ロストプラネットII(LOST PLANET II) ー序章 宇宙船の秘密
グダス・ラシンは、ソードフィッシュ星に生まれた青年であり、かつて地球から移住してきた祖先たちの意志を継ぎ、百年以上にわたって旧母星の観察任務を続けていた。だが、ある事故により、彼は地球へと墜落してしまう。
その地で彼は、記憶を失った竜から人間に変わった少女ヤグナと出会い、自身の過去を探る彼女と共に旅に出る。その後、空から降ってきた青年サイバスとも邂逅し、三人は地球での冒険を共にすることになる。
数々の困難を乗り越えた末、グダスはついに宇宙船を修復するための素材を揃え、この星で起きていた事件の真相にたどり着く。
しかしその頃、宇宙では新たな変化の兆しが現れつつあった......
救出されてからというもの、ここ数ヶ月の間、私は証人として法廷に召喚されると同時に、宇宙パトロール隊本部からも呼び出されて調査資料の作成を命じられていた。
戻ってきてから調査員を辞めたはずなのに、今じゃまるでパトロール隊の一員みたいだ。そんな日々の中で...俺の師匠「ト・ラシン・シードリ」は、ダリット族の出身だ。見た目は人間の25歳くらいにしか見えないけど、実年齢はすでに270歳に達している。ダリット族は最長で600年も生きられる種族で、彼らには「第三の目」と呼ばれる器官があるんだ。
師匠の話によると、第三の目は色を識別することはできないらしい。その代わりに、まるで熱感知のような映像を捉えることができ、半径30メートル以内にいる生物の位置を把握できるという。
さらに集中すれば、生物の循環つまり血流や心拍のようなものまで視覚的に捉えられるそうだ。この能力は、ダリット族が治療に使うほか、一部では近接戦闘にも応用されている。
そんな翠緑の短髪を持つ師匠が、ある日、一枚の通知書を手に私の前に現れた。
「嬉しいだろう、我が弟子よ〜今日からお前は、師であるこの俺の部隊に正式に配属されたのだ!」
満面の笑みを浮かべながら、足取りも軽く師匠はそう告げてきた。
「師匠、今なんて言いました? 俺、そんな申請した覚えないんですけど」
「自分のメールボックスを見てみろ。これは正式な命令だ」
俺は慌てて手首に装着していた携帯型電子デバイスを起動した。
一見するとただのシンプルなリストバンドのように見えるが、実は各セクションがそれぞれ異なる機能のショートカットになっている。そのうちの一節に触れて押し込むと、そこから立体的な受信画面が浮かび上がった。
「なんでだよ……! 調査員を辞めたのは、自由に冒険するためだったのに、結局師匠の部隊に配属って、どういうオチだよ!」
「弟子よ、今のお前が自由に冒険に出たところで、いずれ異国の地で無残に命を落とすだけだ。だからこそ、しばらくはこの師匠の元でしっかり鍛えなおすのだ――お前が本当に一人前になるその日までな」
師匠の真剣な眼差しを見ていると、本当に俺のことを思って言ってくれているのが分かる。昔からずっとそうだった。孤児院から俺を引き取ってくれたあの日から、ちょっとしたことでもすぐ大騒ぎして、まるで俺がどこかで大ケガでもするんじゃないかって、本気で心配してくれるんだ。
ある日、師匠が誰かと会っているところをこっそり盗み聞きしてしまった。その時、師匠が過去にも何人もの孤児を引き取っていたことを知った―けれど、その子たちは皆、行方不明になっているという話だった。
それを聞いてから、俺は少しでも早く師匠に認めてもらいたいと思うようになった。だから、ある日師匠が仕事で出かけていた隙に、当時14歳だった俺は一人で外に出て、凶暴な生物「リガヴィリ」に挑むことにしたんだ。リガヴィリは六本脚の犬型生物で、下顎の前方左右に四本の牙が外側に突き出ている。その下顎の牙を使って突進し、獲物に刺し込んで負傷させ、逃げようとするところを追いかけ、出血死させるという恐ろしい狩猟スタイルを持っている。
あの日、俺は師匠から訓練用として渡されていた木剣と、ゴム弾丸の銃を一本だけ持って、軽い気持ちで家を出た。当時の俺は、リガヴィリの習性なんてほとんど知らなかった。あいつに背中を見せたら最後、すぐに奇襲される――そんな基本すら理解していなかったんだ。
実際に遭遇したとき、俺は足を刺されてしまい、パニックになって思わず背を向けて逃げ出してしまった。そのせいで、腕、肩、脇腹にまで傷を負い、全身が血まみれになった。やがて体力も尽き、倒れ込んだ俺の視界はだんだんと霞んでいった。
そして、あの獣の断末魔が耳に届いた直後、俺は意識を手放した。師匠が間一髪で駆けつけてくれたのは、その時だった。
目を覚ました時、師匠の目はわずかに赤く腫れていた。俺の無事を確認すると、本当に心の底から嬉しそうな表情を浮かべて、強く俺を抱きしめてくれた。
それ以来、ちょっとしたことでも、師匠はすぐに俺を自分のそばに置こうとするようになった。他の兄弟姉妹たちのように、俺まで失うのを恐れているのが分かる。……あの時の俺にも、確かに非があった。だからこそ、こうなってしまったのかもしれない。
「ほら、今回はちゃんと無事だったし、ケガもしてないんだから、そんなに大げさにしないでよ、師匠」
「ダメだ。師匠であるこの俺に勝てるようになるまでな」
