ロストプラネットII(LOST PLANET II)-第五章 救出(前)
「グダス様、お帰りなさいませ」
ロレイラ号に戻ると、最初に声をかけてきたのは、この船のAI――ロライラだった。
「ああ、ボスはいるか?」
「はい。すでにブリッジでお待ちです」
ロライラと共にブリッジへ向かうと、そこにはボスのほか、ビスもすでに待ていた。
「グダス、ヤグナが攫われたと聞いたけど……君は大丈夫が?」
ビスは心配そうな表情を浮かべながら、グダスの精神状態を気遣うように声をかけた。
「俺は大丈夫だ。ボスが阻止なければ、ここに戻ることもなかっただろう」
「よし! 全員そろったな。それじゃ、作戦会議を始める」
ビタンが軽く手を叩くと、場の空気が一気に引き締まり、作戦の説明が始まった。
作戦の内容を簡単に言えば、行動は三つのパートに分かれていた。
ボスが敵の注意を引きつける囮役を担当し、俺は潜入して人質の救出と、船の接近ルートの確保を行う。
ビスとロライラは上空からの支援を担当し、突発的な事態が起きた場合は船体を使って突撃または攻撃を行う。
合図が出るまでは、敵の動きを上空から監視し続けるというものだった。
「じゃあ、このあたりで降ろしてもらおう」
ビタンがロライラに向かってそう告げた。
「了解。停泊モードを起動します」
作戦説明を終えた俺たちは、ヤグナの信号が示す座標からそれほど離れていない森の一角に降ろされた。
その場に降り立ったのは、ボスと俺の二人だった。
「グダス様、そしてボス、お気をつけて行ってください」
ロライラがそう声をかけると、ビスも続けて口を開いた。
「絶対に無事で帰ってきてくださいね!」
「ビス隊員、当たり前だよ。私はこのチームのボスだから」
ビタンはいつものように余裕の笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だ。ヤグナも一緒に、必ず無事に連れ戻す」
そう返したあと、俺たちは戦闘装備に切り替え、船から一気に飛び降りた。
「グダス、お前の師匠からの伝言よ。危険だと思ったら、無理は絶対にするなって。分かってるわね?」
「分かってます。でもボスだって、俺の実力を理解してるからこそ、こんな無茶な作戦を立てたんでしょう?」
「はは~分かってるじゃ」
ビタンの声には、わずかに笑みが混じっていた。
着地を終えた私たちは互いに時間を確認し、それぞれの目標地点へと散開した。
――――
「ヤグナ、しっかり掴まってろ!」
グダスさんの声が響いた直後、視界が激しく揺れ、車体はそのまま街路樹へと突っ込んだ。
そのあと、どれくらい意識を失っていたのか分からない。
ゆっくりと目を開けると、目の前には数体の虫人が、私を守るに展開されたシールドの周囲を取り囲んでいた。
彼らが何を話しているのかは理解できなかったが、シールドの中に一緒にいた団太郎は怯えきって体を丸め、震えていた。
諦めたのか、あるいは別の方法を試すつもりなのか?
