ロストプラネットII(LOST PLANET II)-第五章 救出(後)
その頃、グダスは来た道を辿り、出口へ戻ろうとしていた。
途中、生体センサーに映る巡回中の虫人たちの反応が──
一体、また一体と、突然消えていく。
この異常すぎる現象に、グダスは即座に警戒態勢へ移行した。
「前方、様子がおかしい。迂回するぞ。」
三人はそのまま別ルートへ進む。だが、その途中でグダスは異変を察知した。
自分たちが避けて通ったはずの虫人反応が、背後から次々と消失している。
まるで何かが、彼らを飲み込みながら迫ってくるかのように。
このまま見過ごせば危険は必至。そう判断したグダスは、すぐに行動を決めた。
「ヤグナ、これを持っていけ。」
「グダスさん、これは……?」
ヤグナの手に渡されたのは、丸い手鏡に似た小型デバイスだった。
「中に船の座標を入力してある。表示されるガイドに従って先に行け、後ろから来る ‘何か’ は、俺が食い止める」
ヤグナが手にしているのは、簡易型位置マーカー。
限定周波数の信号のみを受信し、座標を表示できる携行デバイスで、現在は我々の宇宙船とリンクしている。
本来は手伝おうと思っていたヤグナだったが、今の自分では足手まといになるだけだと理解し、飲み込むように言葉を閉ざした。
「……わかりました。グダスさん、どうかお気をつけて」
「うん。急いで行ってくれ」
そう告げると、グダスは先ほど感知した異常の方向へと駆け出した。
彼の視界に入ったのは、自身とほぼ同じ背丈の人型。
そして次の瞬間、そいつの両眼――いや、複眼が赤くを宿したように輝き、薄暗い緑色の燐光に照らされながら、ゆっくりと、確実に歩み出てくる。
「新種……なのか!?」
思わず息を呑みながら、グダスは目の前に立ちはだかる未知の生命体を、細部まで見逃すまいと凝視した。
外見はどこか装甲のようであり、グダスたちが身につけているアーマーを思わせる部分もあった。
だが、よく目を凝らせば――それは人工物ではなく、生体素材がそのまま赤く硬質化した外骨格だと分かった。
さらに、グダスは気づく。
その両腕には――見覚えのある傷痕が刻まれている。
「まさか……お前は、あの時の**隊長級**か?」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の虫人はまるで意味を理解したかのように感情を昂らせ、
仮面めいた顔の下顎をカチカチと鳴らした。
次の刹那――
まったくの無警告で、拳が一直線にグダスへと襲いかかる。
ヘルメット内部が一斉に警告音を鳴らし、瞬時に防護シールドが解除されてしまった。
「カカカカ~」
虫人は愉悦を滲ませたように、再び喉を震わせる。
「ありえない……防護シールドを突破した……だと……」
グダスは苦しげに息を吐きながら、ゆっくりと体を起こす。
しかし――虫人は追撃しようとはしない。
まるでその実力を確かめるかのように、グダスがしっかりと立ち上がるまで静かに待ち構え。
そして、再び拳を振り下ろすため踏み込んだ。
「さっきは油断したが……今度こそ、本気でいく!」
そう言い放つと、グダスはビームサーベルを振り上げ、虫人の突き出した腕を狙って斬りつけた。
だが、刃が触れた瞬間――手応えはまるで硬質装甲に弾かれたように反発し、斬撃は通らなかった。
「やはり……普通の攻撃では通用しないか」
そう呟いたグダスは、両手で柄を握り直し、中段に構えを取る。
深く息を整え、目の前の敵だけを凝視する。
虫人は、なぜグダスが動かないのか理解できないように小さく頭を傾げ、次の瞬間、低い姿勢から一気に突進した。
拳がグダスの腹部を狙って迫る――
「ハァッ!」
師匠から叩き込まれた教え通り、グダスは生体の可動部を狙い、電光石火の速さで突きを放った。