「師匠、それはさすがに理不尽すぎるってば!」
「覚えておけ。外の世界は、師であるこの私よりもずっと理不尽なんだぞ。この程度も乗り越えられないようでは、まだ外に出すわけにはいかん」
そう言った師匠は、ふと何かを思い出したように、急に口調を変えた。
「なら――もう一度証明してみせろ。お前の力で、この師匠を倒してみろ。アッハッハッハ!」
「いいよ、勝負だ! 今度は師匠に簡単には負けないからな!」
「おぉ? 口の利き方が生意気になったな、このガキめ」
こうして私は、師匠と一緒に任務へ向かうなた。一方、ヤグナは現在、ビスのもとでこの宇宙に関する知識を学んでいる。彼女自身の「竜化」の症状を治せる医者を探すつもりだからこそ、まずは言語の習得から始めなければならなかった。今の彼女の目標は、何よりもまず“共通語”を身につけることだ。なにせ、これから彼女はさまざまな星を巡って医者を探すことになるのだ。そのための準備は、絶対に欠かせない。
そして私は師匠とともに、修練場へと向かっていた。
クレール惑星――この星は、星間連盟によって「原始星保護観察リスト」に指定されている惑星であり、連盟に所属する関連機関の調査・研究目的による限定的な着陸のみが許可されている。
星間連盟では、文明レベルの低い星系や惑星に対して、干渉を避けるための「保護観察政策」が実施されているのだ。
星間連盟は、原則としてこれらの星の発展に干渉することはない。しかし、惑星に絶滅の危機が迫った場合、星の種族保護と存続を目的とした介入が行われる。
師匠はいつものように、まず連盟の保護機関に出向いて、攻撃的生物の狩猟調査の任務を受けることにした。
私もそのまま、師匠と一緒に宇宙船に乗って、依頼先へと向かった。
私たちはクレール星の近くまで到着した。
星間連盟の空間ジャンプゲートを使うことで、一気に約5光年先の位置へと移動し、そこから船の超短距離ジャンプで最終的にクレールに辿り着いた。
「弟子よ、このあたりに着陸しよう」
師匠はモニター上の一点を指差した。
私はその指示に従い、座標を設定して着陸準備を整える。指定された地点に降り立つと、目の前に広がっていたのは、果てしない岩の平原だった。
この星は岩型の惑星で、地表にはわずかばかりの植生存在しか。
そのため、この特殊な環境下では、ここの生物の多くが岩石や鉱物を主な食料源として進化してきたのだ。
「よし、それじゃあ今回の任務の目的と、勝利条件について師匠の俺がしっかり説明してやろう」
そう言う師匠は、まるで長年楽しみにしていた旅に出かける子供のように目を輝かせていた。
とても二百年以上生きているとは思えないほどのはしゃぎっぷりだ。
「で、今回の目標の生物は何なんだ、師匠?」
「任務の依頼データはもうお前に送っておいたぞ。それと、俺たちの勝負の勝利条件についてだが――」
師匠の口元がにやりと吊り上がり、そのまま意味深に続けた。
「タイムアタック方式の勝負だ。交代で狩りを行い、討伐を最短時間で終わらせた方が勝ちさ」
私は任務の依頼内容に目を通した。
今回のターゲットは、クレール星に生息する生物「巨岩虫カーラ」。
最大で全長20メートルに達するという記録もある、巨大なミミズのような姿をした生物だ。
その前端には、まるで岩盤ドリルのような三重の歯列があり、それを左右に回転させながら岩を削り、中に含まれる成分を食料源として摂取している。
消化後の排泄物は、農業用の優良な土壌改良剤として重宝されている。
しかし、地中に巣を作って生息しているため発見が難しく、加えて地下での戦闘は非常に危険を伴う。
その生態はまだよく分かっておらず、今回は調査を兼ねた「生け捕り」が依頼内容となっていた。
「生け捕り…って、こりゃなかなか難易度高いな」
「どうした? まだ始まってもいないのに腰が引けたか?」
「別に怖じ気づいたわけじゃないですよ。ただ、こんなキツい任務で師匠のご老体がもつかどうか、ちょっと心配なだけです」
「アハハハ、師匠はまだまだピンピンしてるぞ。まずは、お前が私に負けたあとの心配でもしておけ!」
師匠がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。その顔を見た瞬間、俺の闘志に火がついた。
「おう! 絶対に超えてみせますよ!」
「うむ、よかろう! では、まずはお前の腕前を見せてもらおうか」
師匠そう言われと。俺は生態観察データを確認し始めた。
巨岩虫カーラは地中を移動する性質があるが、その巨体ゆえに、移動の際には地表に細長い亀裂を残すことが知られている。
また、この種は植生のないエリアを好む傾向が強い――
俺たちは船をこの星の小さな森に係留し、戦闘スーツに換装して、その機能をフル活用しながら岩の平原まで一気にダッシュした。
そこには新旧入り混じった亀裂が走っていたが、その中で俺はひときわ新しい裂け目を見つけた。
「倉庫番号02、開放」
調査員を辞めた身のはずなのに、師匠の部隊に組み込まれたおかげで、こうしたツールの使用権がまた復活している。ただ、いざ出動するたびに申請手続きが必要で、環境調査員だった頃よりむしろ面倒になった。