虫人たちはシールドごと私を、どこか広大な屋内施設のような場所へと運び込んだ。
その建物はまるで生物のような素材で作られており、時折、脈打つように蠕動していた。
そして、その奥――
彼女の前に現れたのは、巨大な虫型の怪獣だった。
その巨体は、外で見た船艦に匹敵するほどで、静かに大広間の奥に鎮座している。
怪獣の複眼を彼女に覆うシールドをじっと観察すると、成人ほどもある巨大な爪を伸ばし、力を込めて押しつけた、するとー
シールドからは電線が焼き切れるような「バチバチッ」という音が響き、数秒後には電力が尽きて消失した。
「グゥゥゥゥ……」
怪獣は低く唸るような声をあげると、周囲に控えていた虫人たちが、ヤグナをどこかへ運び出した。
「離してっ!」
必死にもがいて抵抗したが、虫人兵たちは容易く私を押さえつけた。
まるで風に翻弄される紙切れのように、私の動きなど意味をなさなかった。一方、団太郎は大広間に残された。
私は通路の途中で、いくつもの部屋のような空間や、蛍光色の光で照らされた構造を目にした。
そして最奥の小部屋の前にたどり着くと、生き物のような質感の扉が開き、私は乱暴に放り込まれた。
「いったぁ……!」
無理やり扉が閉められ、部屋の上部にあるわずかな隙間から差し込む薄暗い光だけが残された。
私はまず扉を叩いてみた。だが、衝撃を吸収するように、鈍い音が響くだけだった。
生物のような素材でできた扉を見つめながら、もう一度力を込めて叩く。
さっきよりも音は大きくなったが、それでもくぐもった音しか返ってたげ。
次に通信機を起動してみたが、信号が遮断されているようで、全く通じなかった。
「どうすればいいの……? 団太郎もあっちに残されたまま……でも、私には武器なんて何も……あっ、そうだ!」
ふと、試せるものを思い出した。私は小型次元倉庫を呼び出す。
この次元倉庫は、パトロール隊の隊員に支給される多機能空間ストレージであり、職種によって収納できる内容が異なる。
私は今、後方支援部門に仮配属されているこそ、入っているのは主に生活用品関係のものだ。
「あった!」
倉庫から取り出したのは、野営用の加熱キャンプユニットだった。
円柱状の装置のボタンを押すと、外殻が展開し、中央に火力調整ノブが現れる。
ヤグナは慣れた手つきで火力を最大にし、炉心部から蒼い粒子の炎が浮かび上がった。彼女はそれを扉に向け、加熱を試みる。
「燃えたり……しないよね?」
扉の表面に赤熱した痕が浮かび上がる。だが、それ以上の変化はない。
「ダメか…」
ヤグナは落胆しながら加熱ユニットを片付け、部屋の内部を見回した。そして、唯一外とつながっているの隙間に目を向ける。
大人が通れるほどの広さではないが、何かできるかもしれない...そう考え始めた。
「何をするつもりか知らないけど、使えそうなものは全部試したよ」
女性の声が隣の部屋から聞こえてきた。
ヤグナは声の方向――隣室の上方にある換気口のような隙間を見上げた。
「あなたもここに捕まっている人ですか?」
「そうよ。私は兵士よ。ここの扉、意外と頑丈なの。あの虫ども、私の武器ごと放り込んできたくせに、まったく気にません。なめるにもほどがある」
隣の女性兵士の口調には、どこか諦めと苛立ちが混じっていた。
「こんな時に挨拶するのも変かもしれませんけど……私はヤグナです。配送の仕事でこの星に来たんですが、運悪く戦争に巻き込まれてしまって……」
それを聞いた隣の女性は、豪快に笑い声を上げた。
「ははっ、確かに今この状況で自己紹介ってのも妙ね。私はシャルス。防衛庁所属、第三小隊の隊員―で、今はご覧のとおり、監禁中ってわけ」
最後の一言を自嘲気味に付け加え、シャルスは乾いた笑いを漏らした。
「ねえ、シャルスさん。あなたはどれくらいここに捕まっているの?」
「私もここに連れてこられたのは数日前よ。あいつらが私を連れてくる途中で、隙を見て逃げようと思ってたんだけど……結局、それっきり何の動きもないの」
シャルスはため息をつきながら、今度はヤグナに聞き返した。
「それで、あんたたちはなんでこんな危険なところまでわざわざ荷物を届けに来たの?」
「それは……上から“どうしても届けなきゃならない救援物資”だって言われて、断れなかったの」
それは、出発前に決めておいた説明とはいえ、どこか無理があり、どうしても不自然さを感じてしまう。
そのせいで気まずい笑みがこぼれた。
「なるほどね。あんたたちも大変だね」
「生活のためだもの。五斗米の為に腰を折るしかないね」
しばらく沈黙が流れたあと、シャルスが口を開いた。
「そうだ、あんた、手元に何かある?」
「えっと……今持ってるのは、生活用品ばかりだけど」
「まあ無理だと思うけど、念のために聞く。洗剤、持ってないが?」
「洗剤?」
「そう、脱出計画のための実験に使うの」
「どんな洗剤でもいいの?」
「うん。上の隙間から渡せそうなら、ちょっと試してみたい」
ヤグナは部屋の上部にある隙間を見上げ、考え込んだ。今、彼女が持っている洗剤は――食器用、衣類用、そして……これは?
