ロストプラネットII(LOST PLANET II)-第七章 脅威と希望
怪獣群の撃退に成功した後、時はグダスたちが前線基地へ到着したところまで遡る。
一行が宇宙船を降りると、すでにその降艦口には、自然な癖毛をした灰色の髪の青年男性が立ち、彼らの到着を待っていた。
「ご協力、感謝します!」
青年は疲労の色を隠せない表情をしていたが、その双眸には確かな希望を宿し、グダスたちに向かって敬礼を送った。
「いえ、契約通りの仕事をしたまでです」
ビタンもまた敬礼を返し、そう答えた。
「本官は前線防衛軍第三小隊の隊長、ヒューワート・ライツだ」
「はじめまして。私はモナス商会より派遣された救助小隊の隊長、ト・ラシン・ビタンです。どうぞビタンとお呼びください」
二人が正式な挨拶を交わした後、シャルスが一歩前に出て、ライツに敬礼した。
「第三小隊隊員、シャルス。只今をもって正式に復帰します」
「……帰ってきてくれたか、シャルス」
ライツの表情には疲労が色濃く浮かんでいたが、その目元は赤く潤み、シャルスの言葉に応えた。
「それでは、こちらでの支援も完了し、あなたの隊員もお返ししました。これで我々の仕事も、ひとまず完了といったところでしょう」
そう言って、ビタンはこの場を去る時...
「ボス、ロライラから、この基地に接触すべき対象がいるって話がありました」
グダスは声を潜め、ビタンの耳元でそう告げた。
「そういえば。任務完了後に、ターゲットとの面会を認める。それが依頼条件だったな……」
そう小さく呟くと、ビタンはライツの方へと向き直った。
「ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「どうぞ」
「あなた方の総司令から伺っています。こちらには特殊な機体があるそうですね。前線防衛の支援を終えた後、見せていただけると約束を受けていました」
「なるほど……それでは、少しお待ちください」
そう言うと、ライツは耳元の通信機を操作し始めた。
「こちら第三小隊隊長。確認したいことがある……」
彼が確認を取っている間に、グダスはロライラが宇宙船から降りてくるのに気づいた。
「グダス様、同行をお許しください」
「船の運用に支障が出ないのであれば、構わない」
「ご配慮、感謝いたします」
ロライラは、実に優雅な所作でゆっくりと一礼した。
『正直なところ、まだ慣れない。でも、少しずつ受け入れていくしかないか……』
そう考えながら、グダスは、ロライラが人型へと変化して以来、その立ち居振る舞いや口調に、どこか引っかかるものを感じている自分を意識していた。現実に気持ちを戻そうと、彼は小さく頭を振る。
「確認は取れました。上から、皆さんには許可が出ています」
そう答えたライツの後に続き、一行はゆっくりと歩を進め、彼の案内で格納庫へと向かった。
到着すると、彼らの視界に飛び込んできたのは、全身を漆黒に染めた狼型の機械だった。四足で立つその機体は、整備を受けている最中だった。
「ここだ。この機体がヴァトラヴァ。俺の相棒だ」
そう語るライツの表情は、単に機械を眺めるものではなく、長年を共に戦ってきた戦友を紹介するかのようだった。
「触れてもよろしいでしょうか?」
傍らに控えていたロライラが、感情の読み取れない表情のままそう口にした。
「どうぞ」
ライツは特に疑う様子もなく、あっさりと承諾した。
「許可に感謝します」
グダスたちは静かに見守る中、ロライラはヴァトラヴァへと歩み寄り、そっと手を伸ばした。
その瞬間、彼女の体内へ膨大な情報が流れ込み――彼らの目には、触れていた時間はわずか三秒ほどだったが、糸の切れた人形のように、ロライラは突然その場に崩れ落ちた。
「ロライラ!」
グダスが駆け寄って彼女の体を支えると、ロライラは今にも眠りに落ちそうな表情と声で呟いた。
「システム再起動……スリープモードに移行……」
「ボス、ロライラを先に船へ連れ戻します」
「ゆけ」
許可を受けたグダスは、すぐさまロライラを抱き上げ、宇宙船の方へと駆け出した。その背中を見送りながら、ヤグナとビスの顔に不安の色が浮かぶのを察し、ビタンは続けて指示を出す。
「君たち二人も一緒に行け。女性の手が必要になるかもしれない」
『了解です、ボス!』
二人は声を揃えて応じると、グダスの後を追って走り出した。
「その……こちらの医療班は必要ありませんか……?」
シャルスがそう尋ねると、ビタンは簡潔に答えた。
「問題ありません。こちらで対処できます」
「り、了解しました……」
ビタンの放つ気迫に圧され、シャルスは思わず言葉を詰まらせた。
「本当に、こちらの医療ステーションをお使いにならなくても? 前線とはいえ、設備はそれなりに整っています」
「大丈夫です」
ビタンの断固とした返答を見て、ライツもこれ以上食い下がるつもりはなく、話題を切り替えることにした。
「では、俺の相棒を見て、どのような感想をお持ちですか?」
ビタンは少し考え込んでから、口を開いた。
「正直なところ、予想外でした。人型機械だと思っていましたが、想像していたものとは随分と違っていました」
それを聞き、ライツは苦笑気味に答えた。
「実は人型へ変形することもできます。ただ、現在は整備の都合で、この形態にしているだけです」
「なんですって!? 変形するんですか? それはさらに意外ですね……」
ビタンの言葉に、ライツは思わず問い返した。
「もしかして、可変機構を持つ機械をご覧になったことが?」
「ええ、ありますよ。もっと言えば、我々が乗ってきた宇宙船も可変式です」
「あなた方が搭乗してきた、あの宇宙船が?」
ライツは、にわかには信じ難いといった表情で、深く考え込むのだった。
「ともあれ、こうした可変機械の存在を知ったのも、私自身ごく最近のことです。この世界は、やはり想像以上に広いですね……」
ビタンは、格納庫で待機しているその機械狼を見上げていた。
「本当にそうですね……この世界は、想像以上だ」