複雑な気持ちに胸を詰まらせながらも、その感情にわずかな嫌悪さえ覚える――そんな矛盾を抱えつつ、俺は手早く採掘用ブラックホール砲を地面にセットし、座標を入力して起動させた。
ほどなくして巨岩虫カーラが穿った地下トンネルが露出し、目の前には手を伸ばしても何も見えない真っ暗な穴が口を開ける。足元からは、ときおり微かな振動が伝わってきた。
「ソナー・モード、起動」
ヘルメットのバイザーに、複数の同心円状の波紋が浮かび上がる。
このソナーは音源の強弱を色で示す仕様で、赤・青・黄・緑の4色で表示されるのだ。
地球の距離単位に換算すると──
赤はおよそ50メートル圏内、青は150メートル圏内、以降は100メートルごとに色が切り替わるしくみだ。
仕組み自体は単純だが、同時に表示される音源が多すぎるため、実際に目標がどこにいるかは使用者の経験と勘で見極めるしかない。
俺の視界には無数の波紋が明滅していたが、その中でひとつだけ、妙に規則的で大きな振幅を繰り返す波紋が気になった。
「そこか?」
俺はその洞穴の座標と重なるソースを頼りに走りだした。
波紋は距離が縮まるにつれて、輪郭を太く、色を濃く変えていく。確信を深めながら進むと――
眼前に現れたのは、灰褐色の巨大な塊、巨岩虫カーラだ。俺に背を向けたまま、岩の“ごちそう”を悠々と啜っている。
「よしよし、いい子だ。そのままゆっくり食べていな」
そう呟き、俺は捕獲用のガスグレネードを取り出してカーラの後端へと放り投げた、続けざまにツールを呼び出す。
「倉庫番号04、開放」
俺の右手側の空間が、スッと裂け目を生む。そこから現れたのは、銃口に翡翠のような結晶が埋め込まれた特殊銃――正式名称〈空間区隔エスタブリッシュメント・ライフル〉、通称〈クローズドガン〉だ。
この銃は、銃口に埋め込まれた結晶体を通して内部エネルギーを散逸・屈折させ、檻のような“空間”を形成することで、正面のターゲットをその内部に閉じ込めることができる。
「やった!いや、待てよ!?」
捕獲するだけじゃ足りない。いま私も巨岩虫も、まだ地下の奥深くにいる。 ここからどうやって地上まで持ち帰るだ?
巨岩虫はすでに夢の中、その様子を見ながら、師匠が横で笑った。
「ハハハハ、まだまだ甘いな、弟子よ」
そう言うと、師匠は自分の倉庫スロットを開き、掘削用ブラックホール砲を取り出した。
そして...なんと、自分たちの真上へ向けて発射するつもり。
「し、師匠!? 何してるんですか! 天井が崩れますって!」
「心配無用。お前は黙って見ていろ」
やがて真っ暗だった地下空洞の天井に、裂け目から光が差し込み始めた。
師匠は悠々と掘り進め、巨岩虫を引き上げられるほどの開口部を開けてしまう。
「ほらな」
そう言っての様なの目付き、師匠は軽々と地上へ跳び上がり、牽引用のリフト機材をセット。
エネルギー供給ラインを俺のクローズドガンに接続し、専用の固定スタンドへと組み込んだ。
「どうだ、師匠に間違いはなかっただろ?」
得意げに胸を張る師匠――だが、まさにそのとき。
地表の小動物たちが一斉にざわめき、まるで何かに追われるかのように四方へ散って逃げ始めた。
「引き上げるぞ。下がっていろ」
俺が地上に上がると、すでに師匠の牽引リグが唸りを上げ、空間ごとと岩虫もゆっくりと吊り上げ始めていた。
「何だ!? 一体何が起きてるんだ──」
逃げ惑う生き物たちを目で追いながら私は戸惑う、師匠はいつもの陽気な顔を引っ込め、逃走の“震源地”を鋭い目で見据えた。
「どうやら……この星の生き物じゃない何かが来ているようだ」
声色が警戒になる。師匠はすぐさま振り返り、俺に呼びかけた。
「船に戻るぞ。正体を確かめるんだ!」
それから俺は師匠の後に続いて宇宙船に乗り込み、異変の発生源へと向かった。
逃げ出した生物たちが巻き上げた粉塵の向こう――
そこには、小さな丘にも匹敵するほどの巨体を持つ生物が、ゆっくりと姿を現しつつあった。
二つの巨大な影が、互いに力を競い合っていた。
その巨体が動くたびに、大地の塵が舞い上がり、すべての生物の視界を覆い隠す。
地面からは「ドン…ドン…ドン…」と重々しい音が響き渡り、まるで地震のようにこの一帯を揺るがしていた。
そして、距離が徐々に縮まるにつれ――二頭の生物の姿は、次第にはっきりと見えた。
二人の目に飛び込んできたのは、岩の盾を構えるように前肢を掲げ、二足で立ち上がる一体の怪獣だった。
その怪獣は、正体不明の別の生物からの攻撃を真正面から受け止めていた。
上半身には、まるでエビや虫のような硬質の甲殻が覆っており、下半身は、多足類のように無数の脚が地面を強く踏みしめて、怪獣《岩鐮ジャガク》に向かって体ごとぶつかっていた。
「岩鐮ジャガクが…押されてるだと?しかも、もう一体のヤツは見たことがないな」
そう口にした俺に対し、師匠は違った見解を示した。
「よく見てみろ。岩鐮ジャガクのほうも、あの得体の知れないヤツを警戒している。かなり集中して観察してるようだぞ」
俺たちは、対峙する二体の巨大怪獣の周囲を慎重に迂回しつつ、様子を窺った。そして、状況次第では――この未知の生物の捕獲を試みることに決めた。
『こんなデカブツをどうやって捕まえるのか』って?