ヤグナは手に取った一本の洗剤を見つめた。
それには派手なラベルで「スーパーノヴァ・マルチクリーン・コンセントレートEX」と書かれている。
そういえば、あれはグダスさんが通信販売の番組を見て、面白そうだからと衝動買いしてきたものだった。
「グダスさんが言ってたけど、宇宙で見かけるあらゆる汚れを落とせる万能洗剤らしいの……ただ、かなりの腐食力があるとかで、作業時は防護が必要なんだって……」
ヤグナは小さくつぶやいたあと、思い切って賭けに出ることにした。
「こっちに三種類の洗剤があるわ。全部渡すね」
ヤグナは軽く三本まとめて隙間へ放り投げた。直後、向こうから痛みをこらえたような声がした。
「いっぺんに三本も投げんなっての! どうやって受け取れってのよ!?」
「あっ……ごめんなさい、そこまで考えてなかった」
「まったく……まあいいわ、ちょっと見てみる」
しばらくして、シャルスさん何が希望を見つけよた。彼女は何をしたのかは分からないが、鼻をつくような嫌な匂いが漂ってきたかと思うと、すぐに彼女が嬉しそうな声で叫んだ。
「やった!すぐにそっちも出してあげる!」
そしで、刺激臭が立ち込めたあと、目の前の扉がまるで腐り落ちるように崩れ落ち、その向こうに、先ほどまで話していたシャルスさんの姿が見えた。
「あなたがヤグナね?」
「はい、助けてくださってありがとうございます、シャルスさん。でも、これは一体どういう……?」
私は腐り崩れた扉を見つめながら問いかけると、シャルスさんはこう言った。
「あなたが渡してくれた洗剤の中に、これがおかげだよ」
そう言って彼女が手にしていたのは、あの派手なラベルの「スーパーノヴァ・マルチクリーン・コンセントレートEX」だった。
ヤグナが首を傾げていると、シャルスさんは苦笑しながら説明を続けた。
「この一本、成分がとんでもないの。宇宙生物の粘液汚れや虫類の死骸を分解できる要素が入ってるみたいで、どう見ても宇宙船用の強力洗浄液よ」
「そんなにすごいものなんですか?」
「最初は半信半疑だったけど、せっかくだから試してみたの。ナイフでこの変な扉に小さな傷をつけて、その中に液を流し込んだら……結果は見ての通りだ」
そしで、シャルスさんはボトルの成分表示と警告文を指差した。
『本製品は生物性汚染に対して非常に強い腐食性を持ちます。使用時は必ず防護装備を着用してください』
そして成分欄には、よく分からない物質名が4~5種類、すべて濃度100%と記されていた。
シャルスさんは満足そうに頷き、使い切ったボトルをぽいっと放り投げた。
「よし、今のうちに逃げましょう」
「シャルスさん、その前にまだ助け出さなければならない対象がいるんです」
「仲間が?」
ヤグナは静かにうなずいた。それを見たシャルスは、真剣な表情で問い返し。
「場所はわかるの?」
「正確な位置まではわかりませんが、最後に見た場所なら覚えています」
「つまり、途中で離ればなれになったということ?」
「ええ。もし危険を冒したくないなら、別行動でもかまいません」
シャルスは少し考え込んだあとで言った。
「軍人として、民間人を見捨てるわけにはいかないわ。できる限り協力する。でも、危険な状況になったら最悪の事態も覚悟しておいて。分かだ?」
「ありがとうございます」
シャルスは軽くため息をつき、身につけている装備を確認した。
「今、手元にあるのは護身用の拳銃だけよ。あんなデカい虫を倒せるなんて期待しないでよ」
「大丈夫です。できるだけ見つからないようにします」
