口の悪い侯爵令嬢は茶番劇をぶった斬る
別にざまぁではない物語。
いつも通りゆるふわ設定で書きたいところだけ。
学園主催で行われる夏季休暇前のパーティーの真っ只中。
目の前で行われている断罪劇という名の茶番に顔を顰め、アレネナート・ヒバート侯爵令嬢は扇を広げた。
口元を隠してため息を吐き、被害者らしき人物へと目をやれば艶やかな濡羽色の髪の青年が悲しげに目を伏せている。
彼を詰る派手な金髪の令嬢とは対照的な儚げな雰囲気が余計に同情を誘うようで、男女問わず多くの観衆が心配げな様子で見つめていた。
──あら、またあの方なの?
一人だけ周囲とは真逆の冷たい視線を送りながら、アレネナートは少々乱暴に扇を閉じた。
ダニアル・ラファランツ。ラファランツ伯爵家の次男である彼は、つい先月婿入りの為に結んだ婚約を解消されたばかりであった。
「ラファランツ様、お可哀相に……」
「運良くすぐに次の婚約が決まったかと思えば、もうこのようなことになるとは」
「お相手のご令嬢は子爵家の方でしょう?婚約破棄だなんてどういうおつもりなのかしら」
「断罪だなんて、あんなものただの言い掛かりですわ。あの方にこそ何かあるのではないかしら?例えば他に意中の方が……」
ひそひそと話す観衆達は勝手なもので、中には妙な憶測や妄想紛いの噂話をする者までいる始末。
だが、アレネナートには事の顛末が既に見えていた。大方──
「すまないリリアナ……僕が情けないばかりに、君に嫌な思いをさせてしまったね。君のように芯が強い女性には僕では物足りなかっただろうか?」
リリアナと呼ばれた令嬢は、しゅんと項垂れるダニアルの様子に息を荒くし、釣り上がっていた両目を細め口角を上げた。
その様子はとても今から婚約を破棄しようとしているようには見えず、どちらかと言えば捉えた獲物を逃がすまいとする肉食系動物のようで。
──やはり、茶番でしたわね。
「あなた方、いい加減にしてくださる?それは公の場でなさることではないわ」
見るに耐えず声を張れば、一斉に不躾な視線がアレネナートへと集まる。
彼女にはわかっていた。これは断罪でも婚約破棄の宣言でもない。
「このような場ではしたなく興奮なさるのはおやめなさい。畜生ではないのですから、それくらいできるでしょう?」
「なっ……!」
「ッ……」
侯爵令嬢とは思えない口の悪さに絶句する周囲と、顔を真っ赤にした当人達を気にもせずアレネナートは更に続ける。
「自己憐憫に酔うのも、嗜虐心を満たすのも理性を捨てて本能に振り回されているのと変わりませんわ。仲を深める為の試行は自由ですけれど……私達を巻き込まないでくださる?」
端的に、実に身も蓋もない言い方をするのであれば。
乳繰り合いは家でやれ、である。
ダニアル・ラファランツ伯爵令息の婚約解消の顛末を知っている者ならば、正しく意味を理解しただろう。
一見、儚げな美青年である彼に元婚約者が告げた最後の言葉はこうだったという。
『あなたには付いていけない』
──割れ鍋に綴じ蓋。お互いに良い相手を見付けられてよかったですわね?
とは流石に言葉にしなかったが、居心地が悪そうによく似た所作で俯いた二人は実に仲睦まじそうである。
「皆様、大変失礼致しました」
淑女のお手本のような微笑みを浮かべ、アレネナートは何事もなかったかのようにテーブルに置かれた果実水のグラスを手に取る。
アレネナートもまた場を乱した存在ではあるが、大事な社交の場で長々と断罪騒ぎ──ではなかったのだが──に付き合わされるよりは良いと判断したのか、やがて誰からともなく談笑や食事へと戻り始めていき、恥ずかしさに居た堪れなくなった一組の男女が会場を後にしたことすら、誰も気に止めることはなかったのだった。
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