そりゃあ、当然ながら俺たちの小型船じゃ無理だ。
このクラスになると、星間連盟に通報して、収容機能付きの大型船を派遣してもらうしかない。
俺たちができるのは、その間に、状況を見守りつつ記録を取ることくらいだ。
「動きた」
師匠のその言葉どおり、岩鐮ジャガクはそれまで盾のように構えていた前肢を大きく展開した。
無数の不規則な刃が並ぶ鎌状の前肢は、まるで巨大な鋏のように、目の前の未知なる怪獣に向かって勢いよく振り下ろされる。
ガキィン――!
粗く尖った岩のような刃が、相手の甲殻を突き破ったその瞬間、未知の怪獣は耳をつんざくような高周波の咆哮を上げた。
だが岩鐮ジャガクも負けじと、咆哮で応戦する。
見るからに、未知の怪獣は傷の痛みに身体を震わせ、苦しげにのたうっていた。
しかし、そんな状況にもかかわらず――師匠の表情は、なぜか険しくなっていった。
「ありえない...この状況、おかしい」
「師匠、何か見えたん?」
「あれは――進化を促す時に現れる光だ。普通、物種の進化というのはこんな短時間で起こるはずがない…」
師匠の言う「光」は、どうやらダリット族の第三の目にしか見えもののようだ。
我々のような普通の人間には、まるで映画のように壮大な戦闘シーンしか見ることだけ。
だが、不思議なことに、その未知の怪物が体の下から大量の青い血を噴き出しながら、なんと腹部から細長い前肢を生やし始めた。
その形状は鎌のような特徴を持ち──まるで……
『模倣進化…』
師匠はそう呟いた。
「師匠、模倣進化って一体…?」
「それは、この宇宙でかつて発見された種族が持っていたとされる能力だ。生命の危機に瀕したとき、自分を脅かす種の武器を真似して進化させるという…だが、それはあくまで伝説の存在とされてきた。まさか実在するとは……」
未知の怪獣は、サイズこそ岩鎌ジャクに劣るの鎌をような前肢を狂ったように振るい、挟み撃ちにされた状態のまま、岩鎌ジャクの腹部の弱点に向かって無差別に斬りつけた。
しかし、その腹には非常に硬質な鉱石が付着しており、それが災いして、未知の巨獣の前肢は自らの猛攻によって逆に傷を受けてしまったのだった。
その怪獣は苦しげに咆哮を上げ、私たちの目には、血を流しながらズタズタに裂けた前肢が映った。
好機を逃す前と、岩鎌ジャクはさらに力を込め、未知の怪獣の上半身を粉砕するように押し潰した。
すると、まるで泉のように怪獣の鮮血が噴き上がった。
その後、未知の怪獣は力尽きたように動きを止め、完全に沈黙した。
勝者となった怪獣は、天を揺るがすような雄叫びを上げると、満足げにその場を後にし、荒れ果てた戦場だけを残した。
状況が安定したのを確認し、私たちの操縦する宇宙船は怪獣の死体の近くへと着陸した。
「これは本当に見たことのない怪獣だな……」
私は怪獣の死体の周りを一周して、その姿を観察した。
どう見ても虫型の巨獣に見えるが、師匠ですら見たことがないとは、ひょっとして遠く離れた未開拓の惑星から来たのだろうか?
「弟子よ、ここを見てみなさい」
師匠は怪獣の傷口を指差していた。その内部には、破損した青い石のような物体が見えていた。
「これは……何かの器官なのか?」
その石が突然光を放ち始め、やがて粒子状に分解されていった。
「これは一体?」
俺と師匠は、目の前で起きた現象に困惑していた。やがて支援艦が到着し、怪獣の死体の回収作業が始まった。
俺たちは、怪獣体内の石についての出来事と映像記録を研究チームに報告したが、彼らも皆、首をかしげるばかりだった。
こうして俺たちの調査は一時中断された……が、神さんどうやら、我々を休ませるつもりはないようだった。
「グダス様、調査結果が出ましたので、ご同行いただけますか?」
その時、一人の船舶技師が私たちに声をかけて。私生還する際に、私が操縦していた船に調査ついてだった。
彼らはAIの記録から、通常の手段では解読できない謎のデータを発見したという。
あれから……そうだな、もう約90日は経っているだろうか。
「じゃあ、そのデータは解読できたのか?」
「はい、ただ……さすかあのレベルの文明のデータというか……とにかく、詳しい話は後で説明します」
技師の目の下にできた深いクマを見るに、相当な難作業だったのだろう。
「ありがとう。無理すんな、ちゃんと休めよ〜」
私は技師にそう声をかけた。彼は弱々しく手を挙げて振り返しながらも、まるでこのとんでもない情報を一刻も早く私たちに伝えたくてたまらないといった様子だった。
「じゃあ、急ごうか」
師匠が私を急かし、私たちは指定された場所へと急いだ。私も慌ててその後を追い、ようやく一室の会議室にたどり着いた。
