何があったか報告してくれと頼んだ。そのためにも細心の注意ですべてを観察してくれと。必ず戻るからと付け加えた。そしてタクラメオを呼んだ。

 昨日、今日と話してみて、これからも何かと力を貸してもらいと思う。しかし、奴隷というのは使い辛い。例えば今日のユークンとの会合は異例だったが、奴隷の立場では皇子に引き合わせられない。そこで解放しようと思うが、解放したら、ではさようならではこちらに利益がない。部下になってくれないだろうか。そんな提案だった。タクラメオは今回手を貸してということだったが、今回の件に一応の目途がついたら私はどうなるのかと聞いてきた。良ければそのまま私の部下にという申し出に、足が悪く他に使ってくれるところもないようなら、お願いしたいと答えた。どうも素直な物言いのできぬ者のようだが、信頼できぬわけでもなさそうだと判断した。馬に乗れるということなのでケルバインへの同行を頼んだ。

 ケルバインの公都、デットィには5日で着いた。夜に日を継いで駆けに駆けた。タクラメオはどうかと思ったが、十分ついてきた。足は悪くとも体力はあるらしい。馬術や合戦の技術は鍛えこまれているようだ。あるいはここが正念場と思えば無理できるようだ。

 着いてすぐアサリア皇子に面会を頼んだ。通されると、ケルバンの王子タイドランもいた。マグヌは挨拶もそこそこにまず、正使セイリーが退去すればサフラメンシアとの会談は終わってしまうので、副使の自分が指示を得に戻ったこと。ここにいるのは、記録ができるので秘書官として使っているタクラメオだと紹介した。正式書類も書けるので話の内容によっては必要となる故、同席を許されたいと願った。そしてサフラメンシア統率者との会談の内容、様子を語った。やがて来るフラドンスキルとの決戦にサフラメンシアとの同盟は欠かせないが、今のままでは到底おぼつかないことを説明し、ケルバインに港を新設するという提案を述べた。

 やがて戦となったら海軍も必要であること。ここからフラドンスキルを攻撃するにはそれまでの国々をすべて恭順させる必要があるが、海からなら直接攻撃できる。フラドンスキルの海軍は今、それほどの兵力を持っていない。海軍、海運にさして興味もなさそうなこと。今なら海軍力で優位に立てる。サフラメンシアはどちらに付くかわかないが、こちらが海軍を持てば、わざわざやりあって力が削がれるような真似はしないだろう。戦となれば財力が必要だが、海に出れば交易ができる。サフラメンシアは耕地が少なく穀物等が高値で取引されている。そこに持っていけば利益が得られる。サフラメンシアへの援軍についても船を使えば大量の兵の増員が可能で、我らとの同盟が得策であると彼らへの説得力も増す。

 さて新港の建設だが、サフラメンシアに協力を要請する。彼らは港建設のやり方を知っている。作業員、指揮者などを送ることで利益も得られる。大型帆船も注文していいかもしれない。港ができたら、サフラメンシアの利点では、例えば海賊の襲来時に一時こちらまで船を避難して巻き返す、あるいはこちらと合同で反撃に出るなどということも可能だ。寄港できる地が増えるのはむこうにも願ってもないことだろう。取引地が増えることでもある。

 アサリア皇子の真意は分からないが、新しいことをして現状を変革したいタイドランは大乗り気で、踊りださんばかりの上機嫌だった。今晩は宴会だと言い始める始末だった。彼はどうやら自分の手を振るってみたいらしい。

 このままではサフラメンシアとの話は滞るだけだ。マグヌは、ケルバインは新港建設の意思があると言ってよいかとタイドランに打診した。これはつまり、一刻も早く計画を実現せよということだ。もちろんタイドランに今現在実際に執政できる力はない。まだ現王は在任中だ。しかし、ホーネツの件依頼、タイドランは自信を持ったようだった。それは過信と紙一重でしかなかったが、今はそれに賭ける。マグヌは早々に辞去してサフラメンシアに戻り、結果を述べたいと申し出た。さすがに不眠不休で駆け抜けた二人にすぐは無茶だと皇子のみならず、タイドランもしばしの休息を命じたが、小半時の休憩の後、二人は取って返してサフラメンシアに戻った。皇子に辞去の挨拶の際、マグヌは二人きり、あるいはタクラメオを含めた三人になる機会を作った。そしてこう、言上した。