そのとき、ライズの通信装置から通報音が鳴り響いた。
「すまない。これから作戦会議がある。シャルス、彼女の案内を頼む」
そう言い残すと、ライツは足早にその場を後にした。
「了解!」
シャルスは挙手礼をしてライツを見送り、その後ビタンの方へと向き直って問いかけた。
「それでは、他に見たい場所はございますか?」
「いや、これで十分だ。先にハンガー区画へ案内してほしい」
「え? 隊長専用機をもう少しご覧にならなくていいんですか?」
「遠慮しておく。今は仲間たちの様子を確認したい」
「承知しました。では、こちらへ」
シャルスはどこか残念そうな口調だったが、それでもビタンをハンガー区画へと案内した。
一方、グダスはロライラを艦へ戻してほどなく、彼女を専用の休眠カプセルへと寝かせた。
「グダス、ロライラはいったいどうしたの?」
そう尋ねたのはビスで、その背後にはヤグナの姿もあった。
「正直、はっきりとは分からない。ただ、意識を失う直前に“休眠に入って再起動する”と言っていた。今は経過を見守るしかない」
グダスに問いかけたのはビスで、その背後にはヤグナの姿があった。
「ロライラ……」
ヤグナはロライラが横たわる休眠カプセルのそばに立ち、不安そうな表情で彼女を見つめていた。
そのとき、ロライラが突然目を開いた。
同時に、休眠カプセルはまるで減圧するかのような音を立て、ハッチがゆっくりと開いていく。
「ロライラ、大丈夫か? 何か異常はないか?」
グダスは真剣な面持ちで問いかけた。
「……」
ロライラはただ呆然としたまま、両手を伸ばして彼の頬に触れた。
その様子を、ビスとヤグナはいつもと明らかに違うロライラの振る舞いに、思わず息をのんで見つめていた。
「どうしたんだ!? ロライラ、答えてくれ!」
そう言いながら、グダスはロライラの肩をつかみ、軽く揺さぶる。
「……あ……システム、リセット完了」
彼女は我に返ったように何度か瞬きをし、淡い黄色の瞳をグダスへと向けた。
「ロライラ……?」
グダスは安堵の色を浮かべつつも、どこか戸惑った表情で彼女を見つめる。
「グダスさん? それに皆さん……私は、どうしてここにいるんですか?」
「ロ……ロライラ、その話し方はどうしたんだ?」
「話し方、ですか? アップデートの際に影響が出たのかもしれません」
ロライラは首をかしげながら答えた。
「とにかく、ロライラは無事そうだね」
ヤグナはほっとした表情でそう言った。
「おう、どうやら大丈夫そうだな」
ちょうどそのとき、ビタンが艦へ戻ってきた。背後にはシャルスの姿もある。
ビタンはシャルスに向き直り、静かに告げた。
「悪いが、少し席を外してもらえるか。会社の用件で、彼らと話す必要がある」
「分かりました。お話が終わったら呼んでください。外で待っています」
シャルスがその場を離れると、ビタンはロライラへと視線を向けた。
「…何か、変わったことはないか?」
ビタンの目には、ロライラの表情が以前よりもどこか柔らかく、人形のような無機質さが薄れているように映っていた。
「そう言われてみると……確かに、私には変化が生じているようです。皆さんの反応を見る限り、アップデート後に感情系統まで置き換えられた可能性があります」
ロライラは頬に手を添え、思案するように言葉を紡いだ。
「それ以外に、何か見落としていることはないか?」
「もう一つ。対象機体のデータは、我々の宇宙船と連動し、特殊な強化を行うことが可能です」
「強化……?」
ビタンは戸惑いながら問い返す。
「具体的には、本艦の合体機構に類する強化関連システムのアップグレードです。」
「合体だって!?」
グダスは目を輝かせ、声の調子も一気に上がった。
「はい。ただし、現時点では設計図が不足しており、このままでは合体を実行することはできません」
「ということは……俺の夢が、さらに一歩先へ進めるってことか?」
グダスはすでに設計案を思い描き始め、無意識のうちに涎が垂れそうになり――その瞬間。
「痛っ!?」
突然ビタンに頭を叩かれ、グダスは驚いて振り返った。
「このバカ! 今のあの機体は、この星の軍が正式に保有しているものよ。私たちが勝手に手を出したら、ただじゃ済まないわ」
「そ、そうだけどさ! でも俺たちはロストテクを回収しに来たんだろ? 目的を果たせなかったら、わざわざここまで来た意味が...」
そのとき、ビタンの通信機に着信通知が入った。
「私も会議に参加しろ、ですって?」
ビタンは通信を開き、額に装着した通信デバイスへと手を当てた。
その装置は、ランテレス星人の技術によるものだった。
彼らの種族特有の通信・交流特性を応用し、本来は頭部に生えた角を介して行われる生体意識由来のエネルギー波動を、他種族でも使用できるよう変換・符号化。
それを額に貼り付ける小型の立方体デバイスへと収め、意識エネルギーとして送信し、受信者の脳へ直接伝達する――秘匿性と小型化を両立した通信装置である。
通知を受け終えたビタンは、改めてグダスへと視線を向け、こう告げた。
「緊急の会議だ。どうやら私たちの助力が必要らしい。グダス、私と来て。他の者はその場で待機」
『了解。』
残りの三人は声をそろえて応じた。
「マ?」
その声を上げたのは、艦内に身を潜めていた団太郎だった。どうやらこちらの騒がしさに気づき、姿を現したらしい。
「団太郎……」
ロライラが小さく呟いたかと思うと、次の瞬間、彼を抱きしめた。
「マ!!!」
団太郎は驚いて、必死にロライラを押し返そうとする。
「なんて可愛い生き物なの……」
ロライラは頬をすり合わせるようにして、団太郎に顔を寄せた。
「会議が終わったら、確認しなきゃいけないことが山ほどありそうだな」
グダスはそう呟く。
「ほら、行くわよ。これ以上待たせたら、また催促される」
ビタンは少し愚痴るような口調でそう言い、歩き出した。
「あ、ビタンさん。お話は終わりましたか?」
シャルスは入口付近で待機しており、ビタンの姿を見つけると、ほっと息をついた。