刃は外殻を貫くほどの威力はなかったが、表面を焼き切り、わずかな損傷を与える。
しかし、昆虫種の関節は外骨格ほど強靭ではない。その一撃は確実に効果を与えていた。
激しい攻防が数十秒続いた後、虫人が奇妙な声を上げた。
「カッ……カッ?」
その赤い複眼が、自らの四肢の関節を見つめている。
「やっと異変に気づいたか」
目の前の虫人が困惑した理由――それは、関節部がすでに破壊され、動きが明らかに鈍っていたからだ。
「カ――ッ!!!!」
怒号のような叫びを上げる虫人をにらみつけながら、グダスは携行していたレーザーガンを持ち上げ、その頭部へ狙いを定めた。
「これで……ようやく終わりだ」
引き金を引く。
放たれた光線が敵の額へと直進し――このまま決着がつくはずだった。
だが――
「なっ……ま、まだ一体!?」
どこから現れたのか、別の虫人が横から飛び込み、その特化したような腕部で光線を受け止めた。
その外見は、先ほどグダスに動きを封じられた個体と同格――同階級に属する個体であることは明白だった。
「カ……カカカカ……」
その声は鋭く甲高く、外見は人間の女性に近いシルエットを持ちながら、黄と赤の外骨格が全身を覆っていた。
特に両腕には、種として特化した生体構造が発達しており、負傷した同族に向けて何かを交信したあと、黄色い複眼でグダスを捕捉し、衣の袖のように広がった両腕を掲げた瞬間――細針が高速で射出された。
「なっ――!?」
危険を察知したグダスは即座に通路脇の壁面へと身を滑らせ、射撃が止むのを待つ。
一定時間の連射が途切れ、慎重に顔を出して状況を確認しようとしたその瞬間――
強烈な閃光が炸裂し、視界が真っ白に塗りつぶされた。
目の奥に焼き付くような痛みの中、突然、全身を叩きつける衝撃が走り、壁を貫く勢いで吹き飛ばされる。
ようやく滑り止まり、視界が回復した頃には、さきほどの二体の姿はすでにどこにもなかった。
「生体センサーでも捕捉できないとは。これは厄介だ……」
そう呟いた瞬間、より深刻な事態を思い出す。
「まずい!ヤグナはあの二体に遭遇されたら!」
その瞬間、グダスは周囲に正体不明の気配が走ったことに気づいた。
「誰だ!?」
起き上がった位置のすぐ近く。そこで、ひとつの人影が現れた。全身に戦闘用アーマーをまとった人物。
其の者は、外でビタンと一時的に協力していた、あの謎の戦士だった。
「おかしいな、こんなところに人がいるなんて……?」
グダスの視界に入ったその人物は、男性の声でそう言った。
「いや、その台詞はこっちの方だ。お前は誰だ?」
目の前の男は、頭をかきながらどこかとぼけた様子で言った。
「まあ、説明しようとすると少々ややこしいんだが――要するに、俺はこの化け物を追っている最中なんだ」
男は一方的に話しながら、掌の上にホログラム投影を起動した。
そこに映し出されたのは、先ほど俺の戦闘に割り込んできた、女性的な特徴を備えたあの虫人の姿だった。
「っと、今はこんな話をしている場合じゃな!」
グダスが踵を返して走り出そうとすると、男は諦める気もなく後に続いてきた。
「それで、お前はあの化け物を見たのか?」
「見たよ! 今はそいつが仲間のところへ行ってないか心配で、急いでるんだ!」
「それなら都合がいい。よかったら、俺も一緒に行っていいか?」
「敵じゃなきゃ好きにしろ」
「なら、お言葉に甘えさせてもらおう~」
『ヤグナ...どうか無事に逃げていてくれ……』
そう願いながら、グダスはヤグナと別れた方向へと走り続けた。
ーーー
そのころ、グダスとは別行動を取っていたヤグナたち。
「この方向なら、もうすぐ出口に着くはずだ」
ヤグナはほっと息をつきながらそう言った。
「やっと外に出られるんだね」
シャルスも表情を緩め、安堵を見せる。
だがその時――
背後の方角で、何やら騒ぎの気配がした。まず響いてきたのは、壁を叩き割るような激しい衝撃音。