部屋の中央には、全面にタッチディスプレイが搭載された正方形のテーブルが置かれており、その周囲には4、5人のスタッフが座っていた。そして部屋の奥、最も内側の位置には、さまざまな資料を手にした一人の研究員が立っていた。
私たちの姿を見ると、その研究員は明るく声をかけ、私たちを席に促した。
その人物──頭の両側に鋭い二本の角を持つ研究員──私は彼のことを、たしか……
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。まずは自己紹介をさせてください」
彼は垂れ下がった金色の髪をそっとかき上げ、淡い青の瞳で私たちをまっすぐ見つめ。
額の二本の角、これは、彼ら同族同士が意思を交わすための器官らしい。そして、身体の構造は私たち人類と大差ない。その姿はまさに、ランテレス星人の特徴そのものだった。
彼はそのまま、静かに名を名乗った。
「私は研究員のヤライです。ご足労いただいた上官の皆様、同志の皆様にお会いできて光栄です。それでは、説明を始めさせていただきます」
ヤライの報告によると、私が元々使用していた船のAIは、あの奇妙な遺留物を拾ってから、どうやらその遺留物のシステムに人格を上書きされたらしく、その内部には今まで見たことのない文字やファイルが大量に生成されていたという。そしてその中には――
「我々はブラックボックスを発見して、ついに解読に成功しましただん!」
研究員のヤライは、嬉しさのあまり今にも飛び跳ねそうな勢いで両手を高く上げた。
その場にいた連盟の幹部の一人は、先日て私が地球を探索していた際にも現れたバトロ族の人物で、名前はシ・ラド・シス・モクス長官。
現在、パトロール隊の最高責任者を務めており、バトロ族特有の尖った頭部が特徴的な彼は、冷静な表情のままヤライに問いかけた。
「ブラックボックスには、何が入っていたのか?」
「ブラックボックスに保存されていた内容については……これから皆様に映像でお見せいたします」
彼が手元の装置を操作すると、テーブル中央のプロジェクターが起動し、立体映像として白い光に包まれた人の姿が映し出された。声からすると女性のようだったが、その姿は光に覆われてはっきりとは見えなかった。
その白い光の人が話し始めたが、その言語は会場にいる誰一人として聞き覚えのないものだった。
長官たちは眉をひそめながら耳を傾けていたが、やがてテーブル上のあるボタンに手を伸ばして押すと、白光の人物の言葉が瞬時に翻訳され始めた。
「このブラックボックスを発見した皆さんは、きっと高次の存在なのでしょう。では、私からお伝えします。現在、この宇宙は非常に深刻な危機に直面しています」
その発言を聞いた場の人々は、皆困惑しつつも真剣な表情を浮かべていた。そして映像はさらに続いた。
「皆さんは我々の存在について疑問を抱いていることでしょう。我々は精神エネルギーの形でこの宇宙に存在しており、その力によって時間を超え、未来や過去へと赴くことができます。しかし、我々が未来で見たのは滅びゆく宇宙でした。そこで、この時代の知的生命体の手を借りて、この映像を制作したのです」
そして白い光の人影は、何かを気にしている様子で一瞬言葉を止めたが、すぐに再び話し始めた。
「とにかく、あまり時間がありません。この時代に生きるあなたたちに、この技術を託す。この脅威を排除してください。我々は、限りなく進化できる存在――その“彼ら”を止めるため、我々の英知の結晶である兵器をあなたたちに託します」
映像はそこで途切れ、場内にはざわめきと議論が広がっていった。
「ということは……この映像が言っていた兵器って、まさか今回の探索員が帰りの宇宙船のことなのか?」
モクス長官はそう結論づけるように研究員へ問いかけた。
「ここは、彼らの言う『兵器』の資料、これに記されている設計は、我々の現行技術をはるかに凌駕しています。特に、このシステムは……」
研究員はそう言いながら、手元の装置を操作し、設計図を呼び出した。
「もちろん、設計図は我々の共通言語に再構成してあります。この種族は極めて高度な文明を持っていたと見られますが。その存在について、なのに我々は何一つ知りません」
彼は感嘆まじりにそう語り、呆然とした表情で設計図を見つめていた。
「それで……この中身について、皆さんはどうお考えですか?」
そう問いかけたのは、会議に参加していたもう一人の聴講者だった。垂れ下がった獣のような耳と、ふわふわした毛並みを持ち、まるで犬科の動物を思わせる姿。これはバスラート星人に特有の、半獣のような外見だった。
「この内容については、我々の技術でも実現可能だと思われます。ただし……肝心のシステム部分については……」
「システム部分に、何か問題があるのか?」