「ああ、こちらの件はひとまず区切りがついたわ」
「では、こちらへお進みください」
そうして三人は、前線キャンプ内に建てられた、ひときわ堅牢そうな人工建造物へと向かった。
外観は、どこかカプセル型建築を思わせる構造をしている。
「報告! モナス商会の代表をお連れしました!」
続いて、扉の外に設置された識別・スキャンシステムが作動し、無機質な音声が響く。
『皆様、目を閉じてください』
指示に従って目を閉じた瞬間、三人の足元から淡い青色の光が広がり、次の刹那、強い閃光とともに、先ほどまでいた場所は消え去った。
次の瞬間、三人はやや薄暗い通路空間に立っていた。
『目を開けて結構です。前へお進みください』
グダスの目に映ったのは、金属質の通路だった。
床の両脇には淡い黄色の誘導灯が並び、頭上からは控えめな白色灯が照らしている。
正面には一枚の金属製自動ドアがあり、その左右には兵士が直立して警備に当たっていた。
シャルスの足取りに合わせ、彼女が衛兵へ挙手の礼を送ると、空気が抜けるような音とともに、自動ドアはゆっくりと開いていった。
「こちらへどうぞ」
入口では、一名の擬地人女性の士官が出迎え、そのまま三人を案内した先は、軍服姿の高官たちが円卓を囲む会議室だった。
ビタンは防衛省長官の隣席に着くよう指示され、グダスはその後方で待機する。
「まずは、前線防衛にご協力いただいたモナス商会に感謝を」
防衛省長官ラミティアは、そう述べながら居並ぶ将校たちに紹介した。
その言葉を受け、ビタンは立ち上がり、簡潔に応じる。
「お役に立てたのであれば、光栄です」
そう述べると、すぐに席へ戻り、ラミティアへと発言を委ねた。
「今回、彼らを招いたのは、次なる大規模反攻作戦のためです。皆さん、こちらをご覧ください」
その言葉と同時に、会議室中央の天井部から巨大な投影装置がゆっくりと降下する。
装置内には、グダスたちが宇宙空間で遭遇した怪物の姿が映し出された。
異様な鳥の嘴のような頭部に、虫族特有の複眼。
前肢は鎌のように湾曲した三本指を持ち、背部には蛾を思わせる三対の毛羽立った翼が広がっている。
腹部には、いかにも虫族らしい腹腔構造が確認できた。
その映像を前に、居並ぶ将校たちは一様に顔色を失い、各々が重苦しい沈黙の中で思案に沈んでいた。
「観測班からの最新報告では、連中は早ければ一か月週後に到達する見込みです」
リクステル星とトラクス星は互いに重力的な影響を及ぼし合っており、単一の惑星の公転周期は地球時間に換算しておよそ四十時間で一日とされている。
この星系では十日を一週間、二十日をもって一か月週と定義していた。
その説明を聞きながら、ビタンは内心で思案する。
『ここで言う一か月週か……条件次第では、交渉の余地があるかもしれない』
そのとき、一人の将校が挙手し、発言を求めた。
「長官。現有戦力では、この虫どもを食い止めるだけでも限界です。もし主力が姿を現せば、我々は一方的に押し切られる可能性があります」
「その点については、すでに評議会側でも合意が取れています。この期間を利用して軍備を強化する方針が決定され、追加予算も承認済みです。兵器工廠のほうでは、すでに生産スケジュールが組まれています」
そう述べながら、ラミティアは手首に装着した電子端末を操作した。
投影された映像は瞬時に切り替わり、数値や表が並ぶ資料データが空間に展開される。
「こちらが、現在の進捗を前提に兵器工廠が対応可能な生産計画です。決戦の日までに、星衛機を五百機投入できる見込みとなっています」
その数を目にしても、将校たちの表情から不安が消えることはなかった。
ほどなく、別の将校が手を挙げて発言する。
「長官。五百機では、防衛には焼け石に水ではないでしょうか。相手は虫族です。数に限りがありません。五百では、やはり足りません……」
「その点についても、副長官と協議のうえで対策案をまとめています。今回の作戦は、言ってしまえば――背水の陣です。主力討伐作戦について、こちらをご覧ください」
その瞬間、中央に浮かんでいた小型立体投影装置は収納され、円卓の表面全体が戦術用の俯瞰マップへと切り替わった。
ラミティアはその表示を示しながら、説明を続ける。
「少数部隊を囮として機動戦を行い、敵の周辺部隊を引き離します。その隙に、こちらの主力部隊で引き剥がされた敵主隊の残存戦力を叩き、強引に主要目標を撃破する。指揮を担う怪物さえ討ち取れれば、残存個体は統制を失い、散発的な行動に移るはずです」
ラミティアは一度言葉を切り、改めてビタンに視線を向けた。
「無論、現行の武装戦力だけでは目標個体の撃破は困難でしょう。しかし――天は、まだ我々を見捨ててはいませんでした。そこで今回の主力には、モナス商会の協力を仰ぎたいと考えています」
その言葉を受け、ビタンは思わず苦笑を浮かべ、ラミティアへと視線を向けた。
その目は、まるでこう語っているかのようだった。
『その話、初耳なんだけど?』
ラミティアは微笑みでそれに応えると、説明を続けた。
「ほかに質問のある者は?」
一同を見渡すが、誰も手を挙げなかったため、彼女はそのまま会議の終了を告げた。
会議後、ビタンはラミティアと共に彼女の執務室へと向かった。
「どうにも不思議ね。私の記憶では、虫王の撃破まで協力するなんて、約束した覚えはないんだけど?」
ビタンは白々しく、そう口にした。
「それについては、私の独断だったわ。だが前線でのあなたたちの働きを見て……賭ける価値はあると判断したの」
「追加依頼という話なら、こちらにも条件があるわ」
ビタンは、どこか妖しげな笑みを浮かべる。
「言ってちょうだい。私の権限で用意できる報酬なら、対応する。」
ラミティアは表情を引き締め、ビタンの言葉を待った。
「軍が保有している、あの特別仕様機が欲しいの」
「特別仕様機?」
「確か第三小隊だったかしら。変形機構を持つ、隊長用の機体よね」