「どうしたの!?」
シャルスが何かに気づいたように、後ろへ振り向く。
「シャルスさん、何かありましたか?」
「いや……嫌な予感がするの」
彼女が目を凝らして後方を見つめると、ブゥゥン――と“羽音にも似た反響音”が、次第に明瞭になってきた。
「なにかが近づいてる! 早く!」
シャルスは叫ぶと同時に、ヤグナの手を掴んで走り出した。
「えっ!? えええええ!?」
状況がまったく呑み込めないヤグナは、そのまま片腕で団太郎を抱え、
シャルスに引かれるように走り出した。
そして――出口が目前に迫ったその瞬間。
一陣の衝撃波が、まるで弾き飛ばすように彼女たちを外へ押し出した。
『きゃあああああ――!!!』
二人は叫び声を上げながら地面を転がり。
やがて、洞口外の岩にぶつかってようやく止まった。
団太郎はすぐに身を起こし、洞口の暗がりをじっと睨みつける。
「団太郎...?」
ヤグナは痛みに顔をゆがめつつ名を呼び、その視線を追うように洞口へと目を向けた。
ほどなくして――洞内から影がひとつ、風を切って飛び出した。
先ほどグダスと対峙していたあの虫人たちである。
もちろん、事情を知らないヤグナにとってはただの“見知らぬ存在”にすぎなかった。
その虫人は、ただ一瞥するだけでヤグナたちに見回し――
「カッ、カッ、カッ、カッ!! カッカァァ――!!」
抱えられているもう一体の虫人が、激昂したように甲高い声を上げ続ける。
だが、彼を抱いて飛行している方の虫人は、ヤグナたちを見据えたまま、
何か低く呟くような仕草を見せただけで、同族の興奮など意に介さず――
そのまま、二体は空の彼方へと飛び去っていった。
「いまの……いったい何だったの……」
シャルスが呆然とつぶやいたその時、ヤグナの腕輪型通信端末が着信を知らせる電子音を鳴らした。
「こちらヤグナです」
「ようやく繋がった……よかった、無事だったかヤグナ!今、あんたたちは“怪獣級”の体外か?」
通信越しに、ビスが安堵した吐息を漏らす声が聞こえる。
「それと、グダスはそばにいるか?こっちはいまだに彼と通信が繋がらないんだ」
「グダスさんは……時間を稼ぐため、まだ中に残っています…」
「時間稼ぎ!? まずい……あの怪獣級、今まさに高度を上げて外層に出ようとしている。宇宙空間まで離脱されたら状況が一気に悪化する。いいかヤグナ、とにかく今送った座標まで向かってくれ。そこから船に回収する」
「ビス、こちらには同行者が二名がいます。彼女らも一緒に回収してもらえますか?」
「他の捕虜か? 問題ない、まとめて引き上げよう」
通信が切れると、ヤグナは手首の端末に映る誘導表示を確認し、シャルスと団太郎を伴って指定地点へ向かって駆け出した。
その頃、宇宙船ではビスとロライラに加え、先ほど神秘の人物を見送ったあと回収されたビタンも船内に戻っていた。
やがて、グダスも怪獣級の内部から脱出し、合流した。
「ヤグナ! 無事だったか!!」
「グダスさん」
「虫人に遭遇したか?」
「虫人かどうかは……はっきり分かりませんが、私たちもさっき相当驚かされました。
でも幸い、向こうが急いでいる様子で、私たちには何もせず去っていきました」
その時、グダスの後ろにいた“神秘の男”が口を開いた。
「えっと……つまり、君たちが言う“虫人”は逃走した、ってことでいいのかな?」
「あなたは誰? それとも、あなたも捕虜だったりするの?」
シャルスが問いかける。
「あ〜、俺は捕虜じゃないよ。それより、奴らがどっちへ逃げたか心当たりは?」
男は軽い調子のまま、話題をふたたび虫人の行方へ戻した。
「確か……あっちの方向へ飛んでいったみたいです」
「あなたも私たちと一緒に船へ避難しませんか?今、私たちは怪獣級の背中にいるみたいで……このままでは危険です」