シャルスはニッと笑い、私を先導して虫兵の巡回を避けながら、私が示した方向へ慎重かつ素早く進んでいった。
「待って」
彼女は手のひらを差し出して、私の前進を制した。前方を覗くと、そこはどうやら私が連れ込まれたあの大広間の手前らしい。
「中に敵がいるの?」
シャルスは静かに頷いて答える。
私は團太郎の様子をどう確認するか考え始めたその時、建物の内部から、虫人たちの騒がしく焦ったような声が響き渡った。
「見つかったの!?」
シャルスは目を見開き、周囲を鋭く見回す。私もあたりを確認したが、どうやら声は聞こえるものの、こちらに向かっている様子はない。
「あれは何?」
「どうかしたの?」
私はそっと頭を出して覗く。そこには、大広間の中央に立つ、一体の小柄な存在がいた。
全身を黄色い綿毛のような体毛に覆われ、両腕には模様の入った羽のような翅。
その姿は、まるで子供のように小さく、首をかしげながら何かを探すように辺りを見回していた。
「虫人め。まだ幼体のうちに、仕留めておくべきだ」
シャルスがそう言って飛び出そうとした、その瞬間――
その幼い虫人がこちらに気づいた。
だが、私とシャルスは、その姿を見た瞬間、言葉を失った。
「人の顔……? しかも、私に似てる……」
呆然としたまま、私は思わず口に出していた。
「どういうこと……」
シャルスの瞳が鋭く光り、警戒心に満ちた視線で私を睨む。
「落ち着いてください、シャルスさん」
ヤグナが慌ててなだめようとする中、その謎の虫人の子供は、彼女たちの方へと駆け寄ってきた――
「来るぞっ!」
警戒の声と同時に、シャルスは唯一残った実弾銃を構えた。
閃光と銃声が響く。しかし、虫人の子供は驚くほど素早く、射線を避けて身を翻した。
「くっ……!」
シャルスが舌打ちし、もう一度銃を構えようとしたその瞬間、ヤグナが前に飛び出し、彼女の前に立ちはだかった。
「邪魔をするな!」
「待って、この子は敵じゃない!」
「敵じゃない? どういう意味だ!?」
「この子……私が探している対象なんです」
その言葉を聞いたシャルスは、目を大きく見開き、虫人の幼体とヤグナを何度も見比べた。
「どういうこと? ちゃんと説明してくれ!」
だが、言葉を続ける間もなく。虫人の子供は素早くヤグナの背後に隠れ、その人間のような瞳を潤ませて、怯えたように見上げてきた。
まるで子犬のような無垢な表情。その様子を見たシャルスの胸に、わずかな罪悪感が込み上げてくるのを感じた。
ヤグナが虫人の幼体について簡単に説明を終えると、シャルスは額に手を当てて、やれやれと肩を落とした。
「あんた、さっき“この子はあんたの仲間”って言ったけど、見た目も姿形も全く違うじゃない。
どうして同一人物――いや、同一存在だと断言できるの?」
ヤグナは困ったように小さく息を吐き、それでも真剣な眼差しで答えた。
「信じてもらえないかもしれませんが……私はこの子の“声”が聞こえるんです。
この子はさっき、私よく知っている親しい呼び方に呼びかけてきました。
それに、ほら……こうして私たちを攻撃する様子もない。これで少しは納得できますか?」
シャルスは眉をひそめながらも、虫人の幼子をじっと見つめた。
確かに、そいつはただ静かに、ふたりの会話を聞いているだけだった。
「……ふぅ。そこまで言うなら、これ以上疑っても仕方ないか」
彼女は両手を軽く上げ、投降のジェスチャーをする。
「ただし、今は大人しくても完全に信用はしない。監視だけは続けるからな」
「それでシャルスさんが安心できるなら、私は構いません」
そう言って小さく笑うヤグナ。