「それは……先に言っておくわ。その機体は第三小隊隊長、ヒューワート・ライツしか操縦できない。同行を命じることは可能だけれど、本人の意思による参加であることを、私は望んでいるわ」
「そうなの。あなたはどう思う?」
ビタンはそう言って、グダスの方を見た。
「きっと、あの新形態を見れば、間違いなく自分から俺たちと一緒に行動したがるはずです」
グダスは自信満々にそう答え、ビタンは思わず顔に出てしまう。
(……聞く相手を間違えたわ)
一方、ラミティアは怪訝そうに聞き返した。
「新形態……?」
「とにかく、こちらでできる限り彼が自発的に同行したくなるようにします。それでいいでしょう?」
ビタンは半ば強引に話をまとめる。
「それまでの間、引き続き協力をお願いするわ」
こうして防衛署長との話を終えたビタンとゲダスは、帰路についた。
「グダス。ここでの件が一段落したら、やはり一度、師匠のもとで鍛え直してもらったほうがいいわ」
その言葉を聞いた瞬間、設計の構想に胸を躍らせていたグダスの思考は、無理やり現実へ引き戻された。
「ボス、どうしてそんなことを言うんですか!?」
「あなた、場の空気を読む意識が少し足りないわ。気が緩んでいるように見える。どんなことでも、まだ終わっていない限り、決して油断しちゃいけないの」
「はい......反省します」
グダスは先ほどまでの浮ついた気持ちを抑え、視線を落として頭を下げた。
「でも、あたしも兄貴みたいな鬼じゃないわ。これからの働き次第では、今回の件は見逃してあげる」
「はい! 頑張ります!」
「よろしい」
ビタンが満足そうにそう返した、その時――
「お待ちしていました。」
二人を迎えたのはライツだった。彼の隣には、シャルスの姿もある。
「どうしたの? その様子だと、何か話がありそうね」
ビタンが先にそう切り出した。
「はい。もし差し支えなければ、私の小隊のキャンプまで来ていただけませんか?」
ビタンは一瞬グダスに視線を向けたが、彼は特に何も気づいていない様子だったため、すぐに視線を戻した。
「いいわ。話を聞くだけなら構わない。ただし……今はこいつを後継者として鍛えている最中なの。話すならこいつを相手にして、あたしは横で聞かせてもらうわ」
そう言うと、ビタンはグダスをぐいっと前へ押し出した。
「え? あ、光栄です……」
突然指名され、グダスは戸惑いながら答えた。その背後では、ビタンが朗らかな笑みを浮かべ、彼の肩にぐっと力を込める。
(こ、こんな話、初めて聞いたぞ……)
そう思った格達斯の頬には、思わず冷や汗が滲んでいた。
「では、お二人ともこちらへ」
そうして二人は、第三小隊のキャンプ内にある隊長用オフィスへと案内される。
「どうぞ、お掛けください」
ライツは応接用のテーブルと椅子を示し、向かい合う形で二人を招いた。
「それで、俺たちに何の話があるんだ?」
グダスが先に口を開いた。
「君たちに、ひとつ頼みたい依頼がある」
「依頼?」
「このエリアに向かい、生存者を捜してほしい」
ライツが取り出したのは携帯型のリーダー端末だった。画面には座標が表示されており、彼はそのまま言葉を続ける。
「本当は俺自身が向かいたい。だが、職務上の責任があって、ここを自由に離れるわけにはいかない」
「それで、報酬は何だ?」
「君たちの話を、少し耳にしてしまってね。俺の機体が欲しいんだろう?」
そう言って、ライツは視線を落とした。
そのやり取りを横で聞いていたビタンが、口を開く。
「なるほど。どうやら、最初から筋書きは決まっていたみたいね」
「ボス……?」
ライツは、どこか気力の抜けた声音でそう口にした。
「お察しのとおりです。実はこれまでにも何度か上に掛け合い、あの場所へ生存者の捜索に向かわせてほしいと要請してきました……」
「それで、あなたが捜している相手は誰なの?」
ビタンはソファの背もたれに深く身を預けながら、そう問いかけた。
「俺の隊員たちだ。共に生き死にを分け合ってきた仲間……あの二人は、きっとまだ生きている」
「どうして、そこまで言い切れるの?」
ビタンはライツを問い詰めた。そこに、いつもの商人の笑みはなく、真剣そのものだった。
「逆に聞かせてください。もしあなたの家族が戦場で行方不明になったら……すでに死んだと思えますか?」
ビタンは数秒間、黙って彼を見つめてから答えた。
「私なら兄貴のことは心配しないけど……言いたいことは分かった」
そう言うと、ビタンは手を伸ばし、グダスの肩を軽く叩いた。
「分かりました、ボス。この依頼、引き受けを」
「いい知らせを待っている」
こうして話がまとまり、ゲダスたちが宇宙船へ戻ろうとしたその時、艦の前に一つの人影が立っていた。
「お二人とも、会議お疲れさまでした!」
現れたのはシャルスだった。彼女は元気いっぱいに、グダスとビタンへ敬礼する。
「あなた、もう部隊に戻ったんじゃなかったの? どうしてここにいるの?」
ビタンが問いかける。
「隊長から命令を受けました。我々の同胞の捜索に協力するように、と」
「先に言っておくけど、必ずしもいい結果になるとは限らないわ。それでも、その覚悟はあるの?」
「もちろん分かっています。でも、エイドスのやつはきっと、どこかでうまく身を潜めて、私たちを待っているはずです」
シャルスは強い確信を宿した瞳で、そう言い切った。
「水を差すつもりはないけど……私はこれまでに何度も見てきたわ。この混乱の地で生き延びるなんて、簡単なことじゃ――」
ビタンが言い終える前に、シャルスがすぐさま遮った。
「どう考えるかはあなたの自由です。でも私は信じています! エイドスは、絶対に死に物狂いで生き延びているはずです!」
ビタンは半ば諦めたように小さくため息をつくと、グダスに視線を向けた。
「ここからはあなたに任せるわ。実力を見せてもらうわよ」
「はい、ボス! 絶対に失望させません!」
グダスは体を強張らせながらそう答えたが、内心では――
(また師匠のところに逆戻りなんて、ごめんだ……!!)