「気にしなくていい。俺にはまだ急ぎの用があるんでね」
そう言い終えた謎な男の身体に、再び電子スキャンのような光が走った。
頭頂から足元へ向けて“読み取る”ように光が流れ、そのまま彼の姿はふっと消失した。
「変な奴だったな……。さて、ヤグナが無事たし、俺たちも急いでここを離れるぞ」
こうしてグダスたちは宇宙船へ転送された。
「皆さん、ご無事で本当に良かったです」
声を掛けてきたのはロライラだった。
「おかえり〜。ヤグナ、本当に無事でよかった……!」
ビスは嬉しさのあまりヤグナを抱きしめ、ふたりは思わず涙ぐんだ。
「あの……あなたたちって、民間の企業なんですよね?」
シャルスが遠慮がちに問いかける。
「あっ、すみません。ええ、ここはモナス商会の輸送船ですよ」
ビスが感情を整えながら答えたその時、ビタンが姿を現し口を開いた。
「あなたが、防衛署の方が言っていた“同胞”ですね?」
「まさか…ラミティア様が私なんかの兵士のために、あなたたちに依頼を……」
シャルスの目に涙が浮かび、信じられないという表情を見せたところで、ボスが言いた。
「あなたのために依頼されたかどうかは知らないが。でも、私たちは自分の社員を助けるために動いていたんだ。あなたの救出は……まあ、“ついで”ってやつさ」
そのあまりにも飾らない言い方に、涙を浮かべていたシャルスの表情が一瞬で固まり、まるで魂が抜けたように死んだ魚のような目でつぶやいた。
「…そ、そうですよね。私なんて……ただの一兵士。本来、そんな待遇を受けられるはずも……」
その反応を見て、ボスは悪戯っぽく笑った。
「この兵士、面白いな」
そしてすぐに表情と口調を引き締め、ヤグナへと向き直る。
「ヤグナ隊員。よくやった。無事に生きて戻ったな」
「は、はい!ヤグナ隊員、正式に復帰だ!」
ヤグナは姿勢を正し、敬礼して応じる。
その様子に満足そうにうなずいたボスは、今度はグダスへ指示を飛ばした。
「グダス、もうひと仕事だ。目の前の怪獣級を片付けてこい」
「お任せを、ボス! ロライラ、変形だ!!」
「了解。プログラム起動。ロレイラ号、変形開始」
ロライラの紅い瞳が情報読み取りの光を瞬かせ、巨大船体の変形が始まった。
「な、な、何なのよこれ!?!?」
変形に伴って外部映像がぐるぐると回転し、シャルスは混乱して辺りを見回す。
「ほら、お客様はこっちだ」
変形過程が客室と操縦ブロックを隔離し、彼女たちの声は一旦そこで途切れだ。
変形を終え、俺は既に超合体鋼鐵機人ガンーヤ゙ーゴウーの操縦状態に入った。
そしで、通信機からビタンののんびりした声が響く。
『ほらほら〜、早くしないと怪獣級が逃げちゃうよ〜』
すぐ横では、シャルスの悲鳴が混じる。
『こ、これは何なの!? 変形!?宇宙船って……変形するものなの!?』
「ロライラ、兵装庫ナンバー2、取り出し」
「了解。座標ロックオン」
直後、機体の横に転送用のブラックホールが開き、その内部から柄がせり出す。
「怪獣級用斬撃剣、抜刀!」
掛け声とともに、機体は音声指示に合わせて左腕を伸ばし、反手で柄をつかむ。
ゆっくりとワームホールから引き抜き、右手へ持ち替えつつ構えを整える。
ついに武器の全貌が露わになった。
その武器は、まるで上半分が欠けで巨大な実体剣のように見えた。
次の瞬間、折りたたまれていた刀身中央部がスライド伸張し、幅広く短かった形状が細長いシルエットへと変わる。
外から見れば、「この剣で本当に怪獣級を斬れるのか?」と疑いたくなるような代物だった。
しかしその瞬間――
柄が展開し、エメラルド色の光刃が実体刀身を包むように形成される。
その光刃の長さは、機体本体の約1.5倍に達していた。
「食らえ!銀河一刀両断!!!」
グダスの叫びと同時に、緑色の光を放つビーム刃がまるでその叫び声に呼応するかのように伸張し、円盤型怪獣の直径をも軽々と超える長さへと到達した。
