おばかなわんこ② ~拾われるわんこ~
朝方、雨が上がった。
木々の合間から顔をのぞかせれば、雲間に青空が滲む。
半身は泥だらけでも、ちょっとほっとする。
安心すると、お腹がぐうぅっと鳴った。
水は雨をあーんと口をあけて飲んでいたけど、放たれてから、なにも食べていない。
草木の間から、外に出る。
「わんわん、きゃんきゃん」
(魔法使い、いるんだろう。私はお腹が空いた。どうしたらいい)
返事はない。
知らぬ存ぜんぬを貫くつもりだろうか。
この姿でどうやって、食べ物を探せというのだ。私は皆目見当もつかない。
とぼとぼと歩く。
雨が上がっても、空には雲が広がっており、大気も水気を含んでいる。
雨の臭いと、土の臭いがきつい。
城で整えてもらっていた毛も泥まみれになり、草木の影に隠れていたことで、体中に苔が生えたのかと思うような臭いがまとわりついている。
とぼとぼと歩いていると、肉屋が目に留まった。
足を止め、吊られたソーセージや鹿の足を見ていたら、店主に大きな包丁で追い立てられた。
さらに、とぼとぼと歩いていると、庭先に鳥を飼っている家を見つけた。ヒヨコを連れて歩く牝鶏によだれが出た。
(ああ、お腹空いた)
そう思っていたら、庭掃除にきたばあさんにほうきで追い立てられた。
ろくに食べることもできず、フラフラになっていると野良犬を見かけた。
野良犬は、ごみ箱に頭を突っ込み、残飯を漁っている。
あれができるか?
無理だろ。
いや、でも……、いざとなれば、ああいう行為も仕方ないのか。
畜生。
生ごみなんて、食べれるか!
ああ、今頃は、ナンパに成功し、可愛い花嫁ちゃんに人間に戻してもらっているはずだったのに!
うつむきながら、進む足取りは重い
私はとぼとぼと草木の影に戻った。
空腹はもう少し我慢できる。
しかし、女の子とどうやって出会えばいいのだ。
こんなに汚れた格好では、邪険にされるだけで、拾ってくれる人なんて現れないんじゃないか。
歩き回って少し疲れた。
休んでから、再び食べ物を探しに行こう。
今日の夜までに見つからなければ……、残飯を漁るか。これはもう、生きるか死ぬかだろう。しのごの言ってられない。
私は歩き回った疲れをいやすため、一時、目を閉じ休んだ。
再び目を開けると、体中の泥が渇いて、かぺかぺにくっついてしまっていた。
(ああ、大変だ。泥落としもしなくちゃいけない。まずは川か、それとも食べ物か)
再び、外へ出る。
雲が広がっているからか、寝ている間に、もう一度雨が降ったからか、まだ大きな水たまりがちらほらとくぼんだ道に広がっている。
ふらふらと進むと水たまりに足を取られた。
思ったより深く、土がふやけて泥になっていたのだ。
二三歩進んだところで、ふらりとよろけて、ぱたりと倒れた。
子犬の身体は、私が思うより、弱っちかった。
うっ、動けない。
天を仰ぐと、まだ雲がかかっている。昼間見た青空は消え、雲の一部を赤や紺に染めている。
もうすぐ、夜……。
こんなところで寝てしまったら大変だ。
なのに、手足を僅かも動かせない。
(駄目だ……。私は、こんなところで死んでしまうのか)
私の周囲が突如暗くなった。
何事かと思ったら、声がかかる。
「待っていてね。今、助けてあげる」
助けてあげるって……。
暗がりが消えた。
なんだったのか。幻聴か……。
羽音が、ばさばさと聞こえてきた。目の前に鳥の足。
地に足をつけたカラスが、ちょんちょんと跳ねながら寄ってくる。
死んだところを食べてやろうと思っているのか、と思ったが、すぐに、カラス姿の魔法使いであると分かった。
ぶわっと怒りが湧いてくる。
しかも、絶え間なく、私をつついてくる。
なにをするんだ。
酷いじゃないか。
こんなところに、飲まず食わずでほおり出して。
文句も言いたいし、鳥風情払ってやりたいと思うのに、身体が動かない。
体中が冷たい。
怒りが急にしぼんできた。
花嫁なんかいらない。
城に帰りたい。
こんなところで、死にたくない。
今まで突いていたカラスの魔法使いがぱっと退けた。そのまま、後ろに数歩下がり、翼を広げて飛んでいく。
見捨てられたのか。
王子なのに。
魔法使いは、お目付け役なのに。
畜生。
いままで、散々おバカなことをやってきたから、花嫁探しと嘘こいて、私を貶めるつもりだったのか。
畜生。
後の祭りとはこういうことを言うのか。
こんなところで、死ぬぐらいだったら、もっとまじめにしていれば良かった……。
ぐったりとした私は、生きる気力も失った。
目を閉じて、死を待つ心境に落ちていく。
このまま、命尽きるのかと思った時、急に体がふわっと浮く。
これが、あの世に召される直前の浮遊感か。
それにしても、揺さぶられ感が半端ないな。もう少し、しめやかに運んでもらえないものだろうか。
せっかく、天に召される感慨にふけりたい気分が台無しだ。
急に止まった。
なんだ、なんだ。
もう、天国到着か?
すると、突然、足を掴まれて、冷たい水かがかけられた。
つっ、冷たい。冷たいじゃないか。
冷たいということは、生きている。ここは天国じゃない!
人間の手が私を抱き込んでいた。流水をかけながら、手足を撫でて、泥をおとしていく。
腹の泥も流水をかけて、丁寧に泥を取り除いてくれる。
まだところどころ、こびりついているものの、八割がた泥がおとされた。
助かったのか。
濡れた体を布で包まれて、私はなにかの箱に入れられた。
布か顔にかかって、ちょっともがく。顔をやっと出せて、上を向く。
鼻を鳴らして、目を開く。
知らない場所だった。
見上げると、なにかの作業台がある。
大きな鍋があり、壁にはフライパンがかかっていた。
昔、侵入した城の厨房より小ぶりだが、似ている。
これは、いわゆる。厨房、もしくは、台所という場所か……。
人が動く気配がして、私は顔を引っ込めた。
引っ込めた顔の目の前に、椀が置かれた。
甘い香り。
覗くと、ミルクが注がれていた。
頭が真っ白になった、私は、その椀に顔を突っ込んだ。
舐めて飲むを繰り返す。
うまい。うまい。
ああ、生きかえるようだ。
嬉しくて、尻尾が自然と動いてしまう。
そう言えば誰がこれをくれたんだ。
私は顔をあげた。
そこには、愛らしい少女が私を覗き込んでいた。
笑顔が光り輝いて見えた。
まさに、女神。
「もう大丈夫だよ。安心して休んでて、後でご飯もあげるから」
私を助けてくれると!
つまりは、彼女が私の嫁!!