ビタンはしばらくグダスを見つめ、どこか含みのある笑みを浮かべると、そのまま宇宙船へと乗り込んだ。自分のボスが不穏な笑みを浮かべたのを見て、グダスは嫌な予感を覚えつつ、シャルスのほうへと向き直った。
「とにかく、まずは船に乗ろう」
「はい」
シャルスは敬礼をすると、グダスに続いて宇宙船へと乗り込んだ。
それから地球時間にしておよそ四十時間――この星で言えばちょうど一日にあたる時間が経過し、彼らはついに目的地へと到着した。
「座標から見るに、この場所で間違いないはずだが……それにしても、これは……」
グダス たちの目の前に広がっていたのは、まるで廃墟と化した都市だった。
そして、ある象徴的な建造物を目にした瞬間、グダスはかつてこの地で身を寄せ合い、わずかな時間を過ごした記憶を思い出す。
「ええ……ここは、かつて私たちの都市の一つ――ドルラ市です」
シャルスは、重みのある声でその都市の名を口にした。
「ここの市民は……どうなったの?」
ヤグナが不安そうに問いかける。
「大半の住民は避難できました。でも、時間を稼ぐために残った同胞たちは……ここに――」
シャルスは沈んだ声音でそう言いかけ、次の瞬間、自らを奮い立たせるように顔を上げた。
「ですが、彼らは軍人です。きっと命を懸けてでも生き延びているはずです。もし他にも生存者がいるなら……一緒に救っていただけますか?」
そう言って、シャルスはグダスをまっすぐ見つめた。
「……ああ。もし生存者がいるなら、もちろん救助する」
そう言いながら、グダスはビタンへ視線を向けた。
しかし彼らのボスは、無表情のまま窓の外を見つめている。
「ただし、こちらは依頼目標を最優先とする。星間連盟の基本保障規定に基づき、状況に応じて支援を行う。それが前提だ」
グダスは念を押すように言葉を重ねた。
「感謝します」
その時、ロライラが警告を発する。
「前方に巨大生物群を確認。どうしますか?」
「もう接触か……全員持ち場へ。変形モードへ移行!」
グダスの号令に従い、各員は慣れた動きでそれぞれの席に着く。
だが、その瞬間――ビタンが止めた。
「変形中止。今回は救援任務よ。あの怪物の群れの下に生存者がいたら、どうなると思うの?」
「危害する可能性がありますと...」
グダスは思考を巡らせながら答える。
ビタンは小さく頷くと、口元に薄く笑みを浮かべた。
「では、仮に上陸して捜索できる人員があなただけだとしたら……どう動くべきかしら?」
グダスの額に冷や汗が滲む。彼はゆっくりと口を開いた。
「ま、まさか……俺が……?」
ビタンはあっさりと頷き、声を低くする。
「いい結果を期待しているわ」
「イ、イエス……ボス……」
気落ちした様子のグダスは振り向き、他のメンバーへ力なく指示を出し始めた。
「救助は俺が降下して担当する。ヤグナとビスは負傷者の収容と、その後の処置の準備を頼む」
『了解』
二人は声をそろえて答えた。ビスは苦笑いを浮かべながら応じたが、グダスはそれを気にも留めず、続けてロライラへ指示を出す。
「ロライラ、お前は上空から地上の状況を監視しつつ、地上行動を支援してくれ」
「はい、グダスさん~」
「救助をするなら、私も一緒に降ります!」
シャルスがそう言った瞬間、ビタンが横から口を挟んだ。
「お客様、これは弊社の内部オペレーションです。お客様はここで、私たちからの良い知らせをお待ちください」
そう言いながら、ビタンはロライラへさりげなく視線で合図を送る。
「ではグダスさん、これから転送します。準備をお願いします」
「え? あ、今ですか?」
グダスがまだ混乱している最中、青い転送光が彼の身体を包み込み――そのまま姿を消した。
青い光が消え去ったあと、グダスは目の前に広がる植生を見渡しながら、小声でぼやいた。
「後継者に育てるって話、こんな無茶なやり方もあるなんて……やっぱりボスと師匠、実の兄妹だけあって発想が同じだな……」
ひとつ大きく息を吐くと、彼は頭の中で状況を整理する。
(まずは要点をまとめろ。救助するなら――目標位置の偵察、作戦立案、そして実行だ)
そう考えながら、彼は怪獣の群れの方角へ視線を向ける。
顔には露骨な不本意さが浮かんでいた。
「こんなに巨獣がうろついてる足元なんて、正直行きたくないんだけどな……。
あんな所に喜んで突っ込んでいくのは、師匠くらいのもんだろ……」
その瞬間、グダスの脳裏に昔の光景がよみがえる。
修行のために師匠と共に外へ出て、標的の生物を狩っていた最中。途中で、ビルと同じほどの巨大な怪獣が現れた。
だが師匠は、まるで嬉しそうにその怪獣へ突っ込み、あっさりと叩き倒してしまった。
まるで現実離れした光景だった。
「……あんな真似はできない。だからこそ、知恵を使うのが俺の生き方だ」
そう言うと、グダスは戦闘アーマーを装着する。
続いてヘルメット内部の望遠システムを起動し、怪獣群の足元へ視線を向けた。
「生体センサー、起動」
グダスの声に応じてシステムが作動し、視界に様々な生命体反応が色分け表示される。
体長二メートル以上は赤色。それ以下の個体は黄色。
さらに一メートル未満の小型生命体は緑で表示されていた。
周囲を一通り見渡した後、彼は怪獣の群れの奥にある、崩れ落ちた建物へと視線を固定した。
「あそこか……さすがに俺の実力じゃ、師匠みたいに無茶はできない。でも、隠れて動くやり方ならある」
そう小さく呟くと、収納ワームホールを起動し、その中へ手を突っ込んでごそごそと探り始めた。
「あった。まさか本当に役に立つ日が来るとはな……あの時、買っておいて正解だったか」
そう言いながら引きずり出したのは、そこそこ大きな装置だった。
グダスの目の前にあるその装置は、彼がまだ生態研究員だった頃、メーカーの営業に勧められて――好奇心を満たすために思わず買ってしまったのもの。
指定した生物の鳴き声の周波数を解析し、擬似的に再現・発信できるという“周波発信装置”だという。
しかし当時の彼には転送システムを使う権限がなく、実地調査へ持ち出す機会もほとんどなかった。
結局、使用されたのはたった一度きり。
しかも「持ち運びにくい」という理由で、それ以降は長い間封印されていた――要するに、無駄遣いの産物である。(本人は決してそうは認めないが...)