だが、その穏やかな空気は長く続かなかった。
突然、建物全体が震えるほどの爆音が響き渡る。
その瞬間、近くの壁が爆発で吹き飛び、私たちは思わず地面に伏せた。
煙と瓦礫の中で、虫人兵たちの断末魔の叫びが響き、やがて、崩れた壁の向こうから――
ひとりの人影が、ゆっくりと姿を現した。
「ヤグナ、無事でよかった」
「グダスさん?」
全身に特殊な宇宙服をまとってはいたが、その声を聞いた瞬間、ヤグナはすぐに確信した。
間違いない、グダスだ。
「話はあとだ。今はとにかくここから脱出するぞ」
彼がヤグナに手を差し伸べたその時、グダスの視線がヤグナの抱きかかえて。
庇うような虫人の幼体へと気付いた。
「ヤグナ、その虫人から離れろ!」
警戒の声と同時に、グダスは手にした武器を構える。
「待ってください! この子は団太郎です、撃たないで!」
「団太郎!?まさか、そのちっこいやつのことか!?」
その瞬間、彼の背後から数体の虫人兵が追いつき、耳障りな鳴き声を上げながら姿を現した。
「くそっ、もう追いついてきたのか! 仕方ない……」
その時、ヤグナの足元に隠れていた団太郎が、突如として甲高い音を発した。
すると、先ほどまで威嚇していた虫人兵たちが、まるで糸が切れた操り人形のように一斉に地面に崩れ落ちていった。あまりに突然の出来事に、その場の全員が困惑した。
「団太郎、本当にいいのか?」
ヤグナは、苦味を滲ませたような感情を見せる団太郎を見つめていた。
「いったい、今のは何だったの!? 耳があの騒音で壊れるかと思ったわ……それに、いつの間にか虫たち倒れた!?」
耳を押さえながら、シャルスは苦痛の声を漏らし、周囲に転がる虫人たちを見回した。
「今はそんなことを言ってる場合じゃない。動けるうちに離脱するぞ」
グダスは周囲を警戒しながら、短くヤグナに告げた。
シャルスは地面に手をつきながら立ち上がり、戦闘アーマーを着たグダスを見上げる。
「あなた、一体何者なの!?」
「説明してる時間はない。俺は敵じゃない。今のうちに急いで離れるんだ!」
ヤグナはシャルスの視線に気づき、無言でうなずいた。
そして、ヤグナ腕の中の団太郎。その髪のような柔らかい毛を優しくなでながら、震える体を落ち着かせようとした。
「そうね。今はまず脱出を優先しよう」
怯えた団太郎を見つめ、ヤグナはそっとその小さな手を握った。自分とよく似た髪色に指先が触れると、団太郎は安心したように目を細める。
「マー~」
彼は小さく鳴き声を上げ、まるで「大丈夫」と言うように微笑んだ。
グダスはシャルスに向かって叫んだ。
「お前も来い! ここから脱出するぞ!」
「お、おうっ!」
状況を飲み込めず、戸惑いの表情を浮かべたまま、シャルスは慌てて返事をした。
――――
時間は少し遡り、グダスが虫族の潜む巣穴の入口に潜入した時。
「計画どおりなら、今ごろボスが動き出してるはずだな……?」
そう呟いた瞬間、『ドゴォンッ!――』という爆音が響き渡り、それが行動開始の合図だった。
「うわっ……」
数百にも及ぶ虫人たちが、一斉に巣穴から飛び出してくる。
「ボスなら、きっとうまくやってくれるはずだろ…」
俺は視覚拡張システムを起動し、ヘルメットのバイザー越しに遠方を確認した。
そこには、まるで遊んでいるかのように虫人たちを翻弄しているボスの姿があった。
「さすがボス、頼もし」
そう呟きながら、俺は“無虫地帯”へと突入した。
だが、その時の俺は油断しきっていた。索敵装置を起動し忘れたまま、ヤグナの信号を探すことに集中していたのだ。