その一閃は、まるでケーキを切るかのごとく滑らかに、怪獣の胴体を真っ二つに断ち割った。
「ススス……」
弱々しい鳴き声を残し、円盤状の虫型怪獣の身体はズパリと真っ二つに裂け、青い血液と体液を撒き散らしながら、巨大な “生体廃材” となって無力に地面へと落下した。
俺の手に握られた対怪獣斬撃剣も、その一撃で電力が空になり、ビーム刃は完全に消失。
この武器はまだ試験段階で、電源供給系統も未完成だ。内蔵バッテリーの許容量をほんの少しでも超える出力を出せば、今回のようにあっという間にエネルギーが尽きてしまう。
俺は電源の落ちた剣を手早く転送ホールへ返却し、後方の補給班へ送った。
「ロライラ、船モードへ戻せ」
「了解。移行を開始します」
一瞬の変形プロセスを経て、宇宙船はいつもの姿へと復元される。
その間も、矢継ぎ早に質問を浴びせ続けるシャルスに対応し続けていたせいで、ボスの表情は明らかに苛立ちを帯び、ビスはどこか疲れ切った顔をしていた。
「だから言ってるだろ。聞きたきゃ自分の署長に聞け。我々が話せるのはここまでだ」
ボスはこめかみの血管が浮きそうなほど怒気を押し殺していた。
「あなたたちが民間商船? どう見ても違うでしょ。正直に吐きなさい。でないと軍人としての権限を行使します」
シャルスがヒステリーよに寸前の表情で詰め寄ると。
ビスは観念したように通信器を開きた。
『こちら司令部』
画面には、一人の女性士官が映し出されていた。
「そちらの指揮官にお繋ぎいただけますか?こちらはモナス商会です。そう言えば、すぐに察してもらえるはずです」
『モナス商会の皆様ですね。先ほど上層部より通達がありました。それでは、指揮官へ回線を転送します』
次の瞬間、映像は指揮官側へと切り替わった。
『このタイミングで通信ということは。《用事》は無事に完了したようですね』
画面に映ったのは、肌に赤みを帯びた副指揮官だった。
水色の髪が顔の半分を覆い隠しているが、覗く片眼には指揮官に匹敵する威圧と威厳が宿っている。
「あなた方の指揮官はどこに?」
ビタンが問いかける時、さっきまで感情的になっていた女兵士は、今は静かに脇へ下がり、厳粛な面持ちで画面を見つめていた。
『指揮官は現在、別区域の指揮に当たっています。こちらは一時的に私が預かっています。加えて、我が方の生存者を救出してくださったとか。まずは深く感謝申し上げます』
副指揮官はわずかに頭を下げ、すぐに本題へと戻った。
『その隊員に大きな支障がないのなら。そちらで一時的に預けで支援に回っても構いません。そして約定どおり、あなたたちの戦力を前線防衛に投入してほしい』
「で、具体的にどこの防衛線を手伝えばいい?」
ビタンが応じる。
『詳細はそちらへデータを送ります。記載どおりに行動していただければ結構です。どうか、よろしくお願いします』
そう告げると、副指揮官は通信を切断した。
続いてビタンが女性兵士へ向き直る。
「事情は聞いてのとおりだ。今は私たちの作戦に協力しろ。私たちが何者なのかは――事態が収束してから、自分で上官に聞け」
「上層部の命令とあらば……異論はありません」
さっきまでの剣幕と、いまの大人しさの落差があまりにも激しすぎて、正直、この女兵士にどうツッコめばいいのか分からなくなってしまった。
救援作戦を立てる段階で、最終的には騒ぎになる可能性を想定していた。
それならいっそ条件交換にして、ついでに“ロストテク”にも接触しておく方が得策だと判断したのだ。
そうして、こちらは先方から送られてきた資料を確認し、指定された前線座標へと向かうことにした。
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未知のどこか...