『今日こそ、お前が役目を果たす日だ。道具ってのは、こうやって使ってこそだろ』
そう言うと、彼は戦闘装甲の補助パワーを利用し、自分と同じくらいの大きさのその装置を軽々と持ち上げた。
そして怪獣たちから十分に距離を取れる安全圏まで移動すると、装置を地面に据え、周波数の設定を開始した。
「まさか、買った物がこんな形で使命を果たすとはな。
つまりだ、俺の買い物はちゃんと役に立ってるってことだ。……ビスの奴、俺の倉庫を見るたびにブツブツ文句言いやがって」
そう独り言を漏らしていたその時、システムモニターに調整完了の表示が現れた。
グダスは立ち上がり、数歩後ろへ下がって装置の先端を見つめる。
するとその先端部分が、まるで花が咲くように回転しながら展開し、独特な外観――衛星アンテナにも似た受信装置が姿を現した。
「作戦開始!」
その直後、グダスが目的地付近へ移動を開始すると同時に、装置は特殊な音響周波を発信し始めた。
周辺をうろついていた怪獣たちは異変に気づき、次々と頭を上げて周囲を見回す。
やがて群れは散開し、音の発信源を探すように動き出した。
「今のうちだ……」
そう低く呟くと、彼はマーキングされている廃墟の中へと滑り込んだ。
グダスの目に映ったのは、薄暗い空間。
崩れた壁、折れた柱、そして散乱した家具が転がる荒れ果てた室内だった。
彼は音を立てないよう慎重に動きながら、生体センサーを頼りに建物内部をスキャンしていく。
ほどなくして、最初の生存者と接触した。
「誰だ!? そこにいるのは誰だ!?」
男の怒鳴り声が、グダスに向かって響いた。
「安心しろ。俺は救助隊だ。どこか具合の悪いところはあるか?」
グダスの目の前にいたのは、若いバダック族の兵士だった。
彼は苦しそうな表情で胸部の保護装置を押さえている。どうやら保湿機能付きの装甲のようだ。
グダスは一瞬、足元の濡れた地面に目をやってから通信を開いた。
「こちらグダス。ロライラ、応答せよ」
『こちらロライラ。どうしましたか~?』
返答してきたロライラの声は、まったく緊張感がない。むしろ……どこか上の空のような調子だった。
グダスは小さくため息をついてから口を開く。
「今から座標を送る。この生存者と俺を一緒に転送してくれ」
するとその時、負傷した兵士がグダスの腕を掴んだ。
「待ってくれ! まだ取り残された人たちがいる!」
「本当か? どこにいる?」
「さっき……彼らのおかげで俺はここまで逃げられたんだ。
今は街の外へ向かっていた。俺が知っているのはここまでだ……」
彼は悔しそうにうつむきながら、グダスの腕を強く握りしめた。
「任せろ。お前は先に俺の船で治療を受けろ」
そう言うと兵士は手を離し、グダスは再び通信を開いた。
「ロライラ。俺はまだ船に戻らない。負傷者だけ転送してくれ」
「了解、なのです」
『……“なのです”?
ローレイラ、感情システムだけじゃなく言語システムまで影響が出てるな……』
そう思いながら、グダスは再び諦めたように小さくため息をついた。
次の瞬間、兵士は青い転送光に包まれ、船へと回収された。
グダスは兵士の言っていた通り、都市の外へ向かう方向へと捜索を開始する。
道中、生体センサーに映る2メートル以下の反応群を一つずつ除外しながら、同時に怪獣の群れを避けて慎重に進んだ。
やがて彼は、激しい戦闘が行われたと思われる区域に辿り着く。
そこでは大半の建造物が完全に薙ぎ払われ、地面は瓦礫だらけになっていた。
所々には、破損した機械の残骸も転がっている。
怪獣の体液らしき痕跡はあちこちに残っている。
だが――死骸は一つも見当たらなかった。
こうしてグダスは生体センサーを頼りに捜索を続け、ついに孤立した二つの個体を発見した。だが周囲の状況は一刻の猶予もないものだった。大型怪獣は囮によって引き離されていたものの、人型の虫人たちはその周波には影響を受けていない。彼らは建物の出入口を次々と破壊しながら、何かを探すかのように徘徊していた。そして目標と思われる二つの個体は、現在四体の虫人に建物内で包囲されているようだった。
「このままだと、生存者の安全は時間の問題だな」
そう呟いたグダスは携行していたレーザーガンを手に取り、そのまま虫人の群れへ突入した。幸いにも隊長級の個体はおらず、ほとんど無傷のまま戦闘を終えることができた。
そしてグダスは建物の中へ踏み込む。
「誰かいるか? 救助隊だ。聞こえたら応答してくれ」
「救助隊だって!?」
なぜか、助けられる側の声の調子が不自然に緊張していた。まるで見つかりたくないのに、同時に見つけてほしい──そんな矛盾した響きがあった。
違和感を覚えたグダスは、生体センサーで目標の方向を確認した。するとその瞬間、目標の一つが素早くその場から離脱した。その動きは、とても負傷者とは思えない速さだった。
「今のは一体……。いや、まずは負傷者の救助が先だ」
目標地点に入ると、そこにいたのは禿げ頭で、浅黒い肌をした中年の男だった。見たところ大きな外傷はないようだ。
「ここには、あんた一人だけか?」
「ああ、俺一人だけだ」
「他の生存者は見なかったのか?」
「い、いや……いない。ここには俺一人だけだ」
だが言葉の途中で、彼は急に思い出したように慌てて続けた。
「そうだ! 仲間がもう一人いるんだ。ここから少し離れた場所にいる。さっきの位置記録がここにある、頼む、あいつを助けてくれ!」
この中年の男はどこか怪しく見えた。だが、その表情は本当に仲間を案じているようで、とても芝居をしているようには見えなかった。
(まあ……万が一何かあっても、その時は逃げればいい)
そう腹を括ると、グダスは目の前の兵士に告げた。
「分かった。座標を送れ。すぐ向かう」
「感謝する……」
負傷者を転送で送り届けた後、グダスは再び生体センサーを起動し、先ほど逃走した生命反応を探した。
だが――すでにその反応は跡形もなく消えていた。
「この脚の速さ、少し異常だな……。今は優先目標じゃない。ひとまず放置だ」