「この壁……何でできてるんだ? 気味が悪いな」
通路の側壁が、まるで生き物のように蠕動していることに気づく。その時、待機していた虫人兵が俺に気づいた。
奴は何か得体の知れない言葉を発したかと思うと、特異な前腕を振りかざして突進してきた。
手首の先には三本の短い指、そして前腕には鋭く変化した甲殻。
虫人の足を一瞬沈めるようにして力をためると、驚異的な速度で飛べ。
その腕を逆V字に構えて、グダスに襲いかかる。
グダスは銃を素早く構え、引き金を引いた。
蒼藍色の細い光線が虫人の額を貫いた瞬間、そいつの体勢が崩れ、崩れ落ちるように床へと倒れ込んだ。
「さすがはレイヴ・ボルトガンだな」
手に握られた拳銃型の武器――銃身の一部には透明なカバーが施され、その内部では稲妻のような電流が脈打っている。
この銃は、船内で敵情報を基に特注されたもので、生体の外殻をものともせず、高振動の電流で貫通させることができる。
ただし唯一の欠点は、エネルギー消費が激しく、連射がほとんど不可能という点だ。もっとも、潜入任務のように一撃で仕留める場面では、十分すぎる性能といえる。
「ここに虫人がいたってことは……もう内部近くまで入り込んでるってことか。最低限の警備は残してるわけだな」
思わず舌打ちする。まさかこの種族に、これほど戦略的な配置ができるとは。
「となれば、さらに慎重に進むしかないな」
その時、生体探知機が反応した。五、六体の生物が高速でこちらに接近している。
「まさか、さっきのでバレたか!?」
考えるより先に、俺は身を翻して全力で駆け出した。隠密どころじゃない――この状況じゃ、ゆっくりで仲間を探すどころの話じゃない!
更に、逃げ場を探すうちに、行き止まりに追い込まれてしまった。
「チッ、運がねぇな...」
包囲された唯一の脱出口の前に、無数の虫人兵が現れた。
「くそっ! ヤグナをまだ救い出していないのに、ここで終わりかよ!」
だが、その一瞬で、俺の頭に考えがある。
『包囲されたということは、逆に言えば、奴らをまとめて吹き飛ばせるってことだ』
そう決めた俺は、シールドの出力を最大まで調整し、手にした〈レイヴ・ボルトガン〉を構える。
この銃は試作段階の兵装で、エネルギーを過剰に溜めると本体が過熱し、最悪の場合は暴発する。
だが、もう隠密なんて言っていられない。どうせ見つかったなら、ど派手にやろ!
「思いっきり味わえ!」
次の瞬間、眩い蒼光が走り、轟音が巣穴全体を震わせた。
全身を包み込む衝撃とともに、背後の壁が粉砕され、俺の身体は勢いよく吹き飛ぶ。
幾重もの壁を突き破り、ようやく動きが止まったとき、耳鳴りの中にただ静寂だけが残っていた。
体を確かめようと立ち上がったその瞬間――ヤグナの姿が、目の前だ。
――――
時は再び、グダスたちを撤退の最中へと戻え。
内部がすでに警戒態勢に入っているのか、時折、巡回中の虫人兵と遭遇したが、グダスにとってはもはや些細なことだった。
今の目的は、ただ一つ全員帰還する。
「グダスさん、外では今、ボスが一人で時間を稼いでいるって言ってたよね?」
「そうだ。だから俺たちは一刻も早くこの巣から離脱する」
シャルスが前を走る二人に問いかける。
「あなたたち二人、話し方からして……知り合いなの?」
「ええ、私とグダスさんは同じ企業に所属している同僚です」
「同僚……ね」
シャルスの表情には、ほんの一瞬、複雑な感情が浮かんだ。
三人は、グダスが吹き飛ばされた衝撃で崩れた通路を、そのまま一直線に進んでいった。