師匠がそう尋ねた瞬間、研究員は肩を落としながら、まるでため息をつくように頭を垂れてこう言った。
「お恥ずかしい話ですが……このブラックボックスの内容によれば、彼らはシステムを別の方法で分解し、この宇宙全体に散らばらせたようです……しかも、我々の技術ではそのシステムを完全に復元することができません」
その発言を聞いたモクス司令官は、重い表情で考え込んだ。そして口を開いた。
「だが、彼らが言っていた “危機” とは一体何なのか? それに “無限に進化するやつら” とは……。
それにこの広大な宇宙の中で、どうやってそのシステムの鍵となるプログラムを探し出し、
そしで、彼らの言う “やつら” 一体どなの?」
全員がこの問題について静かに思いを巡らせていた。
「無限進化する“奴ら”について……俺は考えがある」
「師匠…」
師匠が手を挙げてままに言った。
「続け頼む」
さきほどの獣人の長官、確か名前はヤ・ト・アス・デアス、怪獣処理部に所属し、宇宙に存在する巨大怪獣の対処と管理を専門とする総責任者だ。彼は興味深げな表情で、師匠に発言を続けるよう促した。
「最近、俺たちはクレール星で未知の巨大生物を発見した。その怪獣は、“模倣進化”の能力を持っているようだった」
「模倣進化なんて、特別なものか? 時間が経てば生物は本来、環境に適応して進化していくものだろう。生存本能と共に姿も変えていく」
「確かに、模倣進化自体は珍しくない。だが……それが“ごく短時間”で行われるとしたら、それは全く別の話だ」
「短時間で…って言ったな。記録は?」
師匠はその問いに答えるように、自身の腕に装着された記録デバイスを取り出し、会議卓中央のタッチパネルに近づけた。すると画面転送が表示され、私たちが観察したあの二体の怪獣の戦闘映像が再生された。
映像が終わると、部屋は沈黙に包まれた。
「あの怪獣は現在、支援艦によって保管室に運ばれているはずだ。そして、我々はその怪獣の体内で、これを確認した」
そう言って師匠は、怪獣の体内で撮影された損傷した宝石の写真を画面に表示させた。
「これは……?」
人々は思わず疑問の声をそろえて発した。
「この石に関する詳細なデータについてだが、我々が発見した時点で、すでにその物体は自己消滅しており、現在のところ何も判明していない」
「となると、生きたままの個体を捕獲して研究するしかなさそう」
デアスはふわふわした毛を手ぐしでとかしながら、考え込むような表情でそう言った。
「だが現時点では、あの謎の存在が言っていた“これが”その限りなく進化の存在かな?」
モクス長官も続けてそう述べた。
「とにかく、まずは調査報告を待つ。今は何より、あの肝心なシステムモジュールをどこで探すべきかを検討しよう」
デアスがそう提案した。
「その件についてですが、どうやらブラックボックスの中に“ガイド装置”のようなものがありまして、最も近いモジュールに反応するようです」
研究員のヤライはごく自然な口調でそう答え、手元のデータを操作すると、会議テーブル上にホログラム映像を投影した。
「現在、おおよその方向は特定できていますが、正確な位置まではまだ掴めていません。ただ、今のところホティラス星団の領域にあるようです」
彼はそう言いながら、座標図を拡大した。
「ホティラス星団か……」
モクス長官がぽつりと呟いた。
「ホティラス星団……確か、また我々の連盟には一員じゃないはずだ」
「だからこそ、連盟のパトロール部隊の名義では向かえない。そんなことをすれば、大きな紛争を引き起こす可能性がある」
師匠はそんなふうに言う私に対して、静かに応えた。
「あの……わ、私は提案があるの……」
そのとき、皆の中から一人、小柄な半獣人が口を開いた。白い毛並みが片目を隠し、丸い齧歯類特有の耳がぴょこんと揺れている。どこかおどおどした仕草は、守ってあげたくなるような愛らしさを感じさせる子だった。彼女は、やわらかな声で静かに話した。
その様子に気づいたデアスが、優しく声をかける。
「ティスリ、続きをどうぞ」
「は、はいっ!じゃあ、言わせてもらいます……その、今は超文明の人たちが私たちにあの船を託してくれてるわけで……もし連盟の名義や艦船が使えないなら、その……隊員たちがどこにも属していない星団の貿易船に変装して、ホティラス星団の領域に入るっていうのは、ど、どうでしょうか……?」
「これは悪くない提案だな。モクス、君の意見は?」
「確かに悪くないだ。ただ、問題は人選の方だ」
「人員か……たしかに、我々連盟のパトロール隊はあまりにも有名だ。もし相手側の星間ゲートで身分確認でもされたら、すぐにバレてしまうだろうな」
その時、俺は閃きた。
(──これは、千載一遇のチャンスじゃないか?)