そう独りごちると、彼は生存者が残した座標へと向かった。
どれほど進んだだろうか。
やがて戦域は様相を変え、周囲には機械の残骸と倒れた森林が広がっていた。
グダスは生体センサーモードで周囲を走査し、淡く輝く黄色の反応を一つ捉える。
「この反応……まずい、急がないと!」
生体センサーは体格による色分けだけでなく、生命エネルギーの状態も色の濃淡で示す。
色が濃いほど生命力は旺盛。
薄いほど、生命は尽きかけていることを意味する。
その反応は――明らかに薄い。
一刻の猶予もないと判断したグダスは、急行した。
「救助隊だ。もう大丈夫だ、今助け......」
言い終えるより早く、彼の視界に飛び込んできた光景は、わずかに遅すぎた現実だった。
操縦席と思しき場所で、男は腹部に致命的な損傷を負っていた。
その目は虚ろに前方を見つめている。
だが男は、何かを伝えようとしていた。
「これを……ライツ……に……」
震える手で差し出されたのは、メモリースティックのような小型の記憶媒体。
言葉が途切れた瞬間、男の呼吸は止まり、手からそれが滑り落ちる。
グダスはとっさにそれを受け止めた。
そして静かに立ち上がると、亡骸に向けて敬礼を捧げた。
「お前の願い、必ず届ける。安心して任せてくれ」
そう静かに告げた、その時だった。
ふと、グダスは周囲に違和感を覚える。
即座に生体センサーモードで周辺を走査すると、ひとつの黄色い反応が映った。
「誰だ、そこにいるのは!?」
だが、その黄点はまるで逃げることを最優先にするかのように、急速に移動を始めた。
「問答無用で逃走か……お前は何者だ? 何が目的だ!?」
グダスは即座に追跡へ移る。距離を詰め、あと少しで捕捉という瞬間――
前方から数本の細い針が高速で飛来した。
「なっ!?」
グダスは反射的に宙返りし、迫り来る針を紙一重で回避する。
着地と同時に、追っていた対象の姿を視認した。
「まさか……あの時の虫人か?」
そう判断したグダスの脳裏に警告が走る。
隊長級の個体を野放しにすれば、被害は拡大するだけだ。
「逃がすわけにはいかない」
彼はレーザーガンを構え、攻撃を仕掛けてきた目標へ反撃する。
「逃がすか!!」
だがグダスが狙ったのは目標そのものではない。
その前方にある障害物――植物や倒木を撃ち抜き、崩れ落とす。
視界と進路を乱す、いわば陽動。
思惑通り、目標はレーザー光を直接狙われたと判断し、回避に集中する。
しかしその結果、いくつもの障害物に連続して衝突し、体勢を崩して足を止めた。
「捉えた!」
グダスはレーザーガンを収め、代わりに光束剣を引き抜く。
そして、一気に間合いを詰めて――斬りかかった。
『キィンッ!』
鋭い衝突音が響く。
グダスは、自分のビームサーベルを両腕で受け止めている虫人を睨んだ。
接触部位はわずかに焼け焦げているが――その天然の外殻は、想像以上の硬度を誇っている。
「言葉が話せるなら、弁明してみろ……虫人!」
「わ……我らは……あなたと敵対する意思は……ない……」
目の前の虫人が言葉を発したことで、グダスは一瞬驚愕する。
だが剣を引くつもりはない。さらに問い詰める。
「敵意がないだと? それをどうやって信じろと言う?」
虫人はなおもその防御姿勢を保っていたが――やがて片手を離し、グダスが握る柄を掴んだ。
次の瞬間。
自らその光束剣を、自身の脆弱な関節部へと押し当てる。
「なっ――!?」
刃は虫族の関節を断ち切り、左前肢が根元から切断された。
藻藍色の体液が噴き出し、地面を染める。
激痛に震えながらも、虫人は声を絞り出した。
「こ……これで……足りるか……」
自らの一部を犠牲にしてまで対話を求める虫人。
その覚悟を前に、グダスは光束剣の出力を止め、刃を引いた。
そして、傷ついた虫人の前に立ち――静かに問いかけた。
「なぜ、腕を失ってまで俺と話そうとする?」
虫人は荒い呼吸の合間に答える。
「わ……我は……分かっている……同胞たちが、ここで行っていることが……あなた方にとって、信じ難いものだと……。だからこそ……ここまで示すしか、ない……」
「死ぬのは怖くないのか?」
「死……? 我らの群体において……群体の死こそが、真の死だ……。
ゆえに……我一体が失われようとも……群体が生き延びるなら……それで価値がある……」
その言葉を聞き、グダスは小さく息を吐いた。
「……分かった。ひとまず信じる。その前に、治療を――」
「不要だ……この程度の損傷……止血は、可能だ……」
苦悶の声を漏らしながら、虫人の切断面に薄膜のような組織が形成されていく。
自律再生、あるいは応急封鎖機能らしい。
「我は……同胞を、止めに来た……。ゆえに、あなた方と敵対する意思はない……。
あなたが……我を信じるなら……それで目的は達せられる……」
そう言うと、虫人は鞘翅を広げた。
「待て! 俺を襲った奴は、まだ攻撃してくるのか!?」
「我らの群体は広大だ……。あなたの言う“同胞”が誰か……我には分からぬ。……さらばだ」
それだけ言い残すと、虫人は加速し、空へと飛び去っていった。
残されたグダスは、しばし呆然とその背を見上げる。
――その時。
ヘルメット内部に、通信の着信音が鳴り響いた。
「こちらグダス」
『捜索状況はいかがでしょうか~?』
依然として調整中のロライラが、どこか微妙におかしな抑揚で応答する。
「いったん俺を転送してくれ。艦内で報告する」
『受領しました~』
次の瞬間、グダスは転送用の青い光に包まれ、瞬時に宇宙船内へと帰還した。
「お疲れさまです、グダスさん~」
艦内に戻ると、ロライラが出迎える。
「ただいま戻りました。ボス、報告事項があります」
グダスは、負傷者の状態をビスと確認しているボスへ視線を向けた。
「おかえり。ちょうどよかった、こちらも部隊を一度収容するつもりだったところだ」
「何かあったんですか?」
「詳しい話は、全員そろってからにしよう」