散乱する中、その道は順調に進めできた。
「そろそろだ」
グダスはそう呟き、ヘルメットの側面に指を当てて通信モードを起動する。
そして、上空で待機しているビスとの連絡を試みた。
「おかしいな……ロライラ、応答してくれ! こちらグダス!」
呼びかける声が通路内に響くが、返ってくるのはノイズだけだった。
「グダスさん、何かあったんですか?」
「どうやら外部との通信が遮断されている……ジャミングを受けているようだ」
「な、何ですって!? それはまずい! 一刻も早く脱出しなきゃ!」
シャルスは焦りの表情を浮かべ、歩調を早めた。
だが、その瞬間――
空間全体が低く唸るような轟音を立て、次の瞬間、足元の地面が激しく揺れ始めた。
三人は思わず足を止め、壁に手をついて体勢を整える。
「地震……? この惑星にも地殻変動があるのか?」
グダスは揺れる床の上で、シャルスに問いかけた。
「地殻活動……? この揺れを私も初めて……っ!」
「まさか……」
不安げな表情を浮かべたグダスは、生体センサーを起動し、スキャン範囲を最大まで拡大した。
すると、表示パネル上には――彼らの現在位置を示す青い点が、まるで飲み込まれるように、巨大な赤い反応の中心にあった。
「やはり、ここは“怪獣級”の内部か」
「か、怪獣って……?」
シャルスは呆然と呟いた。
ヤグナは、彼女の衣の裾をぎゅっと掴んでいる団太郎に視線を落とし、そっとその髪のような毛を撫でながら穏やかに言った。
「大丈夫……外のみんなを信じて。きっと助けに来てくれる」
やがて揺れが収まり、グダスは体勢を整えてから小さく息を吐いた。
「他人を頼るより、まずは自分で動け――師匠の教えだ。救助を待って突っ立ってたら、帰ってから説教ものだな」
そう言うと、グダスは再び思案を巡らせながら、外部へ位置情報を伝える方法を模索し始めた。
「それじゃあ、とりあえず出口のほうへ行ってみましょう」
ヤグナがそう提案する。
「確かにな。とにかく状況を見てみよう。そこの女兵士さん、行くぞ」
突然呼びかけられ、現実に引き戻されたシャルス。
「えっ? あ、うん! 行きましょう!」
どこか上の空のような様子で、グダスとヤグナの後を追いながら、彼女は小さく呟いた。
『私たち……怪獣の体の中にいる……本当に、脱出できるの……?』
その頃、外ではビタンが虫人兵たちの注意を引きつけつつ、少しずつ数を減らしていた。
だが、作戦の最中――地面が突如として大きく揺れ始めた。
「な、何が起きている!?」
地震が続く中でも、虫人たちは驚くほど俊敏に動き回り、攻撃を仕掛けてきた。
だが、揺れる地面の上でも、ビタンにとってはそれほど大きな支障ではなかった。
ただ、彼女の頭をよぎるのは、出発前に調査したこの惑星のデータだった。
「この星には、地震の記録なんて一度もなかったはず……なのになぜ?」
そう思うと、ますます不可解だった。
やがて、虫人たちの巣となっていた地下洞窟の地層が、激しい揺れとともに盛り上がり始める。
隆起した地面の縁から、土砂がゆっくりと滑り落ちていく。
次の瞬間――その原因が姿を現した。
ビタンの眼前に現れたのは、山のように巨大な“怪獣”だった。
元に地下空洞の入口だと思っていた場所は、その背中の一部。まるで装甲のような背殻。
本体は円盤状で、腹部にはムカデのように無数の細い脚が蠢き、さらに円盤の縁には、四対の赤い複眼が光を放っていた。
そして、怪獣の中心部から突如として強烈な気流が吹き上がる。巨体が、ゆっくりと浮上を始めた。
「う、嘘でしょ……飛ぶっていうの?」