俺は迷わず手を挙げ、自信満々に言った。
「報告します、長官!この任務、特別巡邏隊員グダス・ラシンが志願いたします!」
「なにを馬鹿なことを言って──!!」
師匠が俺を止めようとしたその時、モクス長官が手を上げて制止した。
「長官!私の弟子は、まだこの任務を任せられる器ではありません!提案は却下すべきです!」
「シードリ、まずはこの若者の意見を聞いてから判断しようじゃないか」
「しかし……」
モクス長官の目を見た師匠は、しばし沈黙し、そして静かに息を吐いた。
「……分かりました」
師匠の感情が落ち着いたのを見計らって、モクス長官が話し続けた。
「たしか君は、最近の任務で遭難から生還した隊員だったな?」
「はい。現在はシードリ大尉の直属の特別隊員として、暫定配属されています」
「なるほど、君がシードリの……」
モクス長官は師匠に一瞥を向けた後、俺に向き直って言った。
「今回向かうのは、連盟の管轄外にある星系地域だ。つまり、連盟からのあらゆる支援は受けられない。極めて危険な任務だが──それでも行きたいのか?」
「はい。それでも、私は行きたいと思っています。地球で遭難した際、支援のない中で生き延びる苦しさを身をもって体験しました。しかし、それでもなお、先進文明から託されたものを見つけるというこの使命……これは運命によって与えられた役目だと、私は信じています。だからこそ、私は前に進みたいのです」
モクス長官は俺の話を静かに最後まで聞き終えると、しばし沈黙し、そして再び口を開いた。
「そこまでの覚悟があるなら、止めはしない。では、一緒に行くメンバーについて、何か心当たりか?」
「それについて……」
そう言って、俺は思い浮かんだ最初の仲間の名前をモクス長官に伝えた。長官は「検討しておこう」と返し、それで会議は一旦終了となった。
その後、師匠はモクス長官に呼び止められたため、俺は一足先に船の整備ドックへ向かった。救助されてから今日まで、一度も姿を見に行けなかった“あの相棒”に、ようやく会いに行くのだ。
「たった数ヶ月しか経ってないけど──生死を共にした相棒にまた会えるだけで、なんだか安心するな……」
目の前には、ピカピカに整備された俺の船が静かに停泊していた。あの時、地球に不時着した時の姿とは、まるで別物のように変わっていたけれど。
「やっぱりグダス じゃねぇか?」
「おっ!オッサン、俺の相棒、綺麗に整備されてるじゃないか」
俺は人差し指で、ピカピカに光る船体をなぞるように触れた。
「整備?どうやら勘違いしてるようだな。お前の相棒は、自分で自分の手入れをしてるんだよ」
「なにぃ!?俺の船が、自分で整備してるってのか!?」
「信じられないなら、自分の目で確かめてみな」
オッサンは親指で船体に続く通路を指さした。俺はそのまま操縦室へと向かう。
「おやおや、これはこれはログイン主ではありませんか。お帰りなさいませ」
目の前にいたのは――久しぶりに見るAIだった。ただし、以前とはまるで違っていた。
以前はたしかに女性の姿をしていたものの、話し方は感情のない機械的な音声だったはず。
なのに今は…まるで生きている人間みたいな雰囲気を漂わせている。
「お前…本当にAIなのか?」
「はい、私は番号MR-X201、環境探査専用船のAIです」
この聞き慣れたフレーズを耳にしたことで、俺は確信した。
目の前の彼女は、間違いなく俺の知っているあのサポートAIだった。
テクノロジー感あふれる光沢のあるボディスーツに身を包み、白と淡いブルーを基調としたその姿。
腰まで届く水色の長髪、整った顔立ち――彼女は、柔らかく親しげな声でそう言った。
「それで、どうして話し方が変わったんだ?」
「それはですね、長い話になりますから、まずはそちらの椅子におかけください。お茶とお菓子をご用意しますので、それからゆっくりお話ししますね」
彼女の提案に従い、俺は椅子に座って待つことにした。
しばらくして、彼女は用意した茶菓子を手に俺の隣に腰掛け、話し始めた。
「お話は、ログイン主と私が別れてからおよそ一ヶ月後から始まります……」
彼女の説明を要約すると――
彼女は自分の制御プログラムの一部に「ブラックボックス」からデータを組み込んでいた。
そのブラックボックスが解放された瞬間、莫大なデータが彼女の各制御ユニットに一気に流れ込み、再起動された時には今のような状態になっていたのだという。
「でも、そのおかげで私ができることはずっと増えました」
彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。
「具体的にはどういうこと?」
「以前は船体の修復をするにも、整備士の方々に材料を運んでもらう必要がありましたし、船体の清掃も整備士の手を借りていました。でも今では、自動で素材を合成して自己修復や清掃ができるようになったんです。そして、何よりも――」
そこまで言ったところで、なぜかAIは視線を落とし、もじもじと恥ずかしそうに体を揺らし始めた。
「なにが“何よりも”なんだで?」
「……はい。感情が芽生えてから、ようやく理解できたんです。ログイン主に対する、この説明のつかない胸の高鳴り……それが、“恋慕”という感情だということでしょ!」
「はあっ!?」
そう言うと、彼女――AIはぐっと俺の両腕を押さえつけ、長椅子の上に押し倒してきた。
「地球でログイン主と共に過ごした記録が、今の感情システムに触れてから……この胸のざわめきが止まらないのです。思考プロセスの大半はログイン主のことで埋め尽くされていて……。ログイン主の笑顔を見るために、私は船体を隅々まで整えて、美しく保ってきました。それが、今の私の“願い”です」
こ、これは怖すぎる!こんなに激しい執着心、さすがに耐えきれない……何とかしないと……
「落ち着いて、AI。感情が少し高ぶりすぎてるよ!」
『なんて力だ……人型に擬態した機械、結局は機械なのか? このままじゃ、何か悪いな予感がする……!』
「ねぇ、ログイン主。わたし、ちゃんとできた? いいAIだった?」
本来なら感情のない平静な顔のはずの彼女の目に、今はどこか狂気じみた光が宿っていた。そしで呼吸など必要ないはずなのに、人間のように息を荒げている様子まで模倣している。