 この計画がなったら、局面がさまざまに変わるだろう。もちろん、できる限りの準備はしておくつもりだが、注意すべきは多くのサフラメンシアの人間をこのケルバインに迎えると、必ず情報が流出するだろう。きっと多くの情報探索者をこの地に紛れ込ませてくるだろう。

 そこで我々はケルバインの公都デットィから離れるべきだと思います。デットィはケルバインの中央に位置しているが、海に注ぐタライソ川に面し、整備すれば新港に2日足らずで着くでしょう。新港がなれば川の整備は必ずせねばなりません。でないと新港を作る意味もない。しかし作れば新港は近く、不慣れな我々ではサフラメンシアの情報戦には勝てません。一旦はここを離れたほうがいい。

 ケルバインの北方に我々の地を借り受けるか、領外、ケルバインの北に広がるモスコバ地方に出る必要があります。モスコバは小国が林立しています。国ではないが豪族のマハリはギリウウの故郷ゆえ、我々と縁があり、友好的です。ケルバインの北、モスコバ地方に近いザマスをケルバインから借り受け、拠点にしてマハリの協力を得、北に出ましょう。ザマスは貧困な地でモスコバに接しているので常に兵を配置しておかねばならぬ金食い地。それを我々が辺境守備にまわるというのだから、大きな反対もないでしょう。

 これがあらかじめタクラメオと話してまとめた考えのすべてだった。もちろんそのためにユークン教授から得た情報はフルに活用させてもらった。マグヌはケルバインに戻ってフミッドから報告を受けた。大きな出来事はまだ起こっていない。フミッドにタクラメオを紹介した。アサリア皇子との会見の際、控えの間でフミッドはタクラメオと話し込んでいた。タクラメオをマグヌの傍に置いていい人物なのか確認しているのだろう。十分彼の眼に叶ったようだったが、それ以上に、タクラメオから聞くサフラメンシアという国に興味を持ったようだった。領地を持たない方法で財を築く国。今バイアスルに財はない。稼ぐ方法もない。これでは兵を養えない。何もできない。フミッドはマグヌにサフラメンシアへの同道を願った。今フミッドまでこの地を離れれば、数少ないとはいえ、マグヌの兵は誰が見るか? そんな不安があったが、今行けば必ず何か結果を出せそうな気がするとフミッドが懇願する。兵の中でも特に信頼できる者数人を呼び出し、フミッドも数日留守にする。ほんの数日のことだから、よろしく頼む、兵を見てくれとマグヌが直々に言って、フミッドも連れていくことにした。

 早速サフラメンシアの館に戻ってギリウウにこの一週間の出来事を確認した。大きな動きは何も起こっていなかった。フミッドと入れ替わりにギリウウをケルバインに戻して兵の監督するように言った。ギリウウはどうもサフラメンシアにはなじめぬようで、素直に従ったが、ユークンの従者とは懇意になっていたようで、彼に別れを述べた後、すぐに発った。

 マグヌは、早速統率者に再度の面接を申し込んだ。セイリーには事情を説明したが、お前が申し述べよと言ってきた。セイリーとマグヌ、ケルバインの高官たちは統率者の前に出た。まずケルバインから形ばかりの挨拶があり、さっさとセイリーにつないだ。セイリーも挨拶した後、ケルバインから戻ったこの者が新しい提案を致しますと述べてマグヌにすべてを託した。マグヌは新港建設を申し出た。貴国の繁栄を見るにつけ、海運の大切さが身に沁みました。ケルバインも海運を重視する政策に舵を切りたいと思いますが、何分その技術、方法を知りません。宜しければサフラメンシアの人材を借り受け、新港を建設し、できたあかつきには、帆船も購入したく存じます。また、その他、運搬、売買等もど素人故、サフラメンシアからのご教授が必要かと思います。何とぞ、ケルバインの師となって下さいませんか。