ビタンは驚愕しながらも、迫りくる攻撃をかわしつつ、その巨体が浮上していく様を凝視していた。
そのとき――通信機から焦った声が響く。
『ボス! グダスと連絡が取れません! 地上で一体何が起きているんですか!?』
ビスは、明らかに緊迫した声で問いかけた。
「およその原因は分かった。すぐに高度を下げなさい。彼らは“怪獣級”の体内にいる」
『な、なんですって!?』
「私はしばらくここで様子を監視する。いいね、以上だ」
通信を切ったビタンは、どうやって内部に閉じ込められた二人を救い出すか、思考を巡らせた。
その矢先――虫人兵の群れの反対側で、突然爆炎が立ち上がった。
連続する爆発音。
振動が空気を震わせ、地表の砂塵が舞い上がる。
「今日は本当に忙しいわね……」
ビタンは突発的に拡大していく事態を横目に、なおも迫り来る兵士たちへ応戦していた。
しばらくすると、騒ぎの中心付近に人影が見えた。
目に見でもはっきりとは捉えられず、同時に第三の目でもその生体電流の動きは読み取れない。
「面白い……ちょっと様子を見に行こうか」
そう独り言を漏らし、ビタンはその謎の人物へ向けて駆けた。ほどなくして、彼女は一気にその人物の近くまで到達する。
「手を貸すわ!」
そう叫び、謎の人物へ向かっていた虫人兵を一刀のもとに斬り伏せる。
だが、相手は簡潔に応えた。
「感謝する。」
低く落ち着いた声。
ビタンが横目で見る限り、種族的には人間系に見える。だが細かい分類はまだ不明。
全身を覆う戦闘用アーマーは黒地に濃紺、腰にはひときわ目立つベルトが装着されている。
すると彼は言った。
「このままじゃ時間がかかる。数秒だけ稼いで頼む」
「できる限りやってみる」
返事を聞いた謎の男は、腰のポーチから何かを取り出した。
次の瞬間――
『オープン──ッ!』
予想外に明るく弾む電子音が響く。
「なに?」
ビタンが眉をひそめている間に、男は手にした長方体のデバイスを握り込む。
鋭さを含んだ電子音が鳴り響く。
『フェニックス──ッ!!』
そして、そのまま腰の目立つベルト部へと差し込む。
『プレイ──ッ!』
ベルト装置が音声を発した瞬間、男の全身を紅蓮の炎が包み込む。
炎が収まるとともに、彼のアーマーは濃紺から真紅を主調とした形態へと変貌し、
そのデザインは先ほどとは明らかに異なっていた。
「助けてくれて感謝する。できれば、安全な場所に隠れていてくれ」
そう言い終えると、彼はベルトデバイスのボタン群を素早く操作した。
直後、再び電子的な音声が響く。
『ファイア〜 ブンブン〜 ファイア〜 ブンブン〜 エクスプロージョン〜』
瞬間、彼の背後に炎で形作られた二枚の翼が展開し、高空へと舞い上がる。
続いて、膨大な数の虫人兵が群がる地点へ、彗星のごとき勢いでぶつけ──
着弾と同時に、凄まじい爆炎の衝撃波が迸り、その一帯の兵を一掃した。
巨大な火球となって跳ね上がった彼は、空中で再び炎の翼を広げ、炎の羽を散らしながら静かに降下。
そして地へと着地すると、翼は音もなく収束した。
「援護に感謝する。では、急ぎの用がある。また会えたら礼をしよう」
言い終えた瞬間、上空に真白で鋭い流線形の船体を持つ別の宇宙船が姿を現す。
続いて神秘の男は、彼をなぞるように走った青いスキャン光と共に、その場から姿を消した。
直後、白銀の宇宙船は怪獣級を目標に、錨のような光のケーブルを射出する。
その直後──
先ほどの男が船首に姿を現し、再び炎の翼を展開。
そのままグダスが進入した巨大洞窟状の開口部へと突入していった。