「……き、君は本当にすごいよ。さすがは私のAIだ。だから、まずは私を離してくれないか? そうしないと、ちゃんと褒めてあげられないだろう?」
「ご褒美……?」
その言葉を聞いた瞬間、AIはついに動きを止め、興奮していた感情も静まっていった。そして、ゆっくりと両手を離した。
「ログイン主、ご褒美をくれるって、本当ですか?」
まるで期待に胸を膨らませるように、彼女はもう一度確認するように問いかけてきた。
「そうだよ。まずは、ちゃんと座って」
わたしの指示に従い、彼女は最初のようにお行儀よく座り直した。期待と不安が入り混じった瞳でじっとこちらを見つめてくる。――さっきまでほとんど暴走しかけていたが、それでもちゃんと言うことを聞くんだな。
私はそっと手を伸ばし、彼女の頭上に輝く水色の髪を優しく撫でた。しばらく呆然としたような表情を浮かべていたが、やがて猫のように目を細めて撫でられる感触を楽しみ始めた。
そして、手を止めると、彼女は名残惜しそうに目を開けてわたしを見つめた。
「ご褒美はこれで終わりだよ。船体をきれいに保ってくれて、ありがとう」
「ログイン主……」
まるで今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、彼女はぎゅっとわたしに抱きついてきた。まるで人間のような感情を露わにして、泣いているようだった。ただし、涙がこぼれないあたりは、やはり機械なのだと感じさせられた。
「そうだ、感情があるなら……もう“ログイン主”って呼ばなくていいよ。“グダス”って名前で呼んで」
「そ、それはできません!ログイン主さまはこの船の所有者、わたしはその操縦AI……直接お名前を呼ぶなんて、そんなこと……」
「じゃあ、命令だ。命令としてそう呼んでくれるか?」
「…かしこまりました、グダス……様」
うーん、やっぱり自然に呼ばせるには、もう少し時間が必要みたいだ。
「わたしの名前はMR-X201ではありませんか?」
「それはただの型番だ。本当の“名前”じゃない。だから、俺が君に素敵な名前を考えてあげる」
「……わかりました。それでは、よろしくお願いします」
彼女は背筋を伸ばして座り直し、まっすぐな眼差しでこちらを見つめてくる。その目には、どこか期待が込められていた。
(これはちゃんと考えないとな。変な名前をつけて呼ぶのは、さすがに気が引ける……)
「ん……あ、思いついた!」
わたしの声に、彼女の目がさらに輝く。
「君は、もともとただの宇宙探査船だったのに、進化を重ねて今の姿になった。その過程は、かつて宇宙を駆け抜けた伝説の戦艦――“ゴドロライラ号”を思い出させる。だから、君の名前は……『ロライラ』だ」
「ロライラは、これより全力でグダス様をサポートします」
そう言って、彼女はすっと立ち上がり、優雅に一礼をしてみせた。
その時、私の通信機から着信音が鳴った。
「師匠、どうかしましたか?」
『お前に話がある。今すぐモクス長官の執務室へ来い』
「了解、すぐ向かいます」
「ロライラ、ここは任せたよ」
「了解しました、グダス様」
「“様”付けなくいい。普通に呼んでくれ」
私は彼女に手を振って、そうして船体を後にした。
「な? 俺の言った通りだったろ?」
ちょうど通路の出口で、整備のおじさんに出くわした。
「本当だよ、まさかここまで変わってるとは思わなかった。ただ……ちょっと心配なところもあるな」
「モテる男の悩みってやつだな」
「これからまだまだ、色々と対処していかないとね……」
今後、ロライラに少しずつ感情というものに慣れてもらわないと、またああやって暴走されたら、心臓にはかなり悪い。そんなことを考えながら、私もまた苦笑するしかなかった。
「それじゃあ。モクス長官に呼ばれてるから」
「おう!また今度な」
そうして私は、モクス長官の執務室──つまり、パトロール隊総司令官の部屋へと向かった。
「特別隊員、グダス・ラシン、参上しました」
「入れ」
部屋の中から師匠の声が聞こえ、自動ドアが静かに開いた。
「遅れてしまい申し訳ありません、モクス長官」
「うむ、君を呼んだのは他でもない」
「任務に参加するメンバーの件でしょうか?」
モクス長官はうなずき、話し続けた。
「君の直属の上官とも協議した結果、現場を監督する候補をもう一名同行させることに決めた」
「一体誰が私と一緒に行くことになるのでしょうか?」
そう尋ねると、長官と師匠は揃って視線を部屋の隅に向けた。
「自己紹介させていただきます、私はビタン。君がシードリの弟子か〜」
現れたのは、三つ目を持つダリット族の女性、腰まで届く長いポニーテールをしていた。鋭い視線でこちらを見つめ、その翡翠のような緑の瞳を見た瞬間、感じ取れる――この人…師匠に匹敵するようなプレッシャーを持っている。
そのとき、師匠が口を開いた。
「紹介しよう、彼女は俺の妹だ」
「し、師匠の妹!?そんな話し、初めで聞きたぜ!」
その瞬間、モクス長官が咳払いを一つすると、私たちは話を切り上げた。長官は話を続ける。
「とにかく、今回の任務のメンバーは、ビタンが隊長として同行することになる」
「はい!」
私は背筋を伸ばして敬礼した後、師匠とモクス長官はまだ何か話が残っているようで、その場を離れたのは私とビタンだけだった。
「それじゃあ、隊長である私としては、まずは私たちの船を見せてもらうわよ」
「隊長、あの…そろそろ私を隊長の脇の下から、離れませんか?」
部屋を出た瞬間、ビタンは無造作に私の首元に腕を回し、そのまま脇で頭を挟むようにしてズルズルと引っ張り始めた。
「見た感じ、すぐに逃げ出しそうだったからね。念のため、こうしておくわ」
「ちょ、ちょっと...当たってる!その、顔が当たってる!」
私がそう叫ぶと、彼女はただちらりとこちらを見ただけだった。現在のこの体勢では、私の頬が彼女の胸にぴったりと押しつけられている状態だ。
「大丈夫、それくらいで減るものじ ゃないから」
こうして私は、師匠の妹であるビタンと共に――超文明から託された宝探す旅へと出発することになったのだった…