その一角からは、宇宙空間越しに荒れ果てたトラクス星が見えていた。生体素材と建造物が溶け合った、異様な光景が広がっている。
「ふむ……あの御方が伝えてこられた通り、復育計画は順調に進んでいるようだ」
西洋の甲冑を思わせる装甲に身を包み、顔には虫族由来の仮面めいた外骨格。
蜂巣状の白い複眼を持つ男が、知性を帯びた声で呟いた。
「我らに知恵を与え、種の再興に必要な力を授け、一度は絶滅した我らを救ってくださった……
あの御方こそ、まさに我らの神尊にほかなりません」
そう応じたのは、男よりも人間に近い姿を持つ女性的な声。
だがその顔には人間的な面影の奥に、蛾のような絨毛触角が額から伸び、触角の先端には薄紗の羽のような膜が揺らめき、さらに頭部からは、意思を持つかのように緩やかに動く触手状の器官が、まるで茶色の長髪のように垂れ下がっていた。
全身は純白の薄羽が層を成す“羽衣”めいたローブに包まれ、上半身には深色の外骨格が優雅に張り付いている。まるで神職者のような神秘的な姿をした彼女は、知性的な男の背後にふわりと現れ、敬虔な信徒のように言葉を紡いだ。
「ええ。あの御方を神と呼んでも、決して過言ではありませんな。この復育区画も順調に活性化し、管理を任せた母巣も機能している。まもなく、我々の望まれる目標も達成されること近いだろ」
「フフフフ……我らが一族が再びこの時空に降臨し、栄光を取り戻す日が待ち遠しい。では、時は惜しい。他の復育区画へ移動し、作業を続けよう」
二人は、虫族の中でも高位に属する存在であった。
そして、彼らが現在立っているこの惑星は、虫族にとって“復育場”のひとつにすぎない。彼らを運ぶのは、半個の惑星に匹敵する巨体を持つ、怪獣級の宇宙生物船である。
その外見は巨大な蛹のように尖った前部を持ち、前端には六つの独立した複眼があり、死角なく周囲を監視している。
尾部にはクラゲの触手めいた器官が伸び、後方防御を担うと同時に、尾の基部には特化した噴射口、中央周囲には姿勢制御のため進化した噴射孔が並ぶ。
船体は時折、高周波の音を響かせ、まるで何かを探知しているかのようであった。
「フフ……お前も待ちわびているのだろう? 我らが同胞よ」
男の姿をした虫人が、愉悦を含んだ声音で艦体生物へ語りかけ、続けて言う。
「進もう。我らが美しき黎明に、希望をもたらすために」
次の瞬間、戦艦型の怪獣は先ほどよりもさらに高い音を響かせた。腹部の外骨格が開き、そこから二本の特異な触手が伸びる。
触手の先端は五彩に輝き、それらが前方の空虚へ突き刺さるように触れ...そしで、左右へ大きく裂いた。
途端に、艦の巨体に見合う規模のワームホールが開く。
その中心が強く歪み、宇宙船の巨躯は吸い込まれるようにして、跡形もなく消え去った。
その直後、彼らの後方に...
雪のように白く、鋭く研ぎ澄まされた流線形の宇宙船が、静かに姿を現した。
「おかしいな? まさか、また遅れた……?」
声の主は、先日地表でグダスたちと遭遇したあの“謎の男”だった。
ただし今回は、以前とは異なる戦闘装甲をまとっている。
全体は濃紺を基調とし、装甲の縁には灰白のラインが走り、胸部には白い宝石のようなコア。
風防のような面頬越しでも、どこか抜けた雰囲気が伝わってくる。
「本艦は忠告したはずだが? そんなにモタモタしていては、目標を見失う、と」
電子音を帯びた金属球体。
彼の周囲をふよふよと漂いながら、呆れた声音で吐き捨てた。
「仕方ないだろ? あの虫どもの数が多すぎたんだ。あれじゃ探す暇なんてなかったし……。行方も分からない以上、指令だけでも果たしに来たんだよ」
「だから前代にいつも叱られるのだ。本艦もよりによって、お前のようなポンコツ船長と組まされるとな」
「誰がポンコツだ! 俺はさ、一応...うん?...いや、今は喧嘩してる場合じゃないゴーデ・ロレイ、追跡できる?」
「本艦を誰だと思っている。あの痕跡など、とっくに捕捉済みだ」
「よし~背後に不意打ちやるか!」
「不意打ちは本艦の威名に傷がつくが……不意に背後へ出て、奴らを驚かせる程度なら、“興味深いデータ”として許容範囲だ」
機械球体。ゴーデ・ロレイは、どこか悪戯めいた声音で言い放つ。
男もくつくつと笑い、二人の乗る艦は虫族艦が開いたばかりのワームホール座標へと向け、光の槍のようなビームスパイクを前方に射出。
そして、船首から光の膜が形成され、船全体まで広がると同時に、そのままワームホールへ突入した。
直後、ワームホールはゆっくりと閉じ、跡形もなく消え去った。