そして――他のメンバーがブリッジに集合したところで……
「では、まずは目的達成を宣言しておこう」
ビタンがそう切り出した。
「目的達成……?」
グダスは訝しげに復唱する。
「ボス、それって二人目の救助対象の件ですか?」
ヤグナが確認する。
「そうだ。だが、グダスだけが戻ってきたということは……あまり良い知らせではなさそうだな」
そう言って、ビタンは視線をグダスへ向けた。
「彼からは、俺が依頼された座標へ向かい、仲間を捜索することになったと聞いているはずだ。
そこで瀕死の状態だった彼から【ライツ】という名前を聞いた。それと、これを渡してほしいと託された」
グダスは受け取った記憶装置を差し出す。
ビタンはそれを受け取り、ひと目確認したあと、低く呟いた。
「やはり、起きてしまったか...」
その声音は重い。
一瞬だけ目を伏せた後、彼は装置を再びグダスへ差し戻した。
「これを依頼人に直接渡してくれ。君の口から事情も説明するんだ」
「了解。それと、もう一件報告があります」
その言葉に、ビタン、ビス、ヤグナの三人の視線が一斉にグダスへ集まる。
ビタンは静かに顎を引き、続きを促した。
「ヤグナを救出した時に遭遇した……あの女性の外見をした虫人と、再び接触しました」
この話が出た瞬間、船内の空気が一気に張り詰めた。
中でもビタンは、まったく感情の起伏を見せない声で静かに問いかけた。
「続けろ」
「奴らは俺たちの言語を話しました。実際に会話もしています。奴は、自分たちは俺たちと敵対するつもりはない、同胞を止めるために来た――そう言い残して去りました」
「同胞を止めるため、だと?」
「はい」
グダスの返答を聞いたビタンは、考え込むように腕を組み、数歩ほどゆっくりと歩き回る。
そして足を止め、他のメンバーへ向き直った。
「ともかく、これは予想外の情報だ。奴と再び接触し、真意を確認する必要がある。それまでは、この件を我々以外の誰にも漏らすな。いいな?」
『イエス、ボス!』
その場の全員の返答を聞き、ビタンは満足げに頷いた。
その後、グダスが預かっている品を依頼人へ直接渡すため、一行は前線基地へと帰還することになった。
「まさか、これほど迅速に任務を終えてくるとは思いませんでした。こちらでも負傷兵二名を収容しています。名簿は確認しました。皆さんには感謝していますが……しかし……」
グダスとビタンの目の前には、椅子に座ったライツがいた。
しかし彼はそこまで話すと、急に気落ちしたように沈み込んだ。
「どうか、お体を大事にしてください。それと……状況の報告に来ただけではありません。瀕死の人物から、あなた宛てにと託された物を預かっています」
「……?」
グダスの言葉を聞くと、うつむいていたライツはゆっくりと顔を上げ、彼の手元へと視線を向けた。
「これは……機体の通信記録装置...」
ライツはそれを受け取り、その装置を静かに見つめた。
「では、今日はこのあたりで失礼します。戻ったばかりで少し疲れていまして……続きの話は、また明日にでも」
ビタンがそう言うと、グダスは首をかしげて彼女を見たが、ふと思い当たったように続けた。
「そうですね。ほとんど一晩中、休まず移動してきましたから」
二人の言葉を聞いたライツも、自分の疲労を改めて感じていた。
仲間を探し続ける日々の中で、彼は長い間まともに眠れていなかったのだ。
「……分かりました。先に休んでください。ありがとう」
「では、あなたもどうかゆっくり休んでください」
ビタンは礼儀としてそう言った。
もっとも彼女の目には、依頼を受けた時よりもさらに濃くなったライツの隈が、はっきりと映っていた。
―――――
二人を見送ったあと、ライツは手に握られている機体内蔵の通信記録装置を見つめていた。
「……」
ライツは一言も発さないまま、その通信記録装置を自分のオフィスの端末に差し込む。
やがて、モニターに映像が表示された――
映像の冒頭は、金属が激しくぶつかり合う音と爆発音が入り乱れる混沌の中から始まった。
画面に映っている男はエイドスだった。
だが、その額には傷があり、流れ出た血が鼻筋の両側を伝って頬へと滴っている。
彼はカメラに向かって語りかけた。
『悪いな、相棒……どうやら今回は逃げ切れそうにない』
「っ……!!」
ライツの顔色が一気に青ざめ、映像を見つめた。
『時間がねえ。余計なことは言わない。ライツ! これはお前のせいじゃない。だから気に病むな。俺はただ、やるべきことをやっただけだ』
『それから……シャルスのやつには、こんなみっともない姿を見せたくない。あと、おっさんにも伝えてくれ』
この映像を見ているライツの顔には、すでに涙が止めどなく流れていた。
彼は親友の遺言を見届けていた。
『悪いな……余計な世話を焼いて、お前より先に逝くことになっちまった。
俺たちの故郷……すまない。俺にはここまでが限界だ。取り戻すその日を、この目で見ることは――』
『ああああああああっ!!!!』
話し途中にエイドスの悲鳴と同時に、映像は突然途切れた。
「エイドス!!!!!!」
ライツは感情を爆発させ、モニターにしがみついた。
すでに自分の声など届くはずもない、逝ってしまった友へ向かって、悲痛な叫びを上げる。
――だが、しばらくして映像が再び表示された。
そこに映るエイドスは、口元にも血がにじみ、先ほどよりもさらに苦しげな表情で言葉を絞り出していた。
『最後に……俺の同胞たちに……いい知らせを期待してる……』
エイドスがそこまで言ったところで、映像は完全に途切れた。
「うぅぅ……!! くそぉぉっ!!!」
ライツは激昂し、机を強く叩いた。
その瞬間、右腕に刻まれた傷痕が強烈な赤い光を放ち始める。
まるで燃え盛る炎のように明滅していた。
しかしライツは、その痛みなど意に介さず、唇を噛みしめながら言った。
「エイドス……必ずお前にいい知らせを持っていく。
だから、どうか安らかに眠ってくれ……」
ライツはそう誓い、固く拳を握り締めた。
―――