 統率者は、それは困りましたな。ケルバインほどの強国が、商売敵となってはサフラメンシアの未来はどうなります? と言いながら、満更でもない笑顔を湛えていた。前回の笑顔とは全く意味が違う。大型帆船を持っていても停泊できる港がなければ使えない。ケルバインが新港を建設して繁栄すれば、海沿いの国々も真似をするに違いない。そして早くから十分な資金を海に投じてきたサフラメンシアの有利はちょっとやそっとでは揺るがない。統率者はサフラメンシアに十分な自信があった。そしてケルバインが落としてくれる金を思い、ケルバインという大国から得られるであろう富と情報に魅力を感じた。次の議会では面白い話ができそうだ。他の代表者を出し抜くには十分な話題だ。

 新港建設の勅許が出ればすぐにまた、参上いたします。よろしくお願いします。と言って二人は退出した。

 ユークンには帰国する旨を伝えた。もっと学びたかった、残念だと言ったが、あながちお世辞だけではなかった。

 マグヌはこの後も、数多くの人々と出会うことになるが、ユークン、タクラメオなど、今回の出会いはその最初にして最大のものであった。マグヌは人との関係という大事を知った。

 フミッドはもうしばらく滞在させてもらえないかと申し出た。案内人と一緒に朝早くから出て夜遅く戻ってくる。サフラメンシアの街を駆けずり回っている。フミッドも何かを掴んだらしかった。きっと大きな収穫なのだろう。しかし今はそれに時間を割けない。フミッドにすべてを任せた。彼をおいてマグヌはまたケルバインに馬を走らせる。

 急ぎ帰国したセイリーとマグヌ、ケルバインの高官一行は盛大な宴会で迎えられた。相変わらず真意を見せぬアサリア皇子だったが、感謝してくれていることは伝わった。しかしこれで、皇子、バイアスルの一行は、話がまとまり次第、北に向かわなければならない。ケルバイン、デットィの日々は平和で穏やかな日々だった。食事を心配する必要のない日々だった。さして長い日々だったわけではないが、半農の子として育ったマグヌが全く違う世界を見た最初の地であった。そんな感慨に耽っていると、食事の準備、接待役の女官が、「お飲み物は如何ですか」と杯を持ってきた。受け取ったら他に何かがある。手を見ると薄く削った木片があった。何も書いてない。後で水に濡らし、火で炙ったが何も浮き出てこなかった。しかしこれでその女官がユークンの手の者であることは分かった。彼女はデットィの城に随分長く詰めている。

 タイドランは新港建設を王に進言し、重臣たちにも周到に根回しをして、許可を取った。ケルバインとサフラメンシアは国単位の話し合いに移った。ケルバインはサフラメンシアに新港建設の案が成ったこと。ついては技術者、設計者などをお借りしたいと申し出た。マグヌは志願して、使者としてサフラメンシアの地にまた立った。タクラメオを同道した。サフラメンシアは急遽議会を招集し、現統率者の強硬な採決で可決した。マグヌは統率者と今後について長時間の話し合いを持った。その後ご無沙汰しているユークンのもとを訪ね、今後の助言を願った。そして帰国し、事の次第を言上した。フミッドを伴って帰ってきたことは言うまでもない。

 帰国して数日後、フミッドが夜部屋を訪ねてきた。サフラメンシアでのいきさつとその報告だった。案内人に教えられて、出港する船にいくらかのお金を託した。大型船を運航するには大金がいる。失敗するかもしれない。成功したら元手は何十倍にもなる。これを数人で分配したら、被害は最小になり、儲けは何倍にもなる。港には、船に対する投資を斡旋する事務所がある。荷を託して料金を払う者もいれば、金を託して使い道を任せ、儲けだけ返してもらう者もいる。それぞれがさまざまな金の使い方をし、多様な形で商売が行われている。フミッドは少額の金を作り、(フラドンスキルでは流通するような金はなく、フミッドは持っていた物をサフラメンシアで流通する金に換え、それを投資した。)様々な投資を行って、いくらかに増やした。そのうえで借金して、もう少し資金を増やした。やり方を理解してから、港に、貿易に携わる会社を作り、一方でバイアスルに投資するパトロンを募集した。大金持ちの家を一軒一軒訪ねては口説いて回ったのだが、サフラメンシアの案内人がいるので、好都合だった。クロップ山の合戦の情報は、ここサフラメンシアにも届いている。バイアスルの皇子がケルバインを頼ってきていることも周知の事実だ。今後どうなるかは分からない。余裕ある者は両方に賭けて、大きく損をしないように保険を掛ける。フミッドはできる限り多くのパトロンを集めようとした。少数だと借金のカタに働けと言われる。私兵として使われる。あれは投資だろうと言い返せば、ならば金は引き上げるというだろう。多くを集めたら一人一人の声は小さくなる。パトロンから得た金は、まだまだ足りなかったが、ある程度の額にはなった。会社は利益を上げるにはまだまだでこの後、持ち逃げされたり騙されたりが続くがやがて形になっていく。これをケルバインの港にも作ろうとフミッドは考えている。フミッドは財成の管理や人の採用に才があるようだった。マグヌに言ってパトロンからの金の一部を皇子に渡した。そして感謝状のようなものを書かせ、パトロンたちに送った。パトロンたちの信頼を厚くするためだ。

