自殺者のいない国
『先日も自殺者はいませんでした。しかし残念ながら曲芸の練習の失敗を含めてたいくつかの事故で何人かが亡くなってしまいました』
そんな声がラジオから聞こえてくる。それを聞いた青年はくっくっと暗い声で笑い声をあげた。
この国ではある時を境にして自殺者が一人も出なくなり、それがもう十年以上も続いている。そして、それを国の誇りにしているのだ。
青年はこの国が嫌いだった。生まれたときから良いことなどなにもなく、困っているときには誰も助けてくれなかった。だからこそ、この国の誇りを壊してやろうと思ったのだ。
「なにが誇りだ、クソ野郎ども」
青年はそう呟くと建物のフェンスをよじ登る。そして屋上から身を躍らせる。
これで誇りも終わりだ、ざまあみろ。青年は地面にぶつかるまで叫び続けた。
青年が地面に叩きつけられてからしばらくして警察が現場に到着する。そして、青年が飛び降りる様子を見ていた人たちに聞き込みを始め、そしてこう結論を下した。
「きっとこの青年はフェンスの上でなにか曲芸をしようとして、誤って手を滑らせてしまったのだろう」
「痛ましい事故だ」
「この事故を教訓として、無理な曲芸はしないように」
この調査結果に文句を言うような国民は誰一人としていなかった。
今日もこの国には一人の自殺者もいない。
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