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本多忠勝は殿のすべてを守りたい  作者: 青メダ
【番外編3】
28/32

ひとでなしのこい⑤

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 ガサガサと茂みを掻き分ける音がして、慌てて鼻を啜る。

 散々泣いた瞼は、きっと無様に腫れているだろうが、とりあえずぐいと乱暴に拭い、何事もなかったかのように立ち上がる。


「あれ、家康殿? こんな薄暗い場所で何してるんですか?」


 うわ。

 よりによってこんな時に、できれば会いたくない奴に出くわすとは。

 そんな家康の心中などお構いなしに、背後から回り込んできて家康の顔を覗き込む男。


「あー。もしかして、一人でエグエグ泣いてましたあ?」

「エグエグじゃないっ、ていうか、泣いてない」

「ええ、これはどう見たって泣いてたでしょ? 目腫れて、すっごい不細工になってますよ、今の家康殿」

「不細工言うな!」


 へらへらとした軽い口調とはうらはらに、家康の目元へと伸ばされた男の長い指先の動きは、優しかった。まるで柔らかなガーゼの様にやんわりと押し付けられ、家康の目元を優しく拭うと、ふっと口角を上げる。

 男の名は、榊原康政。この家の主である忠勝の幼馴染らしく、風の向くまま気の向くまま、ちょくちょくこの屋敷にも顔を出してくる。

 康政がふむふむと、訳知り顔で腕組みをする。


「お姑さんにでも苛められました? まあ、嫁と姑の関係っていうのは、いつの時代も難しいものですからねえ」

「本多のご両親は優しい方たちだ。こんな儂にも、とても良くしてくれる」

「そうなんですか? じゃあ、やっぱり原因は旦那かあ」

「うっ」


 言い返すことが出来なくて、家康が黙り込む。

 そんな事は露知らず、それこそ黙ってさえいれば絵巻物から抜け出てきたかのように涼し気な目元をした男は、その無駄に整った顔に笑みを浮かべて笑う。


「まあ、忠勝殿も若いですからねえ。ついつい抑えられなくて暴走しがちになっちゃうかもしれませんが、そこは、年上のあなたが優しく包み込んでやるとして。体力的には多少辛いかもしれないけれど、浮気とかされるよりは全然」

「……馬鹿者」

「ん? あれ?」


 ぶっすうと頬を膨らめて、家康が唇を突き出す。

 康政が首を傾げる。ふわりと揺れた髪から、匂い立つような甘い花の香りがした。家康が嗅いだことのない匂い。遠い異国の花だろうか。こう見えて康政

は、結構な洒落者なのである。


「よ、夜……どころか、朝も昼も、ほとんどアイツの顔さえ見たことないのだ。仕事仕事で家に寄りつかぬし、たまに会っても……ろくに話もしてくれぬ」


 先程の光景を思い出して、段々と家康の声のトーンが落ちていく。暫く黙ってそんな家康を見つめていた康政が、「ああ」と得心したように頷いた。


「……そういうことか。うーん、まだまだお子様だなあ」

「?」


 康政がパッと顔を上げた。 


「家康殿。あいつはガタイもいいし、あなたの前ではきっと精一杯格好つけてるだろうから大人びて見えてるかもしれないけど、実は、まだまだお子様なんですよね。不器用なところもあるから上手く表現出来なくて、なかなか分かりにくいかもしれないけど」

「そうだろうか」


 康政の手が、ポンと家康の頭に優しく置かれる。


「長い目で見てやってくださいよ。私は、家康殿と忠勝殿はお似合いのいい夫婦になると思っていますよ」

「……アイツに、他に、好きな人がいても……か?」


 地の底を這うような低い家康の呟きは、康政の耳までは届かなかった。

 怪訝な顔で、康政が問い返す。


「え? 何ですか?」

「……何でもない。ていうか、お主、忠勝に会いに来たのじゃろ? いつまで人の髪をわしゃわしゃしておるのだ」

「えー? 新妻が、旦那に放って置かれてこんな薄暗い庭の片隅でしょんぼりしてるから、慰めてあげてたのにい。って、痛い痛いっ。家康殿、それ痛い!」


 髪の一房を、家康に思いっきり引っ張られて、康政が悲鳴を上げる。

 先程までの泣き顔はなんとやら、にやりと唇の端を吊り上げた家康が、ふと真顔に戻る。勢いよく背後を振り返った家康の姿を見て、後ろで康政が不思議そうな表情を浮かべた。


「どうかしました?」


 家康の視線の先には、古い楓の大木とその下の生い茂った茂み。陽に透ける枝の先の豊かな緑の葉が、穏やかな風に合わせてそよそよと揺れていた。


「いや……何でも、ない」


 気のせいか。胸中で家康が呟く。

 先程一瞬だけ、ぞわりと全身が総毛立った。

 康政と話していた背中にねっとりとした強い視線を感じ、それがどろどろと全身に絡みつくような錯覚を覚えたのだ。


「……きっと新しい環境で、神経過敏になっておるのだな」


 未だ不思議そうな顔をしている康政に、無言で首を振る事で答える。

 ただ一つ気になったのは、先程の視線に妙な既視感のようなものを覚えたことだ。この視線に晒されるのは今日が初めてではないような、そんなあり得ない感覚を、漠然と感じたことが妙に気になった。

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