 季節は夏も終わり、秋になっていた。マグヌはタクラメオに指示を出し、しばらく彼の姿はなかった。マグヌ自身姿を見せないことも何度かあった。新港の計画が動き出してからほぼ三か月を要した計算になる。ほどなくケルバインの公都デットィにサフラメンシアの一行が到着した。その時、城内にバイアスルの集団とアサリア皇子の姿はなかった。

 バイアスル、アサリアの一行はザマスの城に入っていた。まだ砦レベルで城にするには日時を要する。今はケルバインの兵のほかマハリの兵が守護してくれる。バイアスルの兵も徐々に増えてきていた。マグヌが最初にサフラメンシアに行ったわずかの期間、フミッドは兵を集めていた。前の合戦以後、将来性を見込んで他国からバイアスルの兵になりたいと流れてくる者がいた。その他に、名のある者、無名だが将来性を見込める者をフミッドは盛んにスカウトしていた。兄貴分肌のフミッドの気性は兵たちに好感を持たれた。現実的、庶民的なところもプラスに作用した。ギリウウはクロップ山の合戦以来、日に日に逞しく頼もしくなっていった。隊長として申し分ない。

 ケルバインを出て大陸の東、サンゼッカツ山脈と平行して北に兵を進め、フラドンスキルを目指すには、大陸の中央、ヤグート盆地を攻略しなくてはならない。モスコバの北西に位置し、またバイアスルの都チェルアの南に位置する。距離はあるが、大陸のほぼ中央に位置し、高台であるため、どこで兵を動かしてもすぐ見つかってしまう。攻めるには、登らねばならず、上に兵を置いた者が有利になるのは戦略上の常識だった。その辺り一帯を治めているのは、リーリンシ国でサエルマータと名乗る女性が王として代々君臨している。魔女ということだ。もしリーリンシと手を組めば、麓のモスコバを抑えるのは容易い。フラドンスキルに対しても有利になる。まず、交渉してみることだ。アサリア皇子は、戦力らしいものはほとんど持っていない。リーリンシは宗教国家で兵士は死を厭わない。ここは何としても、戦は避けたい。アサリア皇子はマグヌにリーリンシに向かうよう命じた。リーリンシ攻略の指揮は全てをマグヌに任せた。バイアスルの王としてアサリア皇子は、マグヌに剣を与えた。あの、大地に安寧をもたらすという宝剣、流星剣だった。伝説の宝剣は失われておらず、バイアスルの王が秘匿していたのだった。今こそ、この剣を現すときと王は考えた。リーリンシとの交渉にも役立つかもしれない。マグヌはもはや、宝剣さえあればこの地は治まるとは思っていない。いつかマグヌも少年時代を過ぎ、大人の判断が下せるようになっていた。しかし、宝剣は役に立つ。一国の代表と相手を納得させるアイテムだ。マグヌは宝剣を押し頂いて、王命を拝受した。マグヌは正式にバイアスルの将軍となった。皇子はセイリーにはこの新城に駐留するよう命じ自分も何かの折には打って出る覚悟をした。マグヌはタクラメオ、フミッド、ギリウウと共に城を出た。

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